087:祓魔師はカブラギを知りたい
適当に荷物をボストンバックに積めた。
そうして、早朝の七時に家を出て。
そのままタクシーに乗って空港に着けば、やはり人が多かった。
受付でカブラギから渡された電子チケットを見せれば、空港内にある上級ラウンジを案内された。
そこで既にカブラギが待っているようであり、俺は妙な感じだと思いながら向かった。
ラウンジの中に入れば、人はスタッフ以外誰もいない。
広々とした澄んだ空気のラウンジは静かで……いや、違うな。
ラウンジの一角に目を向ける。
小さくため息を吐いて近づいていった。
ピコピコとゲーム機を操作しているヘッドフォンをつけたガキ。
生意気にも、ジュースを飲みながらお菓子を摘まんでいたのだろう。
奴はぽりぽりと意識が高い系のポテチを食べる。
そうして、指を軽く舐めとってからヘッドフォンをずらして視線を向けて来る。
にやりと笑いながら、奴は軽く手をあげた。
「……よ」
《……随分とまぁ……堅い格好をしていますね》
「それはお互い様だろう……じゃ、行くぞ」
奴はゲームを手早くセーブし。
そのまま鞄に放り込んでから立ち上がる。
控えていたスタッフは彼が残していったジュースや菓子を回収していく。
空港で待ち合わせをすれば。
カブラギは俺よりも早くラウンジで待っていた。
優雅にミックスジュースらしきものを飲みながらゲーム三昧だ。
ニコニコと笑うスタッフたちに高級な家具が散りばめられている。
上級……いや、此処までくれば高級ラウンジであり、どう見ても貸し切りだった。
案内された時はまさかとは思ったが……こいつの親父は相当な金持ちらしいな。
どういう立場なのかは全く知らん。
が、対魔局にも顔が効いているのであれば。
相当に重要な位置にある研究所の人間なんだろう。
そう思いながら、俺はスーツをかっちりと着込んだカブラギの後をついていった――
◇
空の上の旅を堪能した。
ファーストクラスであり、食事付きの上に酒のサービスも充実していた。
最初は酒は断ろうかとも思ったが、カブラギが飲みたければ飲めなどというものだからな。
ビンテージもののワインなどを何杯も飲んでしまった。
上等なヒレ肉のレアステーキも最高で。
肉に歯をあてれば溶けるように消えていった。
おまけに、今まさに上映中の筈の人気の映画も見てリラックスし。
十二時間のフライトも全くストレスなく快適に過ごせた。
俺は荷物を受け取り、カブラギと合流する。
腕時計を確認すれば、時刻は……日之国の時間で午後一時か。
《さて、それでは……ん?》
「……」
顔を上げる。
そうして、カブラギに声を掛ければ奴はジッと俺の肩を見つめていた。
奴は指を向けて俺の肩にとまっている鳩について質問して来た。
「……それ、何? 乗る前からとまってるけど……本当にぬいぐるみか?」
《えぇ勿論。触ってみてくださいよ》
俺は肩にとまっているそれを乱暴にわしづかみにする。
そうして、カブラギへと投げ飛ばせば。
奴は訝しむような目でそれをにぎにぎとしていた。
が、鳩は鳴き声を上げる事も無かった。
完全にぬいぐるみであり、カブラギはため息を吐いてそれを返してきた。
俺はそれを肩につけたから、さっさと行こうと奴に声を掛ける。
カブラギは盛大にため息を吐いて首を左右に振っていた……何だよ。
