080:祓魔師に厄災をもたらす
海を――疾走する。
無数の魔物が奴の特異能力によって生み出されて。
それが俺に目掛けて殺到する。
その速さは水上バイク何てものじゃない。
海を裂き疾走する雷であり、振り切ることは出来ない。
魔物が飛び出す大口を開けて食らいつこうとしてきた。
四方八方を取り囲まれて――刃を振るう。
風が吹き、血潮が舞う。
残骸が飛び散っていき返り血を浴びた。
全ての魔物を一瞬にして切り刻んだ。
敵の気配は――背後から影が。
「――!」
気配を殺して背後から迫った敵。
完全に魔力の反応が無かった。
恐らくは、背後で即座に生成された魔物だ。
振り返り刃を振ろうとしてが――視界が白に染まる。
「――っ!」
全身に強い衝撃を感じた。
煙から飛び出し、海面を滑っていく。
そうして、海上は危険だと感じ、宙へと飛んだ。
拘束で宙を翔けながら、姿の見えなかったジョーンズが海中から飛び出した。
奴はサーベルを突き出し、俺をそのまま串刺しにしようとして――俺はその剣先の弾いた。
甲高い音と共に火花が散り。
奴は笑みを深めながら、サーベルを振って来た。
俺も応戦し、奴の魔力が込められた斬撃を弾く。
千を超え万を飛び――剣の軌跡が目の間を覆い尽くそうとする。
突風が吹き、斬撃の余波が海を裂いていく。
大きな波が発生し、仲間たちの船が揺れているのを感じた。
が、これほどの事では沈まないという信頼がある。
ダテの歌声は此処まで響いており、奴の歌が俺にも力を与えてくれていた。
筋肉が活性化し、魔力の流れが速まる。
循環効率が跳ね上がり、体が熱を持つが動きは鋭敏になっていく。
傷の再生は変わらないが、疲労はまるで感じない。
俺は笑みを深めながら――攻撃のスピードを高める。
「……っ!!」
斬撃が速さを増し、奴の体に当たる。
ぶしゅりと傷口から血が噴き出し。
奴の体に少なくない傷を与えていった。
全ての剣の軌道を認識し。
奴の攻撃の先を読む。
一手や二手じゃない。何百何千も先を読む。
そうして、空中で奴の斬撃を全て弾き攻撃を繰り出し――炎を噴き出させる。
白い炎ではない。
蒼き炎であり、それが奴を飲み込もうとする。
大きく口を開けた獣のようで――が、奴は野生の勘で一瞬で炎から離れた。
「喰らうかよォ!!!」
奴がサーベルを振るう。
すると、海面が盛り上がり水の竜が生み出された。
それが空を翔けて、俺の生み出した炎とぶつかる。
互いに食らいつき、一瞬にして空に水蒸気が広がっていった。
熱い――熱風だ。
肌を焼け焦がすほどの熱を感じる。
俺は奴の気配を探った。
「――!」
――危機を察知した。
俺はその場から横へと飛んだ。
水蒸気から抜け出し、空を見た。
瞬間、轟音と共に空から雷が降り注いだ。
雷は奇妙な動きで角度を変え。
俺の体を直撃してくる。
「――っ」
魔力を体から放ち雷を弾く。
体から煙が出ていて、服が少し燃えた。
火傷を負って、全身が僅かに痛みを発していた。
ダメージはあるが、直前で結界を展開していた――問題ない。
焦げ臭く、服がボロボロだ。
傷口は一瞬で再生し、奴を警戒しながら高速で飛行する。
そうして、環境の変化を認識した。
暗雲が立ち込めている。
雷鳴が轟き、海が荒れに荒れていた。
魔物たちが殺気立っており、奴の力で覚醒していた。
これは自然の変化ではない――“奴の力”だ。
能力の詳細は分からない。
が、何度か対峙して大体は把握した。
恐らくは、海に関する事への干渉だろう。
天候を操り、海の災害を引き起こし。
自由自在に海そのものを操る力であり。
奴が海というステージから決して離れないのはそれが関係している。
そんな事を考えていればまたしても雷が降り注ぐ。
今度は異空間から避雷針となる槍型の聖刃を出す。
