072:祓魔師の嗅覚は間違えない
小部屋に移動し、二人と作戦会議を開く。
二人はだらだらと汗を流しながら大いに焦っていた。
「ど、どうするんですか? 食王様を置いて来ちゃいましたけど」
「……私が隙を見て様子を見て来る。二人は何とか頑張って」
「え、エルナさん? も、もしかして一人で逃げる気じゃ……?」
「そ、そんな事しない。本当だから、この目を見て!」
エルナはきらきらとした瞳を俺たちに向ける。
俺は静かに頷き、エルナに奴の事は任せる事にした。
エゴンは口を開いて固まっている。
すると、側近たちが扉をノックして来た。
「食王様、ゲストの方々がお待ちです」
《……じゃ、私は行ってきます。エゴン君は、私の指示通り“他の客たちを外へ連れて行ってください”》
「え、えっと。食王様の粋な計らいで山の風景を眺めながらのバーベキューですね……え、何で?」
エゴンは改めて俺の指示を聞いて首を傾げる。
俺はそんな奴を無視して、料理人の姿のまま部屋を出る。
すると、側近たちが俺を見ながら驚いていた……何だよ?
「あ、すみません……その、食王様は何時も、あの格好でしたので……ちょっと驚いています」
《……偶にはこういう装いもいいものですよ》
俺は適当に嘘をついて歩いていく。
すると、広々としたフロアの中心にある白いクロスが敷かれたテーブルの前に派手なメイクの輩が座っていた。
明らかに男のような姿だが、これでもかと厚化粧の上に香水の臭いで鼻が曲がりそうだ。
長い金髪は縦ロールのようにし、貴族とでもいいたげな真っ赤な軍服のようなものを着こんでいる。
奴はやって来た俺を見てキッと睨んできた。
「……アァタが、かの有名な食王でございますか?」
《はい、そうです》
「……ふっ、美しさは微塵も感じませんが……えぇ、期待しているとだけお伝えしておきますよ。何でも、世界のあらゆる食を知り尽くしているそうじゃございませんか。そんなアァタが御作りになる料理……このアァタクシを満足させてくれるのでしょうねぇ?」
《ご期待に沿えるよう全力を尽くします》
「……ふぅん、結構……では、アァタクシは此処で待っていますよぉ」
奴は扇子を広げてパタパタと仰ぐ。
風に乗って不快な臭いが漂ってくるが我慢する。
そうして、俺は早速、料理を作りに厨房へと向かった。
「ななななな、何ですのぉコオォレは!!?」
《のり弁でございます。醤油をかけてお召し上がりください》
「ふざけんじゃないわよぉぉぉぉ!!!?」
フルコースを出すように言われて。
俺はそれはもう自分の中で思い浮かべたフルコースを出しまくった。
度数の高いスピリタスから始まり。
オードブルのサザエのつぼ焼き。
ワカメがたっぷりの味噌汁に続き、丸干しだ。
ソルベは分からなかったからかき氷を出して。
肉料理は豚の生姜焼きだ。
コーヒーは拘って、本格的なエスプレッソに仕上げて。
フルーツはリンゴを丸ごとお出しした。
ケーキは作り方が分からなかったので、適当にあった煎餅を出しておいた。
そうして、面倒になってきたので最後はクック〇ッドで見て旨そうだと思ったのり弁を出してやった。
ほかほかのご飯をアルマイトの弁当箱にぎっちりと詰めて。
その上にパリパリの焼きのりを乗せてから。
醤油ボトルの中の醤油を好きなだけ掛ければ完成だ。
さぁ食えと手で伝えれば、奴は顔を真っ赤にして吠える。
「アァタ!! 料理を何だと思ってるの!!? このアァタクシを誰だと思って!!? 伝説の料理人百人に選ばれしブルーベル・ヨーデルよ!!! お店は常に大繁盛で、予約は二十年先までぎっちり!!! 神の舌を持つとまで言われたこのアァタクシにこんな、こんな――恥を知りなさい!!!」
奴はそう言ってコップに入った水を俺に掛ける。
俺は顔を水で濡らしながらにこやかに笑う。
