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【完結】祓魔師《エクソシスト》は休みたい  作者: うどん


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069:祓魔師は狂っている

 狭苦しい部屋の中で、紫煙を吐く音が聞こえる。

 大きな口でキセルからゆっくりと煙を吸う男。

 静かにそれを吐き出してから、灰皿に燃えカスを捨てる。

 そうして、彼は目を細めながら俺のカルテを見つめて……ため息を零した。

 

「……正直に言おう……これは私の手に負えるものじゅないよ」

《そうですか。なら、結構です》


 目の前でカルテを見つめる男。

 ハゲ頭に髭を生やした小人のような男。

 蛙のようなのっぺりとした面であるが、資格を持つ医者だ……因みに名のある聖職者でもある。

 

 ……まぁ専門は外科でも内科でも無いがな。

 

 呪いの解呪を本業とし。

 数多くの呪いの研究と解明に貢献してきた名医。

 祓魔師の中では、“ガマ仙人”と呼ばれている。

 ライツでも三本の指に入るほどの――“解呪医”だ。


 白衣の小人は俺の言葉を聞いて片方の眉を上げる。

 そうして、それならどうするのかと聞いて来る。

 俺は立ちあがり、彼に対して一言言う。


《考えがあります》

「……そうか……はぁ、君は何時も何時も厄介なものを私に見せるが……その度に、私なんぞはまだまだ何だと気づかされるよ……薬を出す。もしも、苦痛に耐えられなければそれを一日一錠だけ飲みなさい。何も考えられなくなるが……苦痛も感じなくなるだろう」

《必要ないと思いますが……頂いておきます。ありがとうございました》


 俺はそれだけ伝えて診察室を出る。



 


「……っ」

 

 薬を受け取り、外へと出た。

 強烈な光が俺を襲う。

 

 日差しが眩し過ぎる。

 普段の何十倍にもその熱を感じる。

 肌は焼けるほどの痛みを発し、喉はカラカラで。

 腹は鳴らないが空腹を訴えてきており。

 気が狂いそうなほどの苦痛を感じさせられていた。

 自然と殺気は漏れ出し、目も血走っているような気がする。

 あの女の姿をした悪魔の呪いは相当に厄介だと改めて思った。


「……」


 俺は小さくため息を吐き道を歩いていく。


 解呪医から説明された話では。

 俺が受けた呪いはかなり高度で複雑怪奇なもので。

 普通の呪いとは違い、俺の魂へと干渉し。

 無理矢理にこの体に染み込んでいると彼は言っていた。


 普通の呪いであれば俺でも解ける。

 難しいものであっても、あの男であれば解呪は可能だろう。

 そう思っていたが、これを解呪しようとする事はかなりの危険が伴う。

 死ぬだけならまだいいが、魂に干渉しているものだからか。

 強引に剥がそうとすれば、魂そのものが損傷する可能性があるらしい。


 ……あの時、首を噛まれた時に植え付けられたんだろうが……クソ、しくじったな。

 

 すぐに枷を解いた判断をしたのは正解だったが。

 まさか、完全に気配を殺した上で隙を狙っている奴がいるとはな。

 相当な手練れであり、他の奴らも俺の集中を集めるほどの存在だと認めざるを得ない。


 ……敵については分かっている……だが、問題はやっぱりこの呪いだろうよ。

 

 如何にあの男であろうとも、百パーセントの安全は保障できないと言っていた。

 そして、俺の場合、魂の数パーセントであろうとも損傷すればどうなるかは分からない。

 不滅の呪いがどうなるかも、俺の肉体そのものがどう変化するかも分からない。


『お前の体は……謂わば爆弾だ。それも星を破壊するだけの威力のあるやつだ……呪いを解除するという事は、お前の爆弾を起爆しないように細心の注意を払いながら炎の中でいじくりまわすようなもの……つまり、触ればどの道、ドカンと逝くものだね……まぁそもそも、私でもなければ、そもそもお前の体を調べたいという物好きもそうはいないだろうな』

