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現代恋愛ものです。「ツンデレ」?の「スパダリ」的なイケメン男子を書いてみたくて‥。
よろしくお願いします。
「つきあってくれ」
「はい、どこにですか?」
食堂が一瞬シン、とした。
そこにいた全員が、この会話をした二人に注目していた。
つきあってくれ、といったのは大洲清永。経済学部二年に所属し、184㎝の長身で容姿端麗、頭脳明晰。剣道四段、弓道三段を持ちどんなスポーツもあらかたこなす。しかも実家は大洲グループという大規模ホールディングカンパニーである。
総合大学としてそこそこの在学者数を誇るこの学内でさえ、何もかも兼ね備えた人物として有名な人物だった。
今日は麻素材の柔らかな生成りのジャケットにぴったりした黒のTシャツ、カーキ色のゆったりしたシルエットのパンツ姿だ。腕には高級メーカーの時計がつけられ、左耳にはダイヤのピアスが光っている。
一方、どこにですか?と答えたのは、同じく経済学部二年の駒江伽羅。
彼女は‥‥彼女のことを知る人はあまりいない。今食堂にいる九十九%の学生が「誰‥?」と考えているくらいの、普通の学生だ。
彼女のために追記するならば、駒江伽羅も非常に頭脳明晰で給付型の奨学金をもらえているほどの成績優良者である。ただ、人付き合いは決してよくはなく、ほとんどの時間彼女は学内では一人で過ごしていたし、講義のない時はアルバイトで忙しくしていた。平均より背の高い身体に卵型の顔、少し小さめの瞳は眼鏡に覆われ、まっすぐで長い黒髪はいつもきっちりと三つ編みに編まれている。そして伽羅の服装はいつも黒か白かグレーだった。今日も白いシャツに黒い細身のパンツをはいている。足元は履き古したスニーカーだ。
「どこに‥とは?」
「え?つきあってほしいとおっしゃいませんでした?なので、どこにかなと」
違う!そういうつきあってじゃない!
食堂にいる全員が心の中で叫んだ。
そう言われた方の清永は、少し呆気にとられたような顔をして、それから柔らかく微笑んだ。
「どこにでもつきあってくれるのか?」
「え~と、私次の時間講義があるので、それに間に合うようでしたら」
「わかった。じゃあ一緒に来てくれ」
そう言うと清永は伽羅の腕を掴んで歩き出そうとした。伽羅は驚いて腕をもぎ離し立ち止まった。
「え、待ってください、私ここでお昼を食べるんです。‥それからあなたはどちら様ですか?」
大洲清永を知らんのかいっっ!?
食堂にいた学生の心が一つになった瞬間だった。
しかし清永は、全くへこたれていないようだ。
「食事はできる。つきあってもらうんだから俺がご馳走するよ」
「あ、そうですか。ならお願いします‥で、どちら様ですか?」
「同じ経済学部の大洲清永だ。清永と呼んでくれ」
な、名前呼びを許す‥?
再び食堂はざわついた。大洲清永は色々な面で非常に優れた人物ではあったが、その代わりとでもいうかのように性格は非常に気難しかった。友人はごく限られた数人としかつきあわず、サークル活動や部活動もしていない。講義中に学生同志で共同作業をしなくてはならない時も、ほとんど話すことはなく、笑った顔も目撃されていない。
彼を慕い、憧れる学生は山のようにいるので、彼がとる授業はいつも受講者が殺到している。他学部の学生まで混じってくるほどだ。
色々な学生が彼に話しかけるが、滅多なことでは返事はなく目も合わせてもらえないのがデフォルトである。
ここからついた綽名は「難攻不落の王子」やら「冷血イケメン」やらであった。
それでも女子学生を中心に、一言でも話してもらえれば、一目でもこちらを見てもらえればという気持ちで、皆日々清永に話しかけることをやめないのだ。
その、笑わない清永が、微笑みながら名前を呼べと言い、あまつさえその女子学生の腕を取った。
妙な緊張感が食堂全体を覆っている。
一方、そういったことには普段から無頓着な伽羅は、再び腕を掴まれたことに眉をひそめた。
この人は腕を掴まないと不安になって話せなくなるのだろうか‥?いや、しかし食事をおごってくれるというのだからそんなことはどうでもいい。食事だ!タダメシだ!
