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愛善はただ黙って俯いた。善慈は畳みかけるように言った。
「清永さんの警備は俺に任せておけばいい、と俺に大口叩いたよなぁ?愛善」
「‥‥‥申し訳、ありません」
「お前の謝罪なんぞ何の役にも立たねえ」
そう吐き捨てた善慈は膝の上に肘をついて手を組み、じいっと愛善を見つめた。
「とりあえず、橋附組関連のことは俺が出張って収める。お前はそのお嬢さんの救出にだけ注力しろ。朝来を貸してやる。本拠地に行くときに使え」
「ありがとうございます」
顔を強張らせたまま愛善は答えた。朝来は父の右腕として活躍する一流の護衛だ。彼がひとり加わることで随分と作戦の自由度が上がることは間違いなかった。
「くだんのオークションはいつだ」
「‥三日後です」
「じゃあ本拠地への乗り込みは明日だな?」
「はい。‥武装レベルを測りかねています。兵庫県警の管轄地ですが、南戸家の息がかかっているようです」
善慈は厳しい目をした。
「‥朝来にのみ銃を携行させる。何かあれば俺が引き取る。銃器はこちらで準備する」
「わかりました、助かります。‥ではあちらの部屋で」
部屋を出て先導しようとする愛善の背中に、善慈は厳しいばかりでもない声をかけた。
「これを次に活かせよ、愛善」
愛善は振り向いて、ぎこちない笑顔を浮かべてから去っていった。
善慈はふっと薄く笑った。
(まだまだ青いな、あいつも)
そして携帯電話を取り出しながら自分も立ち上がった。
「まずは、殺してもいいかどうかだな」
大きな画面に映された島の地図と別荘の見取り図を見ながら、善慈はそう嘯いた。愛善も難しい顔をして頷いた。
「朝来さんがいるのなら狙撃も可能でしょうが、その場合相手を即死させるのでなければ、我々の侵入が相手に伝わる恐れがある」
「そういうことだ。‥『商品』はおそらくこの倉庫のような建物にいるな」
そう言って善慈は見取り図の一か所を指した。横長い倉庫のような二階建ての建物には、五畳ほどの広さの部屋が細かく二十ほどもある。各部屋に簡易的ながらシャワーとトイレが設置されていることが善慈の目を引いた。
「設計で出された際には、従業員用の宿泊所とされているようだが、この規模の屋敷にしちゃ数が多い。しかもこの狭さだ。『出荷』するまでの滞在場所と考えるのが妥当だな」
言われて愛善もとある一か所を指す。
「この、比較的広い部屋が警備の人員の詰所でしょうね。屋上にもそれらしき小部屋がある。一階と、この屋上から見張っていると考えていい」
「警報装置はどうなってる」
愛善はタブレットを操作し、別の画面を映し出した。
「この倉庫のような建物を囲う形で赤外線センサーの装置が据えられてますね。母屋の方の警報装置はこれより簡易なものです。よほどこの『商品』が大事なんでしょう。‥自分たちの警備には自信がありそうですね」
「‥よし、『倉庫』の警備員は殺るか。最初に屋上にいる哨戒役を朝来が狙撃。並行して先発組が行く。哨戒役を殺ったらその隙に赤外線センサーを無効化する。無効化できたら接岸して後発組が乗り込む」
愛善は緊張の面持ちで表情を硬くしている。国内で殺傷を伴う作戦を実行するのは初めてなのだ。その愛善の様子を見て、善慈は一言付け加えた。
「気休めにもならんだろうが、『倉庫』の警備に当たってるのは十中八九橋附組の連中だ。それでも気が進まんなら、お前は降りろ。殺しも含めるというのは俺とお前、朝来だけの共有事項になる。揺らいでいるやつがいると作戦が危ぶまれる」
「‥いえ、大丈夫です」
そう返事をした愛善から目を逸らし、善慈は顎を撫でた。
「橋附には本格の武闘派が多いからな‥そこからあのお嬢の周りに回してもらってんだろ。南戸のお嬢の動静は掴んでるのか」
「はい。昨日のうちに島に入ってます。同じ船で結構な人数も渡ってますから、あれが客でしょうね‥今の段階で掴んでいる人数がこれくらいです」