「……別に、アンタの趣味に口出すつもりはないけど……僕がいるときはやめてくれよ。はずいから」
「……」
《はずいらしいですよ?》
『黙れ。殺すぞ』
ぬいぐるみになり切っている奴が俺に思念を飛ばす。
俺は殺気を堪えながら、奴に対して怒りの思念を飛ばした。
奴は俺の怒りをそよ風のように受け流す。
カブラギは首を傾げたものの、そのまま歩いていく。
荷物を持って空港を出れば、みんみんという音が聞こえてくる。
虫の鳴き声であり、セミと呼ばれる虫だ。
ライツではあまり見かけない虫であり、日之国の夏の定番の音色だな。
そこに住む人間たちは慣れているようで、涼し気な顔で歩いていく。
平たい顔であり、ほとんどの人間が真顔だ。
冷たい印象を覚える人間もいるようだが、日之国の人間は感情が乏しい訳じゃない。
ライツとは違い。どの人間も奥ゆかしい感じで。
あまり派手な人間はそんなにいない気がした。
「……」
空港前にはタクシーが停まっていた。
それ自体は特段珍しくは無いものの。
タクシーの色が黄色や緑であったりとこれに関しては派手だった。
俺たちの国のタクシーはクリーム色なのにな。
ドアも自動で開いているようで便利そうだった。
こっちにもそれは導入され始めているが、まだまだ数は少ないからなぁ。
日之国の人間たちは皆がニコニコしている。
接客は完璧であり、サービスも充実しているのだろう。
昔は何でも日之国のものが優れていて、品質も保証されていたからな。
今でこそ、世界各国の技術力であったりが高まって。
色々な国の事を学んだ事で、ライツのように奇妙な成長を遂げた国もある。
今じゃライツには日之国の文化なども多く入ってきており、こうやって来日しても親しみを感じる。
いい国だと思っていれば、カブラギが俺の脇を小突いてきた。
視線を向ければ、むすっとした顔で早く来いと手で促して来る。
彼女についていけば、そこには色鮮やかなタクシーは無く。
代わりに黒塗りのデカい高級車が停まっていた。
やはり金持ちか。
そう思っていれば、屈強な黒スーツの男が出てきてカブラギの荷物を受け取っていた。
俺の方にも近寄って来て荷物を渡すように言ってくる。
俺が荷物を渡せば、こいつは俺の肩にとまる鳩を訝しむような目で見て来た……見るんじゃねぇよ。
俺の殺気を感じ取って、男は無礼を詫びて荷物をトランクに積む。
そうして、扉を開けてから、俺たちに乗るように言ってきた。
高級車の中に乗り込めば、中々に良い座り心地だと感じた。
本物の革張りであり、前と後ろでは隔たりがある。
スイッチのようなものがあり、恐らくアレで運転手と会話するのだろう。
モナートである俺が、こうもキョロキョロとしていれば馬鹿にされるかもしれないが。
ライツの高級車は知っていても、日之国の高級車にはあまり乗った経験はない。
だからこそ、色々な工夫を見てみたくて俺は色々と触っていた。
すると、カブラギの野郎がくすりと笑う。
「……アンタさ。時々思うけど……子供みたいになる時があるな」
《……子供に言われたくないですね》
「はっ、子供で悪かったな……やっぱり、そうだよな」
「……?」
俺が子供だと言えば、奴はぼそりと何かを呟く。
俺が首を傾げれば奴は何でもないと言って窓に視線を向けた。
怒らせてしまったかと思いつつ、俺は気を取り直してボタンを触る……これは?
