091:祓魔師は約束をする
《そのまま、そのままで…………はい、結構ですよ》
「……」
四畳半ほどの狭い部屋には小さな球体が浮いていた。
そこに手を翳して魔力を込めろと指示をされたかと思えば。
今度はそこから出る魔力に合わせて魔力を変化させるように言われた。
俺の事をかなり知り尽くしているのだろう。
俺は何も疑問を突き付ける事無く指示を受け入れた。
そうして、色々な魔力に合わせていき……ようやく終わった。
球体は俺の魔力を吸収し。
そのまま天井の穴の中へと消えていく。
目の前に視線を向ければ扉が開き、先に進むように指示が出た。
俺は戦闘服の正し、奥へと進んでいった。
……それにしても、此処はかなり広いな。
想像以上であり、敷地面積以上に感じる。
が、実際は上下の間隔だったりが曖昧なだけで。
無駄なくスペースを活用しているだけだろう。
科学者の集団の考える事は俺のような人間には理解できない。
そんな事を考えながら、俺は真っすぐに進んでいった。
薄暗く狭い通路を進んでいく。
すると、先から光が漏れて来た。
開かれた扉の先に足を進めれば……お?
「……よ」
《……何故、カブラギ君が?》
俺と同じような戦闘服に身を包んだカブラギが立っている。
無表情で片手はポケットに突っ込み、もう片方の手を軽く上げて来た。
殺気などは無く自然体であり、思わず何で此処にいるのかという疑問が出ていた。
すると、部屋につけられたスピーカーからタクミ・カブラギの声が聞こえて来た。
《今回は今までの検証よりも重要なものとなります……その部屋は特別製でして。貴方様の“リミッター”を外されても世界に影響は出ません》
《……そこまで知っているんですね。今更ですが》
俺は小さくため息を吐く。
そうして、人差し指をカブラギに向けながら、こいつが此処にいる理由を教えるように伝える。
が、タクミ・カブラギは何も言わない。
その代わり、カブラギは自らの指の皮を噛みきり。
静かに目を閉じゆっくりと指から出る血を飲み込む……あ?
「祓え給い――清め給え――神ながら守り給い――幸え給え」
「……っ!」
カブラギが日之国の言葉で祈りの言葉を発した。
瞬間、カブラギの髪から色素が抜けていく。
真っ白ではない。純白のように白く輝いて見えた。
そうして、彼女が目を開けば――銀色に輝いていた。
「――“死ね”」
「――ッ! ――――…………」
彼女が唐突に発した言葉。
ハッキリと聞こえたその言葉が。
俺の心臓の鼓動を止める。
そうして、意識が一気に闇の中へと沈み――――…………
…………――――意識が覚醒する。
目を開ければ、ジッと俺を見下ろすカブラギの顔がそこにあった。
膝枕をした状態であり、奴は俺が生き返ったのを見て微笑んだ。
俺は小さくため息を零し、もう大丈夫だと彼女から離れる。
死んだ事により、声が発せられるようになっていた。
俺は目を細めながら、微笑む奴に声を掛けた。
「……説明してくれるんだろうな」
「……勿論……怒らないんだな。殺したのに」
「……別に、死を体験するのは慣れてるからよ……その状態、きついんじゃねぇか?」
俺は床に座りながら、彼女の状態を指摘する。
純白の髪に銀色の瞳はそのままで。
発する言葉から妙な力を感じていた。
彼女はこの部屋でなら問題は無いと笑っていた。
それを聞いて、俺は自分の状態を確認する。
俺の枷も勝手に外れているが……本当に大丈夫みてぇだな。
周りを見ながら、サーチを掛ける。
すると、驚く事に部屋の外から何の気配も感じなかった。
そう、人間は勿論の事、動物や虫すらも存在していない。
……結界。いや、それ以上だな。異界化に近いが、空間そのものを切り離しているのか?
