094:祓魔師は選択する
午前中のカブラギへの授業を終えた。
そうして、午後からの実験に参加し……カブラギの元へ戻って来た。
「はぁ、はぁ、はぁ……はぁぁ!」
「……」
どうやら、あれからずっとやっていたようだ。
戦闘服は川の中に入ったかのようにずぶ濡れで。
足元には大きな水たまりが出来ていた。
湯気が上がっており、頬は蒸気している。
俺が入ってきた事にも気づかないほどに集中しており――体が揺れた。
「……っ!」
《無理はよくありませんよ》
俺は一瞬にてカブラギの傍に接近し。
倒れそうになった彼女を片手で支えた。
カブラギは呼吸を乱し目を細めながら俺を見つめる……軽い脱水症状だな。
俺は片手をカブラギの額に当てて、刻印を起動する。
そうして、彼女の中に溜まった熱を除去し、体の疲労や痛みを取り除いていく。
徐々にカブラギの呼吸は安定し、俺はゆっくりと彼女を座らせる。
カブラギは座りながら、自らの体をぺたぺたと触った。
「……やっぱり、すげぇな……熱さも、疲れも。すっかり消えたよ」
《なら良かったです……ですが、あまりこれに頼らない方が良いですよ》
「何でだよ? 便利じゃんか」
《……薬は病や傷を癒す為のものですが。多用すれば、人間が本来持つ、回復力などは落ちていきます。免疫に関してもそうです。楽を覚えれば、それだけ人間は堕落する……万が一、もしもの為。そういうどうしようもな時のものなんですよ……まぁ我慢する事は違いますがね……それに、私は貴方たちをしごく時は率先して使っていますがね。何せ、貴方たちはすぐにバテますから。はは》
「……言ってる事が矛盾してるじゃねぇかよ……はぁ、まぁいいけど……何で戻って来たんだよ。まさか、僕の心配でもしたのか? はは」
カブラギはにやりと笑って言う。
俺はそんなカブラギを見つめながら当然だと言わんばかりにハッキリと伝えた。
《――はい、心配しました》
「……っ……じょ、冗談だよ。たく……調子、狂うだよ……くそ……っ」
カブラギは目を丸くする。
そうして、下を向いてフードを摘まんで下げてしまう。
カブラギはフードを目深く被りながら、ぶつぶつと文句を言っていた。
おかしな奴だと思いながら、俺はカブラギの体を癒す時に得られた情報を解析する……へぇ。
まだ一日。
それでも、無理をしただけの事はある。
魔力量が上がっており、魔力の回復力も僅かながらに向上していた。
それだけではなく、刻印に適した強い心臓に近づいている。
今まで出会った誰よりも、こいつの成長スピードは速い。
タクミ・カブラギが娘としてこいつを見ている一方で。
能力面に関しても、奴にとっては期待以上だったのかもしれない。
これほどの伸びがあるのであれば、何れはケーニヒも……ふふ。
「……? 何笑ってんだよ?」
《笑っていませんよ》
面白い。
エゴンやアデリナやエルナ。
ヤンやレンにショーン。
コルネリアに……本当に飽きさせないよ、お前らは。
才能に溢れている。
あんなにも怠惰だと思っていたガキ共が。
こんなにも才能に溢れて、未来を見るようになってるんだ。
こんなに嬉しい事は無く、教えがいがあるというものだ。
俺は嬉しさから立ち上がる。
そうして、カブラギに対して課題を与えてやる。
《カブラギ君。君に課題を与えましょう。夏休みが終わり、ライツへの帰るまでに、これを体得して見せなさい》
「……」
カブラギは姿勢を正す。
そうして、真剣な目で俺を見て来る。
俺はカブラギから少し離れた位置で止まる。
そうして、ゆっくりと心臓に手を当てる。
これは刻印を持つ人間であれば、使う事が出来る技の一つ。
刻印本来の魔術による攻撃ではない。
刻印そのものをトリガーとして発動する――“もう一つの術”だ。
俺は心臓部に魔力を集中させる。
渦を描くイメージで激しく回転させていった。
すると、体内の魔力がどんどん高められていく。
心臓がどくどくと鼓動し、体が熱を持ったように感じる。
床が揺れ始めて、心臓の部分から微量の魔力が溢れ出す。
「……ッ!?」
更に高める。
そうして、高められた魔力が激しい熱を持ち。
掌へと吸収されて行く。
手が焼けるように痛いが、実際に焼けてはいない。
これはあくまで感覚を刺激しているだけのものだ。
俺はその痛みを流しながら、掌に魔力を吸収させていき――手をあげる。
俺はそのまま壁に向かって――掌を突き出した。
瞬間、掌から魔力の波が放たれる。
それは一瞬で、分厚い壁に深々と巨大な掌を生み出した。
深々と掌の型が出来上がって、パラパラと残骸が舞っていた。
壁の窪みを見れば、高い熱によって壁の一部がドロドロに溶けている。
元々あったであろう耐熱性をも貫通するほどの熱。
カブラギはその光景を目を見開いて見ていた。
《……そういえば、授業で戦った時に、拳の形に模した魔力を放っていましたね。ですが、ただの魔力では、これは出来ませんよ。刻印を通して、高密度の魔力を掌へと移す。一定量の魔力を吸収し、掌を突き出す瞬間に制限を解除すれば、あのように強力な攻撃として使えます。ただの魔力波では出来ない、激しい熱の性質を持った攻撃です》
「……刻印に、こんな使い方が……すげぇ」
《より練度を高めれば、指にだけ集中させて弾丸のように貫通性を高め。同じ掌による攻撃でも握るようなイメージを持てば、相手を拘束する事も出来ます。時間を掛ければ掛けるほどに、強力な攻撃となり。一撃必殺の大技にもなるでしょうね。他にもありますが……まぁ後は自分で考えた方が良いでしょう》