俺はあるボタンを押す。
すると、助手席の側に取り付けられた目の前のモニターが起動する。
そうして、明らかに電子の世界の存在だと言わんばかりのハゲが出て来た……おぉ。
《こんばんは。AIアドバイザーのタナカです。何かお困りですか?》
「……」
「……それ、何でも言ったら大抵の事はやってくれるぞ」
「……!」
カブラギが呟く。
俺はそれを聞いて、早速、今日の事件などを聞いてみた。
すると、今日起きた事件をピックアップして紹介してくれる。
《京核府にある老舗料理店マツマエで食中毒が発生。提供されたエビの加熱が足りず、それを食した五名の市民が京核府内にある病院に搬送されました。また、青野守県の山中で身元不明の白骨化した遺体が発見。現在、警察が遺体の身元を確認中――》
スラスラとニュースの内容を伝えるタナカ。
俺はそれならばと、おすすめの日之国の映画について聞いてみた。
《検索中……検索完了。ケイジ・シドウ監督作、ミステリーアクション映画“星の欠片”をおすすめします。内容は新米ケイジのアラタが――》
「……!!」
スラスラと映画の事を話すタナカ。
その他にもおすすめをしてくれた上に、話す内容から面白そうだと思えた。
人気作を言うでもなく、俺が知らないような映画をチョイスしておすすめしている。
最後の方に、好きなジャンルなどの情報を追加すれば更に絞り込めると言っていた……すげぇ。
流石は日之国製である。
安心と信頼のクオリティーだ。
そう思いながら……そうだ。
《カブラギ……その名で有名な研究所は?》
《検索中……検索完了。カブラギと名のつく研究所で有名なのは、カブラギ製薬研究所です。日之国は勿論、世界で使用される未来の薬の開発研究を行っており、その成果でいえば、難病指定されていた“魔力汚染症”の特効薬を開発しています》
《魔力汚染症……あれを?》
聞いたことのある病名だった。
魔力汚染症とは、ケガレを浴び過ぎた事によって産まれて来る子供が発症する病気だった。
父親と母親、何方か一方でも危険域に相当するケガレを浴びる事によって生まれて来る子供が抱える事になる病だ。
生まれ持ってある魔力がケガレによって汚染されており。
専門の医療機関で治療を続けなければ、一年も待たずして衰弱死する病気だ。
精神汚染は勿論の事、薬を飲まなければ耐えられないほどの痛みが頻発して起こり。
突発的に嘔吐や痙攣を繰り返すとも聞いた。
……確かに、特効薬が開発されたとは聞いたことがある。あの時は忙しかったから、ニュースを見る時間もなかったが……なるほど。
カブラギの親父はその製薬研究所で働いているのか……て、素直には信じられねぇな。
表向きの研究が医療の分野であっても。
裏で何をしているのかは分からない。
対魔局の上層部に顔が効いているのであれば、間違っても悪魔に加担しているようなものではない。
それは確かであるものの……どうもくせぇんだよなぁ。
カブラギという名には聞き覚えがある。
俺がモナートになる前の一件であり。
可能性は薄い気がするのに、どうも繋がっているような気もする。
助けたそいつが生きていれば百は優に超えているだろうが……どうだかな。
そもそも、あの時の任務で守った研究所。
アレは何らかの理由で研究所そのものが解体されてと聞いた。
そこにいた研究員たちは方々に散っていき。
それぞれが優れた才能を活かして、世界で活躍している――と、思っていた。
「……」
林間学校の後に実はカブラギの名が気になって調べてみた。
当時の研究員たちが何処に行ったのかは不明で。
何とか記録として残っていた人間たちも、何故か数年後に事故や病気で亡くなっていた。
不審には思ったが、それ以上の事は調べても分からない。
そもそも、少し気になったから調べただけだったからな……まさかまさか、だよなぁ。
これで、本当にあの時に助けた研究員がいたらどうだ。
色々と話が変わって来るだろう。
あの謎の研究についても知りたいし、そもそも、アルメリアが何を狙っているのかを突き止めなければならない。
その二つが繋がっているのであれば話は早いが。
そう簡単に分かるとは思えなかった。
俺は窓を見つめながら小さくため息を吐く。
すると、タナカが用件は無いかと聞いて来る……適当に曲流してくれよ。
《畏まりました》
「「……」」
落ち着いた曲調のように一瞬感じた。
が、段々と……何故か、ねっとりとした曲になる。
歌の歌詞は……“あぁそっち系”か。
日之国の曲だから、言葉もこの国のものだ。
俺は仕事柄、この国の言葉も分かる。
だからこそ、この曲が大人の恋愛についてのもので。
濃厚な愛情を歌詞に込めているのも分かる。
俺はふと気になってカブラギを見つめる。
奴は窓の方に顔を向けていたが。
その耳はさきっぽまで真っ赤である……むっつりめ。
俺はニヤニヤとしながら……いや、これってセクハラか?
