表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モンスター娘の生態、全部愛します。〜偏見なしの優しさが、彼女たちの世界を変えるまで〜  作者: 善屋
第一幕:モンスター娘との遭遇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/9

第4話「森の案内人」


 朝のギルドは、思ったより賑やかだった。


 依頼票を受け取り、簡単な説明を聞く。捕獲対象は小型の野生動物で、生態調査が主な目的らしい。罠を仕掛けて確認し、記録をつけて戻る。単純な作業だが、対象の種類や習性を知っていると効率が段違いに変わると依頼主は言っていた。


 「生態看破(せいたいかんぱ)のスキルがあるなら、向いてると思う」と受付嬢が送り出してくれた。「無理はしないようにね」


 街を出て、森の入り口に差し掛かると、においが変わった。


 腐葉土と苔の、あの森のにおいだ。

 

 二日前にここで目を覚ました、とは思えないくらい、もう遠い感じがした。


---


 森の中は、静かだった。


 依頼で指定された区域に向かいながら、俺は足元に気をつけて進んだ。昨日受付嬢から「魔物の気配が濃くなっている」と聞いていたが、今のところ異変は感じない。鳥の声が聞こえるし、草むらで小さな何かが動く気配もある。


 ふと、立ち止まった。


 スキル「生態看破(せいたいかんぱ)」が、何かに反応している——という感覚が、なんとなくわかってきた。頭の中に、ぼんやりとした情報が滲み出てくるような感じだ。草むらの向こうに小型の獣がいる。警戒しているが、脅威は感じていない。水場を探している。


 (これが、生態看破か)


 動物番組で解説を聞くのに近い感覚だった。言語化される前の、直感的な「わかる」。こちらが静かにしていれば、向こうも落ち着く。急がない、脅かさない。罠を正しい場所に置けば、自然に誘導できる。


 依頼の罠をいくつか仕掛けながら、俺は森の奥へ進んだ。


---


 視線を感じたのは、三十分ほど経ったころだった。


 木の上だ。


 俺はゆっくりと顔を上げた。


 枝の上に、ホロがいた。


 着物姿で枝にまたがり、こちらをじっと見ている。目が合った瞬間、少しだけ体が強張ったが——逃げなかった。前回は飛び去ろうとしていたのに、今日は違う。ただ静かに、俺を見ていた。


 「こんにちは、ホロさん」


 俺は自然に声をかけた。


 「……こんにちは」


 小さいが、ちゃんと返ってきた。それだけで、少し嬉しかった。


 「依頼で来ました。この森の動物の捕獲調査で」


 「……知ってる。さっきから見てた」


 「そうですか」と俺は苦笑した。


 ホロは何も言わなかったが、枝の上で少し身じろぎした。


---


 それからは、不思議な時間だった。


 ホロが枝から降りてくることはなかったが、俺が罠を仕掛けて移動するたびに、少し離れた距離でついてきた。木の上を、蜘蛛の脚で静かに移動しながら。声をかけると答えてくれる。でも自分からは話しかけてこない。


 それでも、いないよりずっとよかった。


 「この辺に巣を作ってる小型の獣、何種類くらいいますか?」


 「……四種類。水場の近くにいるのと、倒木の下に住み着いているのと、木の洞を使うのと」


 「倒木の下のは、昼間は出てきませんよね」


 「そう。夜行性。昼に罠を仕掛けても、かからない」


 「やっぱり」


 依頼書の指定種に昼行性のものが含まれていたので、そちらを優先した。ホロが教えてくれる情報は、どれも正確で細かかった。どの木の根元に餌になるものが多いか、どの方向から風が吹くか、どこに水が湧いているか。この森のことを、骨の髄まで知っている。


 「ここに長く住んでるんですか?」


 少し間があった。


 「……三年、くらい」


 「ずっと一人で?」


 「……うん」


 それ以上は言わなかった。俺も深く聞かなかった。三年、という言葉の重さだけを、静かに受け取った。


---


 昼を過ぎたころ、罠の半分にかかりがあった。


 小型の毛並みのいい獣が一匹、おとなしく捕まっていた。怯えているが、怪我はない。俺はゆっくりしゃがんで、手を差し伸べた。


 「大丈夫。すぐ記録したら逃がすから」


 もちろん獣に言葉は通じない。でも、声のトーンは伝わる。少し時間をかけると、鼻先をこちらに向けてきた。


 背後で、小さく息をのむ気配がした。


 振り返ると、いつの間にか木から降りたホロが、数歩先に立っていた。獣と俺を見比べるように、目を丸くしている。


 「怖くないんですか、あなたは」


 「怖くないですよ、この子は」


 「そういう意味じゃなくて……」


 ホロが言葉を切った。自分が言いたかったことを、うまく形にできないような顔をしていた。


 俺は記録をつけてから、そっと獣を解放した。茂みの中へ、あっという間に消えていく。


 立ち上がって、ホロを見た。


 「俺、動物が好きで。怖いとか、そういう前に、どんな生き物なんだろうって気になってしまうんです。たぶん、ホロさんに最初に会ったときも、同じだったと思う」


 ホロが、目をしばたたいた。


 「……私も?」


 「ええ。蜘蛛の脚、初めて見ましたけど、怖いより、すごいなと思いました。木の上も軽々移動するし、今日の案内も正確だし」


 しばらく、沈黙が続いた。


 ホロは俺を見ていた。何か言おうとして、やめて、また少し俯いた。


 「……変な人」


 「よく言われます」


 「……褒めてない」


 「わかってます」


 俺が笑うと、ホロが顔を背けた。でもその横顔は、さっきより少し柔らかかった。


---


 残りの罠を確認して、依頼の作業は夕方前に終わった。


 帰り道の入り口まで戻ったところで、俺は振り返った。ホロは少し離れた木の根元に立って、こちらを見ていた。


 「また依頼で来ると思います。そのとき、また教えてもらえますか」


 ホロは少しの間、黙っていた。


 「……依頼なら」


 「依頼じゃなくても来ますけど」


 「……」


 「また来ます。今日はありがとうございました」


 頭を下げると、ホロがかすかに頷いた。


 俺は森を出た。背中に視線を感じたが、今日は振り返らなかった。


 また来るから、それでいい。


 そう思いながら、夕暮れの街道を歩いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