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プロローグ

 この世界にはたくさんの人間がいて、それぞれに人生があって、家族がいる。太陽も風もなにもかも平等に恵みを与え、僕たちの幸せを願っている。じゃあ、僕の願われた幸せは?

 東の空がほのかに色づき始めたのを眺めながら、スークはそんなことを考えていた。


「家族がいたら、幸せなのかな」


 小さく、そんな言葉が零れ落ちる。今さら何を言っても変わらないのはわかってても、寂しい朝焼けの前に、そんなことを思わずには居られない。


「あれ?スークもう起きてたの?今日は絶対一番だと思ったのに」


 トーアが窓際にやってきて、スークの隣に座った。トーアの不機嫌そうに尖らせた唇が、スークを現実に引き戻す。いつもと変わらないトーアに、安心して表情が緩んだ。


「おはようトーア。今日は早いんだね」

「何?嫌味?子供扱いしないでよ」


 トーアはスークの、この孤児院で唯一の同い年の子供だ。ここには4歳くらいから16歳くらいまで、いろんな年齢の子供がいるけれど、10歳は多分二人だけ。皆いろんな事情があるから、正確な年齢はわからないし、もしかしたらもう少しいるのかもしれないけれど。


「それ、昨日の続き?」


 トーアがスークの手元の紙をのぞき込んだ。


「ううん、昨日から何も進んでないよ。やっぱり、トーアの絵を見ながらの方が、話が思い浮かんでくるんだ。一人だと、考えてばっかで…全然言葉にならないから」

「そう。じゃ、私も描こうかな」


 スークの隣に腰かけて、トーアは紙を取り出した。紙といっても、近くのごみ置き場から拾ってきたものだから、ところどころ汚れたり、ちぎれたり、印刷が入っていたりするけれど、構わない。もう小さくなった鉛筆を握りしめるように持ってまどの外を見る。


「今日は…きっと晴れるね」

「何で?」

「ほら、昨日の夕焼けはよく見えなかったけど、今日の朝焼けはすごい綺麗だから。なんかいいことありそう」


 そう言うと、トーアは紙に鉛筆を走らせる。紙の上に、次から次に線が描かれ、曲線が出来上がり、そして…


「え、これって」

「そう、スークだよ!」


 完成したのは、僕の絵だった。


「誕生日おめでとう。本当は、スークが起きる前に描きたかったんだけど」


 本の中でしか見た事が無い、スークにとって初めての「誕生日プレゼント」だった。スークは孤児の中では珍しく、誕生日がわかっている。捨てられたときに、誕生日と名前だけ、添えてあったのだ。祝ってもらえないなら欲しくなかったと、毎年毎年思っていた。


「ありがとう」


 トーアの絵を、曲げないように、落とさないように大事に持つ。初めて、自分の誕生日に感謝して、トーアに感謝して、そう言うので精一杯だった。


「お前たち!早く起きなさい!さっさとしないと地下室行きだよ!」


 階段の下からルワジーの声がした。イテイサ孤児院の朝は早い。ルワジー・イテイサは孤児たちを容赦なく働かせる。

 いつもなら陰鬱に始まる一日が、今日はトーアのおかげで辛くない。


「ほら、スーク、行こ。ルワジーがまた鬼みたいになっちゃう」


 トーアは手早く紙をまとめて、窓の前の床下に隠した。そこは少しだけ床板が外れてて、二人の秘密の物置になっている。スークも手に持っていた紙をまとめてしまうと、床下のスペースはかなり狭くなった。


「増えてきたね…最初は本一冊だったのに」


 スークとトーアが仲良くなったきっかけの、一冊の本。ゴミ出しにいったトーアが持ってきた絵と文字で彩られた本だ。今ではトーアの絵とスークの文章が増えて、かなり床の奥に追いやられてしまっている。


「それだけ私たちが夢に近づいたってことだよ」


 二人が持つ夢。それは、トーアが絵を描き、スークが文字を書き、二人で絵本を作ること。夢のない孤児院生活の中で、二人はそれだけを未来に見据えて生きている。

 トーアはは立ち上がると、年下の子供たちを起こすためにベッドへ向かった。スークも手伝おうと思ったところで、ふとトーアから貰った絵をしまい忘れたことに気が付いた。隠そうかとも思ったが、そろそろルワジーが来てもおかしくない。四つに折りたたんで、そっとズボンのポケットに入れておくことにした。

最後までお読みいただきありがとうございます。

次回は第1話です。

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