090:祓魔師は未知を知る
とても、とても――疲れた。
ソファーに座りながら、スタッフから渡された飲み物を飲む。
怪しげな白いボトルであるが……中に入った液体の味は果実のように甘い。
聞いてもいないのに説明されたが。
この飲み物も此処で開発されたもののようで。
水分は勿論の事、人体が運動後に必要となる栄養素も多分に含み。
人体への吸収力を高めた事によって、次世代のスポーツドリンクとして世間から注目されているものらしい。
何でも、牛乳の成分を研究し、それを飲みやすく改良したもので……つまり、これも“実験”だ。
別にどうでもいいけどよ。今更だ。
ボトルの中身を吸っていく。
確かに体内への吸収率は高そうだと思いつつ。
俺は視線を壁のデジタル時計に向ける。
「……」
時刻は午後九時過ぎだ。
かれこれ八時間以上もの間、体を酷使していた。
戦闘実験であったり、魔力の測定など……いや、ほとんど戦闘だな。
最初の自称アンドロイドに始まり。
次は飼いならされた魔物で、その次は軍用に開発された戦闘機械だ。
流石は日之国であり、戦闘機械に至っては多脚型のロボだった。
全長は五メートルほどの金属の塊であるが、その動きは気持ち悪いほどに俊敏だった。
壁や天井にも張り尽くし、此方の飛び道具による攻撃も易々と回避する。
武装の類も対魔式であり、一番驚いたのは魔力をレーザーのようにして放つ“収束砲”なるものだ。
まだまだ実用段階ではあるらしいが、それでも威力や機動性だけでいえば上級くらいならあしらえるほどだろう。
あんなのがあるのなら、態々、不死に拘る必要は無いように思えるが……やっぱり、何か隠してんのかぁ?
俺はそんな事を考えながら、空のボトルを机に置く。
待たされる事、十分ほどで……まだやるのかなぁ。
嫌だと思いつつも、約束は約束だと諦める。
小さくため息を零し、鳩野郎は働いているのかと不安に思う。
奴の事は完全に信用していないものの、利用できるのなら利用する。
嘘の情報を持って来ようものなら即処刑だが。
奴もリスクを冒してまで偽の情報を俺に渡すメリットは少ない筈だ。
奴が何故、アルメリアを俺に救わせたいのかは謎だ。
流れの歪みを正す事が目的ではあるらしいが、未だにピンとはきていない。
そもそも、流れに干渉できる俺が関わる時点で流れもクソも無いとは思うが……だが、アルメリアの事は見捨てられない。
どんな結果になろうとも、後悔の無い選択をする。
鳩野郎が胡散臭いという理由で、逃げる選択なんて死んでもご免だ。
それに何度も思っているが利害が一致しているのであれば、今のところは争うつもりはないしな。
一時的な協力関係であり、記憶とやらが戻ったのなら……まぁその時はその時になってからだ。
端末を出せば、ネット回線には繋がっていない。
ソシャゲは出来ないが、予め買っておいたパズルゲーがある。
俺はそれを起動し、回線が繋がっていない状態で表示されたパズルを解いていく。
指を動かして、すぃすぃっと解いていきながら――
――扉が開く音がした。
端末をポケットに仕舞う。
そうして、顔を上げればタクミ・カブラギは満面の笑みで歩いてきていた。
「お待たせしました。いやはや、貴方様の生のデータを前に、少々熱が入ってしまいまして……あぁ、失敬。お疲れですよね? すぐにお食事の手配を」
《……終わったのなら結構です。それで、約束の方は?》
「あぁ、勿論です。忘れてなどいませんよ……ですが、先ずはお食事にしましょう。娘も交えて三人で、ね?」
奴は話をはぐらかすように食事に誘う。
俺は眉間に皺が寄りそうになったが。
何とか堪えて静かに頷いた。
奴は手を軽く叩き、ついてくるように言ってくる……え、この格好で行くのか?