それを空中で操れば、雷は俺では無く聖人に当たる。
雷を吸収し、銀の槍が輝きを増す。
俺はそれを思考で操りながら、海を泳ぐ奴へと向かって――放つ。
勢いよく奴の影へと迫った槍。
奴が気づくが遅い。
槍はそのまま奴の体を貫き――激しくスパークを起こす。
魔力の吸収。そして、簡易的な術式の付与。
あの雷は能力によるものであり、魔術のそれに類する。
故に、雷は術式として認識されて奴への攻撃に利用した。
奴の体は激しく光り――奴が槍を掴む。
俺はその前に魔術を発動する。
奴を中心に持ち上げて、そのまま宙で奴の体を拘束した。
強力な重力による拘束であり、奴は身動きが出来ていない。
そんな奴を見つめながら、俺は聖刃を切り替える。
取り出したのは――“ブッチャー”だ。
《ヒィィィィハァァァァァァ!!!!》
「……」
ブッチャーは歓喜の声を上げる。
そんな奴を無視して、弓の形に変わった奴を持つ。
奴の体から触手が伸びて俺の肉に突き刺さり血などを吸い取っていった。
そうして、一瞬にして強力な真っ赤な矢を生成する。
俺はそれを番えて引き絞り、極限まで矢に魔力を込めた。
更に複数の術式も埋め込み。簡易的なブラックホールを生み出した。
ギリギリとそれを引き絞りながら。
激しく感電し笑っている奴を睨む。
弓は大きく震え、奴が痛みを感じて叫んでいた。
俺は舌を鳴らして――矢を放つ。
光の如き速さで矢が空を翔けた。
そうして、一瞬で拘束された奴の頭部に命中し――ブラックホールが発生した。
小さなブラックホールはあらゆるものを吸い込んでいく。
空気も海も、空間も光も飲み込んでいく。
海を勢いよく吸い上げて、魔物なども飲み込んでいき。
ブラックホールは数秒の間にボールサイズからガスタンクほどの大きさになる。
後方を確認すれば、仲間たちの船も浮き上がりそうになっており――術を解く。
瞬間、ブラックホールは一瞬で縮小し――消えた。
デイヴィ・ジョーンズの気配は消えていた。
魔力の反応も無く……分身から声が聞こえてきた。
《要救助者たちを確保した。すぐに戻る》
《了解。お疲れさん》
俺は思考を共有し、牢獄に囚われた人質たちが無事な事に安堵する……ハッピーエンドではねぇけどな。
これからが大変だ。
彼らに説明をするべきかどうかは俺の判断に掛かっているだろう。
上層部には報告するが、現場で判断を下すのは俺だ。
説明してもしなくても、後味の悪い結果だけが残る。
祓魔師として、人類の希望として……これも仕事だ。
そんな事を考えて――心臓が強く鼓動した。
「……ッ!」
殺気、怖気、恐怖――違う。
何かを感じ取った。
それが何かは分からない。
が、俺自身が叫んでいる――“警戒を解くな”と。
俺はブッチャーの形状を変えさせる。
ブッチャーは理解できないながらも、形状を刀へと変えた。
それを握りながら、周りに視線を向けて――“心臓を貫かれた”。
ぼたぼたと血が滴り落ちる。
俺はがふりと吐血し、“背後の奴”に驚きを感情を抱いた。
「……ッ!?」
「く、くくく……甘いんじゃねぇか?」
奴の声だ。
背後から聞こえる声は奴で。
胸から生える奇妙な手も奴のものだ。
うねうねと動きながら、先端にてどくどくと鼓動する俺の心臓を掲げている。
俺はすぐに枷を解き放ち――白い炎を発動した。
奴を炎によって滅する。
それが可能であると確信していた――が、奴は動じない。
奴はそのまま俺の体を内部から穿つ。
空中から奴の触手が生えて、俺は血を吐き出した。
気が付けば声が発する事が出来るまで追い込まれていた。
「て、めぇ……どうして、死なねぇ」
「そりゃ簡単だ。今の俺は――お前だからだよ」
「……っ!」
奴は強く体を密着させる……そういう、事か!