《……申し訳ありませんでした。私としましては、ヨーデル様に普段は食べないであろう家庭的な料理を堪能して欲しいと思っていましたので……もう一度。後一品で良いので、この私にチャンスを頂けないでしょうか?》
俺は普段は絶対にやらないほどに低姿勢で話す。
すると、食王とまで言われている男が畏まっている姿を見て。
奴は気分を良くしたのかセンスで顔の下半分を隠し目を細める。
「……わぁかりました。そこまでおっしゃるのであれば……ただし、その一度も禄でも無ければ……貴方も、この城も。このアァタクシの力で地の底に沈むと心得てくださいね?」
《えぇ勿論です……それでは、早速、御作りしてきますので。少々、お待ちを》
「……ふん」
俺はお辞儀をしてから去っていく……はぁ。
そろそろ疲れて来た。
“演技をする”のも楽じゃない。
元々、こんな事をするつもりは毛頭なかったが……“見つけてしまったから仕方ない”。
《お待たせしました》
「……ふぅん。時間をたぁぁっぷりと使ったようですけど……うぅん? 匂いは……良さそうねぇ」
俺は皿に蓋を被せたものを運んできた。
それを奴の前に置き、俺は蓋を静かに取った。
すると、奴は目を大きく見開いて驚いていた。
「こ、コォレは……な、何よ!? ただのステーキじゃない!! 何処まで私の事をォォ!!」
《まぁまぁ、そうおっしゃらず。食べてみてくださいよ》
俺はそう言いながら、早く食べろと伝える。
すると、奴は歯ぎしりをしながらも。
料理人として目の前の料理を食べる選択肢を取った。
ナイフとフォークを取り。
明らかに焼き過ぎであるその肉を切っていく。
そうして、一切れをフォークで刺しながらゆっくりと口に運び――奴は大きく目を見開く。
「な、何よコォレは……美味すぎじゃないッ!!?」
《はは、そうですか》
奴は満面の笑みで肉を頬張っていく。
食べる手は止まらず。
遂には化けの皮が剥がれて手で掴んで肉をぺろりと平らげた。
ちゅぱちゅぱと指を舐めとり……ハッとした様子で咳ばらいをする。
「よ、良かったわ。最後の逸品は、正に……食王にしか出せない品でしたわ」
《そう言って頂けて恐悦至極にございます》
「……それで、聞きたい事があるのですが……この料理はどうやって御作りに?」
奴は笑みを浮かべながら質問してきた。
俺は困ったような顔をして企業秘密であると伝える。
すると、奴は何度も頷きそれはそうだと納得していた。
「えぇ、そうでしょう。アレほどの品を簡単に教えられる筈がございませんものねぇ。アァタクシでしたら? 絶対に教えませんもの」
《ご理解いただいたようで良かったです。それでは、本日は」
「えぇ、えぇ。だからこそ――頂いてしまいましょうかぁぁ」
奴はにたりと笑い――術を発動させる。
一瞬にして、俺の体は石のように固まる。
身動き一つ出来ない状態だ。
奴はくつくつと笑いながら、べろりと長い舌を出して俺の頬を舐める。
「あぁあぁ、醜い……でも、アァナタの知識と経験は実に美しぃ。このアァタクシが更なる高みに立ち、人間どもを欺くのに相応しいものを持っているわぁ……頂戴。貴方の食の記憶も知識も経験も技術も――ぜぇぇぇんぶ、私が食べちゃうわぁぁぁぁ」
奴は大きく口を開く。
俺はそんな奴を笑い――拘束を解く。
「へ?」
呆けるクズの顔を片手で掴み。
逆に拘束する。
奴は目を大きく見開きながら俺の拘束から逃れようとする。
が、俺の拘束には罅すらも入らない……ネームド程度の実力だな。
俺は拳を固める。
そうして、奴の腹を――殴る。
「ぐぼあぁぁぁ!!?」
《汚いですね》
奴のゲロが顔に掛かりそうになる。
咄嗟に結界を張ってそれを防いだ。
風の魔術でそれを払いのけて。
俺は更に奴の腹を殴りつけた。
