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放電魔女と充電ロボット  作者: 真好
第一章:出会い

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第18話:脱獄






「早くここから出ましょうか」




 そう言って、アダムは自分が曲げた鉄格子の隙間から、するりと牢の外へ出た。


 だがリリスはまだ驚きが収まらず、ただ彼をじっと見つめることしかできない。


 そんな彼女に、アダムは再び手を差し伸べた。




「リリス様、早く。さっきの大きな放電のせいで、いつ監視の兵が来るか分かりません。まだ周りに誰もいないうちに脱出しましょう」




「あ、うん……」


 とりあえず我に返る。


 リリスは、差し出されたアダムの手を掴み、促されるままに牢室を出た。




(こんなに柔らかいのに……)




 触れているアダムの手は、驚くほど柔らかかった。


 日々の労働でごわついた男たちの手とはまるで違う。


 まるで何の仕事もしたことがない、貴族の少女のような肌の質感だった。




 なのに、さっきのあの力。


(本当に、人間じゃないんだ……)


 リリスは、そう認めるしかなかった。




 二人は手をつないだまま、薄暗い牢獄の廊下を慎重に歩き出した。


 アダムが先行し、リリスがその後ろを追うような形で進んでいく。




 じめじめとした不快な湿気が、リリスの肌にまとわりつく。


 ただでさえ息が詰まりそうな空間に、重苦しい闇がどこまでも続いている。




「妙ですね」


 アダムがふと声を潜めて言った。


「監視兵も、収監者すら見当たらない。生体反応がネズミ以外、何も感じられません」




「……それは、多分私のせいじゃないかな」


 リリスはぽつりと言った。


「みんな、私が怖いから。私のことを忌まわしいと思っているから」




「では、皆さんは」


 それを聞いて、アダムが尋ねた。


「既にリリス様が、体から電気を流せる体質だということを知っている、ということですか?」




「うん」


 リリスは自嘲気味に頷き、言葉を続けた。


「私、帝都では結構有名なの。体に電気が流れる魔女がいるって噂されていて……悪魔の子とも呼ばれてるんだ。今日こうやって牢獄に閉じ込められているのも、結局それがバレて捕まったからだしね」




「なぜですか?」


 アダムが尋ねた。


「リリス様は、人々に危害を加えたり、何か犯罪でも犯したのですか?」




「いや、違う」


 リリスは首を横に振った。


「私が捕まったのは、私が魔女だからだよ。帝都は今、魔女狩りが盛んなの」




「魔女狩り……?」


 アダムがさらに問いかけた。


「どういうことか、もう少し詳しく説明していただけますか?」




「……そうか。あなたは知らないものね」


 思えば、彼は他の世界からここに飛ばされてきたと言った。


 帝都どころか、この世界の常識すら知らないのだ。




 理解したリリスは、淡々と説明を始めた。


「昔、ものすごく危険な魔女がいたの。もう死んだけど、最近、その魔女の追従者たちの残党が生き延びていたことが分かってね。それを恐れた皇帝が、帝都だけじゃなくて国中の魔法が使える人間を、しらみつぶしに捕まえているの」




「では、リリス様は……」


 アダムが確かめるように言った。


「特に犯罪を犯したわけでも、人々に危害を加えたわけでもないのに、ただ体から電気が流れるという理由で――つまり、魔法が使えるという理由だけで捕まった、ということですか?」




「うん」




 それだけ答えると、二人の間に一瞬の沈黙が流れた。




 そして、アダムが静かに言葉を続ける。


「捕まった魔法使いは、どうなるのですか?」




「火あぶりにされる」


 リリスは淡々と答えた。


「魔法を使える人間は、火刑にしないと復活してしまうかもしれない、と言われているから」





 再び沈黙が訪れる。


 二人は歩き続けた。




 廊下は、リリスにとても長く感じられた。


 それはアダムが素足のリリスを気遣って、わざとゆっくり歩いてくれているからかもしれない。


 そして、アダムの歩みがさらに遅くなったと感じたとき。




 アダムが問いかけてきた。


「リリス様は、その、ものすごく危険な魔女の仲間の一人なのですか?」




「違うよ」


 リリスは首を横に振った。


「信じてもらえるかどうかは、あなたの自由なんだけど」




「信じます」


 アダムは即答した。


「信じるというか、分かります」




「……どうして?」




「私は現在、リリス様のバイタルサインをリアルタイムで細かく分析しています。リリス様の体は、今言っていることが真実だと教えてくれています」


 そう言いながら、アダムは繋いでいる手を少し持ち上げて見せた。




「……そんなことまでわかるの?」


 リリスは少し身を引いた。


 すべてを見透かされているようで、どこか気味が悪かったのだ。




「安心してください、リリス様」


 そんな彼女の不安をも読み取ったのか、アダムはすぐに言葉を続けた。


「私はリリス様専用のロボットです。リリス様の体から得た情報は、すべてリリス様の安全と健康を守るためだけに使います。他の目的に利用したり、他の誰かに漏らしたりすることは絶対にありません」




「……」


 リリスはしばらくの間、じっとアダムの目を見つめた。


 青く、澄んだ輝きを放つ綺麗な瞳。




 その目が、自分をまっすぐに見つめている。


 どうしても、嘘をついている目には思えなかった。


 それに、今の自分には疑う余裕もなかったし、なぜか疑いたくもなかった。




「……わかった」


 リリスはぽつりと呟き、頷いた。


「信じてみる」




「そう言ってくれて嬉しいです」


 アダムはすぐに、嬉しそうな笑顔を浮かべた。






 そんなやりとりをしているうちに、何かがリリスの目に映った。

 

