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翌朝、伽羅(きゃら)は左腕の痛みで目が覚めた。熱を持っているような感じがする。それに気づいた時、昨日もらった薬を飲み忘れていたことに気づいた。

檀が作ってくれた朝食を食べてから薬を服む。大学に着くまでに少しでもましになってくれればいいが、と考えた。せっかく病院にまで連れていってもらったのに、薬を服み忘れるなんて清永(せいえい)に申し訳ないなと思う。

朝食を食べてから駅まで檀を送った。できるだけ檀が一人になる時間を作らないためだ。電車に乗ってしまえば人はいるし、高校の最寄り駅に着けば同じ学校の生徒もいるので安心できる。


一度家に帰ってきてから朝食に使った茶碗を何とか右手だけで洗い、身支度をする。しかし今日は腕が痛むので三つ編みができない。どうしようか‥と右手だけでなんとかくくろうといろいろと試してみるもうまくいかず、もういいやと髪を下ろしたまま大学に向かうことにした。切るのを面倒がって伸ばしている髪は背中までの長さがあるので、歩いているとばさばさ揺れる。鬱陶しいな、と思いながら電車に乗った。


二限目の講義は経済史学なので伽羅の好きな講義だ。昨日のことがあったので、また同じ人がいたら嫌だな‥と思い、そうっと教室の中を窺ってみたが、あの二人の姿は見えなかった。

ほっとして席に座り、ノートを広げる。けがをしたのが右腕でなくて本当に良かった、と思う。伽羅は自前のPCを持っていないので、基本全部紙でノートを取っているのだ。どうしてもレポートなどデータで出す必要があるときは、学校のPCを借りてやっていた。


無事に講義が終わって、ほっとした伽羅がノートなどの筆記用具を片づけていると、すぐに廊下から清永が入ってきた。それに気づいてぺこっとお辞儀をする。

「こんにちは、清永さん」

清永は教室の入り口ではたと立ち止まった。口に手を当ててこちらを見ている。どうしたのかな、と思いつつ伽羅は近づいて行った。

「‥‥腕の調子はどうだ?熱が出てたりしないか?」

開口一番、そう言って伽羅の体調を気遣ってくれる清永に、薬を服み忘れたことは言えないな、とこっそり思う。伽羅はにこっと笑って応えた。

「大丈夫です!湿布も朝張り替えましたし薬も服みました!」

その顔を見て、今度は清永がすっと目を逸らした。伽羅は少し違和感を覚えたが、まあいいかと生来の大雑把さで受け流してしまう。


清永は、初めて髪を下ろした状態の伽羅を見たのだ。三つ編みおさげの伽羅もかわいらしいと思ったが、また違った姿の伽羅を見られたことが、こんなに自分の心を乱すとは思わなかった。そして、笑顔。清永は、自分が伽羅の笑顔に弱いらしいことを、自覚した。

何とか平静を装って声を出す。目の端で左柄がこっちを見ている姿を捉えたとき、急に冷静になれた。


「ならよかった。無理はするな。‥行こうか」

「はい」

清永はさりげなく伽羅の右側に回って肩を抱き、左手に当たらないようにしてくれる。さらには重い伽羅のリュックも取り上げてしまう。

「リュックですから持てますよ」

そう言って伽羅は取り返そうとしたが、清永は伽羅から遠い右肩の方にリュックを抱えて渡さなかった。

「俺が心配だから持ちたいんだ。好きにさせろ」

そんな会話をしながら教室を出て行く二人の様子を、まだ教室に残っている学生が茫然と眺めている。そのうちの一人がしきりにスマートフォンを何やら弄っているのを、教室の隅でひっそりと座っていた左柄が見ていた。



今日は、また大学にほど近い日本料理屋に連れてこられた。しかも清永と伽羅しか客はいない。それに驚いた伽羅が思わず言った。

「えっ、ここ今日はお休みじゃないですか?清永さん間違ってます」

「間違ってない。俺のために開けてもらったんだ。普段はランチ営業をしてないから」

伽羅はそれを聞いて目を丸くした。‥‥そんなこと、できるものなのか。いや実際目の前で店員が「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」と清永に頭を下げているのだからできるのだろう。