異界化がAの空間を歪めてその場所に存在するのであれば。
これはAの空間を切り取り、全く違う場所に存在させているようなものだろう。
転移のようなものか、或いは異空間内に近い。
原理としては生物が生きられて時が動いているからこそ、それよりも複雑で高等だ。
これも、誰かがしているのではなく全く違う存在が――
「――“母さん”だよ」
「……母親? これをしているのがか?」
カブラギが俺の心を読んだかのような発言をした。
俺が思わず質問すれば、カブラギは静かに頷く。
俺は鳩野郎にカブラギに何かしたのかと聞く……返事がねぇ。
『……』
『……何で黙ってやがる』
『…………』
鳩野郎は何も言わない。
ただ黙って何かを考えている様子だった。
俺は舌を打ちそうになるのを堪えて。
カブラギに対して質問を続けた。
「……お前の母親がどういう存在かは聞かねぇ。だが、これだけは教えてくれ……“お前の父親の本当の目的は何だ”?」
「……何だよ。やっぱり信じてなかったのか……ま、無理もないか。はは」
カブラギは床に手をつき天井を仰ぎ見た。
その表情は何処か寂しげであり、辛そうに見えた。
普段の俺なら、無理して話さなくてもいいと言えただろう。
しかし、アルメリアの命が掛かっているのであれば聞かざるを得ない。
俺はジッとカブラギを見つめて――
「僕さ……五年後には死んでるかもしれないんだ」
「……は?」
奴から聞いた言葉。
それに対して、俺は間抜けな顔を晒してしまう。
五年後に自らが死ぬとは……どういう意味だ。
「……僕はね。普通の人間じゃないんだ……クローン……いや、アイツらとは違うな……難しいけど。兎に角、人間じゃないんだ……半分だけ人間の血が流れているけどね」
「……半分だけ人間、か……自分が化け物とでもいいたげだな、おい……そんな顔するな。俺も似たようなもんだ」
「……ふふ、確かにアンタは人間とは思えないな」
カブラギはくすりと笑う。
俺も笑ってやり……そうか。
彼女が明かした事実。
寿命が極端に少なく。
彼女の父親を名乗るタクミ・カブラギが不死の研究を行っている目的は……本当に不器用な奴らだ。
「……父さんは、僕の事を見ていない。別の誰かを見ている気がしていた……でも、昨日の事で分かった気がする……父さんは今の僕じゃなくて、未来の僕を見ていたのかもしれない……五年後。その先で生きている僕を思って……嬉しかったなぁ」
カブラギはぽつぽつと語る。
父親は何時も厳しく、彼女を完璧な存在だと言い聞かせていた。
結果だけを求めて、良い結果を残す事で父親が喜ぶと思っていた。
実際にそうすれば父親は彼女を褒めた。
逆にミスをすれば、彼女に視線を向けず……。
「……父さんは冷たくなんかない。ただ、思う様に行かない事に苦悩していたんだ……僕がもっと上手くできていれば、もっと父さんの期待に応えていたら……アンタが言ったんだ。父さんの顔色を伺う必要なんかないって……確かに、その通りだったよ。父さんの顔色を伺うだけじゃ、父さんの気持ちには気づけない……父さんは、優しい人だ」
「……そうだな。優しいな」
カブラギは嬉しそうだった。
今まで見えなかった父親の心が見えた事が。
彼女にとっては嬉しかったのだろう。
食事を終えて帰った後、彼女は二度目の我が儘を言って父親に時間を作ってもらった。
そうして、話せなかった事を話し、出来なかった事をしてもらった。
「……ガキっぽいかな?」
「ガキなんだ。我が儘を言うのは当たり前だろ? もっと甘えろ。生意気な方が、可愛げがあるってもんだ」
「……ふふ、本当にアンタは口が悪いなぁ……でも、ありがとう」