「ええと、では清永さん、どちらに行けば?」
「こっちだ」
清永は取った腕を軽く持ち上げ、反対側の手でその手のひらを握った。
うわああああ、きゃああああという悲鳴が食堂を震わせる。驚いた伽羅は、そこで初めて食堂全体を見回した。
「あれ、なんか見られてます?悲鳴が上がったような」
「さてな。俺は知らない。さあ行こう、時間がない」
清永は伽羅の手を握ったまま、食堂の外へと連れだした。そのままずんずんと歩いていき大学の敷地内からも出てしまった。
「あの、私講義が」
「大丈夫だ」
清永はそう言ってずんずん歩く。仕方なしについて行くと、大学にほど近いレストランの前で止まった。ランチ営業なら入れるがディナーにはちょっと敷居が高い、という雰囲気の店だった。伽羅は外でご飯を食べることがないので、レストラン、というだけで身構えてしまう。
伽羅の手を引いたまま、清永はためらいなく店の中に入ってしまった。店員が驚いたような顔をして清永を迎える。
「いらっしゃいませ」
「空いてるか」
「はい、どうぞ」
短いやり取りの後、奥まった個室に案内されてようやく手を離してもらえた。座り心地のいい椅子に座らされる。清永はメニューを開いて尋ねた。
「食べられないものはあるか?」
「特にありませんが、パイナップルとキウイはアレルギーで食べられません」
「わかった」
そう言って店員を呼び、勝手に注文をされる。あれ、私メニュー見れない?と伽羅は思ったが、金を出す人に任せようと黙っていた。
飲み物を運んできた店員が下がっていくと、狭い個室に静寂が訪れる。手持無沙汰になった伽羅はアイスティーをずずっとストローで啜った。‥なんか桃っぽい香りがする。フレーバーティーを飲んだのが初めての伽羅は、内心少しわくわくしていた。
そんな伽羅の顔を、清永は薄く笑いながら見つめている。
「あの、一緒にご飯食べる人が欲しかったんですか?」
「あ?」
伽羅の質問に一瞬眉を寄せた清永だったが、すぐににやっと笑った。
「違う。‥駒江伽羅、だよな。伽羅と呼んでいいか」
「別に、構いませんが‥」
今度は伽羅が眉を寄せる番だった。どこかで会ったのか?自分は全くこの人物を知らないのに、この人物は自分の名前を知っている。‥‥どういうことなのだろう。
沈黙している間に前菜が運ばれてきた。薄く切られた白身魚のカルパッチョに新鮮な色とりどりの野菜が散らされている。
「わ、おいしそう!すご!」
あまりお目にかからない料理に、伽羅は目を輝かせた。清永は鷹揚に言った。
「コースだが時間を節約したいからと言って急がせてる。すぐにメインも来るから早く食べろ」
まだメインが来ると‥?それを聞いて伽羅は慌てて食べ始めた。いくつもカトラリーが置いてあったが、箸もあったので伽羅は箸をとった。
ぱくぱくと料理を口の中に収めていく伽羅の様子を、清永はずっと微笑みながら見ていた。その清永の顔を、知っているものが見たら二度見するほど驚くに違いない。
そもそも、大洲清永という男は他人に興味がないし、笑顔なんぞ見せた日には「槍が降るのでは」と言われるような人物なのだ。小さい時から傍についている左柄愛善が見たら目を剥く光景である。
今日はその左柄はいない。狙ったわけではないが二人で会えたことは僥倖だったと清永は思っていた。この時間を他人に邪魔されたくなかった。
目の前の少女が食べている、それを見ているだけでなぜこんなに楽しいのだろう。永遠に食べさせてやりたい。何を食べても目を丸くして美味しそうに頬ばっている。時間を気にしているのか急いで口に入れるから、栗鼠が頬袋に食べ物を詰め込んでいるときのようだ。
決して美人でもかわいい顔でもないのに、どうしてか目が離せなかった。
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