086:祓魔師は流れを変えたい
「……」
『如何ですか? 私が話した事が――受け入れられますか?』
目の目で首を傾げる鳩。
そいつをジッと見つめながら、俺は舌を鳴らす……受け入れろってか。
こいつが俺にもたらした情報。
それは所謂――未来の知識と呼ばれるものだった。
最初に聞いた時はうさんくさいとしか思わなかった。
が、こいつがものは試しにと今から近くで事故が起きると言えば。
その数分後に破壊音が聞こえてきて。
窓から外を見れば――車が電柱にぶつかっていた。
中からは顔が真っ赤な男が出てきて。
周りにいた人間に注意されながらきゃんきゃん吠えていた。
俺はその様子に、まっさきにこいつが何か仕込んだのではないかと疑った。
が、仕込みしては周りの人間たちは普通過ぎる。
エキストラのようなものではなく、魔術によって操られている形跡も無い。
偶々、事故が起きた。
そう、偶々で……こいつが本当に未来を予知したと嫌でも認識しちまった。
そこからはこいつはすらすらと先ほどの脅しの内容を話し出した。
元同僚というのは、ケーニヒである……白光のアルメリアだった。
詳しい事は不明ながらも。
此処で行動を起こさなければ取り返しのつかない事態になる。
防ぐ事が出来るのは俺だけだとこいつは言う。
そもそも、何故俺なのかと奴に聞けば。
奴は少し考えてから、自分が俺の従者であるからだと言ってきた。
これも詳しくは言えねぇなんて言いやがった。
《世界の歪み。それを正す事が貴方様と私にとっての大きな使命……が、貴方様はとある理由により自らの記憶を消してしまった。それを私が直す事は無理であり、話したところで貴方様がそれを全て受け入れるとは到底思えません。いえ、もっと言うのであればこれを話す事によって“流れ”が変わる恐れがあります》
“流れ”――それは何かと俺は聞いた。
すると、全ての世界には“流れ”と呼ばれるものが存在し。
その世界に住む命たちはその流れに沿って生きていく。
自分で考えた結果の行動、常軌を逸した行動であろうとも。
基本的にはこの流れに沿ったものであるとこいつは言った。
所謂、運命と呼ばれるものであり、それがこいつには見えているからこそ未来を予知できたと言った。
それならば、何故、アルメリアの今いる場所などが分からないのかと俺は思わず質問した。
すると、それは簡単であると奴は説明する。
《流れに干渉できるものは限られていますが、確かに存在します。少なくとも、貴方様の敵となる魔王なるものは干渉できるでしょう。そして、この世界には“存在しない神”も干渉すること自体は可能です》
『待て、神がいないだと?』
俺は話の途中で驚いた。
神が不在とはどういう事かと尋ねれば。
奴はまたしても少し考えやがった。
そうして、深くため息を吐き。
面倒そうな顔をしながらも説明をした。
《神と呼ばれるものは存在します。世界一つに神も必ず一体は存在すると考えていいでしょう……が、この世界は例外です。神が存在しない世界。いえ、神が――“死んだ世界”です》
『……っ!』
奴はハッキリと告げた――神は死んだと。
それはつまり、あの魔王との戦いで死亡したのか。
そう質問すれば、奴はくすりと笑うだけだった。
俺は少しムカッとしながらも、それならば今、流れに干渉できるのはその魔王だけかと聞いてやる。
すると、奴は首を静かに左右に振り……そっと俺に羽を向けた。
《貴方様がいます。魔王の他に流れに干渉できるものこそ――貴方様なのですよ。主様》
『俺が? どういう事だよ?』
俺は意味不明だと言ってやる。
すると、奴はそもそもがおかしいとは思わなかったかと聞いてきた。
《貴方様の力は次元が違う。悪魔でもないのに、それほどの力。そして、存在そのものが不滅となっているのですよ……他の人間と貴方様を比べれば、その力の差は歴然です。流れとは、ある意味で型にはまった存在たちの道なのです。貴方様には嵌まるべき型がありません。故に、貴方様に流れは存在せず。だからこそ、貴方様が行動を起こすだけで流れは変わる……因みに、私が観測しただけでも、もうかなり流れは変わっていますからね?》
奴は言う。
そもそも、俺がいなければ人類は既に悪魔たちに支配されていたと。
奴らは時期を見計らっていて、丁度、俺が現れるタイミングで人類の掌握を考えていたらしい。
しかし、魔王が俺の存在を認識したことで相手は計画を遅らせた。
その結果、人類は存続し、今に至るという……マジかって思ったよ。
奴は話を戻し、流れに干渉できるものが接触した相手の未来は変わってしまうという。
そうして、流れが変わってしまえばそれを精確に捉える事は難しいとも言った。
つまり、奴は魔王たちの仲間に加わったと言うのは本当という事になっちまった。
