表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/21

第5-2話 25%の革命

――二十五%と、小さな革命――


 翌日、実験場所は研究室ではなく、大学校の庭になった。


 風がある。雲が流れる。条件は良いとは言えない。

 けれど室内に閉じこもると、光の当たりが偏る。乾燥室の“一点”が、あれほど分かりやすく示していた。


 エミリアは板を運ばせ、白布で反射を抑え、器具を丁寧に並べていった。

 石英プリズムは見た目には地味だ。だが光を通すと、机に落ちる虹の「見える端」の外側で――見えないはずの場所で、銀の薬が反応する帯が、ほんの僅かに現れる。ガラスでは途中で消えてしまった“外側”が、石英ならわずかに透過する。


「条件が揺れるぶん、回数で確かめたいの。……付き合ってくれる?」


 クラリスは肩をすくめた。


「ええ。風に負けるのは嫌だものね」


 エミリアはツノウサギのひまわりの種くらいの小さな魔石を、ずらりと並べた。

 同じ大きさ。似た色。似た手触り。――似ているからこそ、数で差が見える。


 日よけ布を張る。プリズムを固定する。虹の帯の外側を少し削り、青から紫のあたりがなるべく安定して当たるように整える。余計な色を混ぜない。条件を揃える。それだけで、実験はぐっと静かになる。


 そしてエミリアは、もう一枚、長い紙を広げた。


「こっちは……銀の薬品、だっけ」


「うん。見えない帯を“目で見る”ための手順が、本に載ってたの」


 エミリアは本を開き、指で行をなぞりながら、落ち着いた声で読み上げた。


「まず紙に食塩水を塗るの。次に銀の化合物を塗る。光が当たると色が変わっちゃうから、乾かすときは暗い箱の中。……乾いたら、観測用の暗箱で、プリズムの虹の上に置く」


 黒布を貼った木箱の蓋を閉めると、昼の庭に小さな夜がひとつできた。


 乾いた頃合いで紙を取り出し、虹の上へそっとずらしていく。

 のぞき窓に目を当てて、横から余計な光が入り込まないように、ぴたりと顔を寄せる。目の前には、細いスリットから出る光がプリズムで分けられた虹が並んでいた。


 最初は何も起こらない。けれど――紫の端の、さらに外側。何も光がないように見える場所で、紙がわずかに沈んだ色を帯びた。


「……そこ、虹の外よね」


「うん。ここに“目には見えないけど、薬が反応する光”がある」


 クラリスが箱の蓋を開け、エミリアが定規で距離を測る。

 変色はじわじわ広がる。だからこそ、最初の点を取り逃がさない。


「銀の薬品が反応するってことは……その光が、薬品を変える力を持ってるってことだよね」


 エミリアが言うと、クラリスは短く頷いた。


「うん、つまり、化学反応を起こす力が強いということよね」


「だから、エネルギーの密度が高いって考えられる。魔石にも“エネルギー”が届きやすいはず」


 ただし、とエミリアは紙から目を離してプリズムに触れた。


「ガラスだと、この帯がほとんど届かないの。虹は出るけど、“外側”は消えちゃうみたい。石英だと、僅かだけど外側まで透す」


「だから、今日は石英プリズムなのね」


「うん。ここからが本番」



 青から紫、その外側。

 そこだけがなるべく混ざらないように、エミリアは板に印を付け、置く位置を決めた。


 小魔石を並べる。時間を測る。記録する。

 ただ――すぐに、彼女は首を傾げた。


「わたしの触った感覚だけだと……“入った”ことは分かるんだけど……“どのくらい入ったか”までは言い切れないみたい」


「昨日、指の感覚が狂ったって言ってたものね」


「うん。だから今日は、別の測り方にしたい」


 エミリアは、クラリスの杖を見た。

 そこには“基準”がある。戦場で毎日使われ、勝手に嘘をつかない基準だ。


「クラリス。お願いがあるんだけど……“使い切る試験”をしてもらっていい?」


「使い切る?」


「うん。チャージした石を、いつもみたいに使ってもらうの。空になるまで。そうしたら、その石がどれくらい入ってたか、だいたい見当がつくでしょう?」


 クラリスは少しだけ考えて、頷いた。


「いいわ。手順を決めて。私の“使い方”が揺れたら、意味がない」


「ありがとう。……同じ魔法を、同じ強さで、同じ回数。できるだけ一定にする」


 エミリアはノートに短い手順を書いた。

 杖の魔力通路のくぼみに小さな魔石を収めると、クラリスが魔法を放つたび、その石の魔力も引っ張られて一緒に出る。石に魔力があるうちは火球が少し強くなり、石が空になると火球は元の強さへ戻る。つまり“戻った瞬間”が、空の合図になる。


