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第三話

 驚くほどの速さで三日が経過し、とうとうトーアを孤児院に迎えに行く日になった。結局、迎え入れる準備は使用人たちがやってくれて、手伝おうと思ってもカガンマは蚊帳の外だった。

 久しぶりの子供ということで、屋敷全体がなんとなく忙しない。でも少し楽しそうだ。やっぱり反対するのは姉さん達だけじゃないか、とカガンマは小さく呟いた。


「何か言った?」


 隣に座るマベータがギロリとこちらを睨む。もう学んだ。これは何も言わないのが正しい。


「何でもないよ、それより、なんで姉さんはついてくるのさ」

「カガンマが頼りないからに決まってるでしょう」


 当たり前だと言うように、マベータが大きくため息をついた。距離を置きたい空気だけれど、馬車の中でそれは無理な話だ。

 今、カガンマはトーアを迎えに馬車で孤児院まで向かっている。先にアルファイが連絡を入れてくれたらしく、行けばすぐに引き取れることになっているらしい。カガンマの話から孤児院を特定し使いを送ってくれたのだ。なんだかんだ優秀な家である。

 始めアルファイは、カガンマを家から出さず、部下に迎えに行かせようとしていた。けれどトーアはカガンマのことしか知らない。だから止めたのだ。説得はできたがマベータがついてきた。


「私だって行きたくないわよ、本当は。でも仕方ないじゃない。兄さんは忙しくて、カガンマは一人じゃ危ないんだから」

「危ないって…僕もう子供じゃないんだけどな」


 マベータが諦めたように息をついて窓の外を見た。帰り道はこの馬車の中にトーアも乗るのだ。それまでにこの空気をどうにかしないといけないけれど、いい方法が思いつかなかった。


「ほら、そろそろみたいよ」


 マベータの言葉にカガンマも外を見る。住宅街の中に、少し大きめの建物が見えてきた。あれがイテイサ孤児院らしい。お世辞にも綺麗ではないが。

 ドアの前に馬車が止まると、すぐに中からドタバタと階段を降りる音が聞こえてきて、ドアが勢いよく開かれた。


「ようこそいらっしゃいました、トスライ様。私、ここの院長のルワジー・イテイサと申します。さあ、どうぞ。こちらへ。ほら、案内しなさい」


 ルワジーが近くにいた子供たちに指示を出し、カガンマとマベータは奥の部屋に案内された。間違えて物置に来てしまったかと思って入口で立ち止まると、後ろから歩いてきたマベータに押された。椅子と机だけの簡素な部屋だったが、どうやらここが応接室らしい。


「さあさあ、トスライ様、どうぞお座りくださいな。今お茶をお持ち致しますね」

「ありがたいですが結構です。こちらが突然押し掛けてしまって…。お忙しいでしょうし、長居するつもりもありませんので」


 社交用の微笑みを張り付けたマベータがルワジーの提案を断った。なぜだろう。お茶くらいもらえばいいのに。そんなに嫌なのだろうか。


「いえいえお気になさらず。トスライ様にお越しいただけるなんてありがたいことですから。ほらもううちの子たちが持ってきましたわ。どうぞ」


 給仕してきた子供から少し距離を取るようにマベータが体勢を変えた。そういえばマベータは子供が苦手だったことを思いだした。お茶にも一切手をつけない。こんな場所だからどんなものが出てくるかと思えば、普通の紅茶だったのに。


「さて、今日は孤児の引取りでしたね。トーア、おいで」


 ルワジーに呼ばれてやってきたトーアは、前で会った時よりも幾分か整った服を着ていた。トーアはカガンマを見ると、小さく笑った。


「必要書類はこちらです。今回は養子縁組でございますよね?お父様とお母様のお名前をこちらに」

「あ、母親はまだ居ないので父親の名前だけになるのですが大丈夫ですかね?」


 カガンマが確認を取ろうとすると、ルワジーが大きく目を見開いた。


「あら、そうなのでございますか?お二人は夫婦ではなく?」

「いえ、姉弟です」

「あらあら、ということはまだご結婚前…お相手の方は今日はいらしていないのですね」

「いえ、まだ相手も居ないもので」


 マベータに足を軽く蹴られて見ると、社交用の笑みのままにらみつけてきていた。何かやってしまっただろうか。わからなかった。


「あらあらあら、ということは、まだお相手を探していらっしゃるのですね…丁度良かったですわ。実はトーアはとても体が弱いんですの。食べられないものも多くて、食べるものを間違えると息ができなくなったりすることもありまして…。私のそばから離れるのがすごくすごく心配でしたの」