画面の数字を見て善慈はぼそぼそと呟く。
「客が十五人ってとこか。お嬢と客の護衛に十人、‥商品の方の警備が‥十二人以上?なんだこの曖昧な数字は」
愛善がきまり悪そうに肩をすくめた。
「これ以上絞り切れませんでした。あちらさんも商売でしょうから、ガードは固いんですよ」
チッと舌打ちをして善慈は画面を凝視した。
「‥日数もねえからまあ仕方ねえ部分はあるな。‥侵入はどこからの予定だ」
「島の西側から回り込みます。この崖になっているところを先導隊に登らせて、ある程度警備の人数を減らしてから後発がここから上陸します」
「‥ん、まあいいだろ」
善慈が潜入人員のリストを見ながらぶつぶつ言っているところに、ノックの音がした。
「朝来です」
「入れ』
入ってきたのはすらりとした細身の男だった。この見た目だけでは、まさか|大洲セキュリティサービス《OSS》で最強の男だとは判断できまい。
ぱっと見には色白の優男に見える。特徴のない顔は女装するのにも向いている、と善慈は言っていた。。狙撃の腕は超一流、近接格闘技にも秀で索敵も能くこなすこの男は、善慈の懐刀とも右腕とも見られていた。
愛善は軽く頭を下げた。
「朝来さん、この度は俺の采配ミスでお手数をおかけします。よろしくお願いします」
「ん」
極端に寡黙な朝来は軽く頷くと善慈の顔を見た。善慈はさらさらとメモ紙に作戦の概要を書いて朝来に渡した。
「‥あとはその日次第だ」
「ん」
上司である善慈に対しても朝来の口調は変わらなかった。
「武器は持ってこれたか」
「ん」
そう言うとメモ紙の余白に朝来が何か書き足した。それを見て善慈は頷く。
「バレットMRADにグロック19か。よく間に合ったな」
「ん」
そう言うと朝来は愛善の方を見て小首をかしげた。
「ん?」
「‥ああ、決行は今日の深夜0100です。移動は‥」
そう言いかけた愛善の言葉を、朝来はかぶりを振って遮った。
「‥‥どの時点が撤収?」
少し高い声でぼそりと朝来がつぶやく。その言葉を受けて愛善がはっとして善慈の方を見た。善慈は苦い顔をしている。
「‥お前、まさか対象だけを救い出して終わりのつもりでいたんじゃねえだろうな」
「‥‥申し訳ありません」
項垂れた愛善を見て、また善慈は短く舌打ちをした。
「敵さんのテリトリーに乗り込んで商売を荒らすんだ。ただ対象を救えばいいってわけにはいかねえことくらいわからなかったか?‥対象の他にも『商品』はいるだろうし、救出作戦途中で他の『商品』に気づかれてもコトだ。乗り込んだのが大洲の者だというくらいの見当は馬鹿でもつける。それを躱せるだけの土産を持って帰らねえと話にならん」
善慈は苛々とした様子でテーブルの上をこつこつと指ではじいた。朝来はただ黙って次の言葉を待っている。愛善は自分の不首尾に思い至り、背中が凍るような悪寒に襲われた。
乾いた唇を湿らせながら、何とか言葉をひねり出す。
「‥‥現場での救出は対象のみ、に、して‥出品される『商品』の台帳が島のPC内にあるはずです。彼らの持つデータの中に該当するものはなかったので、現地のPCにだけ、保管しているものと、思われます‥‥そtれを入手できれば‥」
「ま、交渉材料と保険にはなるな。‥できれば三島すべてのデータが欲しいところだ。‥人数が足りねえな‥」
顎に手を当てたまま考え込む善慈の次の言葉を、二人はただ待っていた。愛善は居心地悪そうに俯いたままだ。
「俺の伝手を使って三島同時に侵入作戦を行う。北海道と奄美の島はデータを取れればいいだけだから人数は絞れる。決行は変わらず0100だが、随時連絡を取りながら進行する。俺も現地入りするからな、愛善」
「‥はい」
善慈は上目遣いにじろりと愛善を見上げた。その視線の厳しさに身がすくむような心地を覚える。
「‥まだまだお前は大口叩くには早いってことだ。わかったか」
「はい」
「励めよ」
「はい!」
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