 再現しやすい技に合わせるため、クラリスが普段から使い慣れている「短い火球」を一定距離へ飛ばす手順にした。


「じゃあ、まず一本目」


 小魔石を、紫の外側の帯へ置く。

 しばらく当てる。取り上げる。

 クラリスへ渡す。


 クラリスは庭の端へ歩き、手順どおりに魔法を撃つ。

 一定の間隔。一定の出力。ぽん、ぽん、ぽん。

 ……そして、ふっと、火球が小さくなった。


「はい、終わり。今のが“空”」


 エミリアはすぐに受け取って記録する。

 何回で空になったか。最後の数回でどれくらい弱ったか。


「次。今の石を、また同じ場所に置く」


「さっき空にした石を? また?」


「うん。チャージして、また使って、また空にする。これを繰り返すと、“増え方”と“頭打ち”が見えてくると思うの」


 クラリスは笑った。


「地味だけど、分かりやすいわね」


 地味な作業が続いた。

 チャージ。容量試験。空。

 またチャージ。容量試験。空。

 雲で日が隠れたら待つ。日が出たら時間を数える。


 三十分当てた石、一時間当てた石、もっと長く当てた石――同じ手順で比べると、最初の数回は明らかに差が出た。

 クラリスが使える回数が、じわじわ伸びる。


「増えてるね」


「うん。……でも、ずっとは伸びない気がする」


 その予感は当たった。

 長時間チャージしても、あるところから回数が伸びにくくなる。わずかに増えるけれど、増え方がだんだん鈍ってくる。


 エミリアはノートに線を引き、同じ石の記録を縦に並べた。


「……ここが限界」


「限界?」


「うん。これ以上、長く当てても、使える回数が増えない。増えたとしても誤差の範囲。……たぶん、ここが、光で“入る量”と、自然に“抜ける量”の釣り合いなんだと思う」


 クラリスは腕を組んで、感触を確かめるように首を傾けた。


「私の杖の石を“満タン”だとすると……今のは、だいたいその四分の一くらいの感触ね」


 エミリアが顔を上げる。


「四分の一……」


「うん。ざっくりだけど。――二十五%くらい」


 数字にすると素朴だった。

 けれど素朴だからこそ、嘘をつかない響きがある。


 エミリアは別の石でも同じ試験をした。結果は似た形で、同じあたりに収束した。


「……やっぱり二十五%前後に集まる。太陽光の“青の外側”だけでチャージしても、それ以上には上がらない」


 クラリスが肩をすくめる。


「……正直、ちょっと“それだけ?”って思った」


 発見の凄さは分かる。見えない帯があって、それが確かに石の魔力量を押し上げる。

 でも上限が二十五%。しかも小石で二十五%。


「大きい魔石でもできるんでしょうけど、大きい分だけ時間がかかる。――私の杖みたいな高品質の大きな魔石なら、年単位になりそうね。実戦で今すぐ役に立つ、って感じじゃないわ」


 エミリアは小さく笑った。否定しない笑いだった。


「うん。そう思うの、自然だと思う。私も最初は同じだったよ」


 そして、と彼女は言葉を継いだ。


「でもね。“それだけ”でも、工夫次第で、できることが増えると思うの」



 エミリアは研究室の隅から、粗い魔石を持ってきた。見た目だけは立派だが、魔力の入りが悪く、出力も安定しない。現場では「外れ」として避けられやすい石だ。


 クラリスは頷く。


「低級魔石は、使い切ったら終わり。どのくらい使えるか分からないから、いつ空になるかも分からない。戦闘用には使えないね」


「うん。……でも、終わりじゃないかもしれない」


 エミリアは低級魔石を、青から紫の帯へ置いた。時間を置く。取り上げる。

 クラリスに渡す。


 容量試験。ぽん、ぽんと火球を撃って、わざと魔力を消費する。

 容量はとても小さい。

 ――けれど、ゼロではない。


「……これでも、二回の火魔法には使えるわけか」


 クラリスが言うと、エミリアは嬉しそうに頷いた。


「うん。低級魔石は高級魔石みたいに二十五%までは届きにくい。石の性質で上限は低いと思う。でも――ゼロから、火球二回分くらいの“使える”ところまでは戻せる」


 言いながら、エミリアは付け足すのを忘れなかった。


「もちろん、火球一回分も戻らない石もあると思う。……でも“戻る石がある”ってだけで、世界が変わる」


 クラリスはゆっくり笑った。


「ゴミとされた魔石でも、一回二回は“使えるもの”になる。……これは革命ね」


「……うん。小さいけど、確かに革命だと思う」


 エミリアはノートに、決定的な二行を書いた。


 《太陽チャージ上限:≈25%(青の外側で収束)》

 《低級魔石:再チャージ可能(上限は低いがゼロではない)》


 庭の光は雲で一度弱くなった。

 けれど石英の上に落ちる帯の“青い端”は、また戻った。



 研究室へ戻ると、隅に麻袋が積まれていた。口を縛りきれていない袋から、黒い欠片がこぼれている。


「それ、何?」


「空になった魔石。戦場と工房の……残りもの」


「残りもの?」


「普通は削って張り合わせて、杖の魔力伝導路にする。それでも余る分は炭素質だから、炉で燃やされる。……そこで終わり」


 エミリアは欠片を一つ摘まみ、指先で転がした。軽い。冷たい。

 ――そして、どこか“通り道”の気配だけが残っている。


「……でも、量がある」


「量?」


「捨てるほどあるなら、捨て方を変えれば、使い方も変わるかもしれない」


 クラリスは肩をすくめた。


「また、危ないこと考えてる顔」


「まだ考えてるだけ。今日の革命は、二十五パーセントと再チャージ……それで十分」


 エミリアは袋の口を縛り、机の下へ押し込んだ。

 しまったのではない。保管したのだ。


 白い光の端は、石を少しだけ満たす。

 少しだけ――けれど、その少しが、捨てられるはずだった石を、もう一度“使える”へ戻す。


 それだけで、戦場は変わる。

 変わり方は静かだ。けれど静かな変化ほど、後で大きく効いてくる。


「……すごいのは分かる。でも、まだどう変わるかが私には想像できないわ」


 クラリスが言うと、エミリアは頷いた。短く、けれど優しい頷きだった。


「うん。だから、次を考えるの」


 机の下で、麻袋が小さく鳴った。

 黒い欠片が、未来の形を待っている音だった。


 ある日の夕方、研究室の扉を叩いた下級職員が、伝聞めいた話を落としていった。

 グレンウッド領から、水晶を産出する鉱山へ――水晶の“大量注文”が入ったという。

 単位は、箱でも樽でもなく。トンだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