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ファントム・ディテクティブ/Phantom Detective  作者: 夏目猫丸
File.00: ソフト・ボイルド・エッグ
3/6

0-3 家政婦は語る

 その女は、3年前に老松雅人オイマツマサトの別荘で家政婦として働いていたという。中原美由紀ナカハラミユキ、現在27歳。

 また()()()だ。

 こちらのミユキは、家政婦の仕事をわずか半年ほどで辞めて以来、N市O商店街にあるメイド喫茶で働いている。老松とも面識があろうし、別荘での暮らしぶりにも詳しいはずだ。これほどの情報源は他にあるまい。

 私は直接会って話を聞くべく、ミユキの職場へと向かった。

 非対面で完結する事前調査とは異なり、人と相対する聞き取り調査には敏感デリケートさが求められる。まるで繊細な卵料理のように。

 落とし玉子(ポーチド・エッグ)を湯から引き上げる際、早過ぎればグシャリと潰れてしまうし、グラグラとゆだるに任せていては硬くなってしまう。

 肝要なのはそう、時機タイミングである。


     *


「――ったく、あのキモオタぁ! 手まで握ってきやがって、 汗だくで気持ち悪いッつーの!」


 ミユキは店内から姿を現すなり、大声で悪態をついた。

 かなり機嫌が悪いらしい。随分ストレスの多い職場のようだ。

 雑居ビル2階にあるメイド喫茶〈黄色い玉子(イエロー・エッグ)〉の裏口、非常階段に面した踊り場には、スタンド灰皿が設置されていた。もちろんスタッフ用のものだろう。

 ミユキはポケットからメンソール煙草を取り出すと、一本口にくわえて、ライターをカチカチ鳴らし始めた。だが、ガスが残り少ないのか、なかなか火はかない。

 薄暮の中、階段に腰かけていた私には、まるで気がついていない様子だった。私は愛用のオイルライターに点火して、そっとミユキの口元に差し出した。


「あら、ありがと――」ミユキは煙草に火を点け、美味そうに一口吸いこむと、ふうと吐きだした。


「――って、ええっ!? おじさん誰っ! どっから入ってきたの!?」

「落ち着いてくれ、私は怪しい者じゃない――()()()()()、休憩していただけだ。近頃はどこも路上喫煙禁止でね」

「あのねぇ、だからってここは誰でも入れる場所じゃないんだから。店長にいいつけたら出禁になるわよ!」

「店の客じゃあないよ。そう硬いこというなよ」


 対象の職場があるO商店街へとやってきた私は、店舗前でチラシを配る女給メイド姿のミユキを発見した。そして、目近で観察しようと彼女の横を通り過ぎた時、あることに気がついたのだ。

 衣服に染みついてしまったであろう、微かな香り。

 それは私も嗅ぎなれた、薄荷ハッカの匂いだった。

 香水の類ではなく、煙草の芳香である。

 店舗内では、落ち着いて話はできない。

 帰宅時間を待つのも手だが、何時いつにはなるか判らない。

 張り込みがバレて、不審者がいると警戒される恐れもあった。

 ――そこで。

 ミユキが喫煙者であると看破した私は、スタッフ用喫煙所で張り込みをしていたのだ。そして読み通り、ゆっくりと3本吸い終わる頃にはミユキが姿を見せた、というわけである。

 警戒心をあらわにするミユキに、私は名刺を一枚差出した。


「実は私、こういう者でしてね」

大神オオガミ探偵事務所、()()の――大神偽之介オオガミギノスケさん?」


 名刺を渡して()()()()()場合、ある種の人間に「所長」の肩書は役に立つ。ひらではない、経営者ではあるんだな、という漠然とした安心感のようなものだ。

 実際は私以外に調査員はいない。しかし、それをこの場で明かす必要はない。


「君にいくつか聞きたいことがあってお邪魔したんだ。煙草を吸うほんの少しの間だけで良い。話を聞かせてもらえないか。もちろん、幾ばくかの謝礼は用意してある」


 そういってスーツの内ポケットから取りだした茶封筒をヒラヒラとさせると、ミユキは態度を一変させた。


「そういうことなら早くいってよ、()()()()()! あたし、お金払いが良い人、だーい好きっ!」


 まったく()()な娘だ――だが、それくらい態度がはっきりしているほうが、判りやすくていい。


「三年前、君は紹介所を通じて老松雅人の別荘に、家政婦として派遣されていたね?」

「老松――ええ、そんなこともあったわね」

「ところが、君は半年足らずで仕事を辞めてしまっている。給与は悪くなかったと思うんだが、どうしてだい」

「それは雅人君が――これは本人がそう呼べっていったんだけど――髪型を変えて欲しいとか、化粧はもっと薄くしてほしいとか、煙草を吸うのを止めてとか、業務に関係ないことに口出ししてきたからよ」

「身なりや素行にまで干渉してきたってことか」

「そうよ。単に短い髪が好きとかいうんじゃなくて、明確な理想像があるみたいだった。それに――」


 ミユキは何かいい難いことでもあるのか、黙りこんでしまった。

 こういう時に慌ててはいけない。

 殻を閉ざした貝も、いずれ静寂に耐えられなくなる。

 必要な時に()()()忍耐力は、探偵に必要な資質のひとつである。

 

「――それにあの人、たぶん危ない性癖セーヘキあるわよ」

「それは性的嗜好って意味かな」

「そう、首を絞めるのが好きなの」

「首を絞めるって――」

「そうよ。お小遣い稼ぎに一度だけ()()()()()()。どうしてもって頼むから。痛くしないでねっていったのに――殺されるかと思ったわ」 

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