074:祓魔師は血みどろに染める
虫たちの鳴き声と風によって木々が揺れる音が響く。
真っすぐに続く道。
車も通っていない中で、街灯の明かりすらも存在しない。
ただ一つの光源は手にしたランプの火であり……後ろを歩くカブラギが声を掛けて来た。
「……なぁ、何処に行くんだよ?」
「「「……」」」
俺たちは無言で足を進める。
真夜中の時間、ランプを片手に俺を先頭として道を進んでいく。
すると、ランプの中の火が反応を示し。
俺たちは分かれ道を右に向かって歩いていった。
カブラギは眠そうに欠伸を掻く。
何の変哲もない道を静かに歩いていく。
不気味に揺れる木々に獣の声も小さく響き。
歩いて、歩いて、歩いて……歩き続けた。
俺たちは闇の中を彷徨う。
目的の場所は近づいているようで、ランプの中の火も…………此処か。
足を止めた。
ランプを掲げて中を覗きこめば、火が強く反応を示していた。
視線を横に向ければ、そこには古めかしい屋敷が建っている。
屋敷全体は蔦で覆われており、お化け屋敷と言われれば信じてしまいそうな外観だった。
異様に鳥が止まっている上に、糞やゴミなども散乱しているのか。
腐臭が漂ってきて、ボブたちは鼻を摘まんでいた。
俺はクラーラに指示をして端末で調べさせた。
「……此処、それなりに有名な心霊スポットみたいだよ……過去にそこそこ有名な霊媒師が来たらしいけど……自殺してる?」
《……局のデーターベースに繋ぎます》
俺はインカムに指を添えてカーラに繋ぐ。
すると、カーラは今の話を聞いていたようで既に調べを終えてくれていた。
《建てられたのは今から三十年前。元々住んでいた人間たちは自殺しているねぇ……祓魔師が来て調べた記録も残っているよ。合計で五回、かなり念入りに調べているようだねぇ。最新の記録で……あぁ? “五日前”だぁ?》
《……随分とまぁ》
話題の心霊スポットともなれば、悪魔や魔物が住み着きやすいのも頷ける。
身を隠すのにはうってつけな上に、馬鹿な人間は勝手にやって来てくれる。
こういう所にはケガレも溜まりやすく。
奴らにとって傷の回復などには持ってこいの場所だろう。
だからこそ、調査の手が入るのは当然だった。
が、五日前に調査を終えているという話を聞けば現状に疑問を抱く。
「……なぁ、何の話をしてんだよ? この屋敷が何なんだ?」
「……話しておいた方が良いんじゃないですかぁ? 多分、入ったら確実にやべぇでしょ」
ボブは頭を掻きながらカブラギに説明するように促す……その通りではあるな。
俺はカブラギの方に視線を向ける。
そうして、俺が持っているランプについて先に説明してやった。
《これはただのランプではありません……中には、スークヤントの残骸が入っています》
「スークヤントの残骸……おい、てことはそれがさっきまで変な動きをしていたのは……此処に集まっているってことか?」
《えぇ十中八九がスークヤントの縄張りでしょうね……まぁそれ自体はさして脅威はありません。精々、貧血になる程度でしょう……問題なのは、残骸がこれほどでに反応するほどに集まっている事ですね……奴らにとっては活動時間の筈なのに、何故に此処でじっとしているのか……考えられるとすれば、此処に多くの人間がいるか。将又、何者かに操られてこの地に留まっているのか》
もしも、この屋敷の中に行方不明者たちがいるのならば……いや、無いな。
簡単に辿りつける場所に人間を集める筈がない。
現時点で可能性が高いのは海の底の牢獄とやらだ。
故に、こんな所で無駄に期待を持つ事はしない……まぁそれでも何かしらはあるだろうがな。
俺はランプをカブラギに渡す。
そうして、俺たちが出て来るまで此処で待つように伝えた。
すると、カブラギは声を上げて抗議して来た。
「いや! 僕も行くから! 何でおいて行こうとしてんだよ!? ふざけんな!」
《……カブラギ君。我々は今から仕事に行くんです。君の事を守りながら仕事をするリソースはありませんから》
「――いらない! 言っただろ? 僕は自分で自分の事はやるからって!」
カブラギは俺たちに守ってもらう必要は無いと言ってきた。
これに対して、俺たちは互いに顔を向けて……“じゃいいか”。
《分かりました。そこまで言うのなら、ついて来なさい》