《セクハラですね》
『……うるせぇ』
鳩野郎が思念を飛ばして忠告してくる。
俺は少し考えてから、カブラギに顔を向ける事無く自らの考えを聞かせる。
《カブラギ君。一つ、貴方に言っておく言葉があります》
「……何だよ。急に……変な事、言うなよ」
奴は顔を此方に向ける事無く小さな声で俺をけん制してくる。
変な事って何だと思いつつ、俺は言葉を掛ける。
《この曲の意味……私は分かっています》
「……っ。だ、だから……何だよ」
《私も男ですから、そういった欲求や感情もあります……素敵な女性との恋愛にも憧れがあります》
「……へ、へぇ……い、いや! 僕はどうでもいいけど! い、いや!? 此処でやるのは……その……」
カブラギは急にもじもじし始めた。
俺は様子のおかしい奴を無視して話を続ける。
《だからこそ、貴方には言っておくべき事があります。とても、大事な事です》
「……う、うん……な、何?」
奴はゆっくりとこっちに顔を向ける。
顔は真っ赤であり、恐怖を感じているのか目には涙が浮かんでいる。
唇をきゅっと結んで、スーツをギュッと掴んでいる。
そんな彼女を見つめながら、俺はハッキリと告げる。
《私は――ロリコンではありません》
「…………は?」
俺はちゃんと伝える。
自らがロリコンなる異常性癖者ではなく。
立派な大人のレディが好きな健全な男であると。
俺の実年齢的にロリコンの線引きは、かなり難しいものになるが。
肉体年齢から計算し、上下で精々が五歳くらいといったところだ。
下は二十歳くらいで、上は三十になるが。
別に素敵な人だと思えば、三十五より上でも構いやしない。
故に、この曲を流す事はセクハラには該当しない。
何故ならば、カブラギという少女は俺の守備範囲外であるからだ。
《安心してください。貴方には一ミリも欲情しませんから。貴方を女性としては見ていないので》
「……へぇ、そう……じゃ、僕は何だって?」
《子供ですよ。鼻たれ小娘であり、ませたクソガキです。ははは》
「そっかぁ……ははは――死ねッ!!!!」
カブラギは拳を固めて俺を殴る。
俺の顔面を精確に捉えたパンチであり。
眼鏡が吹き飛んでいった。
俺は窓ガラスに顔を打ち付ける。
顔面が熱を持っているよう気がするが。
俺は気にせずゆっくりと床に落ちた眼鏡を拾い掛け直す。
そうして、カンカンに怒って闘犬のように歯をむき出しにするカブラギを見つめる。
《……何で怒ってるんですか?》
「うるさいッ!!! 死ねッ!!!」
《主様。今の発言はちょっと……いえ、主様らしいですがね》
『あぁ? 何がだよ……あぁくそ。どうしてこうなるんだ』
カブラギを宥めようとすれば鋭いパンチが飛んでくる。
俺はそれを片手で払っていく。
奴はムキになって、魔力で身体能力を強化し攻撃を打ち込んでくる。
俺はそれをぱしぱしと流しながら……何これ?
アルメリアの救う為に研究所に行く筈だ。
それが何故か、高級車の車内でガキとじゃれついている。
しまりが無く、こんなのでいいのかと思って――俺の頬を奴の拳が打つ。
「へへ、ざまぁみろ!」
「……」
俺はゆっくりとカブラギを見る。
そうして、にこりと笑い――奴の脳天にチョップをする。
「うげぇ!!?」
《お返しですよ。クソガキ》
奴は頭から煙を出していた。
俺はそれを見つめながらほくそ笑む。
すると、カブラギは顔を上げて殺気に満ちた目で俺を睨む。
「上等だ。前からそういうところが――ムカついてたんだよぉ!!!」
《いいでしょう。生意気なクソガキに――大人の恐ろしさを叩きこんであげますよぉ!!!》
俺たちは両手を素早く動かす。
互いにパンチを繰り出し、相手の攻撃を弾く。
狭い車内で激しい攻防が繰り広げられて。
車が大きく揺れており、何故か、運転席から慌てた声も聞こえる。
俺たちは全てを無視し――目の前のクソに夢中になっていった。