本来休みなのに、店を開けさせてしまったことが申し訳なくて、伽羅は深々と頭を下げた。

「お休みなのに私たちのためにすみません!」


頭を下げられた当の店員‥ここの若女将であったが‥は、驚いて少し立ち止まり、伽羅を見て、そして清永を見た。清永がよそいきの顔で苦笑してみせると、若女将は小さく頷いて優しく微笑んだ。

「いえ、私どもも仕事でございますから。お気遣いありがとうございます、‥大洲様、素敵なお連れ様ですね」

「ああ」

清永は伽羅に顔を上げるよう促しながら、今度は心からの笑顔で伽羅を見た。その清永の顔を見た若女将は、内心の大きな驚きを鉄のプロ意識で閉じ込めつつ、二人の接客を続けた。




今日の食事も美味しかった。伽羅は大満足だったが、また清永に金を出させてしまったことに、申し訳なく思った。いくら実家が金持ちだとはいえ、清永の親御さんが稼いだお金を見ず知らずの自分に次々と、こんなにたくさん使っていいはずはない。

店を出た後に、伽羅は思い切って清永に申し出た。

「あの、清永さんのご両親に、私はお礼を言うべきではと思うんですが」

「‥は?なぜだ」

予想もしていなかったことを突然言われた清永の整った眉がきゅっと寄せられた。色々頭の中でぐるぐる考えている伽羅は、そんな清永の顔には気づいていない。

「清永さんも学生ですから、こういったお金というのはご両親から出ているんじゃないですか?‥‥ご両親も、縁もゆかりもない見知らぬ私のようなものに、たくさんのお金を使われていると知ったら、気を悪くされるんじゃないかと思うんですよね」


清永は大真面目にそう話しながら、一人勝手にうんうんと納得してこちらを見上げてくる伽羅の顔をまじまじと覗き込んだ。

そしてふっと破願すると、ぎゅっと伽羅の肩を抱いて顔を伽羅の顔の真ん前に近づける。

「‥その時は、いずれ俺の妻になる人だ、と両親に紹介していいのか?」

目の前に、恐ろしく整った美しい清永の顔を寄せられて、伽羅は動転して立ちすくんだ。なんだこの顔。特上に綺麗な顔ってこんなに破壊力があるのか‥?

唇が触れんばかりの距離にまで顔を寄せられ、伽羅の身体はカチンと固まった。小刻みに震えながら身動きできない伽羅の姿を見て、また清永は吹き出した。

「くくっ、なんて顔してるんだ、伽羅」

そう言いながら清永が離れてくれたので、伽羅はようやく大きく息を吐いた。鼓動がバクバクとうるさく、耳に心臓が移動してきたようだ。

そんな赤らんだ伽羅の顔を見て、清永は満足そうに伽羅の肩を抱いた手にぐっと力を込めた。


「少しは、俺を男として意識できるようになってきたか?」

伽羅は熱くなった顔を仰ぎながら、言われたことを考える。

‥‥男として、意識‥とはどういうことだろうか。‥恋人として、考えてみる、ということ?うーんと唸りながらぼそりと伽羅は呟いた。

「ええと‥男として恋人として考えた、というより、清永さんの顔が綺麗過ぎてビビった、って感じですかね‥」

あまりに正直な伽羅の言い様に清永はやや脱力するのを感じながらも、まあそれでもいいか、と自分を抑え込んだ。


「金のことは心配するな、親から出ている金じゃない」

「え?清永さんもバイトとかしてるんですか?」

「いや、いくつか会社を持っているし、投資なんかもやっているからそこからの収入がある」

そう言われて伽羅はまたまた驚き、まじまじと清永の顔を見上げた。確か‥同じ二年生だと言っていなかったか。

「え?えー‥清永さんもまだ二年生ですよね‥?」

「ここではそうだが、アメリカで一度大学を飛び級(スキップ)して卒業しているからな。今は、モラトリアム期間といったところだな」


伽羅が、へえ‥と言いながらぼんやりした顔でこちらを見ているのがおかしい。多分、頭の中で「学生なのにもう卒業した‥?会社を持ってる‥??」と色んなハテナが飛び交っているのだろう、ということがその表情から想像できてしまう。

直接話したのは昨日からでしかないのに、そんなことまでわかってしまう伽羅の単純さが愛おしいと清永は思った。


「とりあえず俺の親に挨拶するなら結婚の報告の時だな」

と横から囁いてやると、また顔をきょとんとさせているから面白かった。



お読みくださってありがとうございます。

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