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「今ねえ、坊ちゃんは自己嫌悪の塊になっちまってるから、うまく話せないんだねえ」

愛善(あいぜん)、黙れ」

「へいへい」

ぴしりと厳しい声で清永(せいえい)が一喝すると、左柄(さがら)は笑顔を崩さないまま口を閉じた。

結局どういうこと‥?と姉弟が顔を見合わせていると、控えめなノックの音がした。

「大洲様がお待ちの部屋で間違いございませんでしょうか?」

「ああ、入れ」

清永が返事をすると引き戸が静かに開き、外から女性二人男性一人が中に入ってきた。男性は大きな段ボールを抱えており、女性の一人は小さめの段ボールが三つほど積まれた台車を押していた。


「大洲様、お待たせいたしました、お客様は‥」

「彼女だ」

三十半ばほどのきりりとした女性が口を開き、清永が応える。呆気に取られている伽羅(きゃら)の方を向いて、女性は一礼した。

「本日はよろしくお願い申し上げます、駒江様。まずはこの度のお怪我にお見舞い申し上げます」

「は、はあ‥‥?」

きょとんとしている伽羅に構わず、女性は続けた。

「わたくしは大洲様と懇意にさせていただいておりますbellissimifioriベリッシミフィオリの片山と申します。これから駒江様のお召し物を調(ととの)えさせていただきます」

女性‥片山はそう言うと、後ろにいた男女に目配せをした。男性が大きな段ボールから何やら金属の部品を取り出し、素早く組み立てていくとそこにハンガーラックが出現した。もう一人の女性は別の箱を開封して中にある商品を取り出し、どんどん広げてハンガーラックに掛けだした。手品のようにどんどん支度が出来ていくのを、駒江姉弟はただ口を開けてぼーっと見つめているしかなかった。

片山はきびきびと男女に指示をしながら、清永とも話をしている。それが終わるとにっこりと笑顔を浮かべながら伽羅の方へ近づいてきた。


「駒江様、ぶしつけではございますが、お怪我の様子を見せていただいてもよろしいでしょうか?できうる限り、お怪我に障らないような商品をご準備致しますので」

流れるような片山の言葉に、伽羅はただ「あ、はい」と言ってされるがままになるしかなかった。片山は「失礼致します」と言って病院着の胸元を慎重に少しめくり、創傷被覆材の範囲を確認した


そこからはもう片山の独壇場だった。時折入る清永の意見をも取り入れつつ、どんどん洋服のコーディネートをして、組み合わせごとにハンガーラックに掛けていく。恐ろしいことにラックの下の方には靴も十足以上置いてあった。

伽羅と檀はすっかり毒気を抜かれ、ただ目の前で展開していく様子を眺めているだけだった。

伽羅の身体をそうっと起き上がらせてサイズを測り、ぴったりのものをどんどん選んでいく。

最終的に清永が「ではそれはすべてもらおう。残りは後日直接店に行く」という意味のわからない発言をして終わり、片山が「大洲様のサイズの把握が的確で助かりました」とまた訳のわからないことを言って笑っていた。


伽羅が腰かけているベッドの足元には、bellissimifioriベリッシミフィオリのショッパーが小山のように積まれていた。

片山と二人の男女は、残っていた商品やラックをまた手早く片づけると清永と伽羅に深々とお辞儀をした。

「この度はありがとうございました。お怪我のご本復を心よりお祈り申し上げます、ぜひ、当店へもまたお越しくださいませ」

そして失礼します、と言い退出していった。


清永はいくつかのショッパーを伽羅に差し出し、着替えるように言った。

「傷に障らず着られるようなものになってるが気をつけろ。‥外に出てる」

そう言って左柄と檀を連れて外に出た。



「び‥‥‥っくりしたぁ‥何、あの買い物の仕方‥」

「ねえ、金持ちも超弩級になると店の方からやってくるんだよねえ」

驚きのあまりようやく息を吐くことのできた檀の言葉に、左柄がのんびりと答えている。しかし、清永はそれどころではなかった。

「愛善、もう身元は割れてるんだろうな」

「あ~無論、親兄弟から親族までばっちり押さえてるよ」

「‥‥治療費の請求など生ぬるい。己がしたことの重さを(しか)と味わってもらおう」


あ、RPGとかに出てくる魔王って多分こんな感じで喋るんだろうな‥。

と、檀が思ったほどの冷たく怖ろしい低い声で清永が呟いていた。その横で左柄が「承知で〜す」と軽い声で返事をする。が、その目は清永に負けず劣らず厳しく冷たい光を宿していた。そしてその場でタブレットを取り出し、何やら操作をしている。