俺は立ちあがりながら、自分の格好を奴に見せる。
すると、奴は理解したように頷き指を鳴らす。
瞬間、床に亀裂が走る。
「……!?」
「あぁ問題ないですよ。そのままお待ちください」
床が変形し俺の周りを囲ってきた。
筒のようになり、ロボットアームが俺を持ち上げて服を奪っていく。
そうして、温かな湯が噴き出したかと思えば。
薬剤などが注入されて、ブラシが俺の体を洗っていく。
髪もシャンプーされていき、またノズルから噴射されたお湯で全身を洗われる。
ご丁寧にリンスもされた上に洗顔もやられた。
なすがままに体を洗われて、熱風によって体を乾燥させられる。
そのまま何処からか現れたスーツが俺に纏わされていき。
髪もブラッシングされて、軽く香水を吹かれる。
時間にして、五分から十分ほど……解放された。
「……」
「はは、とても良いですよ……お気に召したのでしたら、後日、ご自宅に導入させますが?」
《……結構です》
ピカピカであり、香水もきつくない。
完璧ではあるが……何か負けた気がする。
大人としての威厳や尊厳が破壊された気分だった。
俺は眉間に皺を寄せながら、奴をぎろりと睨む。
奴は涼し気な顔で道案内を始めた。
◇
「それで、私はこうい言ったんです。科学の進歩に犠牲はつきものだと。そうしたら――」
「「……」」
新東京内にある高層ビル。
最上階に位置するフロアには、日之国でも有名な高級寿司屋が存在する。
以前に雑誌で見た時には、予約は五年先まで埋まっているようで。
一度の食事で、ライツの貨幣でなら最低でも5000ユーロもの金が飛ぶらしい。
そんな店の中には俺たちしかおらず……所謂、貸し切りだな。
中々に贅沢な店だ。
内装からして黒や金を基調とした作りで。
大人な店といった感じで、漆喰のカウンターに椅子なども高そうだ。
天然の石から創り上げた水がめには、さらさらと水が流れて竹が音を鳴らす。
石庭であり、タクミ・カブラギはアレすらも専門の職人が作っていると言っていた。
出された水ですらも100ユーロの高級品であり、おいそれと飲めるものではない。
が、高いだけあって出される品は最上のものだ。
シャリだけでも美味いだろう。
載せられたネタは生きているのではないかと思うほどに新鮮だ。
いや、冗談抜きで口の中で踊っている……何これ?
丁寧に磨かれた天然石の台座に寿司が置かれる。
それを摘まんで食べれば、自然と笑みが零れる。
疲れが吹き飛び心が幸せで満たされて行く。
何か大事な事を忘れている気がするが……まぁいいか。
横に座るカブラギも黙々と食べている。
が、表情からして美味いからという訳では無さそうだ。
単純に気まずさを感じているんだろう。
《……そういう格好も出来るんですね》
「……悪いかよ」
《いえ、可愛いと思いますよ》
「――ぶぅ! えほ、えほ……ば、馬鹿野郎!」
カブラギは顔を赤くして取り乱す……んだよ?
普段の男のような格好じゃなく。
女の子のような恰好をしたカブラギ。
スーツでも普段着でもなく。
高級店に相応しい和服姿だった。
深い青色を基調として、肌の露出は少なく。
化粧もしているようであり、大人びた印象を覚える。
そういったギャップがあったからこそ出た言葉だ。
褒めてやっているというのに、カブラギは俺を罵って来る。
俺はぶすっと顔をして、寿司を食べてまた笑みを深めた。
「……どうやら、娘とは仲が良いようで……どうですか? 此処は一つ家族に」
《――焼きますよ?》
「ふ、はは! いやはや、そうですか……ですが、気が変わったら何時でも」
「……っ」
とんでもない提案をしようとしたクソ親父。
全てを言い切る前に脅してやれば、奴は俺の殺気をそよ風のように受け流す。
カブラギの奴は表情を強張らせながら水を豪快に呑んでいた……何で赤くなってんだぁ?