奴が触手によって俺の体を穿つ前。
奴は俺の血を僅かにだが舐めとっていた。
いや、それだでは足りない。
もっと血が必要な筈であり――“あそこだ”。
クローンを生成する為の機械。
あの場で俺は自分自身の血を大量に使ってあの仕掛けを暴いた。
アレはクローンを生成する装置だ。そう思い込んでいたからこそ――ミスを犯した。
「気が付いたみてぇだな……そうさ。お前だけがアレの正体を暴ける。お前ならそうするだろうと思っていた……お前の血は、俺にお前に適応するだけの力を与えてくれたぜぇ」
「最初から、そのつもり、だったのか……はっ、劇団員、かってんだ。魚野郎ッ!!」
俺は胸から生える奴の触手を掴む。
指が食い込むほどに掴みすぐに解析を始めた。
如何に耐性が出来たとはいえ、此方の出力を高めるか。
その耐性を上書きするほどの力を加えればこの程度――ッ!!
「俺は言ったよな――あめぇんじゃねぇかって?」
奴がそう言った瞬間に、何かが勢いよく海から飛び出す。
それは俺の分身であり、戦っているのは――“ジョーンズだった”。
「分身はテメェだけの技じゃねぇよ。そして、お前の愛する市民は――今こそ、有効活用するぜぇ!」
「……っ!」
海からバシャバシャと何かが無数に飛び出す。
それらは全てがデイヴィ・ジョーンズの姿をしていた。
十や百ではない。千を軽く超えるほどの数で――囚われていた市民たちが宙に浮かぶ。
無数の水柱。
人間の手のようになったそれが意識の無いクローンたちを持ち上げていた。
その数は学者から聞いていた通り、600を超えており――まさか!!
奴はゆっくりと片手を頭上に掲げる。
そうして、あふれ出る魔力を指先に集中させた。
「俺の能力は知っているなぁ? 海に関する事、あらゆる事を海であれば可能にする。ってことはよぉ――こういう事も出来るって事だよなァ!!」
奴はそう言って指先から魔力を放つ。
それは一筋の光となって空へと駆けがあり――空の様相が一変した。
雲は消えてなくなり。
太陽はそこにはない。
あり得ない。出来る筈が無い――が、目の前でそれは起きていた。
月だ。丸く近くに感じるほどお大きく――“血のように真っ赤な月が空に浮かんでいる”。
“妖しげな光を放つそれは紛う事なき紅月”であり――奴が顕現させた。
「くそ、たれッ!!」
考えられなかった。
これほどの力を予想できなかった。
海に関するのなら、月と海は密接だが。
時間すらも塗り替えるものになれば“魔法の域”だ。
奴は笑う。
そうして、此処に集った666の魂が共鳴を始めた。
「死にはしねぇよ。必要なのは魂の中の――“あのお方の残滓”だ」
奴はそれだけ呟き、俺の体を蹴り飛ばす。
俺はゆっくりと海面へと落下していく。
傷の再生が鈍っている。
これも奴の能力だろう。
俺は震える手で、刀を握る。
早く治れ、早く、早く早く早く早く早く――――“絶望が始まる”。
666人の人間から放たれた赤黒い煙。
それらが一点に集約していく。
暴れまわる不気味な煙はそのまま両手を広げる奴へと殺到する。
奴はそれを体全体に浴びていく。
海面ギリギリ、そこで傷が完全に治る。
俺は海面を蹴りつけて一気に奴へと飛ぶ。
刀を握りしめて、奴をすぐに始末しようとした。
刺突の構えでそのまま魔力を込めた一撃を放ち――止まる。
「――っ!」
動かない。否、動けない。
刀が微動だにせず、空中で動きが完全に止まらされていた。
力を込めるが、まるで動かない。
俺はたらりと汗を流し――大きく目を見開く。
赤黒い煙が晴れた。
そこには白い筈の部分がどす黒く、黄金の瞳を持つ――男が立っていた。
体の中心には風穴が空いている。
体つきは筋肉質であり、船乗りの装いは一変。
赤い布ようなものを巻いていて、体中にはドクドクと鼓動する金に赤い粒子が駆け巡る文様が広がっていた。
二本の白い角を生やし、黒い髪は背中まで伸ばされている。
顔つきは若干俺に似ている事が俺の心をかき乱す。
堕天使――いや、それを遥かに凌駕している。
ジュダスと同等。もしくはそれ以上の力を感じた。
奴は氷のように冷たい目で俺を見つめる。
奴が纏う空気、奴の立ち振る舞い。
全てが俺に無駄な行動をさせてはくれない。
死を感じる――かつてないほどに強く、とても近く――心が、魂が――“震える”。
下手に動けば死ぬ。
俺でなくとも、仲間たちは確実に死ぬ。
故に、俺はたらりと汗を流しながら奴を睨み――
「――場所を、変えるか」
「――ッ!!」
奴がそう言葉を発した瞬間――体が勢いよく引き伸ばされる。
ぐにゃりとゴムのように伸びていく感覚。
抵抗しようとするも出来ない。
いや、それをする前にこの感覚は止み――地面に立つ。
「……は?」
ばしゃりと水を弾くが、地面だ。
いや、そうじゃない――此処は何処だ?
