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【完結】祓魔師《エクソシスト》は休みたい  作者: うどん


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98/134

098:祓魔師が夏の空に吐く煙

 午前七時――新東京内にある小さなタバコ屋の前。


 うだるような暑さの中で、セミの鳴き声を聞く。

 手にはタバコ屋で両替を頼んで手に入れた“不思議な硬貨が一枚”。

 店の中ではニコニコと笑う老婆しかいなかった。

 

 視線を前に戻す。

 そこにはレトロと言うには古すぎる黒い電話機が一つ。

 コイン式に無理矢理に改造したのだろうか。

 マスキングとガムテープで後付けの機械をぐるぐるに巻いて固定していた。

 所謂、黒電話“もどき”と呼ばれるものであり、まだ存在していたのかと目を疑った。

 日之国の硬貨を投入し、ダイヤルを回せば繋がるもの。

 昔は俺も使っていたが、現代でこれを使っている人間や置いてある場所を見た事は無い。

 既にアナログ回線は廃止されている。

 使える事には使えるが、態々こんなものを使おうとする店はない……訝しみながらも、俺は聞かされた番号に繋いだ。

 

 繋がるのかも怪しいそれを使って、“ある場所”に連絡を繋ぐ。

 ダイヤルを回していき、独特な音を聞いて――ノイズが走る。


《――繋がった――聞こえる?》

《……聞こえますよ。貴方でしたか》

 

 暫く待てば連絡は繋がった。

 ノイズが混じっていて音質は悪いが。

 盗聴対策として色々と手を回している事が分かる。


 繋がるまでに数分。

 繋がるまでに、此方の呼吸音や受話器から脈拍などを計測。

 恐らくは、指紋なども取っているかもしれない。

 そこから相手が誰なのかを認識し、問題が無ければ繋げる。

 アナログとかデジタルの次元ではない。

 完全に独立した通信であり、恐らくは個人がこれを所有していると考えた方が良いだろう。


 あの特殊なコインは特別な回線に繋げる為のパスキーで。

 そこからは情報を採取して判断する。

 繋がった相手の声は、ノイズが混じっていようとも分かる。

 偽物である可能性はあるにはあるが。

 それを考えていればキリがない。

 そもそも、俺に掛けるように言ったのは相手側で。

 俺から不必要な情報を渡す事は決してない……まぁそれで問題ないとは思わないがな。


 そんな事を考えながら、周りを確認する……いるな。


 気配を上手く絶ってはいるが。

 お気に入りのパーカーを来た小娘が近くにいる。

 盗み聞きとは良い趣味であるが……まぁいい。


 聞かれたとしても問題はない。

 問題があれば、すぐに音を遮断すればいい。

 そう判断し、俺は相手に話すように促した。


 電話に出た相手は淡々と情報を伝えて来た。

 無感情で一方的で、連絡を寄越してきた人物は必要な事だけを語る。

 余分な会話は無い。世間話などは不要だった。

 それが“彼女”であり、付き合いの中で理解していた。

 俺はそれを黙って聞きながら、状況を飲み込んでいく。

 

《……分かりました。では、此方も用件が済み次第……えぇ、大丈夫です。それでは》


 俺はゆっくりと通話を切る。

 時間にして二,三分だ。

 盗聴された可能性は限りなくゼロに近いだろう。

 受話器を戻して、眼鏡を外し眉間の皺を揉みほぐす。

 小さくため息を吐いてから、俺はニコニコと笑っている婆さんに話しかけて煙草を買う。


《……“ノーズレッド”をください》

「……あいよぉ。三百円ねぇ」

《……どうも》


 ダメもとであるかと聞けば。

 恐ろしく安い値段で、フィルム付きのノーズレッドが出て来た。

 俺は内心で少し驚きながらも煙草を受け取り金を渡した。

 そうして、少し歩いて店の近くにあったベンチに腰を下ろす。


「……」

 

 買ったばかりのたばこのフィルムを剥がす。

 くしゃくしゃと丸めて魔術で燃やし、そのまま一本を出してからそれの先にライターで火をつける。

 煙を静かに吸い込み、軽く吐き出した。

 

 怒っていたのか、悲しんでいたのか……自分でもよく分からない。


 俺は片手で煙草を摘まみながら、静かに天を見つめた。

 近くの公園では子供たちの声が聞こえる。

 楽しそうに遊んでおり、無邪気だとは思った。

 