俺は説明を終える。
カブラギは立ち上がり、早速、それをやろうとして……俺に視線を向ける。
「……そういえば、先生は何で、こういう技をあんまり使わないんだ? 他にも知ってるんだろう?」
《……資料でも見たんでしょうかねぇ。はぁ……ま、別にいいですが……そうですね。簡単にいえば、“上の領域”では通用しなくなったからですよ》
「上の、領域……それって、ネームドよりも上の?」
《えぇまぁそうですね……ダーメの時は、技というものも考えてはいましたが。結局、そういった小手先の技術では上位の悪魔には太刀打ちできません。奴らは小細工など通用しないほどには理不尽ですからね。だからこそ、私も技の研究は止めて。魔術の複合化や己自身の能力を上げる事による単純な火力を底上げするようになりました……要するに、理不尽にはより理不尽な力でねじ伏せるだけです。それに、この技がなくとも》
俺は説明しながら刻印の一つを起動する。
そうして、軽く指を振れば――掌の型を押しつぶすように更に巨大なクレーターが出来上がった。
残骸が落下し、床が揺れる。
カブラギはたらりと汗を流してその光景を見ていた。
《こっちの方が楽ですからね……そもそも、強力な刻印があれば、態々、こんな使い方をしなくとも術そのものを使った方がはるかに敵を殺す効率はいいですよ。私は炎を操る事も出来るので、今更この技を使う必要もありませんし……ま、そういう訳で、今の私は技よりもより強い力に特化しているだけです》
「……何か、ムカつくな……俺はまだ、その領域じゃねぇって……分かってはいるけど。くそ」
カブラギは拳を握り悔しそうに声を絞り出す。
俺は小さくため息を零し、カブラギの前に立つ。
そうして、しょぼくれたガキの頭を乱暴に撫でながら言ってやった。
《当然です。どんなに才能が溢れていようとも、私から見れば君はまだまだです……ですが、それは当たり前です》
「……え?」
《私はこう見えても、君の想像以上に長い時を生きているんですよ? 見た目が若いだけのジジイです。私から見れば、十年そこらしか生きていない貴方が、私と同じ土俵に立てる筈が無い。そんな事が起きれば、最早、私以上の化け物ですよ……いいですか。一見、遠回りに見える道であろうとも、道は道でありその先には目的の場所があります。長い時の中で、私は今に至るまでに多くの時間を捧げてきました。元の私は……そうですね。記憶の限りでは、君と同じ年の頃は、カブラギ君の足元にも及ばないほどの雑魚でしたよ。えぇ、それこそ最初のエゴン君よりもダメダメだったでしょうね》
「……ぷっ、何だよそれ……想像したら、ちょっと面白いじゃん。ふふ」
カブラギはくすりと笑う。
俺も笑みを浮かべながら、カブラギの頭から手をのける。
《君は強い。私よりもよっぽど才能がある。だからこそ、今できる事を全力でやりなさい。焦らなくてもいい、貴方には時間がある。未来なら、私が幾らでも作ってあげます。そう約束しましたからね?》
「先生……分かった。なら、俺はこれを習得して見せるよ!」
カブラギは拳と掌を打つ。
俺はやる気に満ちた彼女に一つだけアドバイスをする。
ゆっくりと中心から左の部分に指をあてる。
《転生の刻印はここです。私の考えが正しければ、私にとって不要となったその技を……君であれば、私以上の武器にする事が出来るかもしれませんよ》
「……よく分からねぇけど……やってやるぜ」
カブラギが挑戦的な笑みを浮かべた。
そうして、やる気を漲らせながら崩壊した壁の方に向き修行を開始した。
俺はそんな彼女の後姿を見つめながら、適当な場所に腰を下ろす。
『おや? この後は、天使について探る筈では?』
『……今すぐじゃなくてもいい。いや、もっと静かになってからの方が良いだろう?』
『……そうですね。確かに、その通りです……ふふ』
俺は合理的な考えを伝えただけだ。
それなのに、鳩野郎は何かを考えて笑いやがった。
俺はむすっとした顔をしながら、奴に問いかける。
『あぁ? 何がおもしれぇんだ?』
『いえいえ、面白いという訳では無く……記憶を失くそうとも、貴方様の根っこは変わらないのだと再認識したまでですよ』
『……けっ、どうでもいいよ。んなこと』
俺は姿なき鳩野郎と会話しながら。
カブラギが修行を終えるまで、此処で見守っておく事にした。
カブラギは真剣であり、既に俺の事は見えていなかったが。
それだけ集中できるのは良い事であり、笑みが自然と零れてしまった。
『……なぁ、カブラギの事だが……アレは天使の力か?』
『えぇそうですね。彼女のあの力は天使のものです。ただ……本来、混ざる事の無い人間の血が流れている事で。彼女の体が天使の血に蝕まれているようです。いえ、より正確にいうのであれば……“浄化されている”、でしょうか』
『浄化、か……人間にも微量でもケガレがあるからだな。天使の血はそいつを浄化する性質があると……なら、何で俺は平気なんだ? 俺も、アイツと似たようなものじゃねぇのか?』
『……まぁ近いとだけ……それと、貴方様の場合は、既に“人の血”は――“残っていませんよ”?』
『…………あぁ?』
奴の言った言葉に驚く。
人の血が残っていない……なら、俺が流すこの血は何だって言うんだ?
