085:祓魔師を主と呼ぶ何か
デイヴィ・ジョーズとの戦いが終わり。
囚われていた人間たちはそれぞれの家へと帰っていった。
結局、俺は彼らに真実を伝える事はしなかった。
それは俺が彼らに伝える勇気が無かったからじゃない。
彼らがこんな突拍子の無い話を信じる事が無いのと。
もしも、信じた場合の未来が容易に想像できたからこそ伝える事はやめた。
この事は俺とケーニヒたちだけの秘密とする。
墓場まで持っていくつもりであり、アイツらもそれを了承していた。
世界中ではこの一件は大きく報じられた。
対魔局は最初はこの件についても、ニンドゥの時のように報道内容を予め決めてから報道する予定だった。
が、何処からか情報が漏れた事によって状況は一変。
真実を話さなければならなくなり、上層部の連中も真実を話した。
その結果、世界中では混乱が起きていた。
今までの世間一般の悪魔への認識は、大きな力を持った災害のようなものだ。
それでも、根幹には食を満たしたいという欲望しかないとされていた。
が、ニンドゥの事も明るみになった事で。
悪魔たちは独自の考えの下で、大規模な作戦行動を取っていると世間は感じていた。
悪魔たちには知恵がある。
人間を襲う事にも食べる以外で理由がある。
不安や恐怖に駆られるものがほとんどの中で。
ある一部の人間たちがデカい声で騒ぎ始めていた。
それは所謂、悪魔の権利を主張するイカれた団体のメンバーたちで。
奴らは今回の事で、悪魔との対話が可能であるという暴論を唱えていた。
彼らと戦う事は無意味で、今こそ此方が歩み寄るべきだと。
今もそんな奴らが本部や支部の前でデモを行っているらしい。
本当にどうしようもねぇ――ゴミカス共だよ。
人を襲って喰らう時点で。
一ミリも歩み寄る余地はない。
歩み寄れば最期であり、骨の髄までしゃぶりつくされるだろう。
俺は絶対に嫌であり、殺すべきだと主張してやりてぇ。
対魔局もそんなイカれた人間たちの言葉には耳を貸さず。
すぐに対策を練り、世界中で戦力の増強を図ると宣言していた。
手始めに、適性検査を終えた筈の人間たちの再検査を実施し。
適性のある人間たちには声を掛けて、短期間で必要な知識や戦闘技術を学べる場所への勧誘を行っているらしい。
その指導はスパルタではあるが、その期間のあらゆる支援は惜しまない。
金銭面も支援し、住居も与えてくれる。
喰いぶちの無い人間にとっては救いの手にも見えるだろう。
今や、ニンドゥを始めとした各国でも祓魔師の養成に本格的に力を入れ始めて。
国が主体となって法改正などにも着手している。
修道院での指導方法も改められると聞いた。
いつ何時、発生するかも分からない大災害。
それにいち早く対応できる人間を育成する。
その為に、祓魔師の中でも優秀な人間を指導者として派遣する。
俺は謂わば、それを実施する上でのテストであった。
だからこそ、俺がこの生活を続けられるのも……ふっ。
「……」
まぁいい。
分かっていた事ではあるからな。
世界に変革の風が吹く中で。
俺たちは仮初の平和の中で生きていた。
悪魔たちは事件を起こしてはいるが。
力のある奴らは軒並み息を潜めているようだった。
俺は上からの“命令”で休みを貰っていた。
珍しいとは思うだろうが……俺が覚醒した力について警戒心を持ったんだろうな。
未知の力であり、魔術や特異能力でもない。
体の中に取り込んだ筈のブッチャーも体外に出ていない。
何時もであれば、枷を掛け直せば自然と出てきていたが……妙な気分ではある。
自らの生まれが不確かで。
自分という存在が得体の知れない何かだとは分かった。
人間ではないのかもしれないが、それでも別に構わない。
俺がどんな存在だとしても。
俺は俺であり、祓魔師として給料が支払われる限りは働くつもりだ。
人類のヒーロー何てものではなく。
単純に社畜としての自分が普通であると思っているのもあるが。
一番の理由は、最近になって……まぁ、この仕事が好きになれてきている気がする。
好きで悪魔なんかとは戦わない。
別に血を見るのが好きでもない。
が、祓魔師として戦う事で、自分という存在が理解できているような気がする。
これからも戦い続けていれば、何れ自分という存在を完全に思い出すだろう。
それでも尚、祓魔師としていられるのかは分からないが。
それまでは意地でも働き続けなければならない。
不滅の呪いの事もあるしな……ま、今となっちゃ呪いでもなさそうなんだけどなぁ。
記憶に関しては俺が何かしたんだろう。
不滅の存在になったのは、それによる弊害なのか。
それとも、元々の俺がそういう存在だったからなのか。
全く分からないけど……糸口は掴めたんだ。
今まで収穫が無かったからこそ、これはかなりデカい。
記憶が完全に戻れば、絶対に解決できると思えるからな。
そりゃ全く怖くないかと言われれば、少しは怖いさ。
もしも、自分がとんでもねぇ怪物だったら吐きそうだし。
そもそもが、人類側でも無かったらどんな顔をして奴らに会えと言うんだ。
大量殺人鬼であったり、人を喰らう怪物。
デイヴィ・ジョーンズの言葉からして彼方側では無さそうだけど……不安だなぁ。
どうでもいいけどよぉ。
全く気にしない訳じゃねぇんだよ。
少なくとも、どす黒い何かじゃなけりゃそれでいい。
いざ記憶が戻って狂気に塗れていたなんてのは死んでも嫌だろう?