「俺は何もしてねぇよ。お前が自分で気づいて自分で行動したんだ……後悔するな。いや、後悔してもいい。その時のお前が、正しいと思う事、本当にやりたい事をしろ。我慢何てするんじゃねぇ。仕事じゃねぇんだ。テメェの人生は、テメェの生きたいように生きろ」
俺はカブラギを真っすぐ見ながら伝える。
やりたい事を我慢する。正しいと思う事をしない。
そういった選択は、後になって絶対に後悔する。
いや、やったとしても後悔する事だってざらだ。
でも、信念を貫いてした事なら、そっちの方はかっけぇだろうさ。
カブラギは静かに頷く。
そうして、笑いながら首を左右に振る。
「……はは、それにしても、笑えるよなぁ。良い結果を出す為、父さんの夢を叶える為……冷たく思っていた父さんが、本当は僕の事を考えてくれていたんだからさ」
「……笑わねぇよ。子供も親も、最初からお互いの事が理解できる筈がねぇ……分からない事だらけで、それでもずっといるから。最後にはお互いの心が理解できる……親と子、どっちもが真剣に思っているんだったらな。最期の最期で出る言葉ってのは……“幸せだった”、それだけさ」
恐らく、最初は違ったんだろう。
本当に不死の兵を生み出し、悪魔共を皆殺しにしようとしていた。
世界の真実を解き明かし、神を創造しようとしていた。
――が、その途中で生まれた娘との時間が。あの男の目的を変えたんだろう。
目的の達成の為、人類の為。
平和の為、幸福の為……いいじゃねぇか。
生まれてからずっと同じ道を進む人間なんていやしねぇ。
右に曲がるし、左にも行くだろう。
来た道を戻り、道なき道を歩く奴だっている。
道なんて無数にあって、終わり何てものは存在しねぇ。
そいつが歩いたところが道となる事だってある。
ガキの頃に見た夢が、大人になって変わる事だってざらだ。
俺は笑わねぇ。
いや、寧ろ今のタクミ・カブラギなら好きになれるだろう。
世界の為じゃねぇ、人類の為でもねぇ。
たった一人の娘が生きられる世界を作る為にやってんなら――俺は協力するさ。
カブラギは顔を伏せる。
そうして、手を組んで掠れるような声で語り掛けて来た。
「……死ぬのは怖くない。怖いのは父さんに失望される事だった……でも、今は違う」
「……何が違う?」
俺は優しく問いかける。
「たった一度の我が儘のつもりだった。学校に行きたい、ただそれだけで……周りの奴らは馬鹿ばっかりで、僕よりも遥かに弱くて、猿みたいに低能でさ……でも、アイツらとの時間がさ。何でかなぁ……すげぇ楽しかった」
「……そうか」
俺は微笑む。
カブラギの目から雫が零れる。
「ゲームをするよりも。アイツらと馬鹿みたいな事を話して、馬鹿みたいな事してさ……先生の授業の愚痴を言って、行った事もねい店に行ってまずかったり美味いものを食べてさ……それで、それで……僕は、死ぬのが……怖くなった」
「……誰だって死ぬのは怖いさ」
カブラギの目からぽろぽろと雫が零れ落ちていく。
彼女は鼻を啜りながら、絞り出すように声を出す。
「……先生、僕は……僕は、五年後にさ……生きて」
「――生きてる」
「……っ!」
カブラギが顔を上げる。
その目には信じられないといった感情が見て取れた。
「……本当に、そう」
「――当たり前だ。ハッキリ言ってやる――お前は生きる。俺が死なせねぇ」
「……っ……せん、せい……」
奴はギュッと服を掴む。
また俯いたガキの頭に手を置いて乱暴に撫でてやる。
奴はやめろと口では言うが、俺の手を払いのけない。
俺は小さく笑みを浮かべながら、あの力を使おうと――
『それはやめておいた方が良いでしょう』
『……理由は?』
『単純です。貴方様の力は現在の貴方様の想像を遥かに超えるほどに――危険だからです』