「……」


 仙人の言葉を思い出す……爆弾とはよく言ったものだ。

 

 不滅の呪いは解呪が完全に不可能なレベルの呪いで。

 今回、あのクソ悪魔から受けた呪いも数段落ちるとはいえ。

 解呪をするのは危険だと判断されるレベルのものだ……クソが。


 イライラが何時もの何十倍にも感じる。

 これも呪いの効果であり、解呪医が言うには。

 この呪いは受けた人間の“負の感覚”を増加させるものらしい。


 擦り傷であれば、腕が欠損したようなレベルのものになり。

 一日の食事を抜く程度の空腹は、まるで一月以上、飲まず食わずでいたようなものになる。

 少しのムカッとする感覚も、親兄弟を殺されたレベルの怒りに増幅し……すげぇムカムカする。


 殺気が出ており、すれ違う人間は体を震わせて俺を見てきていた。

 そんな視線にさえも、我慢が利かないほどの怒りを覚える。

 

 今歩いている最中にも。

 飢餓も苛立ちも何十倍にも膨れ上がっているのだ。

 耐えられているのが奇跡だと言われたが。

 別に耐えられている訳ではない。

 今も気を抜けば、力を解放し全てを破壊したいという衝動が心の中で渦巻いている。

 道端に転がる空き缶ですらも、口に入れたいという衝動もある。

 他人のゲロであろうとも、飲み干してしまいそうだった……かなり危険だな。


 解呪医はどの程度に膨れ上がるのか正確な値は分からないと言っていたが。

 一月も経てば、“最低でも”何百年分の苦しみに匹敵すると忠告して来た。

 だからこそ、一時的に廃人のようになってしまう危険性の高い薬を俺に処方して来た。


 それを使えば、何も考えられなくなる肉人形と化すが。

 確かに、苦痛からは解放されるだろう……使う訳ねぇけどな。


 恐らくは、苦痛によって俺が世界を滅ぼすとでも思っているのか。

 そうなる前に、自分自身の手で終わらせろと。

 いや、そういう訳では無いと思うが……呪いのせいだな。


 苛立ちが積もり、また勝手に舌を鳴らす。

 仙人は単純に、呪いを解除する方法を見つけるまで。

 耐えがたい苦痛から一時的に逃がそうとしてくれている。

 対面では手に負えないと言ったが、それであの男が諦めるたまではない事は俺も知っている……まぁ不滅の方はマジで諦めてそうだけどな。

 

 仙人の気遣いはありがたいが、それでもこいつを使うという選択肢は“今の所”ない。

 こんなものを一度でも服用しようものなら悪魔たちの思い通りだ。

 奴らの狙いは俺の抹殺であり、俺が苦痛を孕めば孕むほどにほくそ笑む。

 肉体が殺せないのならば、心を殺してしまおうという事だろう。

 陰湿さも此処まで極められれれば、どんな悪事であろうともかわいく思えてしまう……いや、全く可愛くは無い。


 解呪医が言うには。

 これを解消する方法はほぼ無いと言う。

 絶え間なく飯を口に入れて、喉を潤そうとも。

 一時的に緩和されるだけで、すぐに更に何十倍にもなって飢えが襲う。

 つまり、中途半端な食事などは返って逆効果らしい。


 ……が、何も食わない訳にもいかねぇ……はぁぁぁ、ガキ共の事はどうすっかなぁ。


 頭を乱暴に掻く。

 皮膚を爪で掻くだけでも激痛だが。

 ある意味で怒りが痛みによって和らげている気がする……たぶん。


 こんな状態で教鞭を振るえば、力のセーブを誤る可能性がある。

 故に、クルト君に連絡をして暫くは任せておこう。

 校長にも事情は話せないものの、それとなく行けない事を伝える。

 彼らに甘えてばかりで申し訳ないが……“悪魔をおびき出す”までだな。


 奴らは何もずっと待つわけではない。

 どんなに心を殺そうとも、俺が生きている限り奴らに安寧の日は訪れない。

 最後は確実に俺を殺し死体を喰らう為にやって来るだろう。

 そこが殺すタイミングであり……その為に、やる事がある。


 かなりのリスクであり。

 万が一にも失敗すれば無事では済まないが。

 それだけの危険を冒さなければ、あの悪魔たちは欺けない。

 

