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第28話 狙撃

 魔砲は強かった。強いが大きい。砲身は重く、撃てば熱を持ち、すぐには触れない。交換には手がかかり、砲身の載せ替えにも整備にも大勢の人手が要る。あれは陣地を守る兵器としては頼もしいが、持って歩いて、人を狙い、倒すための道具ではなかった。


 だからエミリアは、その次を考えたのである。


「魔砲の次は、狙撃です」


 王立大学校の研究棟でそう言うと、机の向かいにいたクラリスが、手元の本から顔を上げて少しだけ眉を動かした。


「言っていることは分かるのだけれど、改めて口にされると、なかなか物騒な話になるわね。あなた、そういうことを本当にまじめな顔で言うから、余計に怖いのよ」


「兵器の話ですから、まじめに考えないといけません」


「そういうふうに返されると、こちらも反論しにくいのよね」


 ヘレーネが一メートルほどの黒い棒を持ち上げ、窓から差し込む光にかざしながら首を傾げた。


「それで、これが杖本体ということになるのかな。見た感じは、杖というより、ずいぶん長い配管みたいだけど」


「分類としては加速部です。見た目については、その理解でだいたい合っています」


「夢がないねえ。せっかく新兵器なのだから、もう少し杖らしい響きがほしいところなんだけど」


「夢より信頼性です」


 横で細い黒鉛片をつまんでいたアリアが、感心半分、呆れ半分といった顔でため息をついた。


「信頼性を考えるなら、こういう細いものを削る側の苦労も、少しは考えてください。これ、ほんの少し機嫌が悪いだけで欠けますよ。削っている途中で、あっと思った瞬間に先が飛びますからね、そうなると信頼性なんてガタ落ちですよ」


 そのとき、扉が軽く叩かれた。返事をするより先に、覗き込むようにしてセドリック教授が顔を出す。


「失礼。もう始まっているかなと思ったけれど、ちょうどよさそうだね」


 教授は室内に入るなり、机の上の黒い部材の山をひと目見て、いつものように少しだけ笑った。


 ノエミさんは記録紙を整えながら、どこか面白がるように言った。


「今日は狙撃用の試作だそうです。範囲兵器の次は一点突破、というのがエミリアさんの方針らしくて」


「順番としては自然だね。範囲を焼けるようになったなら、その次に狙う相手を限定したくなるのは、研究としても兵器としても分かる話だ」


「教授まで肯定するんですね」


「エミリアくんが本気で次を考え始めた時点で、止めるより筋道をつけたほうが安全だからね。少なくとも、どこが危ないかは先に分かっていたほうがいい」


 それは、研究室の誰もが否定しなかった。


◇◇


 エミリアは黒板の前へ立ち、白墨で杖の断面図を引き始めた。太い加速部、その先の収束部、中央の極細芯。線を一本ずつ足しながら、振り向かずに言う。


「最初の実験目的は、いきなり狙撃を完成させることではありません。まず極細黒鉛芯で魔素転換点を超えられるかを確かめて、超えたなら、どこでどのように反応が立つか、それから芯がどの程度持つかを見るところまでです。そこを確認しないと、どこで何が起きたのか分からなくなります」


 クラリスは黒板の文字を見ながら、納得半分、からかい半分の口調で言った。


「つまり今日は、狙撃というより、黒鉛がどこまで耐えるかを見るのね。ずいぶん地味だけれど、そういう進め方のほうが、あなたらしいと言えばあなたらしいわ」


 クラリスがそう言うと、ヘレーネが肩を揺らして笑った。


「雑に進めて痛い目を見た経験が、そのまま方法論になってるんだ。説得力がありすぎるね」


 エミリアは黒板の中央、極細芯の部分を指先で示した。


「最初は、ここで魔素転換点を超えたら熱が出るはずです。だから、この先の極細芯は相当な熱を受けるはずで、その対策が必要です。黒鉛というものはもともとかなりの耐熱性がありますから、どの程度持つかどうかを見るつもりでした。もし足りなければ、冷却する仕組みを足すか、消耗品として交換式にすることも考えます」