鳩野郎は危険だとハッキリ言った……なるほどな。
確かに、アレは危険だ。
カブラギの力に似ているが。
ハッキリと別物であると分かる。
アレは発した言葉によって、あらゆる現象を引き起こす。
いや、それだけじゃない。概念そのものを書き換える事も出来るだろう。
本来冷たい筈ものを、熱くするように。
赤を青にしてしまうように、太陽と地球を互いに変えてしまうほどに……故に、危険だと。
もしも、此処で俺がカブラギに生きろと言えば。
それがどういった結果を招くかは分からない。
最悪の場合、俺のような存在になってしまうかもしれない。
俺は死ぬ事が出来ない事がどれだけ辛い事か理解している。
生徒をそんな目に遭わせる気は毛頭ない。
タクミ・カブラギも不死の研究を行いながら、彼女が人として生きられる道を探しているんだろう。
それだけで、彼女を普通の人間と同じように生きさせる事がどれだけ難しい事かは理解できる。
茨の道であり、決して容易くはない。
が、俺は彼女と約束をした。
彼女を死なせない。彼女を五年後の先へと連れて行く。
その為に、俺はタクミ・カブラギに協力する。
俺は教師であり、こいつは俺の教え子だ。
教え子が助けてくれって言うのなら、俺は死んでも助けてやる。
「約束だ。もしも、約束を破ったのなら……俺も死んでやるよ」
「……死ねない癖に、何言ってんだよ」
「はは、信じられねぇか? だけど、信じろや。今でなら……まぁやべぇ方法だが。出来なくもないからよ……教え子を一人ぼっちにはさせねぇよ。ほら、約束だ!」
俺は小指を出す。
日之国での約束の仕方は知っている。
カブラギは目を丸くし、にこりと笑い小指を絡めて来る。
互いに手を振ってから約束し、指を放す。
……だとすれば、俺が此処ですべき事は力を使う事じゃないな。
俺はパンと膝を叩く。
彼女は目元を拭ってから俺に視線を向けて来た。
「……さて、それじゃ此処ですべき事をするか」
「……うん、そうしよう……先生、僕の手を握ってくれ」
カブラギは片手を差し出してきた。
俺は静かに頷き彼女の手を握る。
「目を閉じて、互いに力を循環させるイメージを……分かるか?」
「あぁ、何となくはな……やってみようぜ」
「うん、それじゃ。行くよ」
彼女は目を閉じる。
俺もゆっくりと目を閉じた。
そうして、彼女が言う様に魔力ではない別の力を循環させるイメージをする。
すると、俺の体が徐々に熱くなっていく。
カブラギもそうであり、彼女の手を通して熱を感じた。
互いの発する熱が掌を通して循環していく。
「……少しずつ、速くしていくぞ……っ」
「……無茶はするなよ」
「ふっ、舐めんなよ」
彼女が笑った気がした。
俺も小さく笑い、言われるがままに力の循環速度を高めていく。
これを行う意味。
それは恐らくは、俺という似た力を使う存在を使う事によって。
互いの力を循環させて、今まで掛かっていた負荷を軽減する為だろう。
奴の力は不完全だ。それはハッキリと分かった。
だからこそ、ある程度の完成度に達している俺の力を循環させる事によって。
強制的にその領域まで己の力を覚醒させようとしていた。
理屈では簡単だ。
冷えた水の熱を加えて温めるようなものだ。
だが、奴自身の体がそれに耐えらるかは分からない。
奴の息遣いなどでかなりの痛みが伴っているのは何となく分かる。
無茶はするな。
だが、俺の勝手な判断では止めない……頑張れ。
俺はイメージを強くする。
すると、カブラギの体が僅かに揺れた。
俺はギュッと手を握りしめて、心の中で奴を鼓舞する。
カブラギはそんな俺の意志を受け取ったのか。
奴自身も手を握り返して、循環のスピードを高めていった。