 ゆっくりと視線を前に向ける。

 ベンチの先は空き地であり、みすぼらしい木が一本だけ生えていた。

 花も無ければ葉っぱも無い。

 何もないそこにはセミが一匹だけ留まっていて……ぼとりと落ちた。


「……」


 セミは少しだけ鳴いたかと思えば、もう動く事は無かった。

 セミの寿命は短いと聞く。

 そのほとんどを地中で過ごし、外に出たかと思えばすぐに死ぬ。

 子を作り、次に繋げる事を目的として生まれて来る。

 ひどく単純であり、生き物として正しい姿とも言えるだろう。


 人間くらいだ。

 無駄を愛し、回り道を好んで進むのは。

 目的もそれぞれであり、子を作ろうとしない人間だっている。

 生き物としては半端であり、神からすれば失敗作ともいえるだろう。

 

 ……でも、それが人間だ。

 

 全ての人間に生きる権利がある。

 何をするのも、どう生きるかもほとんどの人間が自由だ。

 だからこそ、死ぬ場所も時間も違って……同じだ。


 祓魔師は、“真面な”人間ではない。

 セミと同じように生きている。

 種を残す事、それは即ち、未来ある子を守る事だ。

 命を懸けて悪魔と戦い、死しても次へと繋げる。

 儚い生涯であり、ほとんどが若くして死ぬ。

 人類の為に、未来で生きる子供たちの為に……立派な異常者たち、か。


 誰かが言っていた気がする。

 狂っている、と。

 好き好んで死にに行き、顔も知らない誰かを助けると。

 俺も同じ意見であり、すべからく立派な祓魔師は狂っているだろう。


 強ければ強いほどに、その精神構造は異常だ。

 それぞれに目的が違い。

 俺のように悪魔を淡々と殺していく奴だっているだろうさ。


 世界平和でも、人類の未来でもねぇ。

 ただ邪魔で、ただ鬱陶しくて。

 目ざわりだから――俺は奴らを殺す。


 それが人の為になり、金を貰える事に繋がっている。

 仕事だ。仕事だから命を懸けている。

 こんな仕事、誰もやりたくはねぇだろうが。

 俺にとってはこれが適任で……くだらねぇな。


 煙草を咥えながら目を細める。

 ガキどもを教育して得られた金。

 悪魔をぶっ殺して得られた金。

 それに違いはなく。金は金だった。

 だけど、殺すよりも生かす方がよっぽど清々しい。


 傲慢だろうか。それとも、やはり異常なのか。

 分からねぇが、ただ一つ言える事はある……仲間や家族に、死んでほしいなんて思った事はねぇ。


 生きろ。

 終わりがあったとしても、今すぐに死ぬな。

 生きて、生きて。幸せになってから眠ってくれ。

 理不尽な存在によって道を奪われてくれるな。

 そして、そんな理不尽に関わろうとするな。


 ――テメェで兵隊を作って、悲しんでんだ……滑稽じゃねぇかよ。


 誰も俺にはなれない。

 限りある命であり、無敵なんて奴は存在しねぇ。

 少なくとも、人間の中でずっと隣に立ってくれる奴なんていなかった。

 道を進んでいけば、必ず周りから人は消えていく。

 消えれば、新しい奴がそこにいて。

 そいつも消えれば、また新しい奴がいる。

 

「……」

 

 煙草を摘まむ。

 そうして、静かに煙を吐き捨てる。

 

 生きとし生ける者たちの時間が流れる中で。

 俺たち祓魔師は進む道は違えど誰もが同じ目標を持って生きている。

 例えそれが金の為であったり、やんごとなき理由であったとしても。

 俺たちが悪魔と戦う事も、それによって何を守るのかも同じだ。


 ベンチに座り、静かな時を過ごす。

 ただ黙ってボケっと流れる雲を眺めていた。

 煙草を吸い、煙を吐き。それを繰り返す。

 短くなれば片手で握りつぶして燃やし。

 流れるようにも一本出して火をつけた。

 

 

 天使の件、アルメリアの件……今は考えたくない。


 通話の相手は――ケーニヒ、“ゾーヤ・ロマノフ”だ。

 

 

 ゾーヤは感情が希薄なタイプだ。

 何かを伝える時も、会話をする時でさえも。

 無駄な言葉は言わず、ただ淡々と事実だけを話す。

 俺にとっては相性が良く。

 何の報告をするかと聞けば…………“死んだ”、か。


 