 そんな事知らなかった。トーアの方を見ると、ルワジーに向かって目を見開いていた。


「先生、それは」

「トーア!あなたのこれからのお父様となる方ですよ。自分の価値が下がるようなこと、知られたくないのかもしれないけれど、先に言っておかないとダメよ。…ということでトスライ様。私はトーアのことを熟知しております。あと、実は私トスライのお洋服も好きで詳しいのです。ほら、このトーアの服も私のお下がりで」


 どこかで見た事のある服だと思ったら、家の倉庫にあった服だった。確か三十年くらい前の服だが、トスライのもので間違いない。


「私、この子のことをとてもかわいがっているのです。ということで、どうでしょう?トーアを養子にするとともに、私をトーアの母親にしていただけませんか?トスライ様」


 ルワジーが真っすぐにカガンマの方を見てくる。悪い話ではないと思った。結婚すれば、アルファイやマベータに認めてもらえるかもしれない。そして、トーアに持病があるならば、詳しい人は近くにいた方が安心できる。

 カガンマが了承しようとしたそのとき、マベータが大きく咳ばらいをしてルワジーに向き直った。


「トーアの持病について、もう少し詳しくお聞きしたいですね。その点について、この弟はあまり病気に詳しくないので私一人でお聞きしますわ。その間、カガンマはその女の子と絵でも描いていたら?ああ、ついでに今のその子の暮らしも見ておきなさい。案内してもらえる?」


 マベータの圧に押されて、トーアが大きくうなずいた。


「姉さん、契約するのは僕だよ。もう子供じゃないし」

「名前だけ書けば十分でしょう?ほら、早く行きなさい」


 ルワジーも何か言いたそうだったし、カガンマも釈然としないまま、トーアに引っ張られて部屋の外へと出た。まあ、正直書類とかよりもトーアと絵を描いて仲を深める方が楽しそうなので、別に無理に戻る気はないが。

 少し廊下を歩いたところで、トーアがこちらを向いて、真剣な表情で口を開いた。


「カガンマ…さん?お願いがあります」

「どうしたの?」

「スークを…私の友達を、助けてほしいんです」

「え?助ける?」


 その後、トーアの口から語られた話は衝撃的だった。

 トーアは持病なんて持っていなくて、全てルワジーが結婚するためについた嘘だったこと。

 ルワジーは孤児に対しての扱いがひどく、今日みたいな服を着せてもらったのは初めてだということ。

 ルワジーに気に障ることをした孤児が、食事も与えられずに地下室に閉じ込められること。

 そして、トーアの一番の親友のスークが、今地下室に閉じ込められているということ。


「今日、スークは応接室の準備をするように言われてたんです。でも、応接室なんてどうしたら良いかわからないから、掃除しかできなかったみたいで、セッティングされてないって、ルワジーが怒って。それで、地下室に」

「スークは、トーアにとって大切な友達なの?」

「はい。カガンマさんが、私に、カガンマさんの背景に絵を描いてほしいっていってくれましたよね?スークは、私の絵に文章を書いてくれるんです。私たちの夢は、二人で絵本をかくことで、本当は離れ離れにはなりたくなかったんです。でも、私はカガンマさんの娘になるから、会えるのは今日が最後で…。今の私はルワジー先生が怖くないから、助けて、それで、別れたいんです」


 カガンマの脳内に、一つの考えが浮かんだ。スークを、トーアと一緒に引き取ることはできないだろうか。そうすれば、二人は離れ離れにならなくて済むし、カガンマの作品の幅も広がる。


「トーア、僕がスークも一緒に引き取るよ。三人で絵本を描こうよ」

「え、いいんですか⁉」

「うん」


 アルファイやマベータの顔が浮かんだが、この状況を話せばきっと理解してくれるだろう。


「地下室に案内してくれる?」

「はい!こっちです」


 廊下を小走りで移動し始めたトーアを追いかけて、カガンマも地下室に向かった。

最後までお読みいただきありがとうございます。

次回はエピローグ、次回で完結です。視点がスークに戻ります。

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