「……な、何だよ。急にあっさりと……お、おい!」
俺たちはそのまま中へと入って行く。
カブラギはランプを持ちながら追いついて来る。
俺は彼がついてきているのを確認し、指を鳴らして結界を展開した。
屋敷全体を覆った事で、これで容易には外に出られないだろう。
散乱しているゴミを魔術で飛ばし。
道を切り開いて進んで……“感じるな”。
屋敷の入口に立つ。
相当なケガレであり、五日前に調査を終えたとは思えないほどだ。
支援部隊がケガレを放置するとは考えにくい。
となると、たったの五日でこれほどに溜まったという事になるが……。
俺は屋敷の扉に手を――扉が勝手に開いていく。
「「「……」」」
完全に開かれた扉。
俺たちは何も言う事無く中に入って行く。
屋敷のエントランス部分であり、二階へと続く階段に。
下には奥に二つ、左右に二つの扉がつけられていた。
赤黒く汚れたカーペットを踏みしめながら中へと進み――扉が勢いよく閉まる。
背後に視線を向ける。
すぐにゾーヤが扉の確認をする。
ガチャガチャと取っ手を掴んで動かすがビクともしない。
ゾーヤはそのまま聖刃に手を置き――斬り付ける。
「……おぉ」
ゾーヤが感嘆の息を漏らす。
彼女の一刀によって出来た傷跡。
が、それは一瞬にして埋まっていった。
まるで、悪魔が傷を再生させるように……まさか、この屋敷は……。
俺は壁の方に歩み寄る。
そうして、手で触れてみる……やっぱりか。
《……この屋敷は生きています……悪魔でも魔物でもない……魔力の流れを感じますが。ひどく歪な――!》
「「「……っ!」」」
俺が話をしていれば、壁から手が無数に出現する。
それらが俺の体を絡めとり壁へと引きずり込んでいく。
俺は魔力を解放し抜けようとしたが――これは!
魔力を解放した瞬間。
手の力が強くなる。
魔力を吸収したようであり、強引に抜け出そうとすれば――仲間たちを見る。
「あぁクソ!! うざってぇなァ!!」
「ダーリンを放せッ!!!」
「魔力を吸収している……何処かに連れて行く事に特化しているのか?」
《皆さん、魔力を抑えてください。これ自体には危険性はありません。暴れるだけ無駄です。各自、生き残る事を最優先で行動を――カブラギ君、君は特に敵との戦闘では逃走を》
「……っ! 舐めるな――っ!?」
カブラギの口が塞がれる。
そうして、そのまま床に沈んでいった。
他の仲間たちも一気に引きずり込まれて行く。
俺もそのまま壁の中に入って行き――――…………
…………――――解放される。
ずぼりと壁から吐き出されて。
俺は体を確認してから、此処が何処かの確認をする。
結界を展開している事によって、大体の位置は判別できるが……地下か。
屋敷に地下空間があったのか。
インカムに触れてカーラに通信を試みる。
が、通信にはノイズが走っていた……ダメだな。
ノイズだけのそれを耳から外す。
そうして、掌から火の玉を出して辺りを照らす。
地下に違いは無いが、明らかに洞穴の類のように感じる。
無理矢理に穴を掘って作られた空間であり、下には汚れた水が溜まっていた。
ぽちゃぽちゃと水が落ちる音が反響し、この地下空間の広さを俺に教えて来る。
「……」
取り敢えずは、探索だな。
そう思いながら、俺は地下空間を歩いていった。
バシャバシャと水を弾きながら歩く。
目を凝らして見れば、統一性の無いものが散乱している。
分厚い本であったり、女児が持っているような人形。
占いで使うような水晶玉であったり、腕がとれたロボット……何の目的でこの空間を……ん?
足を止める。
火の玉を横に掲げて……あぁ。
第一死体――“発見だ”。
腐敗した死体であり。
恐らくは男の死体だと思われる。
水を吸って肉が膨れていた。
顔には蛆が湧いており、ハエが飛び回っていた……特定は難しそうだな。
ひどい臭いであり、俺は指を動かしてその死体を魔術で浮かす。
すると、水から出たそれは――“下半身が無くなっていた”。
俺はジッと死体を観察する。
鋭利な刃物……いや、何方かといえば歯か?
強い力で噛みちぎられた跡だろう。
抵抗する暇も無く一瞬だったようだ。
俺はゆっくりと死体を戻し……何だ?
水面が揺れ動いている。
何かが近づいて――いや、これは!