見た事も無い地形。
いや、空気そのものが地球ではない。
砂浜のような場所であるが、海のようなものも見えている。
砂の山であり、それ以外は何も無い。
空は赤みかかっており、雲のような煙のような何かが薄く広がっていた。
若干重力が軽く感じて空気も薄い。
奴はゆっくりと歩き出す。
裸足のまま砂を踏んでいき……止まる。
「……地球から離れれば……静かなものだな。そう思うだろ? えぇ?」
奴は俺に視線を向ける。
笑ってはいるが、悲しみしか感じない。
こいつは悪魔であり、今、この瞬間に最も警戒すべき対象になった。
奴が本気を出せば俺でも危ういだろう。
が、何故か、奴は俺に言葉を掛けて来る……どういうつもりだ?
俺は何も答えない。
奴はそれを気にする事無く言葉を続ける。
「魔王様は力を欲している。かつての戦いの傷。それが癒えれば……“カミ”に復讐を果たすだろう」
「……神だと? そんなものが本当にいるとでも……っ!」
奴は俺を見つめる。
その視線だけで言葉が詰まった。
奴は静かに息を吐く。
「……理解できないだろう。何も知らないだろう……“何れは、その時が来る”……いや、来ないかもしれないな」
「なに、を、言って」
奴はゆっくりと顔を上げた。
その瞬間に、奴の中から膨大な量の魔力が溢れ出す。
それらは地面に亀裂を走らせて、空気が叫ぶように激しく振動していた。
大地が大きく揺れている。
海が荒れて大波が形成されていた。
奴はゆっくりと両手を広げた。
そうして、無表情で首を僅かに傾けた。
「――此処でお前を殺してしまうかもしれないからな?」
「――!!」
奴の殺気を全身に浴びる。
かつてないほどに強大な殺気だ。
恐怖を感じて心が震えていた。
生まれて初めて――“勝てる気がしない”。
俺は刀を握る。
そうして、大地を蹴りつけて白い炎を纏ったそれを振るった。
渾身の一撃はその余波だけで、迫り来る大波を消し飛ばした――が、奴には効いていない。
首の皮すら切れていない。
奴はジッと俺を見つめて――景色が変わる。
一瞬だ。
一瞬で俺は空を舞っていた。
見れば、下半身が消し飛ばされていた。
血が大量に舞って、俺は高速で空を飛ぶ。
次の瞬間には目の前に奴が躍り出て――奴は薄く笑う。
「今日――お前は死ぬのか?」
「――うるせぇッ!!!!!!」
俺は枷を完全に解く。
全身から白い炎を発しながら、俺は奴へと攻撃を仕掛ける。
俺の斬撃は奴の皮を薄く斬る。
奴はくつくつと笑いながら、空中で無数の光弾を放ってくる。
一発一発が、都市をも滅ぼす威力だろう。
それを刀で切り払いながら、俺は殺気を漲らせて――敵を殺しに空を翔けた。