 

 穢れた黒い羽を生やし、人間に酷似した姿。

 見たものを狂わす魔性を秘めた奴らは――“堕天使”だ。


 

 特殊な個体であり。

 情報もあまり残っていない奴らだ。

 危険度で言えば、ネームド個体よりも遥かに上だ。

 まず間違いなく、ダーメでは相手にならず。

 ケーニヒであろうとも死を覚悟するほどの存在たちだ。


 そんな奴らが俺の前に姿を晒し。

 手の込んだ事をして呪いを植え込んできやがった。

 それはつまり、奴らも相当に焦っているという事だろう。

 奴らの王が貴重な戦力を送り出したのなら、マジで俺を殺しに来ているという事だ。

 生半可な覚悟では、奴らを誘い出す事は出来ない。


 

 

 ――“確実に、奴らが安心する状況を生み出す”。

 

 ――“俺という存在が殺せると認識させなければならない”。


 

 

「……」


 食事はこんな状態ではダメだ。

 “俺自身”は食わない方が良い。

 此処から先は地獄であり、後は”俺”に――任せよう。


 そう考えて、俺は家を目指して歩いていく。

 殺気を消すのに一苦労であり。

 俺は舌打ちをしそうになるのを必死で我慢した。



 ◇



「……」


 異空間へと“処理をしたもの”を入れる。

 全てのものが入れば、ようやくひと段落したと息を吐く。

 少しの行動でもかなりの負荷であり。

 汗に塗れていて、危険なレベルの飢えで苦しんでいた。

 が、表面上にはそれを出す事はしない。


 俺はそのまま結界を維持したまま。

 壁などにつけておいた“ブルーシート”などを剥がしていく。

 部屋全体に張ったブルーシートにはおびただしい量の血が付着している。

 ひどい臭いであり、マスクをつけていなければ吐き出していたかもしれない。

 そんな中でも淡々とブルーシートを取り、一瞬で魔術で燃やす。

 そうして、全てのブルーシートを燃やし。

 そのままつけていたビニールのエプロンなども外して燃やしておいた……ふぅ。


 かなりしんどい。

 まだ数日だというのに……限界を感じるほどだ。


 そんな中で、俺はふらふらと歩き椅子に座る。

 そうして、置いておいた瓶ビールを掴み栓を抜き放ち――ラッパ飲みする。


「――」


 喉を鳴らしながら勢いよく飲んでいく。

 ものの数秒で中身は空になり、俺は行儀が悪く舌を出して瓶を振っていた。

 一瞬にして飲み干し、一瞬だけ満たされたように感じたが……だめ、だな……っ。


 すぐに飢えが戻る。

 喉の渇きはより悪化し。

 腹は穴が開きそうなほどにものを要求してくる。

 俺はそのまま冷蔵庫へと近づき、中身を取り出していった。


 シビレマメの袋を開ける。

 そうして、皿にもりつけてレンジに放り込む。

 食べ残していた総菜などのラップを剥がし。

 素手でそれを摘まみ上げて、冷え切っていそれを食べた。

 酒も取り出して飲んでいく。


 食って、飲んで、食って、飲んで……無くなった。


 レンジが鳴る。

 すぐに蓋を開けて、シビレマメを口の中に流し込む。

 そうして、バリバリと咀嚼してから胃に流し込む。


 満足感――が、また強烈な飢えが来る。


「……」


 想像以上だ。

 これは遥かに危険だ。

 数日でこれならば、本当に一月も経てば……自我を保てる自信が無い。


 俺はたらりと汗を流す。

 そんな不安でさえも増幅されて。

 心が恐怖で支配されそうになっていた。

 俺は自分の頬を拳で殴る。

 痛みは何十倍にも上がり強烈であったが、そのお陰で恐怖は消えた……何とかしてみせる。