奴は血反吐を吐きながら、俺に殴るのを止めるように懇願する。
「な、何で。どうして……え、エクソシストに、ば、ばれる訳……」
《あぁ確かに貴方の擬態は完璧でした。普通に過ごしていればバレないほどには、ブルーベル・ヨーデルになり切れていましたよ》
恐らく、ブルーベルなる人物は実在する。
そして、この悪魔がその存在の知識や技量を完璧に真似できているのであれば。
本物は生きたままの状態で何処かに監禁されている可能性が高い。
悪魔如きが人間の食文化を真似る事など出来る筈が無い。
ましてや、神の舌とは程遠いのだからな。
そんなこいつが百人に選ばれているのであれば、ヨーデルそのものをコピーしている可能性がある。
つまり、こいつは皮だけの擬態では無く。
ヨーデルそのものになり切っているのだ。
魂の複製ほどのレベルではないにしろ。
感覚などを近づける程度の事は出来ていたようだが……最後の料理を食った反応で確信した。
《最後の料理に、何が入っていたか分かりますか? ヒントはソースです》
「そ、ソース? そ、それは……いや、まさか!?」
《えぇ気づいたようですね――私の血ですよ?》
俺は種明かしをする。
今までフルコースとも呼べない料理を出していたのは。
全てはこいつを油断させる為だった。
繊細とは程遠い濃い味の料理を出し続ける中で、最後の料理に期待を持たせて。
出てきたのがただのステーキだと落胆させてから。
食べる事によって人間ではないこいつ自身の味覚を刺激した。
その結果、ブルーベルでは拒絶するであろう品をこいつは絶賛した。
《入ってきた瞬間に、何となくいるとは思いましたが……まさか、こうも人間社会に溶け込んでいたとは》
「ゆ、ゆるして……わ、私がこの世で最も美味しいものを……そ、そうだ! 知識! 全てあげるわ!! どう!? ブルーベル・ヨーデルの人生よ!!? これ以上のものは――おごぉ!!?」
俺はぎゃあぎゃあと喚く悪魔の腹を強く殴る。
奴は目玉を飛び出すほどに痛みを訴えていた。
《人の人生を貴方が勝手に譲渡するなど――おこがましいんですよ》
「ひ、ひぃぃぃ!!!?」
既にこの建物にいる人間は避難させている。
万が一を想定していたが、こうもあっさりと捕らえられた。
俺はくつくつと笑いながら、本物のブルーベル・ヨーデルの居場所を聞き出す為に“楽しい拷問”の時間を始めた――
◇
「……」
悪魔をボコボコにし、知りたい事を全て聞き出した。
本物のブルーベルの居場所と、奴の能力の正体。
能力自体はシンプルなものであり、相手の頭にかぶりついて知識などを吸い上げるだけのものだ。
定期的に吸い上げなければボロが出るもののようで。
思った通り、自由を奪った状態で本物を拘束していたようだった。
今回、三千世界に来たのも。
食王に接触し、その知識や経験を奪うつもりだったらしい。
適当に褒めてから奴を誰もいない場所に連れ出し。
事故を装って奴を誘拐する算段だった……“運が良かった”よ、マジで。
「……」
外に出て、煙草に火をつける。
時刻は既に夜であるが、パトカーやら何やらで明るいったらありゃしない。
祓魔師もかけつけている上に、支援部隊が人の出入りを制限している状態だ。
俺がいるのはガキどもを待っているからで……はぁぁ。
美味いものが食えると思っていたのに……何で行く先々で悪魔に出会うんだろうなぁ。
嫌になる。
が、悪魔を見つけたお陰で救えた命があるのも事実だ。
鬼畜眼鏡からは先ほど連絡があり。
ブルーベルの屋敷の地下室にて監禁されていた本物を発見したらしい。
ひどく衰弱し薬物によって思考能力も奪われていたらしいが。
順調にいけば、一月ほどで日常生活を送れるほどには回復するらしい。
俺は取り敢えずは胸を撫でおろし……来たか。
支援部隊からの質問が終わったのだろう。