 ヘレーネが感心したように目を丸くする。


「最初からそこまで考えていたんだね。普通は作ってみてから慌てそうなところだけど、最初から『駄目なら交換式』まで入っているのは、ずいぶん現実的だ」


「兵器として考えるなら、壊れることも考えておかないといけません」


「そういうところが、やっぱり少し怖いのよね」


 クラリスはそう言いながらも、黒板の図に視線を戻した。


 エミリアはさらに図を描き足し、一メートルほどある加速部から先端の黒鉛部へ魔素が送り込まれ、漏斗状の収束部で密度を上げて、極細芯へ導かれる流れを示した。


「ここで加速して、ここで集めて、ここで転換点を超えさせる――その想定です。これは、鉛筆の芯の部分に当たるところと、木軸に当たる部分があります。まだ木軸にあたる部分は作っていません。今日は芯の部分だけを実験します」


 そのとき、先端部材を見つめていたアリアが、ふと指を止めた。黒鉛の入口から芯へつながるあたりを爪先でそっとなぞりながら、少し考えるようにして口を開く。


「理屈とは少し別の話になりますが、ここ、形があまり良くないかもしれません。急に細くなりすぎていて、角がきついです。こういうところに急な角があると、中でぶつかって流れが悪くなりそうなんですよね。このあたりから曲面にして、もう少しなだらかにつないでいったほうが、芯へ入りやすくなるのではないでしょうか」


 ヘレーネが身を乗り出した。


「形が悪い、でそこまで分かるものなの?」


「削る側から見ると、分かることがあるんです。空気や水などの流れるものは、形が悪いとガタガタ振動したりしますし、急に絞ると中で渦や乱流になります。魔素が同じとは限りませんが、少なくとも、このままより丸くつないだほうが素直になる気がします」


 エミリアは部材を受け取り、改めて断面を見直した。たしかに、線としては細くなっているが、入口から芯の根元へ向かう形が直線的すぎる。


「……なるほど。中心へ入りにくくなっているのかもしれませんね」


「そういうことだと思います。少なくとも、私はそちらの形のほうが好きです」


「お願いします」


 アリアは、予想していましたと言いたげに微笑んだ。


「そう言われると思って、もう半分削り始めています。この研究室にいると、先読みしておかないと間に合いません」


 試作杖の固定治具は、ヘレーネが先に用意していた。机の端に頑丈な台を組み、杖が正面をまっすぐ向くように締め具で固定し、その正面には受けとして厚い黒鉛板を立ててある。木板では発火の危険があるし、薄い板では止められるかわからない。今日はとにかく、どこで何が起きるかを見ておきたい。


 そうして組み上がった最初の試作は、露出する黒鉛芯を長めに取った構造になった。エミリアとしては、もし魔素転換点に達するのならば、黒鉛芯の入口に近いはず。そこで反応するなら、その位置をまず見たい。だから観測しやすいように長くし、そのどこで熱が発生し、どこが燃えて減るかを確かめるつもりだったのである。


◇◇


 最初の射手は、もちろんクラリスである。強い魔力を持つ彼女なら、現象が見えやすいだろうと、誰もが自然に考えた。


「まずは軽めにお願いします。できれば、本当に軽く」


 エミリアが念を押すと、クラリスは苦笑した。


「分かっているわよ。あなたの『軽く』が、だいたい信用ならないのは知っているけれど、今日のところは本当に様子見なんでしょう。だったら、こちらも少し遠慮して撃つわ」


 クラリスが固定治具の後ろから杖へ魔素を流し込む。すると、極細炭素線の入口から十センチほど先の位置で、白い光が細く立った。次の瞬間、その部分の芯は焼けて炎を上げたあとに消え、先がわずかに失われる。


 だが、それは魔素、あるいは魔力の線、すなわちビーム状にはならなかった。白く光ったのは一瞬だけで、そこで終わったように見え、奥の黒鉛板にもそれらしい痕跡は現れない。


