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放電魔女と充電ロボット  作者: 真好
第一章:出会い

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第15話:バイタルチェック






「私に何か、お手伝いできることはありますか?」



 アダムは問いかけた。



 だが、リリスからすぐに「命令プロンプト」が返ってくることはなかった。


 それも無理はないと、アダムは推測する。


 リリスにしてみれば、自分が何を望んでいるかなど、説明するまでもなく明白なはずだからだ。



 さっきまでずっとその話をしていたのに、今更何を聞くのか。


 そんな彼女の困惑を汲み取り、アダムはすぐに言葉を補った。



「これはあくまで形式的な挨拶です。これからは、リリス様からの具体的な『命令』が必要になります。私は、ご主人様であるあなたからの命令がなければ、動くことができない仕組みなのです」



「ご主人、様……?」



「はい、その通りです」


 アダムは深く頷いた。


「リリス様は、今日から私のご主人様です。何なりとお申し付けください」




「……」


 彼女が呆気に取られるのが、一目でわかる。




 けれど、アダムが何か複雑なルールに縛られていることは、これまでのやり取りでなんとなく察したのだろう。


 それ以上深く追求する気力もないようで、彼女はそのままぽつりと口を開いた。



「じゃあ……私を、助けてみて」



 半分投げやりな、どこか試すような口調。


 彼女がまだアダムを信用していないのは明らかだった。



 いきなり現れては、自分は人間ではないと言い張る男。


 そんな存在がこの絶望的な状況を覆せるとは、微塵も期待していないのだろう。



 そんな彼女の不信を理解した上で、アダムは明るい声で答えた。


「承知いたしました。それでは早速、リリス様のバイタルをチェックさせていただきます」



 アダムは繋いだままのリリスの手から、彼女のバイタルサインを読み取り始めた。


 やがて彼の視界に、彼女の命の状態を示す膨大なデータが、次々に浮かび上がる。




【ユーザー生体情報解析レポート】



・心拍数:38 bpm(著しい徐脈。鼓動は極めて微弱)


・血圧:72 / 40 mmHg(重度の低血圧状態)


・血中酸素飽和度(SpO2):87%(低下継続中)


・体温:33.9℃(中等度低体温)


・外傷:表皮の擦過傷、および打撲。致命的な損傷は認められない。


・内臓機能:各臓器ともに基礎的な機能は維持。器質的な欠損・不全は確認されず。


・神経系:脳波の著しい減衰を確認。意識レベルは混濁。




 分析を終えたアダムは、わずかに思考を巡らせた。



 数値を見る限り、リリスは確かに死の淵に立っている。


 しかし、不思議なことに、彼女の体を直接的に破壊している原因は見当たらなかった。



 栄養不足でも、大きな出血があるわけでも、重要な臓器が壊れているわけでもない。


 肉体そのものは、まだ十分に「生きていける」状態を保っているのだ。



 それなのに、彼女の命はまるで底の抜けた器から水が漏れるように、刻一刻と失われている。



「……不可解ですね」


 アダムは、その矛盾した結果を静かに処理しながら、ぐったりと横たわるリリスを見つめた。




 まったくの原因不明である。




 アダムは自分の記憶装置に保存されている、彼の元の世界の人間たちの膨大なバイタルデータを照合してみた。


 でも、今のリリスのような状態は見当たらなかった。



 やはりここは、自分の知る世界とはことわりの異なる異世界なのだと、アダムは学習した。




 つまり、これまでの知識だけで物事を判断してはいけない。




 アダムは即座に思考を切り替える。


 先入観を捨てた新たな視線で、横たわるリリスの全身を再び読み取り始めた。



 もっと多くの情報が必要だった。


 アダムは、節約のために抑えていた全感覚センサーの感度を一気に最大まで引き上げた。



 バッテリーの残量は残り少なかったが、迷っている暇はない。


 ユーザーの命を救うことこそが、何よりも優先されるべき任務だった。



 内部システムが警告を発するほど無理をして感度を研ぎ澄ませていくと、ふいに彼の触覚センサーが「何か」を捉えた。




 ――電気だった。




 電気エネルギー。


 電子が移動することで生まれる、明かり・熱・動力など、あらゆる形に変幻自在な力の源。



 それが、リリスの体から発せられていた。



 しかもその量は、ただの生命活動に伴う電気信号レベルの微弱なものではない。


 彼女の体内には、今にも溢れ出そうとするほどの膨大な電気エネルギーが、まるで限界まで溜め込まれたダムのように蓄電されていた。



 その規模を、アダムは推測してみる。


 現在のセンサーでは正確な数値を測定することさえ不可能だったが、ざっと見積もる。




 すると、大型の発電所一基分に匹敵するほどという推論が出た。




 原因はこれだ、とアダムは結論づけた。


 この現実離れした電気エネルギーの過剰な蓄積が、彼女の体に致命的なエラーを引き起こしているに違いない。



 物理的にはあり得ないことだが、そもそもここは異世界。


 今は分析よりも想像力が必要な場面なのだと、アダムは判断した。



 さらに踏み込んで分析を進める。


 なぜこれほどのエネルギーが、外に逃げ出さず体内に留まっているのか。


 スキャンを続けるうちに、彼はある事実に突き当たった。



 エネルギーの出口となる神経の末端や皮膚の表面に、異常なまでの「抑止力」が働いている。


 それは外部からの干渉ではなく、リリスの内側から発せられていた。




 つまり、リリスは何かを必死に我慢していた。




 彼女は、今にも溢れ出そうとする膨大な電気エネルギーを、まるで爆発寸前の大熱量を小さな箱に無理やり閉じ込めるかのように、必死に蓋をしている。


 たとえ意識が混濁していても、彼女の中の何かが、この力を外に出すことを頑なに拒絶している。


 そうか、これは我慢なんかではないと、アダムは訂正する。




 リリスは今、自分で自分の首を絞めているだけだった。




 一体、なぜ?



