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【完結】祓魔師《エクソシスト》は休みたい  作者: うどん


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77/134

077:祓魔師の乱れる胸中

 対魔局カガナ支部――取調室内。


 時刻は午前四時を過ぎて。

 支部内にいた人間は俺たちの要請で飛び起きていた。

 仮眠中の奴らも起こし、他の奴らについても取り調べをさせている。

 可能性は低いが支援部隊の人間やこいつと仲が良い同僚たちなど……まぁこの男が一番怪しい事に変わりはない。


「……」

 

 パイプ椅子に座らされて、手には魔力封じの錠を嵌められた男。

 寝ている時に叩き起こして連れてこられたからか。

 装いは白いシャツに履きなれた黒いズボンだ。

 祓魔師としての階級はロイファーであり。

 出世こそしていないが、年数でいえばベテランと言っても問題はない。

 あの屋敷を含めた担当エリア内の見回りや怪しい場所の調査を担当していた男だ。


 名はデシ・ガートルノ。

 角ばった顔で肌は小麦色に焼けている。

 鋭い目つきであり、黒い髪は刈り上げていた。

 祓魔師というよりは軍人の顔つきであるが、人相からは想像できないほどに人当たりは良い。

 勤務態度は至って真面目であり仲間たちからの評判は良いと。

 年齢は四十八歳であり、悪魔との戦闘経験もそれなりにある。

 祓魔師の中ではそれなりにベテランであり、所有する刻印は“結界”や“付与”か。


 手元にある資料を確認してから、俺は男に視線を向けた。

 男の表情は変わらない。

 入って来た時と同じであり、汗一つ掻くことなく机を見つめている。

 恐れも無ければ、怒りすらも感じられない。

 受け入れているとも言えない表情であり……妙な違和感があるな。


 俺は資料の束を机に置き、静かに手を組んだ。

 

《……ガートルノさん。貴方には聞きたい事が幾つかあります……よろしいですか?》

「……どうぞ、お好きなように」


 奴は顔を上げて、視線を俺に向ける。

 話すように促されて、俺は早速、聞きたい事を質問した。


《先ず初めに、貴方が拘束された理由……それは分かっていますね?》

「……あの屋敷の事ですね……はい、確かに、私はあそこの浄化の要請をしていました。やって来た支援部隊に命令を下したのも私です」

《ならば、最初の質問ですが……何故、貴方は何度も調査をしておきながら、あんな状態の屋敷を放置していたのですか?》


 俺は少しだけ違う言い方をした。

 あたかも男が知りながら、あの屋敷を放置していたような言い方だ。

 すると、男は首を傾げてそれを否定する。


「私はちゃんと支援部隊に命じて……あの場所のケガレを祓わせました。記録にも残っていて、支援部隊の仲間たちもそう報告していた筈ですが」

《……そうですか……では、質問を変えます。あの屋敷で貴方が調査を行った時に、何か違和感を抱きませんでしたか?》

「違和感、ですか……あぁそういえば、やけに屋敷の内部が綺麗な事と……後は、広いと感じたくらいでしょうか……それが何か?」

「……」


 答えの内容は、俺たちが襲われた状況に似ている。

 やけに内部は綺麗で、広さが感じられた。

 この情報だけで言えば、この男が襲われる事無くやり過ごされていたように感じる……が、そうは思えない。


 この男の表情が気に喰わない。

 容疑者として連行された状況で、こいつは眉一つ動かさないのだ。

 まるで、能面のように表情は涼し気で。

 こんな状況になると最初から分かっていたような顔つきだ。


 ……少し趣向を変えるか。


 俺は少し考えてから質問を続ける。


《いえ、直接的な関係はありませんが……そういえば、私の仲間があそこを調査したらしいいのですが……ガートルノさんは気づかれましたか?》

「……何がですか」

《いえ、あそこ調べていれば奇妙なものが出てきましてねぇ……悪魔の死体、なんですが》

「……そうですか。悪魔の死体……奇妙ですね」


 奴はこれでも動じない。

 既に悪魔の死体やら特殊なスークヤントを発見している。

 あの科学の代物もそうであり……だが、此処で不用意に情報をさらけ出すのは危険だ。


 こいつはこの状況で何かを待っている節がある。

 それは恐らく、俺という唯一外の状況が分かる男から情報を聞き出す事だ。

 俺が何処まで知っているかによって、こいつは対応を変える気だろう。


 通常であれば、支援部隊も拘束するのが普通だが。

 支援部隊の配属はすぐに変わるのが常だ。

 長くても五年で、短ければ一年足らずで配属が変わる。

 主に、経験を積んだ人間を激務である場所へと送り。

 若い芽を育てる為に辺境の地へと送る。

 それの繰り返しであり、カガナであればいるのはほとんど若者だ。

 調べた結果によれば、最初に調査と浄化が行われたのは“十年前”だったようだ。

 