「……?」
「……ふん」
俺は寿司を堪能しつつも。
最初の約束を果たしてもらおうとした。
が、一応は此処で話せない事なら場を改めるとも伝える。
すると、奴は湯飲みに注がれたお茶を静かに飲み……湯呑をカウンターに置く。
「……いえ、問題ありません。彼は、私の友人ですから」
「……」
カウンターの前に立つ職人。
彼はにこりと微笑んできた……なるほどな。
態々、こんな店に連れて来たのは。
単に美味い飯を食わせる事だけが目的じゃなかったらしい。
研究所内でも話せる筈の事を、敢えて外で話す。
つまりは、研究所内よりも此方の方が話しやすいという事だろう。
何をそんなに警戒しているのか……いや、大体は分かる。
俺は水を静かに飲みながら。
彼に対して話すように視線で促す。
すると、彼はカウンターの上で腕を組みながら。
何処から話したものかと呟く。
「……カブラギ製薬研究所……それが表向きの肩書である事はご理解していますね?」
「……」
俺は静かに頷く。
すると、奴はそれなら良かったと話を続ける。
「実を言うと、我々の裏の事業に関してはトップシークレットでして……この国の首相ですら全容を精確には把握していないんですよ」
《……なら、何処が支援を?》
「えぇ、それは勿論――対魔局ですよ」
対魔局がバックについている……まぁ辻褄は合う。
祓魔師の為の研究を主にしているんだ。
それなら、そのバックについているのも対魔局であるのが自然だ。
何となくそうは思っていたものの、カブラギについて俺の耳には入ってこなかった。
いや、薬の開発による功績は知っていたがそれだけだ。
俺の表情で理解したのか。
タクミ・カブラギはこの事を知っているのは対魔局の中でも上の人間だという……やっぱり、モナートはクソだ。
「主に、対魔局で地位のある方々……OBの方々にも協力してもらっています。貴方の事を知ったのも、彼らの協力があったからです」
《……何故、私の耳には入って来なかったんですか?》
「はは、それは当然です。貴方様に――“傷をつけない為です”」
「……」
奴の含みのある言い方で理解した……こいつら、人には言えない黒い事をしてやがるな。
考えられるものであれば人体実験だろう。
生身の人間だろうが、恐らくは世界各国の重犯罪者を集めているのか。
投薬に解剖に……まぁ俺の想像の範囲だがな。
何も珍しい事ではない。
犯罪者の使い道にはそう言った事もある。
が、態々言い方を選んでいるのであれば……想像を絶する事だろう。
《……それも、不死の研究の為ですか?》
「そうですね。半分正解といったところでしょうか……こんな話をすれば、貴方様は私の事を狂人かと思うでしょうが……私は――“この世界に神は存在しない”と思っています」
「……!」
タクミ・カブラギから出た思わぬ発言。
それを聞いて動揺しそうになったが。
何とかそれを隠し、細めた目で奴を見つめる。
奴は何も言わない俺に構わずに話を続ける。
「神無き世界。いえ、神が死んだ世界でしょうか……根拠が無い訳ではありません。これでも科学者ですから、色々と調べた上での考えなんですよ……神なるものと対になる存在は、悪魔たちの王……相容れない両者ではありますが。実際には、彼らはよく似ています。特異な力に、魔術と呼ばれる奇跡。寿命がほぼ無く、その見た目が違っているだけなのですよ……人に近しき神、人ならざる悪魔の王……興味が沸くでしょう? 私は、この世界の真実が知りたい。そして、叶うのならばこの手で――神を生み出したい」
《……随分と突拍子もない事を言いますね……それに、貴方の話を聞けば、まぁ……実際に見たんじゃないかと思ってしまいますが?》
「……ふふ、いえいえ……神も悪魔の王も、会った事もありません……ただ、神の側に立つ存在であれば、ね?」
奴はくすりと笑う……こいつ、話さないつもりか?
良い所で話を切り、料理人が都合よく出してきた寿司を食うタクミ・カブラギ。
俺は眉間に皺を寄せながら、約束を守らないのかと聞く。
すると、奴はけろっとした顔で「何の事ですか?」と呆けた。
「確かに全てを話すと言いましたが……私の話す事が何処から何処までが全てかは、分かりませんよね? つまり、私が全てだと判断すれば、自然と話す事もこれで終わるのですよ。ははは!」
「……」
俺は全身から殺気を放つ。
ふざけているのか。そんなに死にたいのか。
俺は視線で奴にそういった感情を伝えた。
しかし、奴は涼し気な顔で笑うだけだった。
ふつふつと怒りを沸き上がらせていれば……鳩野郎の気配を感じた。
『おやおや、何やら私が不在の間に随分と盛り上がっているようですね』
『……やっと来たか』
『ん? 忘れていませんでしたか? お寿司なるものに夢中で』
『うるせぇ。いいからさっさと話せ』
奴の気配をすぐ近くに感じる。
あの鳩は無しだが、それでも会話は出来る。
奴はやれやれと言わんばかりにため息を吐いていた……むかつく。
『……当然ではありますが。彼らの強固な警備システムでは私の事を感知する事は出来なかったようで。地下施設の大体のところは見て回る事が出来ましたよ。それで、とても驚くようなものを見つけてしまいました』
奴は驚くような仕草をしたような気がした。
器用な奴だと思いつつ、それは何かと聞く。
すると、奴は溜めに溜めて――――言えよ!!