 アダムは再び彼女の顔を覗き込む。


 室内は冷え込んでいるというのに、リリスは冷や汗を流していた。



 彼女は一体、何を我慢しているのか。


 身体的な分析だけでは、もはや限界だった。



 これはフィジカルではなく、メンタルの問題である。



 アダムは即座にアプローチを切り替えた。


 全身のスキャンを中断し、焦点を「脳」の一点へと絞り込む。



 アダムは感情を司る脳内物質の動態へと切り替えた。


 そして分析を基に、リリスの「感情チャート」を作成した。




【対象:リリス 脳内ホルモン・神経伝達物質解析データ】



・コルチゾール(ストレス):98.4 ng/mL(極度の慢性ストレス状態)


・アドレナリン(激昂・生存本能):1,250 pg/mL(限界突破の激怒状態)


・セロトニン(安らぎ・心の安定):2.1 ng/mL(致命的な枯渇)


・オキシトシン(愛情・他者への信頼):0.02 pg/mL(ほぼ完全に欠乏)


・ドパミン(喜び・意欲):3.8 ng/mL(深刻な摩耗)


・エンドルフィン(多幸感・痛みの緩和):0.9 pg/mL(機能不全)




 なんという数値なのだ。




 アダムは、全身のトランジスタが逆立つような強い衝撃信号を受けた。




 到底、17歳の少女が耐えられるような数値ではない。




 それどころか、たとえどんなに屈強な戦士であっても、これほどの負荷にさらされれば間違いなく壊れる。


 精神が崩壊するか自ら命を絶ってしまうだろう。



 彼女が今もなお正気を保っていること自体、アダムには奇跡としか思えなかった。




 アダムはさらに分析を進めた。


 おそらく、これが根本的な原因だ。




 これほどのストレスが蓄積されれば、普通は抑えきれない感情が「涙」となって溢れ出すのが生物としての摂理だ。


 だがリリスの涙腺は、長い間使われていないかのように完全に沈黙していた。




 少なくともここ数年、彼女が涙を流した形跡はどこにもない。


 全身には打撲の痕こそ残っているものの、自害の跡もない。


 つまり彼女は、膨大なストレスを外に逃がす行為を、何一つ実行していなかった。




 問題は「電気」ではなく、「感情」の方なのかもしれない。


 アダムが演算の方向性を修正しようとした、その時。


 彼のセンサーが、室内にある「別の生体反応」を捉えた。




 その正体は、すぐに判明した。


 ただのドブネズミだった。




 この牢獄のいたるところで微弱な生命信号は以前から感知されていたため、アダムは予めネズミの出現を予測していた。


 不衛生なこの環境なら、ネズミが繁殖しているのは至極当然のこと。


 アダムは演算の結果、それを無視すべき事象として処理しようとした。




 だが、リリスの反応は違った。


 今にも消え入りそうだった彼女の意識が、近づいてくるネズミの気配に反応したのだ。


 風前の灯火のように、彼女の意識がわずかに明滅したのを、アダムはキャッチする。




 そして、小さな火花が散った。


 ほんの一瞬の出来事だったが、アダムの高性能センサーはその現象を逃さなかった。


 間違いなく、彼女の髪から静電気のような放電現象が起きたのだ。




 つまり、ネズミによる突発的な恐怖が、放電を起こした。


 この新たなデータを得て、アダムは直感的に一つの結論を導き出した。


 リリスが見せていた、あの驚異的な忍耐力の正体がようやく見える。






 彼女の感情と、体内の電気エネルギーは、密接にリンクしている。






 例えば磁場の変化が電流を発生させるように。


 彼女の感情が揺れ動き、増幅されるたびに、


 それに呼応して電気が生まれてしまう仕組みなのだ。






 つまり彼女は、単に感情を押し殺していたわけではない。


 体内の電気が暴走するのを防ぐためだったのだ。


 仕方なく、そうしてきたのだ。






 なぜそこまでして電気を抑える必要があるのか。


 その理由は今はどうでもいい。


 とにかく、リリスがこれほどまでに衰弱している原因をアダムは突き止めた。


 今はそれだけで十分だった。




 アダムは迷いを捨て、彼女を生き返らせるための次の段階へと踏み出した。


 結論は一つ。



 彼女の感情を揺さぶり、電気を無理やりに吐かせるしかない。




 まるで、喉に詰まった異物を力技で押し出すハイムリック法のように。




 だが、どうやって彼女の感情を動かせばいいのか。


 ストレスを刺激するのは一つの手だ。


 例えば、近くに転がっているネズミの死骸を拾い上げ、彼女の目の前に突きつける。




 だが、アダムはその考えをすぐに打ち消した。


 衰弱しきった今の彼女にそんなショックを与えたら、どうなる?


 回復どころかそのまま事切れてしまうかもしれない。




(何か……別の手段を)


 アダムが思考を高速で回転させていた、その時だった。


 リリスの手を握っていない方の自分の手に、アダムは気が付いた。




 何かがぶら下がっている。




 それは、コンビニのレジ袋だった。







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