「……」


 

 

 傭兵団“月光”――“サム・ホーキンスを含めた多くのメンバーが死亡した”。


 


 生き残りは僅かで。

 任務中に遭遇したネームド個体の悪魔と交戦。

 時間を稼ぎ、付近で任務に当たっていたゾーヤが現着。

 悪魔と一戦を交えて、手傷を負わせる事には成功したものの。

 相手は状況の不利を察して逃走したらしい。


 かなり激しい戦いになり。

 地形は大きく変わり果てた。

 が、月光が見つけた地下施設は健在で。

 そこで見つけた重要物は既に別の場所に移送したという。

 

 ゾーヤがついた時には、既にサムたちは死んでいた。

 いや、実際にはほとんどの遺体は見つからなかったらしい。

 戦闘の余波で消し飛んだか。或いは、瓦礫に潰されたか。

 ゾーヤは憶測で話はせず、ただほとんど見つからなかったとだけ言っていた。

 

『死んだ人間たちは移動させた。傭兵団が見つけたものとは対話中。上層部からはそれの詳細は通信では言うなと釘を刺された。出来る限り、すぐにライツのアントホルンの支部に戻って欲しい』


 彼女にしては長々と喋っていた。

 その言い方は何時にもまして奇妙にも聞こえた。

 死んだ人間たちを“運んだ”のではなく“移動させた”と説明し。

 見つけたものを“調査中”ではなく“対話中”と言っていた。

 それは彼女なりに、少しでも俺に何かを伝えようとしていたのだろう。


 ……他にも妙な事はある。上層部が釘を刺しているのであれば、何故、態々俺に通信を繋いだのか。


 知られたくないものであれば。

 ローテクであろうとも、使おうとは思わないだろう。

 サムたちが命を懸けて守ったものであれば、相当に価値のあるものだ。

 上層部に何の意図があるかは知らない。

 が、恐らくはこの件を俺に伝えるように指示したのは……いや、今は良い。

 

 少ない情報ではあるが、何となくは分かる。

 誰が何の為に指示を出したのか。

 ハッキリと分からない事は、そいつが誰と繋がっているかだろうか。

 

 が、現時点ではそうだと断言する事は出来ない。

 もしもそうであれば、その程度で思っておくだけだ。

 俺の勘違いで“ぬか喜び”をするのはごめんだからな。


 

 ……死んだ人間を生き返らせる事は出来ない。俺でも、時が流れれば不可能だ……でも、信じたい。


 

 俺はギュッと煙草を握る。

 掌の中で小さな火が俺の手を熱していた。

 痛みがあり、焦げ臭さを感じる。

 それでも俺は手に力を込め続けた。

 

 アイツらの事は俺が一番よく知っている。

 どんなに強い悪魔が相手であろうとも。

 そう簡単にくたばるような奴らではない。

 任務を最優先にしようとも、生き残って来たほどの強者たちだ。

 そんな奴らがこんな事で……俺は立ちあがる。

 

 掌を叩き、眼鏡の位置を正す。

 そうして、いつの間にか横に座っていたカブラギに声を掛ける。

 奴は最初は俺を無視していた。

 が、俺がもう一度奴の名前を呼べば……ゆっくりと俺に視線を向ける事無く言葉を掛けて来た。


「……大丈夫か」

《……聞こえていましたか?》

「……いや……ただ何となく……辛そうに見えたから」

《……問題ありませんよ。ありふれた日常の一つを聞かされただけです》

「……そっか。なら、いい……でも、もしもさ。本当に辛いって言うんだったら……肩くらいなら、貸してやるよ」


 カブラギはそっぽを向きぼそりと呟く。

 俺は小さく笑いながら《なら、その時はお願いしますよ》と返す。

 カブラギはこくりと頷いてから立ち上がる。

 視線を向ければ、道の路肩に黒塗りの車が停まっている。

 その車の前には黒スーツたちが立っていた。


 お迎えであり、今日も約束の仕事だ。

 俺もゆっくりと立ち上がり、ポケットに手を入れながらカブラギの後をついていった。


 

