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様々な素晴らしい宝飾品が目の前に運ばれるたびに、顔を青くしたり赤くしたりしてへどもどしている伽羅(きゃら)を、清永(せいえい)は心から堪能した。そのうち、こういった高額の買い物に伽羅も慣れてくるのだろうか。だとしたら少しつまらないな、などと思いつつ伽羅の首や指に宝飾品を合わせる。伽羅は硬直してずっと同じ姿勢で固まったままだ。


「伽羅、そんなにガチガチになっていたら肩が凝るぞ」

「だっ、だって、緊張するっ‥‥!」

そう言いながら明後日の方向を見ている伽羅に、色々合わせるのも楽しい、と清永は思っていた。

治験に関するパーティーは、開催されるとしても結構先だ。時期を聞かれていないのだから別に嘘をついたことにはならない。そう都合よく解釈しながら、清永はびくつく伽羅を引き連れての買い物を楽しんだ。


店をようやく出られた時、伽羅は肩を落としてはああっと深く息をついた。

「つ、疲れた‥無駄に肩が凝った気がします‥」

「だから言ったのに」

「私は清永さんのように生まれついてのお金持ちじゃないんですから無理です!」

「‥‥そんなものか?」


伽羅は立ち止まって清永の顔を見た。真面目な顔だった。

「清永さん、十円落として自販機の下に入り込んでしまったらどうします?」

急に変わった話題に、一瞬清永は戸惑った。

「自、販機の下、を見るかな」

「取れそうになかったらどうしますか?」

なおも伽羅は真面目な顔をして言ってくる。その勢いにのまれながら答えた。

「諦めるかな」

「私は諦めないんです」

すぐさま伽羅はそう言い切った。

「棒を探すとか腕を伸ばしてみるとか自販機の設置者を探すとか、とにかくあがきます。たかが十円でもお金です。それで困るときもあるんです。それが私の暮らしです」


清永は黙って伽羅の言い分を聞いた。その清永の顔を見て、伽羅ははっとした様子で俯いた。

「‥清永さんを責めているわけではありません。高収入の人がお金におおらかで高い買い物をしてくれないと色々なところに支障が出ることも、頭ではわかってます。‥ただ、まだ私にはついていけない部分があるだけです」


清永は、黙ってその言葉を聞いていた。伽羅の言うように、伽羅の金銭感覚や価値観はきっと一生自分には持ちえないものだろう。生まれ育った環境や、形成された価値観がひっくり返ることはまずない。

だが、これから清永が生きていくうえで伽羅の持っている価値観に触れ、それを理解することはきっと必要なことなのだ、と思う。それを臆することなく自分に教えてくれる伽羅が、清永にはまぶしく見えた。


清永は立ったままの伽羅の手を取って車の中に乗り込ませた。横に滑り込んで伽羅の顔を見る。

「ありがとう、伽羅。伽羅といると俺は自分を見つめ直すことができる」

「‥‥?どう、致しまして‥」

なぜ清永に礼を言われたのか、よくわかっていないながらに返事をした伽羅を見て、また清永は笑った。伽羅の頭を優しく撫でる。

「だからいつも俺の傍にいてくれ」


清永はそう言ってぎゅっと伽羅の手を握りしめた。驚いた伽羅が反射的に手を引こうとしたが、それでも握りしめ続ける。すると、伽羅もふっと手の力を抜いた。

「‥えっと、できる範囲では、います‥」

そう呟いて、清永とは反対の方向に顔を向けた。


伽羅といると、柔らかな空気に包まれているように感じる。

いつも、色々な情報や人に囲まれて毎分毎秒気の抜けない自分の生活に、少しのゆとりが生まれてくる。

伽羅といる時の自分は、よく笑っている。

清永はそう考えながら、伽羅の手を握り続けた。



その後、Bellissimifiorベリッシミフィオリの旗艦店に連れていかれ、パーティー用のカクテルドレスやイブニングドレスを購入してようやく買い物は終わった。ずっと着せ替え人形のような気持ちでいた伽羅はどっと疲れて、最後の店を出てから車に乗り込んだときにはシートに座るや否やぐったりと目をつぶっていた。

「疲れさせたな‥悪い、まだ火傷も腕も完治してないのに」

申し訳なさそうな清永の声に、伽羅ははっと目を開けた。

「あ~、いえ、‥時給が発生しているということは仕事でもありますから‥」

そう答えると、清永は少し目を見開き、口を噤んだ。

そういう約束でかもめ食堂のバイトをやめたはずだったが、と思いながら清永を見つめていると、ふいと目を逸らされる。


「そうだったな‥」

そう呟いて下を向く。なんとなく悪いことを言ってしまったような空気に、伽羅は居心地の悪さを感じもぞもぞと座り直した。

ぱっと清永は顔を上げ、一転声の調子を変えて伽羅に話しかけた。

「夕食だが、伽羅は随分疲れたようだな。店に行こうと思ったが、どこかで何か買って家で食べるか?」

「あ、その方が嬉しいです。檀も一緒でもいいですか?」

「構わない。‥伽羅の家に、俺も行っていいか?」

清永は一瞬躊躇するような声を出したが、伽羅は気づくことなく頷いた。

「もちろんです。‥私が作ってもいいんですけど」

「いつかお願いしよう。だがまだ身体も本調子じゃないだろうから、今日はいい。‥俺も少しは料理ができるぞ」


伽羅は大きく目をみはった。

「え‥失礼かもですけど、意外です‥」

「‥まあ、必要に迫られて自分で作らないといけない時期があったんだ。そんなに凝ったものは作れないが‥」

「そんなの私だって同じです。名もなき料理しか作れませんよ。大抵、なんか炒めたのかなんか煮たのです」

清永は、伽羅の膝の上におさまっている手をそっと握った。

「それ、いつか食べさせてくれ」

そう言って柔らかく笑った。

「はい」


伽羅はそう言って俯いた。‥なぜだろう、今日はちょっとあまり清永の顔を正面から見れない。昨日まではそんなことなかったのに。


清永は運転手に指示してどこかのレストランに行くように言うと、そのレストランに電話をかけ、幾つかの料理を持ち帰れるようにしてくれという注文をしていた。


清永に言われて、檀にもまっすぐ家に帰るようにとメッセージアプリで連絡をした。ついでにかもめ食堂にも断りの電話をいれ、今日は檀が寄らないことを伝える。

『あの二枚目とまたデートしてるんかね?うまく行っとるかい?』

と女将に言われて、伽羅がうまく受け答えできずもごもごしてしまうという一幕もあった。


レストランで食事を受け取り、伽羅の家まで車で送ってもらい、檀が帰ってくるまで少し待ってもらった。慌てて家の中に行って色々と雑多に散らかっているところを片づける。いずれにせよ人を招くような家ではないのだが、何とか居間の荷物を寝室に突っ込み三人が座れるようにした。座卓の家でよかった、と思いながらも座布団がないことに気づき、茫然とするが、ないものは仕方がない。とりあえずそこまで汚い部屋でもないし我慢してもらおう、と清永を呼び込んだ。


訪問は二回目となる清永は、前回のように色々と見まわすことなくするりと家の中に入った。背の高い清永が家に入ると随分天井が低いような気がしてくる。座布団がないことを断って(そういえば前回も畳に座らせていた)、ちゃぶ台に案内した。


「綺麗にしているんだな」

「‥今慌てて片づけたんです‥」

「そうは見えない」

清永はそう言って伽羅を見上げ、微笑んだ。




お読みくださってありがとうございます。

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