表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

第一話

 どんよりとした曇り空が広がる昼間の通りに、馬車の走る音が響く。さっきまでのにぎわいが嘘のように、大通りを外れると人通りは減少して、馬の蹄の音、車輪の回る音だけが鳴る。

 馬車の中で、カガンマは一人窓の外を眺めたいた。日常、外出が少ない彼であるが、別に外が嫌いなわけでは無い。流れていく空、雲、木をぼんやりと眺めるのは新しい創作意欲が刺激されて、むしろ楽しく眺めていたものである。

 しかし、今日に関しては違う。流れる景色は何も呼び起こさず、出てくるのはため息ばかり。その理由は、少し前に遡る。



 ◆



「はあ、馬鹿じゃないの!?あんたねえ、結婚もろくにしないで出てくなんて、社会舐めてるの?」


 マベータが時間の無駄だといわんばかりにカガンマの発言を一蹴した。


「まあまあ。マベータもそう熱くならない。カガンマにもきっと何か考えがあるんだろ」

「でも兄さん、」

「ほら、教えて」


 トスライ家当主、アルファイ・トスライは手に持っていた書類を置いて、弟に向き直った。

 トスライ家は、百年前から続く老舗の呉服屋である。先代が早逝したため、アルファイ・トスライが若くして社長を務め、妹のマベータとともに経営している。弟のカガンマは、昨年成人したばかりであった。


「兄さん、姉さん。僕は画家になりたいんだ。だからこの家を出ていく」

「本当に馬鹿なの⁉いい学校出て、少しは家のために働こうとか思わないわけ?父さんが死んでに兄さんがどれだけ大変な思いでこの会社守ってくれたと思ってるの⁉」

「僕は!姉さんみたいに頭がいいわけじゃないんだ。そりゃ、もちろん感謝はしてるし、兄さんに申し訳ないとも思う。でも、僕はこのままここには居たくない。もう子供じゃないんだ」


 口論が加速していくマベータとカガンマの肩に、アルファイがそっと手を置いた。


「二人の言いたいことはよく分かった。まずマベータ、これはカガンマの人生だ」

「だけど」

「わかってる。マベータの言ってることももっともだ。だからカガンマ、僕らに一人立ちしてもちゃんと生きていけることを示してごらん。それで僕とマベータが認めたらあとはカガンマのやりたいようにすればいい」


 異論はないね、と有無を言わせない迫力で二人に尋ねる。カガンマはゆっくりと頷いた。

 そんなカガンマを一瞥すると、マベータは大きくため息をついて部屋を出て行った。


「ねえ、兄さん。どうすれば兄さんは認めてくれる?」

「それを考えるんだ。もう子供じゃないんだろう?」


 アルファイは再び持っていた書類に目を戻した。もうきっと、何を聞いても答えてはくれないのだろう。


「わかったよ。絶対認めさせるから」


 特に何が思いついたわけでも無かったが、少しだけ見栄を張って部屋を飛び出した。





 そして、今に至る。

 あの後、とりあえず何かできることはないかと考えて、絵を描いて生計をたてる絵描きになる方法を探した。別にトスライ家にいるみたいないい暮らしがしたい訳では無い。絵だけ描いて生きていくなら、絵を売って稼いだお金で食いつなげればいい。そう思ったが、現実は甘くなかった。

 今まで、家の中で、家族やメイドに絵を褒められたことしか無かったから、自分には才能があって、きっとうまくいくと思ってたけど、絵で食べていくことができるのは一握りで、上手いだけじゃ駄目みたいだった。

―――社会舐めてるの?

 認めたくはなかったけど、マベータの言葉が何度も何度も蘇ってその度に実感が増していく。

 絵描きの道が無理だと頭ではわかっても、ここから家に戻るのは意地でも嫌だった。だから、他の方法を探すしかない。

 他の方法。言うのは簡単でも、見つけるのは難しい。考えれば考えるほど、マベータとアルファイの顔がちらつく。そういえば、身近に参考でにできそうな大人は二人しかいなかった。母親は物心つく前に亡くなってしまったし、父親もずっと忙しくて一緒に過ごしたのはたまの夕食くらいなものだった。その父親だって、カガンマが中等学校に入る前に亡くなった。


「結婚すればいいのか…?」


 ふと、そんな考えが思いついた。今まで漠然と一人で生きていくことばかり考えていたけど、よく考えたらそれは無理な話だ。誰かと一緒に暮らさないといけない。なら、結婚してしまえば、少なくともアルファイとマベータは自立を認めざるを得ないのではないか。

