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第二話

 マベータの怒鳴り声が家中にこだまする。思っても居なかった事態に、カガンマは固まってしまった。


「そこまで何も出来ないと思ってなかったわ。どうするのよ兄さん、救いようがないじゃない」

「何、姉さん。僕の何が駄目だったの?」

「全部よ」


 マベータはソファに腰を下ろすと、大きくため息をついた。


「一人で生きていくだけじゃなくて孤児を引き取って育てる?カガンマにできるわけないでしょう」

「出来るよ。僕もう大人だよ、馬鹿にしないで」

「じゃあ聞くけど、今、どこまで準備できてるの?明後日引き取るんでしょう?」

「準備って…ああ、画材はトーアの分まで用意したよ。僕のじゃ難しすぎるだろうしね」


 カガンマは満足したように笑ったが、マベータは呆れて怒る気力すら失せてしまった。


「画材じゃ生きていけないでしょ?住む家とか、服とか、食べ物とか、何より、生活するためのお金とかどうするの?この家から出ていくって本気で考えてたのよね?」

「もちろん本気さ。だけど、住む家だって、トーアと一緒に決めた方が良いと思うし、服もサイズがわからないし、食べ物は置いとくと腐るから、用意も何も出来てないだけ。お金は、しばらく僕の貯金を使って、生活が安定してきたらトーアと絵を描いて稼ぐつもり」

「……ほんとに何も考えてないのね。その女の子が可哀そうだわ」


 マベータがあまりにも納得してくれないので、カガンマはアルファイの方に向き直った。そう、別にマベータが理解してくれないならまあそれでも仕方ない。もともとあたりが強かったし、そのくらい予想はしていた。結局、この家の当主はアルファイなのだから、アルファイが認めればそれでいいのだ。


「兄さんも僕の自立を認めてくれないの?」

「これに関してはマベータと全くの同意見だ。カガンマ、人を一人養うってどういうことか、分かってないだろう。相手は十歳だ。カガンマの一挙一動でその後の人生に大きな影響を受ける可能性だってある。その覚悟さえ全く見えない。このままなら、僕は絶対に賛成できない。養子縁組もいったん白紙に戻しなさい」


 養子縁組、という言葉にカガンマは引っかかった。そんなこと、一言も言ってない。


「兄さん、姉さん、何か勘違いしてない?僕は養子縁組するつもりはない。ただトーアを引き取って、一緒に暮らそうと思ってるんだ。それに、養うっていったって、相手はもう十歳なんだから、一通りのことは何でもできると思うんだよね。そこまで困ることもないって言うか…」

「何?親子でもない子供と一緒に暮らそうとか考えてたの」

「親子って言うか……僕的には結婚も視野に入れてる。ほら、姉さんも言ってたよね。結婚もしないで出てくなんてって」


 その瞬間、大きな音がしてカガンマは気が付いたら床に倒れていた。

 マベータがカガンマの頬を殴ったのだ。


「姉さん…?」

「夢を語るのもいい加減にしなさい。まだ家を出たいとか言ってたのは可愛い子供の夢だったわよ。でも、何?一回しか会ったことのない十歳の女の子と結婚したい?馬鹿言うんじゃないよ!気持ち悪い。相手の人生どう思ってるの?どれだけその子が傷つくか分かってる?」

「…っ、別にトーアが嫌って言ったら結婚しないよ。それに、姉さんだって父さんと兄さんが選んだ一回しか会ったことない十歳上の男性と結婚したじゃないか!それと一緒だよ」

「何も一緒じゃない!少なくとも私はちゃんと自覚して、ずっとその結婚を知って生きてきた。十分納得してるし、実際の結婚は成人した後だった。あんたが今やろうとしてるのはね、一人の人生を壊す行為のなのよ。わかってないでしょ」


 マベータの目にうっすらと涙が浮かんでいた。


「……本当に馬鹿。ごめんなさい兄さん、私もうカガンマの面倒見られない」


 それだけ言い残すと、ドアを開けて出ていった。

 マベータらしくない行動に、自分がどこかで大きく間違えたらしいことはわかったけれど、どうしてもいまいちわからなかった。


「カガンマ、昨日の、その女の子とはただの口約束しかしてないんだよね?」

「え、あ…手紙は渡したよ。孤児院長に話を通しておかないとなって思ったから」

「そうか…。じゃあ断りの連絡をしてきなさい。この話は一旦無かったことにしたほうがいい」


 アルファイの気迫に押されて、電話をかけようかと思ったけれど、そういえば連絡先を知らない。孤児院の名前は聞いたから、直接行くしかないかと考えていると、アルファイに念を押された。


「今のカガンマじゃ自立は認められない。悪いけど、家から出るのも難しいと思う。でも、だからって、ううん、だからこそ、もっと大人にならないと駄目だよ。いつかはトスライの名前を背負うんだから。今回みたいなことでも自分の足元を掬われる。そういう世界が待ってるんだ」


 もう同じ部屋には居たくなくて、最低限の返事をしてドアノブに手をかけたとき、ふと、手紙にトスライ家の紋章を入れたことを思い出した。これは家の名前を背負ったことにはならないだろうか。言いたくないけど、今を逃したらもっと取り返しがつかなくなる可能性だってある。いつものカガンマなら間違えなくこのまま出ていくのだろうけれど、今は怒られた直後だ。不安でしかなかった。

 迷っていることに気づいたのだろうか、アルファイがこちらを見ている。

 勇気を出して、言うことにした。


「兄さん、……僕さ、トーアに渡した手紙にトスライ家の紋章入れたんだけど、それってまずかったかな」


 アルファイが見たことのない顔になって、大きくため息をついた。


「それは…家の公式書類にしたということか?」

「うん。そのほうが上手く行くって、そのときは思ったから。ほら、せっかく教えてもらったし、使おうと思って…」


 丁度一週間くらい前、アルファイがカガンマに教えたのだ。これから働くにあたって必要なこととして。あのときは不要だと思ってたけど、いざ使えて嬉しかったのだ。

 アルファイがゆっくりと顔を上げて、カガンマを見つめた。


「カガンマ、その女の子、トーアだったか?引き取りなさい。内輪の問題で養子縁組を白紙にしたとなれば、トスライ家の名も傷つく」


 アルファイのまさかの発言に、そうではないとわかってはいたが頬が緩んでしまった。が、もちろん甘い話ばかりではない。


「カガンマ、もう家を出ていくことは許せない。その女の子はトスライ家で引き取る。カガンマもトスライ家の中で生きていきなさい」

「え、それは…」

「決まったことだ」


 考えていた未来が崩れる音がした。アルファイがカガンマを一瞥して部屋を出ていく。

 どうすればいいかはわからないでも何もしないわけには行かなかった。トーアが来るのだ。

 アルファイはよく、「現状からの最適解を探せ」と言っていた。ちょっと癪だけど、この方法を借りよう。今なら、そうだ。トーアと一緒にこの家で絵を描こう。トスライ家ならお金に困ることだってない。なら、これでいいんじゃないだろうか。


 少しだけ希望を持って、誰もいない兄の部屋を後にした。

最後までお読みいただきありがとうございます。

次回は第三話、ついにトーアを引き取ります。

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