『あ、はい……“天使”です』
『…………は?』
俺は思わず間抜けな顔を晒した。
すると、タクミ・カブラギが首を傾げる。
俺はハッとして、寿司をオーダーし何食わぬ顔で水を飲む。
奴は俺が聞いていなかったと思って、勝手に説明を始めた。
『天使ですよ。天使。神の使いで、人間でいう社畜で、羽が生えている』
『ちょっと待て……いるのか? 本当に?』
『いますよ? 当然じゃないですか……あ、あの施設にという意味でしたら、私も驚きました……ですが、私の知る天使とは少々……いえ、だいぶ違うようでしたがねぇ』
奴は淡々と話す。
信じていいのかは分からないが……嘘とは思えない。
天使がいるなんて嘘をついて得られるメリットなんてない。
そもそも、信じられないという気持ちの方が強いんだ。
心をかき乱す狙いがあったのなら成功で……どうしたものか。
此処でタクミ・カブラギに質問するのは簡単だ。
しかし、奴が隠したがっている情報を突拍子も無く俺が言えば……確実に警戒するだろう。
そもそも、馬鹿正直に質問するだけであれば。
聡い奴の事だからすぐに俺が実際に見てはいないと判断するだろう。
そうなれば、奴はこの場限りの嘘を吐き、俺を施設から遠ざける恐れがある。
それは一番の失敗であり、取り返しがつかない事だ。
如何にモナートであろうとも、何でも出来る訳じゃない。
……此処は聞かない方がいいだろう……まだ暫くは滞在するんだからな。
隙を見て、その天使の存在を確認しよう。
スニーキングの経験はある。
問題は、強固な警備システムをどう誤魔化すかだが……後で考えておくか。
鳩野郎から聞けるだけの情報を聞き出し。
そこから、目的の場所への潜入を計画する。
アルメリアがカブラギに接触する可能性があるとすれば……恐らくはその天使が関係しているんだろう。
そうでもなければ、奴が危険を冒してまで此処に来る理由がない。
他に隠している事があるかもしれないが。
現時点では、天使という得体の知れない存在が一番ここでは重要なものであると理解できる。
「……」
「……何て顔で食ってんだよ……こいつの寿司に、もっとわさび入れてやってよ」
《はたきますよ?》
「何だよ、聞こえてんじゃねぇか……寿司なんてそんなに食った事ねぇだろ。もっと味わって食えよ……おすすめ、教えてやろうか?」
カブラギはにやりと笑う。
彼女なりに気を遣っているんだと思った。
だからこそ、その気遣いを受け入れる。
「よし。それじゃ……“コチ”を」
「へい」
「……?」
彼女は聞いたこともないようなネタを料理人にオーダーする。
料理人は気持ちよく返事をし、慣れた手つきで寿司を作り上げていく。
俺は天使の事は一旦頭の隅に置き、その寿司を待ち……目の前に置かれる。
「“コチ”です」
「……」
目の前に置かれたコチなるネタの寿司。
透明感のある白身の魚で、飾り気の無いシンプルな見た目だった。
俺はそれをゆっくりと手で掴み、醤油につけてから口へと入れて――!!