 一度目の調査と浄化の作業は問題なく行われていたのだろう。

 報告書を見た限りでは何ら怪しい点は無かった。

 問題なのは二回目からで、これが約二年前に行われていたと記載されていたが。

 支援部隊のメンバー自体は入れ替わっており、此処からの担当が目の前の男になっている。

 報告書に目を通せば、ざっくりとした書き方をしていて。

 最初に担当した部隊とは情報の量があまりにも違い過ぎた。

 が、恐らくこれを受け取った人間は部隊に属する人間たちが経験が浅いからとスルーしたのだろう。

 

 結果からいえば、それが間違いで。

 市民からの相談や現職の人間たちからの報告で、三回目と四回目もほとんど間隔が無く行われた。

 この時点では、違うメンバーを加えたチームでまた浄化が行われたと書かれていた。

 報告書はまた、変わった書き方をしていたが。

 報告書を読んだ人間は実際にその地での異常が確認されなくなったと備考欄に書いていた。

 が、不審に思った祓魔師の要請で五回目の調査と浄化が行われた……それが“五日前”だ。


 この時だけは別の祓魔師が現場に立ち会ったと書かれていた。

 そいつのサインもあり、問題なく作業は完了したと書かれていたが……やはり違和感があった。


 詳しく聞けば、立ち会った人間は当日、体調不良を訴えていたらしい。

 周りは止めていたが、それでも現場に立ち会ったらしい。

 結果、作業の終わりを見届けてから意識を失い。

 そのまま、最寄りの病院に運ばれて……その三日後に意識を取り戻した。


 意識は回復したものの、記憶に関して問題が発生していたようで。

 倒れた際に脳に衝撃を受けた事による“一過性全健忘”と診断されていた。

 実際に、記憶に関しては日が経つにつれて徐々に戻り、その当時の浄化も問題なく完了したと確認されていた。

 つまり、支援部隊が共犯である可能性は限りなく低い……つまり、十中八九がこいつの偽装だ。


 現実的に考えれば、そんな事は出来る筈がない。

 絶対に不可能であり、支援部隊を全員騙す事など無理だが……“可能性が一つだけ存在する”。


 今、俺はカーラにそれを調べて貰っている。

 当たっていれば、こいつが悪魔の協力者であると断定できる。

 が、当たってしまえば……ある意味で、最悪な結果だろうさ。


 俺はカーラから情報が来るまで。

 奴から聞き出せそうな事は聞き出してやろうとしていた。

 だからこそ、屋敷についての事は今は置いておき。

 別の方向から奴について分析しようとした。


《祓魔師としてのキャリアは……確か二十七年でしたか。アメリアでの教育課程を修了し、アメリア内の支部を転々とし……カガナ支部への転属を希望して“二年前”に此処に来たと……どうして、アメリアから遠く離れたカガナへ?》