「あの、すみません今さらなんですけど‥姉がお世話になったようでありがとうございました」

作業中に声をかけるのは悪いかなとは思ったが、礼だけでも述べておこうと檀は左柄と清永にぺこりと頭を下げた。左柄は軽く「いえいえ〜」と言いながらタブレットを操作しているが、清永は眉間に深く皺を刻んだまま、黙り込んでいる。


やっぱり色々、嫌だったのかな‥と思った檀は、改めて清永の方を向いてもう一度頭を下げた。

「大洲さん、色々すみません。俺も姉ちゃんも、昨日からいっぱい迷惑を」

「違う」

檀の言葉は鋭く遮られた。え、と思った檀が顔を上げて清永の方を見てみれば、苦渋に満ちた顔で清永は俯いている。

「‥‥君たちが、迷惑をかけたんじゃない、俺のせいで‥俺がもっとちゃんと色々手配しておけば、伽羅はこんな目に遭わなかった。二日も連続で怪我をさせるなんて‥すまない」


清永は苦しげにそう言葉を絞り出すと、檀に向かって頭を下げた。逆に謝罪を受けてしまった檀は驚いて清永の肩を掴んで起こすようにする。

「いやいや、何でですか、大洲さん今日俺といたし関係ないでしょ」

「‥‥俺と、関わらなければ伽羅が怪我をすることはなかった‥」


清永は悔し気に、また悲しげにそう言うと僅かにかぶりを振った。何かを自分に言い聞かせているようだった。そんな清永にこれ以上言葉をかける気になれず、檀は言葉をのみ込んだ。

その時「着替えましたー」という暢気な姉の声が部屋の中から聞こえ、檀はややほっとした気持ちで引き戸を開けた。

「姉ちゃん、だいじょ」

うぶか、と後半の言葉は檀の喉奥に消えた。


薄い桜色の艶のある生地に、細やかなドレープの入ったシャツブラウス、光沢のあるライトグレーの四枚はぎのスカート。足元はスニーカーだがいつも履き古したものではなく、薄いベージュにシルバーのラインが入った洒落たデザインのものだった。

この自分の身なりに無頓着な姉が、色のあるものを着ているのを見たのは制服以来で、檀は言葉を失くして立ちすくんでしまった。

それほど、檀の目には姉の印象が変わって見えた。


それは後ろから続いて入ってきた清永にとっても同じことだった。清永はキチンと伽羅に相対したのは昨日が初めてだったが、やはり色物の衣服を身にまとっている伽羅が昨日までの伽羅より断然かわいらしく見えた。

‥‥火傷が完治したら、また服を買おう。絶対に買おう。

清永は心の中で固く誓った。自分で金を稼いでいる身分でよかったと、これほど思ったことはない。


呆気にとられた感じで立ちすくんでいる檀の横をすり抜け、清永は伽羅の近くに来た。伽羅がぎこちなく頭を下げて、清永に礼を言う。

「清永さん、ありがとうございます、洋服、あの‥こんなにたくさんは要らないと思うんですが‥靴まで‥」

「いや、それは必要だ。俺と出かける時にも着てほしいしな。まだ全然足りない。‥‥伽羅」

清永は伽羅の胸元を見て少し顔を顰め、ベッド脇に積まれたショッパーの中からふわりとした白いストールを取り出した。それを形よく伽羅の胸元に巻いてやる。

「あ、ありがとうございます‥」

「火傷の痕は日光に当てない方がいい。残ってしまうからな。ストールはとりあえずこの白いのとアースブラウンの二つを買ってる。UVカット加工もされている生地だから、外に行くときには必ずこれを胸元に巻くようにな」

「はい‥」


伽羅にとって、同じものを色違いで買う、という発想がなかったために、この清永の買い物の仕方はよくわからないものだった。しかし、その伽羅の性格をも短い時間で的確に把握した片山により、伽羅が困らないように衣服を整えていることを清永が続く言葉で説明した。

「このショッパーの中のものを組み合わせて着ればいいようになってる。どう組み合わせればいいか迷わないように、片山が合わせてある。まあ、慣れたら自分で組み合わせをしてみてもいい。困るようなら着替えたところを携帯電話で写真でも撮って俺に送れ。助言は少しできる」

「はあ‥」


これがいわゆる「コーディネート」というやつだろうか、と伽羅は思った。伽羅の服装には、たまに檀にも「葬式じゃねんだから」と苦言を呈されることがあったのだが、むしろそれはフォーマルということだからいいのでは?と独自解釈をして気にしていなかった。

だが、こうやって明るい色のものを身に着けていると、気分も少し上向きになるような気がしてくるから不思議だ。




お読みくださってありがとうございます。

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