白身魚と侮っていた。
魚にしては歯ごたえがあり、噛めば噛むほどに味が広がっていく。
ほんのりと感じる甘みが醤油と溶け合い、とても上品な味わいだった。
似ているものであればフグであるが、これはそれとは比べ物にならないほどに美味い。
寿司の握り加減は完璧で、口の中でご飯がほろほろと解れた。
新鮮な魚の味はそのままに、醤油やわさびが味に深みを持たせている。
「美味いだろ? 今はそれが旬だからな」
「……!」
「ふふ、慌てるなって……たくよぉ」
奴は首を左右に振る。
俺は鼻息を荒くしながら、他にもおすすめがあれば教えて欲しいと頼む。
カブラギは笑みを浮かべながら注文してくれた。
隣で俺たちのやり取りを見るタクミ・カブラギ。
ちらりと見れば目を細めて笑っており、最初に感じた冷たい印象はまるで感じなかった。
が、カブラギがちらりと父親を見れば……冷たくなったな。
少し口角を下げた。
それを見て、カブラギはびくりとしていた……あぁ、なるほど。
タクミ・カブラギの人となりが分かったような気がした。
娘が見ていなければ、優し気な顔が出来るのに。
娘の視線を感じた瞬間に、さっと冷たい表情になる。
が、実際は冷たいのではなく……はぁぁ、不器用な奴らだなぁ全く。
ぎこちない二人を見かねて。
俺は料理人に二人に対してマグロを出すように指示する。
二人はキョトンとしていたが、職人は寿司を握り二人の前に置く。
俺は料理人が手を離した瞬間に――さっとネタの下に大量のわさびを塗り込んだ。
客が出されたものに不満があればワサビを自分で入れられるように供えられた小さな壺。
それを音も無く開けて、素早くネタの下にワサビを塗り込んだ。
一秒も掛っておらず、タクミ・カブラギは気づいていない。
娘の方も、少し目を瞬かせるだけだった。
《さぁ食べてください》
「「……」」
二人は寿司をおずおずと摘まむ。
そうして、ほぼ同時に口に入れて――叫び声が上がる。
「「――!!!」」
二人は喉を抑えてひぃひぃと言っていた。
料理人は笑みを浮かべたまま凍り付いていた。
俺は彼に対して、俺が仕掛けた事だから問題ないと簡潔に伝える。
二人はコップを掴みぐびぐびと水を飲む。
そうして、盛大に息を吐いてから互いに見つめ合い……小さく笑う。
「……粗相、だな」
「……父さんも……ふふ」
互いに笑みを浮かべていた。
少しは重い空気が消えたようで安心した。
俺は料理人から渡された寿司を頬張りながら、喧嘩は犬も食わないんだろうと伝えてやる。
《不器用なんですよ。顔色を伺うのも、正しくあろうとするのも、どうでもいい……馬鹿になりなさい》
「「……」」
二人は俺の言葉に静かに頷く。
分かればいいと、食事に戻るように二人を促す。
すると、二人は席についてからワサビの壺を手に取り。
どばりと俺の寿司にぶっかけて来た……あ?
「それはそれで……やらっれぱなしというのは、どうもねぇ?」
「……最初に仕掛けたのはアンタだぜ。逃げねぇよな?」
《……上等です》
俺は山盛りのワサビ寿司を掴む。
そうして、豪華に口の中に入れて――無になる。
黙々と口を動かし、胃の中へとねじ込む。
涙も汗も出さずに、ただ無になって耐える。
そうして、苦行を終えれば、タクミ・カブラギは感心した様に手を叩いていた。
「ほら、お茶」
《どうも》
俺はカブラギから茶を受け取る。
そうして、それを一気に飲み――噴き出す。
辛い。辛いを超えて痛い。
俺は呼吸を大きく乱しながらカブラギを睨む。
すると、奴の近くには蓋の開いたワサビの壺が置かれていた……こ、この野郎ォ!
「ははは! やったぜ! どうだざまぁ――いぎぃぃ!!!?」
俺は無言で奴の両頬を引っ張る。
奴はぼかぼかと俺を殴って来るが無視。
悪ガキの教育には痛みが最適で。
俺はくつくつち笑いながら、奴の澄ました顔を蛙のようにしてやろうとした。
「ふ、ふふふ、はははは!!!」
「「――!」」
タクミ・カブラギの笑い声を聞きながら。
俺たちは床に転がり、互いの頬を引っ張る。
何か重要な事を考えた気がするが、今はそんな事は考えていられない!!
『……主様が喜んでいるのであれば……私は何も言いませんよ。えぇ、勿論』
「「――!!!」」
ごろごろと床を転がる。
そうして、頭の中に響く鳩野郎の言葉を俺は聞き流した。




