第2話 キュウウン♡こっちもカットしてお姉さん
私は悲鳴を上げて、後ろへ下がろうとした。
でも、運動神経が死んでるせいで足がもつれた。転んだ拍子に、腰のシザーケースからハサミが飛び出す。
『ガァァァァッ!』
モンスターが飛びかかってきた。
目の前に迫る、生ゴミを煮詰めたような口臭。鋭い牙が、私の喉元をロックオンしている。
(あ、死んだ。私、バズるどころか、この裏山で獣の餌になって、「行方不明」枠で消費されて終わるんだ……)
走馬灯が見えた。ママの怒鳴り声。権田原さんの角刈り。いいねゼロの通知画面。嫌だ。そんなエンディング、絶対に嫌だ!
「──一度くらいバズらせろやぁぁぁあっ!」
私は無我夢中で、落ちていたハサミを掴んだ。パパの形見。最高級のコバルト合金。
幼い頃から、ママに「ハサミは指の延長だ」と洗脳レベルで叩き込まれたグリップ。
私の右手は、恐怖とは裏腹に、冷静に「仕事」をした。
眼の前に迫る剛毛の壁。その中に、一筋だけ「流れ」が見えた。複雑に絡まった糸を解くように。私の手は、完璧なカットラインを見つけた。
(――ここだ)
ジャキンッ!
乾いた金属音が、空気を切り裂いた。
肉を断つ感触じゃない。もっと軽やかで、それでいて重厚な手応え。
「……え?」
目を開けると、私のハサミは、モンスターの首元の毛を、ごっそりと切り落としていた。血は出ていない。ただ、バスケットボール大の毛玉が、ポトリと地面に落ちただけ。
そして。
「キュゥゥゥゥゥ……ン♡」
は?
さっきまで殺意の塊だったモンスターが、地面にへたり込んでいた。
4つの目をトロトロに細めて、だらしなく舌を出している。
その表情は、まるでカリスマ美容師に極上のヘッドスパをされて、「あ、もうどうにでもして」ってなってるマダムみたいな感じだ。
私はハサミを構えたまま固まる。モンスターは、私が切り落とした首元の部分を、後ろ足でカリカリと掻いた。
そこだけ毛がなくなって、ツルツルのピンク色の肌が見えている。
「キュン♡ クゥゥン♡」
やめろ、嗅ぐな。涎を垂らすな。
モンスターが鼻先で私の膝をつついてくる。怖い。まだデカいし怖い。
でも、さっきまでの殺気はゼロ。むしろ、
「ねえねえお姉さん、こっちも。ここも痒いんだけど」
と追加オーダーしてくる常連客の圧を感じる。
コイツ、まさか。
美容師の娘としてのDNAが、職業病的に疼き出す。
「……切れって、こと?」
振り返ったモンスターが、つぶらな瞳(4つあるけど)でコクンと頷いた。
状況は全く理解できない。ここは裏山じゃなくて異界のダンジョンかもしれないし、コイツは新種のUMAかもしれない。
でも。目の前に「ビフォーアフターが劇的になりそうな客」がいて、私の手にはハサミがある。何より、スマホの録画は回っている。
「……やってやるわよ。アンタみたいな剛毛、ママの店なら『バリカン持ってこい!』って怒号が飛ぶレベルだけどね」
カシャン。
シザーの音が響いた瞬間、私の新しい人生――「ダンジョンのモンスター美容師」としてのキャリアが、唐突に、そしてバズる気満々で幕を開けたのだった。
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