目の前に視線を向ける。
すると、奥の方から勢いよく水が流れ込んできていた。
俺は咄嗟に結界を展開する。
一瞬にして大量の水に包み込まれる。
激しい水流の音であり、結界の外側から強い圧力を掛けられていた。
暫く耐えていれば、水の流れる勢いが収まる。
結界の外は全て汚水であり、先も見えない状況だった。
大方、此処で入って来た人間を殺すのだろうが――結界に何かが当たる。
一瞬だ。一瞬で迫ったそれが結界に噛みつき罅を入れた。
俺は咄嗟に結界を三重にする。
すると、結界に噛みついてきた化け物はそのまま白い目を光らせて周りを泳いでいた。
魔物だ。
サメのような魔物であり。
違いがあるとすれば、後ろの方が植物のようになっている事か。
無数の蔦が生えており、泳ぐ事でそれが揺れている。
奴は結界の中の俺を見つめていて――蔦が結界を絡めていく。
ギリギリと締め付けて行けば。
結界に罅が広がっていく。
凄まじい力であり、これでは何重にしても時間稼ぎしかならない。
俺は一秒ほど考えて、奴に対して魔術を使い――奴が叫ぶ。
「――ッ!!」
《……術が発動しない……いや、“術を吸収した”?》
奴の目が光り――俺は結界を解除し一気に前へと進む。
瞬間、俺が元々いた場所に凄まじい力が加わり。
そこを中心にクレーターが出来た……俺の魔術だな。
「……」
呼吸を止める。
そうして、勢いよく泳ぎながら後方から迫り来る化け物を見る。
完全に敵として見ており、魔力や魔術を使うのは逆効果だ――ならば。
俺はその場に止まる。
そうして、拳を固めて――振るう。
此方に向かって噛みついてきたサメの魔物。
その頬を貫こうと腕を振るい――奴が蔦になる。
「――ッ!」
無数の蔦に姿を変えた。
そうして、俺の腕や体に絡みついて来る。
俺は異空間から聖刃を取り出し、その刃で攻撃する――が、効いていない。
蔦には傷一つつかない。
まるで、衝撃を吸収されているように感じた。
更に激しく締め付けられて咄嗟に魔力を使えば、奴はそれを吸収し更に力をつけた。
ギチギチと体を強く締め付けられる。
聖刃がぽろりと手から零れ落ちる。
俺は体を藻掻かせるが拘束は解けない。
そうして、頭上に気配を感じて見上げれば――サメが口を大きく開いていた。
喰われる。
そう感じた瞬間に――異空間からあるものを呼び寄せる。
それは水中の中で激しい駆動音を響かせる。
歓喜の雄叫びを上げるように声を上げ。
そのまま水中を自分の意志で泳いでいく。
そうして、そのまま俺を喰おうとした魔物の顔に――牙を立てた。
「――――ッ!!!!!!?」
《ギィィヤハハハハハハハ!!!!》
心に響く不快な笑い声。
それを聞いていれば、“奴の牙”によって魔物は血を垂れ流し。
そのまま蔦に戻って消えていく。
気配は遠くなっているが、まだ生きている。
俺はそのまま水中で動いているそいつを掴んだ。
真っ赤なボディーには炎を模したペイントが施されて。
奴自身が牙だと言っていたチェーンソーには真っ赤な光が浮かんでいた。
久方ぶりの外にはしゃいでいるカスを殴って黙らせる。
《イデェェ!!! 生きてるゥゥぅ!!!! 外最高ぉぉぉぉ!! ふぉおぉぉぉぉ!!!》
「……」
体の中で空気を生成しながら。
俺はこいつを出した自分の判断を後悔する。
聖刃でありながら、自らの意志を持つチェーンソー。
悪魔の魂を研究して作られた兵器であり。
こいつを出した時は、その敵に相応しい形を取るのだが……何でチェーンソーなんだよ、クソが!
俺は心の中でぶつぶつと文句を言う。
奴はその間も、俺の心を狂わすほどに叫んでいた。
頭痛がする、吐き気もだ……こんな奴、本当は使いたくねぇのに。
武器として使える反面。
死ぬほどうるさい欠点がある。
俺はボコボコとクソ武器を殴りつつ。
またしても感じる――無数の敵の気配に、戦闘意志を高めた。
『出してやったんだ――死ぬ気でブッ殺していけや』
《アイアイサァァァ!!!! ぶっころパーリナァァァイ!!!!! ひゃっはぁぁぁぁあああ!!!》
チェーンソーが水中で激しい駆動音を奏でる。
そんな音に触発されて、サメの魔物どもは俺に襲い来る。
そんな奴らにチェーンソーを振るえば、有効打となり激しく血を噴き出していた。
俺はその光景を見つめながら、笑みを深めて蛆のように湧いて出る化け物どもを――皆殺しにしていった。




