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【完結】祓魔師《エクソシスト》は休みたい  作者: うどん


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62/134

062:祓魔師は雨のち晴れ

「……」

 

 早朝の時間。

 窓から見える景色は……あまり良いとは言えない。


 雨が降っており、普段であれば綺麗な景色も水で濡れていた。

 傘を差す市民たちは急ぎ足であり、誰もが仕事に追われていた。

 俺も本来であれば仕事をしている時間だが。

 今日と明日は生憎と修道院は休みで……まぁ“祓魔師としての仕事”は入っているがな。


「……」

 

 時間はまだある。

 緊急の仕事では無く、ちょっとした調査の仕事……の護衛だ。

 

 悪魔の活動が減っている今。

 少しでも危険な悪魔の情報や地獄に関する情報を集める為に。

 それらの調査を行う隊を編成し、ダーメは勿論、ケーニヒたちによる護衛を伴って現地へと向かう。

 調査期間は丁度、休みの間だけであり悪魔が来ない限りは俺は暇だろう。


 ……まぁそうは言っても仕事は仕事だ。


 精々、悪魔共をけん制しておこう。

 その為の護衛役だからな……はぁ。

 

 ぽつぽつと窓に当たる雨音を聞く。

 ぼけっと窓の外を見ていれば、可愛らしい制服に身を包んだ若い女の店員が来てくれた。


「お待たせしましたぁ……オリジナルブレンドが二つと。此方、トーストになります!」

「「……?」」 


 コーヒーを“二つ”受け取る。

 すると、何故か頼んでもいないトーストが“二枚”ついていた。

 対面に座る男は片方の眉を上げて訝しむ。

 俺も指をトーストに指しながら、一応は確認した。

 すると、彼女はにこりと笑って“マスターからのもの”だと説明する。


「サービスです! おと……マスターが持って行けと! ……ご迷惑でしたか?」

《……いえ、ありがとうございます》

「ありがとう。嬢ちゃん、丁度、小腹が空いてたんだよ」

「あ、なら良かったです! では、ごゆっくりぃ」


 マスターの娘である彼女はぺこりと頭を下げて去っていく。

 対面の男を見れば、彼は微笑ましいものを見るような目で去っていった彼女を見つめていた。

 

 喫茶店にて、“教え子”と会う約束をした。

 彼は対面に座り、コーヒーの香りに頬を緩ませていた。

 俺は静かに息を吐き、トースターを持って齧りつく。


 パリッと音がして、中はふわふわで。

 まんべんなく塗られたバターは良い塩加減だった……美味い。


 朝の始まりはパンとコーヒーだ。

 そんな事を思いつつ、俺は静かにコーヒーの中身を見つめる。

 

 林間学校が終わり、数日が経ち……ガキどもは悩んでいた。


 当然だ。

 仲間たちの死を疑似的に体験し。

 悪魔との戦闘がどのようなものかを理解したんだ。


 悪魔とは、人間よりも遥かに優れた身体能力を有する。

 それどころか、魔術を超えた特異能力を獲得している個体も存在する。

 今でこそ、此方も魔術などを使えるようになり、聖刃も強化はされているが。

 それでも奴らが優勢である事は変わらない。


 どんなに俺が悪魔を蹴散らそうとも。

 悪魔はまるで蛆のように湧き、祓魔師も一般人も関係なく殺し喰らう。

 ケーニヒであろうとも、上位の存在たちにとっては餌でしかない。


 ……俺一人では限界がある。


 休みなく戦おうとも、俺一人では守れる人間は限られている。

 例え、“アレ”を使おうともそれに変わりはない。

 アイツらが見習いを卒業し、祓魔師となれば……俺はもう何もしてやる事は出来ねぇ。


「……」

 

 此処がターニングポイントだ。

 一年の時であれば、まだやり直しは聞く。

 修道院を退学しろとは言わない。いや、俺は絶対にそんな事はさせない。

 このまま、普通の学生としての授業に切り替えればいいだけだ。

 それだけであり、別に俺は奴らの進路に関して文句は言わねぇ……そりゃそうだ。


 結局の所、俺はアイツらの担任というだけだ。

 アイツらが学校で学んで、卒なく学業を修めて卒業すればそれでいい。

 適当に理由をつけてはいたが、あの鬼畜眼鏡も校長も簡単に俺のクビを切るような真似はしない。

 特に校長はとても良い人であり、短い付き合いの中でそれは十分に分かった。

 だからこそ、俺が躍起になって奴らに結果を残させるような事をしなくたっていいんだ。

 

 ……分かり切っていた事であり、此処まで俺がマジになる必要なんて無かった。


 簡単だ。奴らに諦めさせればいい。

 退学まで追い込む事無く、何と無しに良い事を言ってやればいい。

 卒業後は、パン屋でも会社員でもなりたいものになればいいさ。

 そうして、家庭を持ち、子供でも作って…………それが、“普通”だ。


 自分から危険な現場に飛び込む必要は無い。

 ヒーローになりたいのなら、別の仕事でもなれる。

 それこそ警官でも消防士でも。何なら漫画の編集者であってもヒーローさ。

 祓魔師は給料が良いだけのクソ以下の仕事であり。

 死と隣り合わせの状況で多くの理不尽な目に遭い。

 民衆から感謝される事があっても、それ以上に非難も受け止めなければいけない。


 戦って、戦って。

 仲間も恋人も失い……それでも戦い続ける。


 鋼のような精神力。

 いや、真面な考えだけでは生きてはいられない。

 狂っていなければ、こんな現実を直視なんかできない。

 だからこそ、ケーニヒの奴らは誰よりも自由な思考をしている……こんな時に、アイツがいれば何と言うのか。


 