 エミリアは目を細め、焦げて短くなった芯を見た。


「十センチ……ですね。しかも、光ったところがそのまま燃えています」


 次に、お茶とケーキを食べに来ていた女子学生のアンナ・メルツに無理やり頼み込み、もっと弱い魔法で試してもらう。すると今度は、極細炭素線の入口から三センチほど先にあたる位置で白い光が立ち、やはりその部分の芯が焼けて、わずかに短くなる。こちらも線にはならない。


 もう一度クラリスで撃てば、やはり十センチほど先で白く光り、アンナでは三センチほど先で白く光る。ノエミさんが黙々と距離を記録紙に書き並べていくにつれて、差がきれいに出ていることだけは明らかになった。


 だからこそ、理屈に合わないように見えた。


「想像と逆ですね」


 エミリアは、記録紙から顔を上げて言った。


「クラリスのほうが強いのだから、もっと近いところで激しく反応しそうなのに、実際には遠くで光っています。しかも、どちらも線にならずに点で終わっています」


 クラリスは少し不満そうに肩をすくめた。


「強いなら、近くで派手に燃えてくれてもよさそうなものなのにね。結果だけ見ると、妙に遠慮があるというか、品がいいというか」


「近くで派手にやられたら、部屋が危ないです」


「それは分かっているのだけれど、理屈の上ではそうなりそうでしょう、という話よ」


 ヘレーネが先端を覗き込み、傷んだ芯を確認する。


「でも、燃えたところはちゃんと減ってるね。やっぱり芯は消耗品と考えたほうがよさそうだ」


「はい。少なくとも、芯だけは交換が必要です」


 アリアも慎重に先端を見て、小さく頷いた。


「交換式にしておいて正解でしたね。これなら外側全部を替える必要はありませんが、芯の部分だけは何度も使えません」


 失敗ではない。むしろ現象はよく出ている。けれど、現象がきれいに出ているのに意味がすぐには分からない、というのが研究ではいちばん厄介だった。何も起きないなら条件不足で済むが、起きているのに解釈できないと、急に足元が見えなくなる。


 研究室の空気が、少しだけ重く静かになった。


 その静けさの中で、セドリック教授は記録紙と杖先のあいだを何度か見比べていたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「たぶん、皆がひとつ前提を置きすぎているんだろうね。転換点を超えた場所で、すぐ反応が立ち上がると思い込んでいる」


 エミリアがはっとした顔を向ける。


「すぐ、ではないのですか」


「必ずしも同時とは限らないと思う。転換点を超えて、反応が起きうる状態になることと、実際に白熱することのあいだに、わずかな遅れがあると考えれば、今の結果はずいぶん素直に読めるのではないかな」


 ノエミさんが、言葉を受け取るようにすぐ紙の余白へ書き始めた。


「立ち上がりまでの遅れがある。だから、そのあいだにどれだけ先へ進んだかの差が、三センチと十センチに出ている……」


「そういうことだね」


 教授は黒板の前へ歩き、杖先の外側に小さな点を打つ。


「この三センチと十センチは、強さの差というより、進み方の差だろう。クラリスくんのものは、立ち上がるまでに、より先まで進む。アンナくんのものは、そこまで進まない。そう考えると、この記録は納得できる」


 エミリアは白墨を取り、その図を少し勢いよく書き直した。


「では、この距離差は、反応が立ち上がるまでに進んだ距離の差……」


「そういうことになるね。ただし、その差が何で決まるのかは、まだ決めつけないほうがいい。魔素そのものの進み方なのか、押し込み方の違いなのか、あるいは別の条件があるのか。そこはまだ分からない。ただ、三センチと十センチは、何かが違う痕跡として記録された。まずはそれで十分だろう」


 エミリアは小さく頷いたが、なお記録紙を見つめたまま言った。


「でも、もう一つ分かることがあります。クラリスさんだけでなく、アンナさんでも三センチ先で燃えてしまいます。本来は少しづつ魔力を放出させながら、線、ビームを出したかったのですが、3センチ先で全部放出し終わってしまっているのです」