そんな事を考えながら、深くため息を吐く。
『魔王様は力を欲している。かつての戦いの傷。それが癒えれば……“カミ”に復讐を果たすだろう』
「……」
此処に来て魔王だ……そもそも、魔王ってのは何なんだ?
今までの戦いで、魔王という言葉を聞く事は多々あった。
地獄で一番偉い奴であり、力も相当なものだってのは分かる。
が、結局は姿を見せないからこそ、今までは深くは考えてこなかったが。
デイヴィ・ジョーンズはあの儀式で得た力を、恐らくは魔王へと譲渡する気なのだろう。
それこそが今回の奴の目的で……神に復讐ってか。
ありふれたストーリーではある。
ファンタジーでの定番だ。
だが、これは現実での話である。
魔王の存在は何となく分かるとして。
この世界に神とやらは……本当にいるのか?
悪魔がいて、魔王がいるのなら。
確かに神がいたとしても不思議じゃねぇ。
だが、神とやらは何故に姿を見せ無いのか。
人類の味方では無いからか。
いや、それならそれで悪魔との関係が気がかりだ。
確実に魔王と神は敵対関係であり、その結果、魔王は深い傷を負った。
神がどれほどなのかは分からないが。
あの儀式で力を増したデイヴィ・ジョーンズはかなりの脅威だった。
アレがまだ始まりに過ぎないのであれば、神であろうとも見過ごす筈が無い。
人類に興味が無くとも。
自らを殺しに来るであろう魔王を放置するのは明らかに変だ。
確実に手を打ってでも、奴の復活を阻止するだろう。
それをしない事に理由があるのか。
それとも、神とやらが既に何処にも存在しないのか。
「……」
分からねぇ……さっぱりじゃねぇか。
急に情報が舞い込んできたから頭がパンクしそうだ。
魔王の現在の状態も、神が今何処にいるのかも不明。
唯一、人類側がこれから行わなければならない事は分かっている。
それは――“魔王の復活の阻止”だ。
俺でも分かる事だ。
アレだけの力を持った魚野郎。
それを遥かに上回る力を最終的に手にするであろう魔王。
そんな奴と戦おうとすれば、被害は俺だけじゃ収まらねぇ筈だ。
確実に世界は滅んじまうし、人類の絶滅だってあり得る。
楽観的に考えるのであれば、人類を家畜として生かすくらいだが……何方にせよ、最悪じゃね?
戦う事になるのなら、そりゃ全力でぶっ殺しに行くけどよ。
弱い内にさっさと倒す事が出来るのであればそっちが良いし。
そもそも、戦う必要が無い事がベストだと思っている。
少なくとも、俺はバトルジャンキーでは無いからな。
力の覚醒は伝えて、魔王の復活を奴らが企んでいる事も伝えた。
現在は、対魔局も世界中で動いているだろう。
調査隊は徹夜続きだと聞いている。
悪いとは思うけど、こればっかりは休んではいられねぇよ……俺は休まされてるけど。
ご丁寧に監視カメラを設置されて。
腕には機械式の輪っかも嵌められている。
暫くの間は、俺は要観察者であり、自由に外も出歩けない。
クラーラやクルトたちとの接触も禁じられて。
俺が出来る事はこうやってパソコンと向き合い。
今後の“計画書”をしこしこと書き綴っていく事だけだ。
「……」
カタカタとパソコンに計画書を書いていく。
朝起きてからずっとであり、暇だからこそ書いていられた。
修道院でのイベントや学年ごとに予定されている行事など。
校長に無理をいって教えてもらって、質問ばっかりしちまった。
今度、校長にはちょっと高い飯屋に連れて行って礼はする。
ゴリたちにも、世話を掛けちまっている事もあるので埋め合わせを……はぁ。
祓魔師でも教師でも、やる事に大差はねぇな。
周りを気にかけて、頭を下げる時は下げて。
助けてもらったら礼をして……ま、当たり前だけどな。
「……」
教師として過ごした時間。
それを思い出してくすりと笑う……まぁ楽しかったな。
計画書の最後の部分を書き終える。
そうして、静かに息を吐きコーヒーを飲む。
苦みが濃いブラックコーヒーであり、氷を入れてるからほどよく冷たい。
静かに飲めばカラカラと氷が音を立てる。
カップを静かに机に置く。
そうして、肩を鳴らしてから此処にはいない彼の事を考える。
……クルトにはもう伝えてある。
彼はトゥルムである。
ダーメになる日も近いだろうが、彼にはお願いをした。
出世の道は遠のくかもしれないが、少なくとも安全ではある。
彼の力を疑ってはいない。
彼の事は信頼している。だからこそ、彼が悲し気な顔をした時に咄嗟にそう伝えた。
信頼しているからこそ、頼りにしているからこそだ。