 奴らを誘い込むまでだ。

 俺の役割は理解している。

 何とかして限界まで生き抜くだけだ。

 そうして、油断しきった奴らを――“俺が殺す”。


「……」


 俺は眉間に皺を寄せる。

 そうして、鬼畜眼鏡に連絡を繋ごうとした。


 呪いに関しての報告。

 そして、奴らをおびき出す為に必要な準備を進める。

 俺一人では奴らがやって来る事は無い。

 仲間たちの協力が必要不可欠であり、一つでも選択を間違えれば――“人類は滅ぶ”。


 堕天使も。そして、その上の悪魔にさえ人類は勝てない。

 仲間たちを下に見ている事は決してない。

 が、奴らの力は人類を遥かに凌駕する。

 堕天使でさえも勝てる存在は一握りだが。

 更にその上のジュダスたちであれば――“人類に勝ち目は無い”。


 奴らの相手は俺にしか出来ない。

 それは驕りでも自信でもない。

 たった一つの残酷な真実だ。

 奴らは強い、俺が瞬時に枷を外す判断をするほどには――危険だ。


 堕天使如きで手を焼いている暇はない。

 その上の奴らが本腰を入れて俺を殺しに来るまでは。

 決して殺されてやる訳には行かない。


 俺は祓魔師だ。

 悪魔を殺す事が仕事で、人類を救ってやるのも仕事だ。

 給料を払い続ける限りは人類の味方で。

 奴らが俺を喰おうとする限りは、敵であり続けてやる。


 単純だ。

 至ってシンプルであり――“弱い奴が先に死ぬ”。


 俺は冷蔵庫に手を置く。

 そうして、大量の汗を流しながら深い笑みを浮かべた。


 

《来なさい。二度目は無い。次は確実に――殺してあげましょう》



 小細工を使おうとも、数を用意しようとも。

 俺は自らの全てを使って悪魔共をねじ伏せる。

 正義も信念もねぇ、これはただの殺し合いだ。

 生きるか死ぬかであり、卑怯なんて言葉はいらねぇんだよ。


 全力で俺を殺しに来い。

 俺もお前たちを全力で殺してやるからよぉ!


 お前らの事はよく知っている。

 強欲で見栄っ張りで、どいつもこいつも“待て”が出来ない出来損ないだ。

 俺という存在を殺すだけじゃねぇ。

 その根幹には最高の味を求める汚らしい飢えた獣が巣食ってやがる。


 抗えねぇよな。

 待つ事も我慢する事も出来ねぇテメェらは。

 目の前で極上の餌を吊るされてりゃ――喰う事しか考えられなくなるんだからよぉ。


 知ってる。全部、お見通しだ。

 この戦いはシンプルだ。

 狂気に身を落とし、耐え抜いた奴が勝利を掴む。

 抗えなくなったものが死に、耐え抜いたものが勝者となる。


 俺はくつくつと笑う。

 そうして、苛立ちによって自然に手に力が入り――バキリと音がした。


 俺は深呼吸をする。

 そうして、ゆっくりと手を離し――机に拳を叩きつける。


 一瞬にして木の机が砕け散った。

 俺は目を血走らせながら、片手で顔を掴む。

 皮膚に爪が食い込むほどに掴んだ。

 激痛であり、赤く燃える鉄棒を押し付けられたようだ。

 

 が、俺は笑みを深めた。

 そうして、魔術によって作られたノイズ混じりの声でほくそ笑んでいる奴らに言葉を送る。



 

「ぶっ殺、してやる……ゴミ、どもッ!」




 この怒りは頂点に達するだろう。

 それでも耐え抜き、奴らが誘いに乗って姿を晒せば解放される。

 怒りと殺意に塗れた俺は、決して止まる事が出来ないだろう――“覚悟しろ、ゴミ共”。 

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