 ◇



 カブラギ製薬研究所、地下エリアに存在する倉庫内。

 全ての明かりが消されて、人の気配が減った頃……ゆっくりと目を開ける。


「……」


 職員たちのほとんどが業務を終了し帰宅した頃。

 ホテルに“分身体”が帰ったのを確認し。

 俺は体を再生させて、箱の中から這い出る。


 “頭部だけの状態”で、無理矢理に意識を保たせて。

 部屋の一室に積まれていた空き箱の中に頭を隠しておいた。

 体は分身体に処分をさせてあるから問題はない。

 ジッと耐え続けてようやく外に出られた。

 裸のままで肩を鳴らしながら体の感覚を確認し。

 そのまま異空間から服を出して体に纏った。


「……」

 

 認識阻害と透明化により姿を消す。

 体内から発せられる魔力を限りなくゼロの状態にして音を消して歩いていく。

 目の前には閉じられた扉があった。

 ゆっくりと手で触れて、無理矢理に開けていき小さな隙間を作る。

 全てを開ききれば、システムが異常を検知する恐れがある。

 発見されれば言い訳の仕様が無い。

 

 ゆっくりと慎重に隙間を開けた。

 そうして、素早く体の関節を外してその隙間に体を入れて潜りに抜けた。

 周りを見れば、足元に小さなライトが等間隔に点灯しているだけだ。

 職員の姿は見えず。誰も廊下を通っていない。

 俺は床には足をつけずに、指先にだけ魔力を集中させる。

 壁に指をつければ、魔力が接着剤の代わりとなりそれと繋がった。

 俺はゆっくりと壁伝いに移動をしながら、近くにいる鳩野郎に案内を頼む。


『そこを真っすぐ……そこを右です……そして、下へと行って……そのまま道伝いに』


 指示を聞きながら進んでいく。

 壁が切れれば跳躍し、別の壁に張り付き。

 防衛装置を見つければ、それを掻い潜るように進んでいく。


 銃火器の類はどうでもいいが。

 発見されること自体が問題で。

 兎に角、スニーキングに徹しなければならない。


 俺はそう認識しながら、冷静に廊下を進んでいった。

 進んで、進んで、進んで…………アレは?


 道が狭まっていく。

 すると、奥には重厚な扉が存在していた。

 ノブも無ければ、何かを認証するようなものも無い。

 素早く突破をするには破壊するしか無いが……それはこいつが“解決できるらしい”。


『……大丈夫なのか?』

『えぇ、お任せを』


 奴はそう言って俺から離れる。

 そうして、扉の中に入ったかと思えば……!


 扉がゆっくりと開かれて行った。

 警報も鳴らず、誰かがやって来る気配も無い。

 ただファミレスの自動ドアのように開いただけだった。

 奴がすぐ近くに戻ったのを感じた。


『どういう仕掛けだ?』

『簡単な事ですよ。私はあらゆる物への干渉……つまり、憑依が出来るのですよ。無機物であろうとも何であろうと。形さえあれば、私はそれを器とし操る事が出来ます』


 奴は当然だと言わんばかりに説明した。

 俺は心の声で他にも隠しているんじゃないかと訝しむが。

 奴は笑うだけでも何も言わなかった。


「……」


 扉を潜り先を急ぐ。

 狭い通路を進んでいけば、幾つものセキュリティが張り巡らされていた。

 そのどれもが本来であれば鍵などを必要とするものだったが。

 今の俺には“フリーパス”がついているので問題なかった。


 ……まぁ俺だけでも突破できない事も無かったが……これはこれで助かるな。


 そんな事を考えながら、俺たちは進んでいく。

 そうして、一番セキュリティが強固そうな扉が現れた。

 鳩野郎は再び中に侵入し…………ん?


 待てども待てども、扉が開かれる気配がしない。

 俺はどうしたのかと心の中で奴に問いかける。

 しかし、奴は俺の声に応じず――お?