食王が“服を着た状態”で、側近を連れて俺の前に現れた。
俺はすぐに煙草を握りつぶしてから、彼の前に立ち――静かに頭を下げた。
「え!?」
《……今までの非礼をお詫びします。そして、貴方の名を騙った事も謝罪させてください……本当に申し訳ありませんでした》
側近たちが驚く。
俺は機械音声で自らの言葉を伝える。
頭なんか下げたくない……が、悪い事をしたのは事実だ。
あの場で悪魔がいると伝えても信じてくれる可能性は低かった。
食王という存在が襲われる可能性が最も高かったからこそ。
彼の意識を奪い気絶させて、俺が成り代わる事が一番安全だと思った。
だからこそ、説明する事もせずに無礼な態度を取って……ま、それでもダメな事はダメだ。
ケジメはつける。
そう思いながら頭を下げていれば……肩に手を置かれた。
「……良い。全て許す……我が城を。そして、我が宝を守ってくれた事……心から感謝する」
顔を上げれば食王は微笑んでいた。
罰を与えないようであり、それには少し不服を感じた。
……まぁロッカーの中に蹴ってぶち込んだ事を伝えてもいいが……よしとこう。
「「――先生!」」
声がした。
視線を向ければ、解放されたエルナとエゴンが遠くから手を振っていた。
俺は手を振り返し、用は済んだからと帰ろうとした。
すると、食王は待ったを掛けてから紙切れを俺に渡して来る……これは?
「……死ぬような目には遭った……が、余はとても驚いた……故に、約束通り褒美を与える……その場所に、お前が求める美食を作れる男がいる……ジン・カワシタの血を受け継ぎし料理人だ」
「……!」
ジン・カワシタの名が出た。
俺はそれに驚き紙に視線を向ける……まさか、子孫がいたのか。
食王はばさりとローブを翻し去っていく。
片手を上げながら、言葉を送って来た。
「多芸な祓魔師よ。もし、仕事が欲しければ何時でも来るがいい――待っているぞ」
《……考えておきます》
俺はくすりと笑う。
そうして、紙をポケットに……ん? この場所は……。
聞いたことのある地名だ。
そう思いながら――声が響く。
「「先生!」」
《……帰りましょうか。もう遅いですし……何か食べていきましょう。リクエストはありますか?》
「え!? えっと……に、肉とか?」
「なら、焼肉にすべき。良い店を知ってる!」
《それでは、エルナさんに道案内は任せましょう。さ、背中に乗ってください》
俺は腰を屈めて背中を向ける。
二人は顔を見合わせて、支援部隊からとの話し合いはないのかと心配して来た……あぁ。
《もう済みましたよ。“上の人”と先に話しましたから》
「「……?」」
二人は首を傾げる。
俺は眉を下げながら、早く乗るように促す。
すると、二人は慌てて背中に乗って来た。
俺は帰りは安全に、少しだけゆっくりと走っていく。
それでも二人は俺にしがみついていて全身に風を感じているようだった。
生徒との外食になると思っていたが。
結局は悪魔による事件が発生した。
自分という存在が災害を引き起こす渦のように感じるが……まぁいいさ。
渦なら渦で、全てを呑み込み消し去ってやる。
俺の仕事は悪魔を殺す事で、この世から悪魔を駆逐する事が使命ってやつだ。
まぁ本当に全てを悪魔をぶっ殺したら仕事は無くなっちまうだろうが、それが仕事だから仕方がない。
もしも、この世から悪魔を駆逐できたのなら……そうだな。
教師でも、料理人でも――探してなってやるさ。
呪いによって苦しめられたが。
今日の事でまた一つ小さな幸せが見つかった気がする。
悪魔を駆逐する。そして、その先の未来で、新たな人生を歩む。
何時か来ればいい。
少なくとも、こいつらが生きている内にそうなったらいい。
俺はそんな事を考えながら、生徒たちのはしゃぐ声を聞いて静かに口角を上げた。