「最初は、クラリスさんが強すぎるからだと考えました。でも、アンナさんでも燃えます。なら、この杖は普通の魔法使いに対しても、かなり効きすぎているんだと思います」


 ヘレーネが腕を組んだ。


「つまり、術者が頑張りすぎているというより、杖のほうが勝手に魔力放出を頑張りすぎているわけだね」


「はい。少なくとも、その可能性は高いです」


 教授が、今度は記録紙の別の列を指した。


「それから、もう一段だけ整理しておこうか。今ここで見えている違いは、三種類ある。何も出ない。線になる。発火する。この差は、どうも『入った量』の側にありそうだ」


 ノエミさんがすぐに追う。


「小だと何も出ない。中だと本来の目的である線になる予定。大だと発火する、という並びですね」


「そう読める。ただし、量が多ければ何でもいいわけではないんだろう。速度を圧縮に利用しているという原理なら、進み方が鈍すぎれば、大でも線にも発火にも届かないということもあり得る。今の時点で分かるのは、せいぜいそこまでだね」


 エミリアは、その整理を黒板の端に書き留めた。


「量と、進み方は別……」


 クラリスが苦笑する。


「なんだか、ずいぶんややこしい武器になってきたわね」


「はい。でも、方向は見えました。何も出ない量では足りない。大きすぎると近くで白熱して燃える。中くらいで、線として続くところを狙えばいい」


「言うのは簡単なのよね。その『中くらい』を当てるのが面倒そうなのだけれど」


「そこは練習ですね」


 アリアは先端部材を見ながら、別の角度から話を戻した。


「あと、露出している黒鉛芯は短くしてよさそうです。一番近い白熱が三センチなら、それより芯を短くしておけば、少なくともその先の空中での魔力放出になりますので、芯を燃やさなくなりますね」


「そうですね。最初は長くして、どこで起きるかを見るためでしたから、位置が決まった以上、露出は短いほうが安全です」


◇◇


 そうしてようやく、研究室の空気が少しだけ緩んだ。


 ちょうどその頃、アニーとベラが茶とケーキを運んできた。湯気の立つ杯が並ぶと、張りつめていた空気が、少し人間らしくほどける。


「少し休憩をどうぞ」


「ありがとうございます」


 クラリスが杯を受け取りながら、試射板の方を眺めた。


「今日は大穴が空いていないのね。見た目だけなら、ずいぶんおとなしい実験に見えるわ」


「それはそれで、だいぶ怖いですね」


「はい。たぶん、そちらのほうが怖いです」


 みんな少しだけ笑った。笑ってはいるが、話している内容は十分に物騒である。


 休憩のあいだに、アリアは削り直した部材を布の上に並べて見せた。収束部はさっきより滑らかに丸められ、露出する黒鉛芯も短くなっている。


「曲面のつながりは、さっきより素直にしてあります。芯の露出も三センチより短くしてありますから、次は見やすいはずです」


 ヘレーネが覗き込みながら笑う。


「ずいぶん可愛らしくなったね」


「可愛い部品ほど折れやすいので、あまり可愛いと言わないでください。削る側が落ち着かなくなります」


 その指摘には、研究室の何人かが静かに頷いた。


 夕方の光が斜めに差し始める頃、試作杖はもう一度組み上がった。滑らかな収束部、短く詰めた露出芯。木軸部分の放出口はまだない。今日はあくまで芯だけで、線として飛ぶかどうかを見る。


 エミリアは収束部を外し、芯を替え、締め直しては位置を見て、また外して寸法を確かめる、という作業を、ここしばらく何度も繰り返していた。


「今度は、本当に弱くお願いします。強く入れると、また近くで白熱すると思います」


 エミリアがそう言うと、固定治具の後ろに立ったクラリスは、苦笑しながら肩を回した。


「便利な道具ほど、加減が難しいのね。でも、言いたいことは分かるわ。強く撃つのではなくて、飛んでいるあいだ、少しずつ続くようにしたいんでしょう。なら、その微妙なところを狙ってみる」