 異変を感じていたが、扉はゆっくりと開き始める。

 ガチャガチャと扉の中のギミックが動いていき。

 重い扉が展開されて行った。

 鳩野郎が近くに戻ったのを感じ奴に話しかける。


『何黙ってんだ? これは……お前じゃねぇのか』

『……えぇ残念ながら。何ものかの干渉……というよりは、例の“天使たち”が我々を招いたようですね』

『招いた、ねぇ……なら、会ってやろうじゃねぇか』


 俺は壁から飛び、開かれた扉の先に飛んだ。

 そうして、刻印を起動し魔術を発動。

 念には念を入れて、空中で浮遊したまま辺りをサーチし――


 

『――セキュリティは切りました。安心してください』

「……!」



 脳内に若い女の声が聞こえた。

 俺は驚きながらも、魔術を解く。

 足を床につけて透明化なども解くが……本当みてぇだな。


 信用した訳ではない。

 が、此方を相手が認識しているのであれば隠れる事は無駄であると判断しただけだ。


 姿を見えない何か……いや、“天使”だな。


 俺は周囲を見渡す。

 魔力で目を強化しようとして――ライトが点灯した。


 僅かに目を瞬かせる。

 急に周囲が明るくなり、強烈な光によって視界がブレる。

 が、すぐに視界は安定し――それを見つけた。


 

《ポッドの中に……アレが、天使?》


 

 治療用。いや、“保管用”と言った方が正しいか。

 ポッドの中には目と口を塞がれた白髪の女がいる。

 一糸まとわぬ姿であり、体の形から女性であると判断した。

 眠っているのか、起きているのかも分からない。

 ただ満たされた液体の中で浮いているだけだ。


「……」 


 その体には幾つもの管が伸びている。

 幾つかの管は、中いるそれに対して必要なものを供給しているか。

 或いは、不要なものを体外に出しているように見える。

 部屋全体が明るくなった事でその他の管が何をしているのかも分かる――“血”だ。


 血を採取している。

 それもずっとであり、それが後ろの巨大なタンクの中に入れられていた。

 溜まった血は別の小型のタンクに入れられて。

 それが次々と上に運ばれて行っていた。

 ポッドの数は全部で“44”であり、それら全てに天使と思わしき存在たちがいた。


『ようこそお越しくださいました――――様』

『……? 今、何て言った?』

『……? ――――様と言いました……まさか、記憶が?』


 天使の声だろうか。

 奴らはさも俺が何者であるか知っているかのように話す。

 俺はどういう事かと鳩野郎に問いかける。

 すると、奴は俺を無視して天使に語り掛けた……何故か、俺にもその会話は聞こえている。


『貴方方は、本来の天使とは異なるように感じますが……自らの状態については?』

『えぇ理解しています。我々は所謂“複製体クローン”です。オリジナルの天使から作られた贋作であり、本来の天使とは少し違う存在になります。私以外は自我がほとんど無く、使命についても理解は出来ておりません……が、我々には間違いなく天使の血が流れています。私は奇跡的にオリジナルの記憶と使命に関して引き継ぐ事が出来ました。オリジナルよりは力は劣りますが、使命の遂行に支障はありません』


 天使はすらすらと話す。

 俺はその会話を聞きながら“解析を進めていく”。

 それを黙って聞いていた鳩野郎は少し息を吐く。

 

 

『……そうですか。ならば、改めて問います――何故、人間に飼われるような真似を?』

「……!」

 

 

 少し声を低くし問いかける鳩野郎。

 会って間もない俺でも、こいつが少し怒りを発しているのは分かった。

 奴はこいつの怒りに触れても動じずにスラスラと理由を話す。


『我々には命が与えられました。その命に従い、この施設にて血の提供を主にしています』

『その命を与えた者は誰ですか』

『天使長――――様です』

「……?」


 今、確かに天使長と聞こえた……名前に関しては相変わらず聞き取れねぇがな。


 鳩野郎は黙っていた。

 が、何かを理解し――くすりと笑う。


『……分かりました。私から聞く事はありません。ささ、後はお好きなように』

『待てコラ。テメェだけスッキリしてんじゃねぇよ。説明しろや。一から十まで』

『……そうですね。これだけでは、後の行動にも響きますか……では、説明しましょう』


 奴はゆっくりと説明を始めた。

 先ずは、この天使たちの事についてで。

 こいつらは本物の天使では無く。

 何らかの方法で生み出されたクローンだと言う。

 オリジナルよりは力は劣り、ほとんどには自我が無い。

 そこまでは俺にも理解できた。

 問題はその使命についてだ。


『天使の使命とは、人類の管理であったり。世界そのものの維持に努めることです……平たく言えば、世界が壊れないようにあらゆる生命の監視や必要に応じて干渉なども行う事です。彼女だけがその使命を思い出して、天使長からの命で此処に留まっていたのですよ』