彼にしかこの願いは伝えられない。
無理は承知の上であり、本来であれば上も許しはしないだろう。
が、普段は従順な俺の立場から上に申し出れば問題はない。
中途半端は嫌いだからこそ、せめて一年だけはと思っていた……変わらねぇがな。
計画書はもう少しで完成だ。
後は細かい部分の修正であり。
これは暇な時間にクルトに電話して詰めて行こう。
そう考えてから、ほどよく冷たいアイスコーヒーを一気に飲む……あぁぁ。
熱が冷めた気がした。
そう思いながら、俺は椅子から腰を上げる。
他にやる事は何かないかと考えて――
『あぁ、あぁ――聞こえていますか?』
「……?」
急に声が聞こえた。
俺は周りに視線を向ける。
が、何処にも人の姿はない……悪魔でもねぇな。
俺は至極冷静に、ベッドの方に向かう。
そうして、腰を下ろしてから眉間に親指を当てる。
『……誰だ?』
『あぁ、聞こえているようですね。安心しました――さて、お目覚めでは如何ですか? “主様”』
『……あぁ? 主だと? てめぇ、何言ってやがる……そもそも、お前は誰でどうやって俺に話しかけていやがる?』
主様などと馴れ馴れしい事を言う何か。
声の感じからして、初老の男だ。
ひどく落ち着いており、俺が殺気を放っても動じない。
奴は暫く何かを考えていた。
俺は言いたい事はハッキリと言う様に伝えた。
『……あぁ、なるほど……その手で、行かれたんですね……考えるよりも先に行動する事は、貴方様の美徳だと私は思ってはおりましたが……いやはや』
『何一人で納得してやがるんだ? 俺の質問に答えろや』
『……そうですね。答える事は出来ますが……残念ながら、今の貴方様にはお伝えする事は出来ません』
『はぁぁ? てめぇ、ふざけてんのかぁ?』
俺はそれなら何の為に声を掛けて来たのかと聞く。
ただの冷やかしか。
もしくは、単なる嫌がらせか……やっぱり、敵か?
そんな事を考えていれば、奴は敵では無いと否定する。
『敵じゃねぇなら何だ? 味方か?』
『えぇ勿論です。まぁ味方と言っても……貴方様の味方です』
『……信じられねぇな。テメェの言葉はうさんくせぇよ』
『ははは、それはそうですね。私が貴方様の立場でも同じ反応をすると思います……そうですね。では、一つだけ忠告させて頂きます――“カブラギの言葉は信用しないように”』
奴は突然、カブラギの名を出した。
俺は少し驚きながらも、頭の中で奴に疑問を投げかけた。
『カブラギ? どういう意味だよ? 何でアイツが……』
『そのままの意味ですよ。後はご自身でお考えに……あぁ、ですが、少々心配ではありますねぇ……なら、こうしましょうか』
奴は勝手にぶつぶつと何かを言う。
すると、俺の体からふわりと透明な何かが出る。
それは窓の方へと流れていき……あぁ?
こんこんと何かが窓を叩いている。
俺は今度は何だと思いながら窓に近寄る。
そうして、窓を開ければ……鳩がいた。
『これで我慢しましょう……さて、長らく貴方様の傍を離れてはいましたが。本日より業務に復帰させて頂きます』
「……」
『あぁ御心配には及びません。他者からは普通の鳩にしか見えておりませんので。私の事はお好きなようにお呼びください』
俺は鳩になった何かを見つめる。
そうして、カラカラと窓を閉めておいた。
窓をコツコツと叩く奴。
脳内では奴が俺を呼ぶ声が響いていた。
俺はそれを無視して、ベッドの中に潜る。
悪い夢だと自分に言い聞かせて――
『入れてくださらないと。この先で大変な事になりますよぉ? 特に、今の貴方様の“元同僚の方”とかがぁ――お?』
「……!」
俺はベッドから飛び起きる。
そうして、窓を叩いていたアホ鳩をがしりと掴む。
奴を睨みつけながら、どういう意味かと聞く。
『そのままの意味ですよ。私の助言が無ければ確実に――死にますよ』
『……テメェが味方じゃなく悪魔に見えるが……いいぜ。信じてやるよ。だが、もしも、少しでも妙だと思った時は――フライドチキンにしてやるよ』
『ははは、暫く会わない内にジョークが上手くなりましたね。この体は仮りもので、食べたとしても他の何かに代わるだけですよ?』
奴は俺を嗜めてきた。
俺は盛大に舌を鳴らしてから、そいつを掴みながら窓を閉める。
そうして、ベッドの縁に腰かけながら。
ジッと奴を見つめながら、教えられる事を全て話すように促した。
奴はその言葉を理解し、すらすらと喋っていく。
俺はそれを静かに聞きながら、味方を名乗るこいつの事を――強く警戒した。




