0-2 男はしつこく追いかける
〈迷猫〉を後にした私は、事務所に戻るなり調査を開始した。
まず、写真の少女が着る制服の校章から学校名を割り出して、卒業アルバムと学生名簿を手配した。しかるべき業者にしかるべき対価を払えば、大した手間がかからず入手可能だ。個人事務所では業務委託はかかせない。Eメールに添付されたファイルを開くと調査対象の本名が割れた。
鹿島深雪。失踪当時32歳。
やはり私の知る鹿島麗子の妹であることは間違いない。
名前と生年月日が判明すれば、後は多くの情報がWebで収集できる。SNSの普及によって、我々の私生活は丸裸にされているといっても過言ではない。
ミユキが名門私立高校から有名私大に進学、そして卒業後は新聞社に入社したことまでは簡単に判明した。さて、ここからは対象の交友関係を探る必要があるのだが――。
私は学生名簿に目を走らせた。そこには生徒たちの連絡先が記されており、載っている住所は当時の実家である。大抵の場合、本人は既に暮らしておらず、直接コンタクトを取るのは困難である。
だが実家ならば、日中に電話を取ることができる人物の大半は母親であり、老親は暇を持て余しつつも娘の将来を案じていることが多い。対象と同じ、女性ならではの心配事というわけだ。
そこで学友のフリをして、
「卒業××周年の卒業生懇親会を開催したい」
「ついては娘さんの連絡先を確認させて欲しい」
「ご結婚などされて苗字に変更等はないか」
と、老母が気になる餌を撒いてやれば、高確率で喰いついてくる。「未だに独身で心配」だの「滅多に帰省しないから寂しい」だのと、30分も愚痴を聞いてやれば、大まかな現状は把握できる。
この際、決して余計なアドバイスなどはしてはならないのがポイントだ。彼女たちは話を聞いて欲しいだけなのだ。私に関して興味を引くのも得策ではない。
こうして所在と連絡先が確認できた深雪の旧友たちに、電話、メール、SNSなど様々な手段を駆使してコンタクトを取った。
「え、深雪のこと? 彼女、まだ日本にいるの? ほら、昔からジャーナリスト志望だったじゃない。英語も得意だったし、てっきり海外に移住したんだとばかり――」
「ああ、あの娘。なんか厭な女って噂だったわね。しょっちゅう男を乗り換えてたって聞いたけど?」
「同窓会ねぇ。卒業以来、あたしは一度も参加してなかったわ――ところで、あなたいったい誰?」
「彼女にお姉さん? そんな人いたからしら。いたとしたら同じ学校ではなかったのね。一人っ子だとばかり思っていたけど」
「なんていう名前だったかなぁ。あいつよ、あいつ。親が政治家の――あのボンボンとつきあってなかった?」
地元から転居していない者を中心にさらっていけば、現在まで続く交友関係の輪郭が浮かび上がってくる。
私は数日間をかけて情報を整理していった。壁面のホワイトボードに貼られた深雪の写真の周囲に、関係者の名前や関係性が時系列に並んでいく。そこから判る失踪当時の状況とは――。
*
深雪は長らく男につきまとわれていたらしい。
その男の名は老松雅人。二人は学生時代は恋人だったらしいが、老松の女癖の悪さが原因で破局。しかし、老松は別れた後も深雪に執着して、遂につきまとい事案にまで発展した。深雪が住居を転々としていたのは、このあたりに原因があるのかもしれない。
ここまではよく耳にする話だ。探偵の仕事で二番目に多いのが、ストーカー対策なのだ。だが、本件で気になるのは十年という長期間に渉ること。そして深雪の失踪と時を同じくして、老松がひとり別荘に引きこもって外出しなくなったという点である。
どうにも厭な予感がした。
一、苦学の末に念願かなって新聞記者となった女が、職場に何も告げずに姿を消した。地方タブロイド紙ではあったが、政界汚職に絡んだ大きな事件を追っていたにもかかわらず、だ。
二、代議士の息子が突如として父親の私設秘書を辞め、片田舎の別荘に引きこもった。表向きの理由は病気療養のためだが詳細は不明。使用人が食料等を届けに訪れる以外は他者とも没交渉。
三、二人はかつて交際関係にあった。しかも男は女に異常な執着をみせ(父親のコネでもみ消されているが)ストーカー騒ぎまで起こしている。
指折り状況を整理してみるが、これで老松の関与を疑わないのはどうかしている。
深雪を自分のものにしようと拉致監禁――まさか三年間も?
あるいは執着が敵意となって暴行傷害――だが表沙汰にはなっていない。
私は老松の周囲を徹底的に洗うことにした。