奴はびしりと羽を俺に向けて言う。
少なくとも、流れが変わってしまっている今であろうとも。
大まかな結末自体は見えると言った。
それが少なくとも、アルメリアの死を意味しているらしい。
《彼女は今、ひどく曖昧な存在になっています。人類ではありますが、その心は悪魔にも近い……恐らくは、魔王の腹心。それが彼女の魂に力を加えて変質させたのでしょう……もしも、このまま彼らの企み通りに利用され続ければ、彼女は確実に悪魔に食い殺されてしまいます……因みに、敵の存在について心当たりはありますか?》
『……デイヴィ・ジョーンズだな。間違いない』
奴であれば、アルメリアを従える方法も心得ている筈だ。
最も、悪魔を敵だと思っていた彼女が簡単に心変わりするとは思えない。
恐らくは、精神支配を施されている可能性が高い。
アイツを救うのであれば、先ず間違いなくデイヴィ・ジョーンズを排除する必要がある。
だが、奴の逃げ足の速さを考えればそれは容易くはない。
そうなると、直接、アルメリアと接触し支配を解くしかないが……俺に出来るのか。
刻印は幾つも持っているが。
精神に作用するものはそう多くない。
そもそも、洗脳などという強力な術式を俺は持っていない。
精々が暗示であったり、記憶を少し弄る程度だ。
それもピンポイントになるとかなり複雑な操作を要求されてしまう。
アルメリアの洗脳を解く方法で一番確実なのは――“アイツを殺す事だ”。
大抵の術式であったり呪いは、掛けられた本人が死亡すれば解かれるものが多い。
が、魂そのもに干渉しているものであればその限りではない。
魂にこびりついていると言えばいいのか。
そういうものは無理矢理に解こうとすれば魂を損傷させてしまう。
以前、鬱陶しい悪魔に掛けられたそれと同じだ。
……まぁ呪いの類では無いと思うから、洗脳自体は解ける可能性がある。
殺す事自体に躊躇いはない。
蘇生させるだけの事であるからだ。
が、問題なのは蘇生が可能かどうかだと思う。
こいつの言葉が正しいのであれば。
アルメリアは人間と悪魔の中間にいるのだろう。
人間も悪魔も蘇生自体は出来るが。
曖昧な存在に対しても、俺の蘇生は通用するのか分からない。
そんな存在に出会った事もない上に、試した事も無いからな。
……この方法は最終手段にしておこう。そうでなければ、リスクがでかい。
「……」
今までの話しを全てのみ込む。
そうして、額に手をあてて考えた。
アルメリアに危険が迫っているのは分かった。
彼女を救えるのは俺だけしかいないのも分かる。
が、問題はどうやって彼女を救い出すかだ。
鳩はじっと俺を見つめる。
俺は暫く考えてから、自らの方針について伝えた。
『取り敢えずは……信用してやる……だが、完全には信用しねぇ。今は兎に角、アルメリアを救い出す事が先決だ。それが出来たら……まぁ警戒は解いてやるよ』
《ありがとうございます……さて、それでこれからは何を?》
『何をって……お前から何かアドバイスはねぇのか? 危険が迫っているっていうのなら、何かしら見えたんだろ? なら、少なくてもいいから情報を寄越しやがれ。話はそれからだろ』
俺がそう伝えれば、奴は羽を首にあてて頭を捻る。
人間みたいな仕草だと思いながら見ていれば、奴はぽつぽつと語り始めた。
《あれは確か……研究所でしたか……そこで行われている事が、この世界で悪魔を殺す方法に大きく関わっていた……そこに、彼女が現れて……僅かに、貴方の声で“カブラギ”という名が聞こえた……伝わる声色からは、“怒り”や“失望”などが出ていて……それで、私はカブラギの言葉を信用するなと言ったのですよ》
奴は情報を伝えた……が、妙な違和感があった気がした。
『……お前、何か隠してるだろ』
《おや? 何故、そう思うのでしょうか》
『……勘だよ』
俺は訝しむような目で奴を見つめる。
すると、奴はくすりと……笑った気がした。
《そうですね。確かに、そう聞こえるかもしれません……何せ、話せない事が多いもので。ははは》
『……まぁいい。兎に角、“カブラギ”と“研究所”ってワードがヒントだな……何だ。案外、分かりやすいじゃねぇか』
《心当たりが?》
『まぁな。いや、それしかねぇよ……ちょっと待ってろ』
俺はベットの近くに置いてあった端末を取る。
そうして、カブラギにメッセージを送った。
暫く待てばメッセージが返って来る。
《何だよ、急に……何で僕の父さんの事を知りたいんだ?》
《まぁ教師としての仕事だよ……前に言ってただろう。父親が研究をしているって……もし可能なら、会えないか? いや、出来たらその研究所に行きたいんだけど》
メッセージを送信する…………来ねぇな。
暫く待つ。
が、やはり返事は返ってこない。
ぱたりと止んだ事を謎に思う……そんなに知られたくないのか?