『……なら、その天使長は何だ? 先ずは、天使の階級とかを教えろや』


 長とでも言うのなら偉いのだろう。

 そういう気持ちで問いかければ奴はあっさりと答えを教えてきた。


 “天使長”とは天使の中で最も偉大な存在。

 世界を管理する天使たちの纏め役であり、組織のトップのような存在だと言う。

 その下には、“四大天使”と呼ばれる存在がいて奴らが大きな隊を率いているらしい。

 “守護大天使”は更に細かく分けた部隊のリーダーであり、実行部隊の中では最も位が高いと言っていた。

 “主天使”は軍隊でいう小隊規模の隊長であり、守護大天使の指示が無ければこれが指示を出す。

 “大天使”は天使として経験を積み、その功績が認められた存在たちらしい。

 そして、今回の“天使”とやらは最も位が低いが、一番数が多く人間や他の生命たちとも関りを持つ事がある奴らだった。


『此処で勘違いをしてはいけないのが。位が低いから弱いのではありません。位が高くとも戦闘能力が低い存在もいれば、逆も存在します。寧ろ、天使や大天使は真っ先に戦場に向かう事から戦闘能力は高いです』

『……そんな事はどうでもいい。今重要なのは、その天使長が――何処にいるかだろう?』

『……流石に、話は逸らせませんでしたね』


 鳩野郎は静かに息を吐く。

 天使長がこのクローンたちに命を出したのであれば。

 少なくとも、“カブラギが存在した時代”には生きていた可能性が高い。

 いや、寧ろ、今も生きていると言った方が良いだろう。

 その証拠はこのクローンの存在であり、命令が持続しているのであれば――そいつは生きている筈だ。


『死んでいるのなら、少なくともこのクローンは命令を疑問視する筈だ。どんなに優秀な存在であろうとも、頭がいなければ自分で考える。使命とやらが大事なら、尚の事、どうすればいいかを考える筈だ。それをしねぇでこんな所にいるっていうのなら、少なくともそいつが生きていて……今もコンタクトを取っているって考えるんじゃねぇか?』

『お見事です。流石は――――様です。既に答えにいきついているのであれば、此方も次の段階に移行できます』

『あぁ?』


 俺は何を言っているのかと奴を見て――警報が鳴り響く。


「……!」


 施設全体が激しく揺れる。

 地震か。いや、これは爆発だ。


 何処かで大規模な爆発が発生した。

 施設内の爆発ではない。

 地上であり、それも遠くであると感じた。

 

 地下深くまで衝撃が伝わっているのであれば相当なものだろう。

 そんな事を考えていれば、俺の特別な端末から音が鳴り響く。


 此処で出れば、確実に俺の居場所は特定される。

 侵入した事が明るみになり、確実に上層部と深い繋がりがあるタクミ・カブラギは――俺は端末を取る。


 考える間もなく通信を繋ぐ。

 すると、鬼畜眼鏡の声が聞こえた。


《緊急事態だ。日之国にて大規模な悪魔事件が発生した。至るところで悪魔たちが人や施設を襲っている。すぐに出動し、首都の防衛に当たってくれ。現場の判断は君に任せる。頼んだよ》

《了解しました》


 俺は通信を切る。

 異空間からインカムを出して装着する。

 服装もカブラギにてアップグレードした戦闘服に着替える。


『何処に行かれるのですか?』

『あぁ? 何処って――仕事だよ』

『僭越ながら優先順位の変更を』

『――ねぇよ。俺は祓魔師だ。悪魔をぶっ殺して、人を守ってやるのが仕事だ』


 俺は分身体を三体生み出す。

 本来であれば、限界まで生み出したい気持ちはあるが……妙な胸騒ぎがしやがる。


 此処は重要な場所であり、死守しなければならない場所だ。

 突発的に発生した悪魔事件。

 それは明らかに罠であり、俺は此処に残るべきだろう。

 が、俺は祓魔師であり、罠であろうと何であろうと――人類の守る存在であらなければならない。


『……』


 鳩野郎は何も言わない。

 此処で俺を説得するものかと思ったが……どうでもいい。


 俺はそれ以上、天使と会話をする事は無く。

 外を目指して走っていった。

 鳩野郎もそんな俺についてくる。


『私は貴方様の傍にいます。えぇ、何があっても』

『……渋い声で言われても、ちっとも嬉しかねぇよ』


 俺は笑う。

 そうして、風となり走った。

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