 それは、早朝の日の光だった。


 永遠に続くかと思われた牢獄の狭い廊下の向こうから、かすかな光が入り込んでいた。




「あそこが出口のようですね」


 アダムが、廊下の端、地上へとつながる階段を指さした。


「見たところ、ここは捨てられた牢獄のようです。誰もいませんし、管理されている様子もありません。おそらくリリス様の推測通り、あなたを怖がって、捨てられた場所の一番奥に閉じ込めたのでしょう」





 アダムの説明を淡々と聞いていたリリスに、彼はさらに言葉を重ねた。


「牢の中には誰もいませんが、外にはいるはずです。準備はよろしいですか?」


「え?……何の準備?」


 リリスが聞き返すと、アダムは当たり前のように答えた。


「それはもちろん、逃げる準備です」


「できてないよ、そんな準備!」リリスは途端に慌てだした。「何? どうすればいいの?」


「簡単です。外に出たら、人がいないところを目指してひたすら走るのです。監視の目がなければいいのですが、その可能性は低いでしょう。ですから、とにかく走って逃げるしかありません」




「……」


 リリスは黙り込んだ。




 アダムは彼女を安心させるように、言葉を続けた。


「そうですね、一種の鬼ごっこだと思ってくだされば、少しは気が楽になるかもしれません」




「……」


 もちろん、それで気が楽になるわけがなかった。


 だんだんと顔が蒼白になっていく。




 そんなリリスの気も知らず、アダムは平然とした口調でさらに説明を続けた。


「ちなみに、逃げる途中で放電したりはしないでくださいね。下手すると本当に人を傷つけてしまい、犯罪者扱いになってしまうかもしれないからです。よろしいですか?」


 まるで子供にゲームのルールでも教えるかのようである。


「よろしくないってば!」


 リリスはついに怒り出した。


「逃げる自信もないし、電気を我慢する自信もない! ……他には? 他の逃げ道はないの? 牢の中を探せば、抜け穴の一つくらいは見つかるんじゃない?」




「そうですね……」


 アダムは冷静に答えた。


「ここは広いですし管理もされていませんから、隈なく探せばこっそり抜け出せる穴が見つかるかもしれません。ですが、見つからない可能性もあります。それに、リリス様は今、体力が底をついています。さっき食べたプリンと麦茶だけでは、ほんの気休め程度にしかなりません。とても長時間の探索に耐えられる状態ではないのです」




「……」


 返す言葉がないリリスに、アダムは励ますように続けた。


「大丈夫ですよ、リリス様。私がついているではありませんか。いざという時は私が何とかしますから、とにかく希望を持ってください。今は悲観している場合ではありません」




 それを聞いて、リリスはふと思いとどまった。


 再び目の前の男を見つめる。




 そうだ。


 この男がそばにいる。




 リリスは、ついさっき彼が鉄格子をあっさりと曲げた場面を思い出す。


 あんなに力持ちなのだ。


 それに、ここへ飛ばされてきたときだって、壁にくぼみができるほどの勢いで激突したというのに、傷ひとつ負っていないじゃないか。




 なんだか、だんだんといけるような気がしてくる。


 たとえ外に監視の兵がうじゃうじゃいたとしても、彼ならすべてやっつけてくれるのではないだろうか。


 アダムに励まされるまでもなく、リリスの胸に自然と希望が湧き上がってきた。



「分かった」


 リリスは恐る恐る、それでもはっきりと言った。


「希望を、持ってみる」


「いい心構えです。では――」




 話しているうちに、二人は階段の下へとたどり着いていた。




 リリスは地上へと続く階段を見上げた。


 ただただ眩しいばかりで、外に何が待ち構えているのかは何も見えなかった。


 物音ひとつ聞こえてこない。




 ただ、差し込む陽光を逆光に浴びて、自分を見つめているアダムのシルエットだけが浮かび上がっていた。


「行きましょうか」




リリスは震える心を引き締め、強く頷いた。


「うん。行こう」




 そうやって二人は、階段を上った。


 そのまま地上へと出る。


 するとあまりの眩しさに、リリスは思わず目を閉じた。




 ずっと地下にいたせいで、目が明かりに慣れるまで少し時間を要する。


 アダムはそれを察したように、その場で足を止めてくれた。


 そのまましばらく立ち尽くし、手を握ったままでリリスを待ってくれる。




 そして、ようやく目が慣れてきた頃、リリスはゆっくりと目を開けた。




 まず視界に飛び込んできたのは、木々に囲まれた広い空き地だった。




 森というほど木々が生い茂っているわけではない。


 でも街からは随分と離れた場所だということは何となくわかってくる。


 舗装されていない地面は、雨上がりのせいでどろどろと泥のようにぬかるんでいた。




 そして、向こうに一人の男が立っているのがリリスの目に留まった。


 彼以外には誰もいない。


 広い空き地の中で、ただその男だけがぽつりと佇んでいた。




「あの人は……」


 思わずリリスの口から声が漏れる。




 すると、アダムがその男をじっと見つめながら尋ねてきた。


「誰かご存じですか? リリス様」




 リリスは小さく頷いた。


 そして、その男の名前を口にした。




「……イヴァヌエル」







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