『あぁお気を悪くしないでください。簡単な事なのです。人間としての貴方様は死んでいて、空の器に貴方様が入っただけの事です。何故かは分かりませんが、記憶が混同しているようですが……勿論、血は流れていています。ですが、貴方様の体にはケガレはないのですよ。素手で悪魔を殺せる理由、何となく分かっていたんではないのですか?』
『……まぁだろうとは思ってたよ。そこいらの道具でも殺せるしな……へ、いよいよ化け物って事か』
『……話しを戻しましょう。貴方様の教え子様は、天使の血によって悩まされているのです。解決方法は幾つかあります。一つは貴方様の力をお使いなること。ですが、まだ不完全な状態の貴方様では予期せぬ事態を招く恐れがあります。もう一つは……あの方の体から“天使の血を抜く”事ですね』
鳩野郎は簡単だと言いたげに言いやがった。
俺は血を抜くなんて出来る筈が無いと言ってやる。
すると、奴は『可能ですよ』と言った……は?
『天使の血とは、人間が見ている血そのものを指してはいません。血は血であり、体に必要なものでしかありません。我々が言う天使の血とは、体に流れる…………そうですね。此処では魔力といいましょうか。それを抜けば、教え子様の体は純粋な人間へと戻り、体も本来の寿命を取り戻すでしょう』
『……魔力を抜くだと? つまり、カラカラになるまで垂れ流せってか? そんな事をしたらアイツは』
『――違います。魔力を垂れ流すのではなく。“魔力を入れ替える”のですよ』
鳩野郎の言葉にハッとした。
つまり、元々カブラギが持っている魔力を変えればいい。
天使の魔力を抜き、別の魔力をアイツの体に流せば……いや、理屈では簡単だが、そんな事……いや、でも。
『……カブラギがもし、俺と似ているっていうのなら……魔力を変質させる事が出来る。それなら、魔力を抜いた瞬間に、別の魔力を流してそれに奴が合わせれば……出来るのか?』
『貴方様がいるのなら、可能でしょう……ですが、これはかなりのリスクを伴います。教え子様が全てを抜き切った直後、貴方様が人間として適切な魔力に変質させたものを流し、それを教え子様が適応できるようにするのです。死にかけの状態で、爆弾を解体するようなものでしょう……それと、一つ忘れているようですが』
『分かってる。それが出来ちまったのなら……カブラギのあの力も消えるって言うんだろう?』
鳩野郎は何も言わない。
俺は無言を肯定と捉えた。
タクミ・カブラギは本来あった目的の為にカブラギを産んだのだろう。
が、何時しか目的が変わり、娘の未来を望むようになった。
今のアイツに、この可能性を話せば何と言うのか。
研究者としての望みを果たす為に、俺の言葉を否定するのか。
それとも、父親として娘の未来の為に俺の言葉を受け入れるのか。
何方であったとしても。
奴にとっての夢が一つ――“死ぬ”。
「……」
まただ。
またしても、俺が選択しなければならない。
話をするという事は、俺がタクミ・カブラギの夢を殺す事なのだ。
俺は完璧な兵士なんて興味はない。
神を生み出すなんていう話も信じられねぇよ。
だからこそ、教え子であるカブラギの事を救いたい。
……俺の答えは決まっている。今更、迷う事なんかねぇ。
奴の夢を殺してでも、俺はカブラギを未来へと連れて行く。
それでアイツが後悔するっていうのなら……俺がなってやるよ。神でもなんでもな。
『……答えは決まったようですね』
『あぁ当然だ。俺は俺がしたいようにする。これが俺だ』
俺は鼻を鳴らす。
鳩野郎は肯定も否定もしない。
ただ黙って俺の傍にいた。
俺は奴の気配を感じながら、カブラギが寝床に戻るその時まで……
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……く、うぅ!」
「……」
――ただジッとアイツの背中を見つめていた。