益々、怪しいと思った。
何を隠しているのか。
いや、そもそもカブラギの親父さんは何を研究しているのか。
そんな事を考えて暫く待ち……来た。
《……父さんに聞いたら……お前と話してみたいって言ってた……すぐに行けるのか?》
《まぁ何とかするさ……で、出発は何時だ? 日之国だろう》
《出発は“明日だ”。手配はこっちでしておくよ》
「……」
随分と急だと思った。
研究者というのは思っているよりも暇なのか。
そんな失礼な事を思いつつも了承する。
メッセージはそれで終わりであり、俺はすぐに対魔局に連絡を取った。
今のやりとりも監視はされていただろう。
だからこそ、既に状況は理解しているだろうが――
連絡が繋がる。
魔術を起動し、疑似的な声で会話をした。
そうして、短いやり取りを行い……通話を切る。
《どうでしたか?》
『……いけたな……何でだろうな』
あまりにもあっさりとOKが出た。
その事を不審に思いつつも、それならそれで良いと考える。
これで、アルメリアを救う為の一歩が踏み出せる。
後は流れに沿っていくのか。
それとも、この鳩の言葉を受けて行動を変えるのか。
この鳩野郎は……まるで、掴みどころがねぇ。
すらすらと話している内容も、全てを鵜呑みにするのは危険だが。
これから行動する中で、こいつの未来予知が必要になっていくのは想像に難い。
魔王の手先で、俺の事を利用しようとしている可能性は大いにあるが。
それなら何故に、アルメリアの危機を教えるのかが理解できない。
奴らにとっての計画が目的が魔王の復活であるのなら。
アルメリアもその為に利用されている可能性が高い。
それならば、態々、俺をアルメリアの先に回す必要なんてない。
いや、寧ろ俺が関わる事を積極的に避けて来る筈だ。
……味方であると断言はできねぇが……敵であるとも言えねぇな。
今のところは、奴らの計画を潰す為の助言をしているように思える。
少なくとも、これで本当にアルメリアを救う事が出来たのであれば。
信用する事も考えてもいいだろう。
更に魔王の復活を阻止する事が出来たのなら……いや、それはまだだな。
魔王の復活はアルメリアを救い出すよりも遥かに難しいだろう。
何方を優先すべきかを問われれば、俺は確実に…………はぁ。
「……」
《どうかなさいましたか? 何かとても……悩んでいる様子ですが》
『何でもねぇよ……今は、な』
俺はそれだけ伝えてから、早速、用意を始める。
カブラギについていき、奴の親父さんと接触。
研究所がどういうところで、アルメリアと何が関係しているのか。
全てを答えてくれるかは怪しいが、それでも今は行動するしかない。
知るべき事を知る。
アルメリアたちの狙いを知る事が最優先事項だが。
そこからは……ま、返答次第だな。
「……」
鳩は俺を見つめる。
何を考えているのか分からない不気味な“自称俺の味方”を見つめながら。
俺はこれから知る事になる研究所と呼ばれる場所について思考する。
そうして、カブラギを信用するなという言葉に引っ掛かりを感じていた。