 都合の良すぎる話かもしれないけど、もしその相手が僕の絵を認めて、僕に絵だけ描かせてくれるなら、願ったり叶ったりだ。少しだけ希望が見えてきた。

 では、どうやって結婚すればいいのだろうか。両親は知らないが、アルファイとマベータはどちらもお見合いしてトスライ家に籍を入れてくれる相手と結婚した。ただ、この方法だとトスライ家に頼ることになるから使えない。

 他に、となるとよく童話で出てくるような出会いによって出会うしかない。でもここは物語の世界ではないし、もっと他に方法があるのだろうか。学生の頃、ずっと結婚は家が決めた相手とするのだと諦めて絵ばかり描いていたから、この手の話題は本当にわからない。もっと興味を持っておくべきだったと少し後悔した。

 誰かいないか、と思って外を眺めてみても、もう大通りは抜けて次の町への道のりなので、そもそもあまり人が居ない。都心に置いていかれた建物が立っているが、どれも古びていて、どんな人が住んでいるのかは想像に難くない。今日は隣町の画材屋まで行くという名目で馬車に乗っているので、しばらくはこの景色だろう。

 ふと、石畳の地面に描かれたうさぎの絵に目が留まった。おそらく水で描いたのだろう、何の変哲もないような絵だったが、カガンマは目が離せなかった。御者に馬車を止めるように言い、石畳に降りる。

 近くで見れば見るほど、まるで動き出しそうで、温かそうで、地面から取り出せないのがもったいないほどの絵だった。カガンマの絵は、全体的に風景画が多い。そこには、生物や人はほとんどいない。 

 このうさぎを、自分が描いた絵の中で走らせてみたかった。


「あの、何見てるんですか?」


 一人の女の子が、後ろから声をかけてきた。十歳か、もう少し下くらいに見えるその子は、汚れたぼろぼろの服を着て、大きなバケツを持っていた。


「いや、この絵がすごい良いなって思ってね。君が描いたの?」

「そうよ。私絵を描くのが好きなの」


 女の子はそう言って笑った。


「へえ、すごいね。このうさぎの今にも動き出しそうな感じ。すごい好きだよ」

「ありがとう。まさかお兄さんみたいなお金持ちに褒めてもらえるなんて」

「お金持ち?」

「だってそうでしょ?いい服着て、馬車に乗ってる。そういう人はお金持ちって言うんだって先生がいつも言ってる」


 カガンマはトスライ家と同じような家の人としかほとんど会う機会がなかったので、そんな風に言われたのははじめてだった。


「君、名前は?どこに住んでるの?良ければ他の絵も見せてくれない?」

「一気に質問しないでよ。えっと、私はトーア、十歳。イテイサ孤児院に住んでる。あ、でもルワジー先生には絵のこと秘密にしてるから、来ちゃダメだよ」


 孤児院でこの服装ということは、おそらくあまりろくな扱いは受けていないんじゃないだろうか。なら、孤児院から出たいと思っていてもおかしくない。


「トーア、孤児院から出たいと思わない?僕の所に来たら、沢山絵を描かせてあげる。ううん、絵を描いてるだけでいいんだ。僕も絵描きなんだけど、僕は風景画が得意なんだ。だから、トーアと一緒に絵を描きたい」

「それってつまり、私のことを引き取ってくれるってこと?」

「ああ、そうだ。あ、言い忘れてた。僕はカガンマ・トスライ。呉服屋トスライって知ってる?」

「知らない。でも、絵が描けるんだったら、トスライさんの所に行きたい」

「じゃあ決まりだ。準備があるから、また五日後…いや、三日後には迎えに行くよ。あ、ちょっと待ってて」


 カガンマは馬車に戻ると紙とペンを取り出した。


「トーアの所の孤児院長に手紙を書いておくよ。三日後に迎えに行きますって。名前、教えてくれる?」

「ルワジー・イテイサよ」


 馬車の座面に紙を置いて、手紙を書く。少し迷ったけど、やっぱりトスライ家の紋章を入れた。


「でも、ルワジーが許してくれるかしら…今になって、少し心配になってきちゃった」

「これ、渡してくれる?そうしたらきっとうまく行く」

「本当に?」

「うん」


 トーアが一気に笑顔になったのを見て、こっちまで嬉しくなってきた。トーアと二人なら、きっと何でもうまく行きそうな、そんな予感がした。


「じゃあ私、そろそろ行かないと。怒られちゃうから。ありがとう!またね!」

「また三日後に会おうね」


 トーアが見えなくなるまで見送って、馬車に乗りなおした。トーアのためにも画材をそろえなくては。

 いつもと同じ画材屋への道が、未来へと続く道みたいに見えた。

最後までお読みいただきありがとうございます。

次回は第二話、マベータ姉さんに喝を入れてもらいます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