「……深い理由はありません……ただ、私の体に流れる血はチューバのものなので……変でしょうか?」

《いえ、そんな事はありませんよ》


 チューバの首都カガナ。

 名前からしてチューバの人間だとは思ったが。

 そういう理由であれば、怪しむような点は無い。

 が、明らかに突然すぎる転属希望だ。


 二十年以上もの間、アメリアにて働いていた男が。

 二年前にカガナへの転属を突然希望した。

 その理由が自らの血であるのは……少々、センチな理由を考えてしまう。


 俺は少し考えてからその事について質問した。


《大切な人がいたのですか? 恋人、とか》

「……それは重要な事なのですか? 関係が無いのであれば、答える事は……」

《……そうですね。関係はあまり無いと思います……ただ、同じ祓魔師として貴方の先ほどの言葉が――引っかかったので》

「……嘘をついていると?」

《断言は出来ません……ですが、もっと別の……大切な人間の事を考える人間の目をしていた気がしたので》


 曖昧だ。

 ひどく雑な聞き方だっただろう。

 しかし、こいつの先ほどの言葉に愁いを感じたのは事実だ。


 俺はジッと男の目を見つめる。

 男は無言で俺を見つめえしてきて……小さく笑う。


「……貴方は、取り調べを行うにしては……容疑者に寄り添い過ぎていますね……とても危険だ」

《寄り添いますよ。少なくとも人間で、悪魔と戦っていた仲間であったのならば》

「…………尊敬している人がいました。とても強く、とても美しく……そして、温かだった」


 彼は語る。

 それは祓魔師であり、自分たちにとっては雲の上のような存在だったと。

 ケーニヒであり、その剣技が美しく。

 誰よりも心は真っすぐで、自分たちのような末端の人間の事も気遣ってくれたと。

 世界中の人間はランベルト・ヘルダーの事しか知らなくとも。

 自分たちは彼女のように強く誠実な剣士の事を知っていた。

 彼女も人類を守る存在であり、我々はそんな彼女に深い敬愛を抱いていた、と。


《それは……“白光”ですね》

「……そうですね。白光の名で呼ばれたお方です……実を言えば、私は彼女に何度も会った訳では無いんです……たった数回程度で、そのほとんども会話らしい会話はありませんでした……ですが、彼女の功績は私や私以外の人間もよく知っています。そして、実際に私も彼女によって命を救われた」


 そうだ……アイツは凄い奴だ。

 

 俺なんかとはまるで違う。

 完全なる善性であり、寄付ですらも自分の意志で行っていた。

 休みという休みも無く。

 悪魔事件で被害に遭った街の復興に協力し。

 見返りが無くとも、危険な場所に自ら赴いて多くの人間を救ってきた。

 それは何も、ケーニヒになってからしていた訳じゃない。

 アイツは無名の時代から、ずっとずっと……人類に貢献してきた。


 アイツは俺よりもよっぽど英雄だった。

 眩しいほどに輝いて、常にキラキラとした目をしていた。

 自らの職に誇りを持ち、強くとも弱くとも関係なく多くの人間たちを救っていった女だ。

 俺は不真面目で、善性なんて呼べるものは持ち合わせていなくとも。

 アイツだけは真に人類の矛となり戦い、盾として多くの命を守って来た。


「……貴方も、彼女の事を思っていられたのですね」

「……」


 奴は笑う。

 初めて見せた人間的な優しい笑みで。

 俺は自らが微笑んでいたのだと遅れて気づいた。

 そんな時にインカムからカーラの声が聞こえて来た。

 

《……調査が終わった……読みは当たっていたよ。クソッたれ》

「……」


 俺はカーラの声を聞いて――笑みを消す。


《……残念です。貴方は恐らく、善の側に立つような人だったでしょう……だからこそ、道を踏み外したのなら正さなければならない》

「……何の事でしょうか」


 奴は呆ける。

 俺はしらばっくれる奴に真実を教えた。


《対魔局では様々なボランティア活動が行われています。その中で、献血活動も頻繁に行っています。祓魔師は勿論の事、支援部隊の人間たちには献血を行う事が半ば義務のようにもなっています……理由は分かりますか?》

「……世界中で発生する悪魔事件……その時に、最も大きな問題は輸血用の血が不足する事……ですよね」


 奴はあっさりと答えた。

 それは恐らく、誰もあの装置についてまだ理解できていないと思っているからだろう。

 あの装置を起動するには膨大な量の血が必要になる。

 致死量であり、それを行えば確実に騒ぎが大きくなっている。

 だからこそ、奴は今まさに真実を突きつけられようとしても平然としていられる。


 俺は真顔のまま、種を明かした。


《貴方が指示を出していた支援部隊のメンバーたち。彼らか受け取った血。それら全てが――“不正に売買されていました”》

「……それは、何とも」

《それだけじゃない。あの屋敷にあったもの、そこには微量ではありましたが……支援部隊のメンバーの血痕が残っていました》

「……血痕が……それが、何か? 彼らは今も――“生きている筈”ですが?」

「……ッ!」

 

 俺は歯を強く噛む。

 怒りが溢れて出てきそうだ。

 

 本来であれば、献血で得られた血は。

 そのまま専門の施設に送られる事になっている。

 が、悪魔がいる世界では血というものは高価なものになってしまう。

 対魔局の中には、そういった血をちょろまかし。

 外部の人間と取引をして売りさばく輩もいる。


 何故、取り締まる事が出来ないのか。

 単純だ。管理が雑な上に――全てに目を通し切れていないからだ。


 世界中で悪魔事件は発生している。

 小さくとも何百人に被害が出るようなものが多い中で。

 負傷した人間たちは大量の血を必要とする。

 どんなに血をかき集めようとも、適切な血液製剤を作れる機関は限られている。

 だからこそ、血自体はかなり集まっているものの。

 結果的には製造が間に合わずに、集めたそれらが金集めの道具に利用されている。


 パフォーマンスに近い。

 不満を吐く市民たちを安心させる為に行われるイベントだ。

 根本的な解決には至っていないのに、自分たちはちゃんと行動していると示しているだけだ。

 