「お願いします。線が見えれば十分です」


「はいはい。じゃあ、ほんとうに、ちょいっとだけね」


 クラリスはそう言いながら姿勢を整えた。戦場で見せる構えより、さらにずっと脱力している。見ている側が不安になるほど力を抜いているのに、むしろ今はそのほうが正しいのだと、皆もう理解していた。


 そのあいだにも、エミリアは先端金具の締まりをもう一度確かめようとして、半歩だけ前へ出た。射線から外れているつもりだったが、実際には十分ではなかった。ほんの少し横へ寄れば済む位置なのに、その注意が、慣れた作業のなかでは抜け落ちる。


 研究室が静まり返る。


 クラリスが、ほんとうに力を抜きまくって、ほんの少しだけ魔素を流し込んだ。


「ぷしゅ」


 音は、それだけだった。


 今度は白い光が点にならず、細い線として続いた。しかも、その線は前へ伸びる。


 その瞬間、エミリアの頬のすぐ脇を、何かが通り抜けた気がした。


 次の瞬間、奥の黒鉛板に、小さな小さな穴がひとつ空いていた。針で穿ったような点だった。


 研究室の空気が、一拍遅れて凍る。


 エミリアはゆっくりと自分の立っていた位置を見て、それから黒鉛板の穴を見て、ようやく、たった今なにが起きたのかを理解した。


「……こわっ」


 漏れた声は、素のままだった。


 クラリスが固定治具から手を離し、眉をひそめる。


「今の、かなり抜いたのだけれど」


「抜いてそれですか」


 ヘレーネが額を押さえた。


「エミリア、いま射線のすぐ脇にいたよ。さすがに、そこは自信満々に立っていていい場所じゃない」


 アリアも、珍しく少し強い口調になる。


「部品を何度も触っているうちに、位置の感覚が甘くなっていましたね。次から、先端に手を入れた人は、必ず一度大きく下がってください。今は、成立確認と同時に、被害確認まで済ませる必要はありません」


 ノエミさんは記録紙を閉じながら、静かに言った。


「原理が成立したのは収穫だけれど、同時に、これが十分に危ないと分かったのも収穫だね」


 教授が頷く。


「研究というのは、成功したときほど気をつけないといけない。気を抜いたりしてしまうので、事故は、そういうときに起きやすいからね」


 エミリアはまだ黒鉛板の小さな穴を見つめたままだった。細い。静かだ。なのに、今までとは明らかに違う。近くで点になって終わるのではなく、ちゃんと線として飛んで、届いている。しかも、まだ木軸部分の放出口は作っていない。飛んだのは芯だけのはずなのに、もう十分に怖かった。


 狙撃魔法杖には、まだ完成ではない。けれど、もう「できるかもしれない」ではなかった。部品の一つはできてしまったのだ。


 エミリアは黒鉛板の穴からようやく目を離し、まだ少し青い顔のまま、それでも研究者らしい口調で言った。


「今後は、誰が撃ってもちょうどいいくらいに調整する仕組みが必要ですね。射手の匙加減に頼りきりだと、運用できる人数が限られてしまいますから」


 しかし、その場にいた他の面々は、ひと呼吸ぶんだけ黙った。


 最初に眉をひそめたのはクラリスだった。


「……でも、それでいいのかしら」


 ヘレーネも腕を組み、どこか呆れたように続ける。


「今のを見たあとでその結論に行くの、すごいね。要するに、誰でも狙撃できる武器を作ろうとしているわけでしょう。それ、技術としては正しいんだけど、別の意味でだいぶ怖いよ」


 ノエミさんも、記録紙を閉じながら、やわらかい口調のまま追い打ちをかける。


「技術としては、本当に正しいんだよ。ただ、倫理としては、少しだけ立ち止まったほうがよさそうだね」


 クラリスは黒鉛板の小さな穴を指さしながら、苦笑まじりに言った。


「これを見たあとで、『武器をもっと誰でも使いやすくしましょう』という発想に、そのまま滑らかにつながるのが、いちばん怖いのよ」


「……便利だと思ったのですが」


「便利なのが怖いの」


 今度は、研究室にちゃんと笑いが起きた。半分は本当に面白くて、半分は少しだけ背筋が寒かった。


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