 俺も知っていた。

 そうして、何度も上の連中には危険性を説いていた。

 血だけであろうとも、悪魔たちにとっては十分な栄養になってしまう。

 それが場合によっては悪魔たちの力を高める事に繋がる。

 だからこそ、血の管理を見直す事を何度も訴えていた。

 

 が、奴らにとっては金が流れるだけの裏取引をちまちまと潰すよりも。

 悪魔たちを殺す事の方が重要であると考えていたらしい。

 実際に、何度も検挙をしても裏取引を行う輩は後を絶たなかった。

 どんな善人であろうとも、大金を積まれれば目を眩ませる。

 そして、人間の中には悪魔相手に商売をする者も多い。

 力のある権力者が手を回して、行動を抑止していた可能性だってあった。


 考えてもキリがないさ。

 腐っている連中は何処にでもいる。

 どんなに訴えかけても、正しい事が全てじゃない。

 分かっていた。分かっていながらも抗った。

 

 その結果がこれだ。

 まんまと悪魔共に血を利用されていた事になった。


 どんなに惨めだと思うか。

 どんなに歯痒いと思うか。

 欲に目が眩み、他者の命の事など誰も考えない。

 その行動で、どんな結果を招くかなど考えない。

 尻拭いをするのは俺たちで――胸糞が悪いったらありゃしねぇんだよ。

 

 恐らく、人事にも手引きした奴らがいる。

 不正な売買が行われて、それらの血を保管している業者。

 そこに連絡を繋ぎ、必要な人間の血液を確保するまでに掛かる時間はある。

 業者たちは悪魔たちの好みに合ったものを出荷する為に。

 事細かく情報を記載しているからこそ、調べればすぐに保管した血液を輸送する手配は出来る。

 それを円滑にする為には、意図的にこのカガナへと送る支援部隊のメンバーを調整する必要がある。

 配属先を意図的に変える事によって、必要な血液を予め手に入れて――犯行に及んでいた。


「――ッ!!」

 

 俺は耐え切れずに、机を強く叩いた。

 頑丈である筈の机には亀裂が走り、俺は殺気を放ちながらクズを問い詰める。


《あの屋敷に置かれていた装置を、我々が把握していないとでも? 貴方が行った事は簡単だ。支援部隊を引き連れて、彼らをまんまと騙して殺害。そして、予め手に入れていた血液を使って一人一人をあの場で生み出した……クローンの記憶状態は、採取した血の状態によって変化する。故に、手に入った血液と死亡した人間たちの血を混ぜ合わせる事によって……記憶状態が不安定なクローンを貴方は創り出した。貴方はそんな歪な存在たちに仕事は終わったと言い聞かせて帰らせた……付与程度であれば洗脳など出来る筈が無い。が、記憶が不安定な状態の彼らであれば、担当者である貴方の“気持ち”を信じるように仕向ける事は可能だ。後は勝手に脳が記憶を作り出し、若い人間たちは報告書を簡単に済ませてしまう》

「…………貴方は、嘘を言っている…………血液の状態が、何ですか? そもそも、死体は何処に?」


 奴は笑う。

 あぁそうさ。血液の状態に関しては俺の推測だ。

 だが、悪魔たちと戦う仲で、血液にもちゃんとした情報があると知っていた。

 それは科学的に分かるものだけではなく、記憶に関するものも含まれている。

 つまり、鮮度が落ちて劣化をすれば自然と記憶にも穴が出る――簡単なんだろ。

 

 俺は無言で異空間から――腐った死体を出す。


 上半身だけになった蛆の湧いていた死体だ。

 此処に来る前に、探して回収しておいた。

 あの水流でバラバラにならなかったのは奇跡で……きっと、こいつが俺を助けてくれたんだろう。


「……!」

 

 奴はそれを見てぎょっとした顔をする。

 俺はそんな死体の顔に触れて――治癒を使う。


 蘇生は出来なくとも、肉体をある程度まで復元する事は出来る。

 ゆっくりと時間を掛けて死体が蘇生されて行き……終わった。


 ボロボロの皮膚。

 開いた瞼の中には白化した眼球がある。

 口を小さく開けていて、年齢は恐らくは二十代だろう。

 短い金髪に、整った顔立ちで……俺は目につけた小型ディスプレイ越しに死体を見つめる。


 照合が終わり――データベースにある支援部隊所属の青年と一致する。


《……トーマス・ディアス。カガナ支部・第二支援部隊所属……存命であり、現在もカガナにて活動中……で、まだ何か?》


 記憶が曖昧な状態のクローンたち。

 だが、記憶というのは勝手に保管されて行くものだ。

 一年も経てば、穴だらけの記憶は勝手に保管されて。

 当たり前の日常に溶け込んでいく。

 このトーマス・ディアスもオリジナルが死亡しているなどと、クローンは知らない。


 

 奴は俺を見つめて――涙を流す。


 

「貴方は……そうだ。間違いない……ランベルト・ヘルダー様。貴方なのですね?」


 

 奴は感極まったように涙を流す。

 俺は首の装置を切り、魔術によって声を作り出した。

 こんな奴に丁寧な言葉など不要だ。


 俺は死体を丁寧に寝かす。

 そうして、奴の傍に近寄って頭を掴み――机に叩きつける。


「ぐあぁ!?」

「テメェ、何、へらへらしてんだよ……気色、わりいぃんだよ」


 奴の顔を強引に上げる。

 奴は鼻血を噴き出しながら涙を流す。


「……自分のした事は、理解しています。償える罪では、ない事も……でも、それでも。我々には、成すべき事がある、のですッ!」

「それは、何だ? 命を弄んでまで、やりたい事は、何だ?」

「世界の平和。悪魔と人類の無益な争いを終わらせる事です。貴方なら、理解できる――うぐぅ!!?」


 俺は奴の顔面に拳を叩きつけた。

 何をぬかすかと思えば、世界平和であり――くだらねぇな。


「悪魔に、何を吹きこまれたか、知らねぇ。でもな、これだけは、分かる……人間と、悪魔は、分かり合えねぇ、奴らにとって俺たちは餌で、俺たちにとって、奴らは、害虫以下だ。殺し合うしか、ねぇんだよ」

「うがぁ、はぁ、はぁ……そうでしょう。“何も知らない”、貴方なら、そう言うと、思っていた……がはぁ……はぁ、はぁ、ですが、あの方は違う。我々を導く“白き光”は……真に世界の事を……全ての命の、幸福をッ!!」


 奴は血を流しながら目を見開き天を仰ぎ見る。

 そうして、口を大きく開いて――歯をかち鳴らす。


 

「――ッ!!!」


 

 瞬間、俺の背筋が凍り付く。

 結界を展開し――周囲が白い光に包まれた。


 

 凄まじい爆発が発生した。

 咄嗟に両腕に魔力を込めてガードした。

 取調室内は激しい爆炎に包まれる。

 俺は至近距離でその爆発を受けて――結界に背中を強く打ち付けた。


「……」

 

 爆発が収まり、俺は腕を下ろす。

 袖はボロボロであり、焼け焦げた腕の跡から血が滴り落ちる。

 

 部屋の中には支援部隊の人間の死体も、取り調べを受けていた裏切者の姿も無い。

 初めから死ぬ気であり、事件を追って来た人間を道連れにするつもりだったのだろう。

 傷が修復し、俺は魔術によって炎を消す。

 取調室内は黒焦げであり、結界を解除すれば、騒ぎを聞きつけた職員たちが駆け込んできた。


「な、何が?」

「……奴は、黒、だった……すぐに、家を調べろ……犯人は、自爆で、死亡した」

「は、はい!」


 奴らは敬礼する。

 俺はそんな奴らを押しのけて外に出る……世界の平和、か。


 言うに事欠いて夢物語を騙りやがった。

 あり得ない事であり、百パーセントそんな未来は来ない。

 人類が敗北するか、悪魔たちが消えることでしか、結末には至れない。

 人類が悪魔を抹殺するか、悪魔たちが俺たちを従えるかだけだ。


「……」


 廊下を歩いていきながら、走っていく人間たちを掻き分けていく。

 煙草を取り出してから一本を口に咥える。

 そうして、火をつけてから吸う。


 あり得ねぇだろうよ。

 そんなくだらない与太話に――お前が関わっている筈がねぇ。


『うがぁ、はぁ、はぁ……そうでしょう。貴方なら、そう言うと、思っていた……がはぁ……はぁ、はぁ、ですが、あの方は違う。我々を導く“白き光”は……真に世界の事を……全ての命の、幸福をッ!!』

「……くだら、ねぇんだよ……クソが」


 煙草を噛みちぎり、宙を舞うそれを片手で握りつぶす。

 掌に感じる熱で痛みを感じながら――“俺は絶望に抗った”。

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