 

 “アルメリア・シリングス”……誰よりも真っすぐだったアイツなら。


 

 

『間違いだとしても、誰にも認められなくとも……貴方が貫き通せば、それは正しい事だと私は思います。私たちはそんな貴方を信じて、貴方についていきたい。モナート、ランベルト・ヘルダーに救われた我々だから。死ぬその時まで貴方と共に』

「……」


 

 

 彼女の言葉を思い出す……三年か。


 彼女が行方不明となって三年だ。

 俺にとっては短いような時間だが。

 それでも人にとってはもう三年だろう。


 ケーニヒが殉職する事は珍しくない。

 が、彼女の事を慕っていた人間は多く。

 彼女の抜けた穴はそれなりに大きかった。

 今でこそ、仲間たちは乗り越えられたようだが……去っていった奴もいる。


 誰しも心から慕っている奴は一人くらいはいる。

 もしも、そんな存在がいなくなれば、誰であれ精神に不調を来す。

 怒りや悲しみを原動力とし戦える者たちは一握りであり。

 大抵の人間が心を折って、戦う事をやめてしまう。


 一度足を止めてしまえば、もう一度進む事は難しい。

 止まっている時間が長ければ長いほど、人の心には迷いや恐怖が生まれる。

 今が良いものと考えて、現状を維持しようとし、そこに囚われてしまう……俺はアイツらにそうなって欲しくは無い。


 別に可哀そうだとかは思わねぇ。

 うじうじしている奴らなんてクソほど興味は無い。

 ただ、そんな事で今までの時間とかを無駄にさせちまうのは……俺自身が許せねぇ。


 無駄な事は嫌いだ。

 意味のない事をさせたくはない。

 俺自身も無駄な事なんて死んでもやりたくはない。

 だからこそ、此処で決めなければならない。


 

 修羅の道を進むか、仮初の平和に戻るのかを……はぁ。


 

 俺は小さくため息を吐く。

 どうして、俺がこんなに悩まないといけないのか。

 教師としての資格は持っていない上に、道徳なんてものはまるで学んでいない。

 悪魔を殺す為の技術を磨いてきた俺なんかに人を育てるなんて……あぁ、クソ。


 頭を掻きながら、ため息を零せば。

 目の前の男はパンをかじり、くすりと笑う……あぁ?

 

「……ふぅ……今日は一段とため息が多いですなぁ。先生?」

《……うるさいですよ》


 パンを食べきり、目の前で優雅にコーヒーを飲む義手の男――サム・ホーキンス。


 改めて彼の姿を見つめる。

 今日は私服であり、カジュアルな服装をしていた。

 傷と皺の多い顔は角ばっていて、目つきは鋭いが綺麗な青い瞳で。

 髪は白髪であり、今は青い帽子を被っていた。

 義手は聖刃を仕込まれた銀製の特注品だ。

 彼は変装用の伊達眼鏡をくいっと上げて笑う。


「貴方がそうやって悩む時は……決まって誰かの事でしょうからねぇ……大方、愛する生徒たちの事ですかな?」

《……えぇそうですよ? それが何か? 隠す気はありませんでしたからね。はいはい》

「ふふ、そうですか……して、先生は何を迷っておられるんですかな」

「……」


 サムはコーヒーを一口飲む。

 そうして、カップを置いてから尋ねて来た。


 俺は少し考えてから、言うだけ言ってやる事にした。

 奴らはまだまだ未熟で、このまま何と無しに祓魔師にさせる訳にはいかないと。

 ふわっとした理由で一生の仕事を決めてしまうのは愚か者の所業で。

 悩んで悩んで、そうして堅い決心の元、祓魔師になるのならば止めない。

 林間学校の事は、これから起こりえる事の一端で、それすらも耐えられないのであれば……。


 機械の音声でだらだらと語っていく。

 すると、サムはカップを置き顎に指を添える。

 

「……ふむ……それは悩みでは無く……先生の考えでは?」


 サムの指摘に、俺はあぁと呟く……そう、だな。


 悩みと思ってはいたが。

 結局の所は俺の考えを話していただけだ。

 ほとんど結論に近いともいえる……まぁ悩みじゃねぇって事だな。

 

《……そうですね。私の考えでしたね……結局、悩み何て無いんですよ。彼らは修道院に自らの意志で入った。ならば、私は彼らを祓魔師にする為に教育をする。それだけですから。文句を言おうとも、逃げ出そうとも、私は彼らに授業を行う……しかし、それで彼らが後悔するような事にはさせたくない……人は死ぬ、悪魔が殺さずとも人は呆気なく死にます……まぁどんな死に方であっても……友人や恋人の死は、少なからず堪えますがね……恨まれるのも、怒りを向けられるのも当然と思っていますが。それでも、彼らの一度きりの人生を、彼ら自身に“無価値なもの”だと思わせたくはありませんから》

「……そうですか。一度きりの人生を、悔いなく……そういえば、以前、先生が教えてくれた……古いご友人でしたか……先生にとっての良き理解者だったとか」


 サムは恐らくは“”奴”の事を言ってきた。

 俺は何時、そんな事を話したのかと思ったが……まぁいい。


《そんな立派なものではありませんよ。アイツはスケベで下品で、声ばかりデカくて犬のように私の周りを走り回って……だからこそ、奴だけは私を能力でも強さでも見なかったんでしょうかね……普通の友人と話すように喋って、自らが老いていく中で私だけが姿を保っていても、奴はまるで気にせず……死ぬ時まで笑っていましたからね。本当に何処までも……清々しいほどの大馬鹿野郎でしたよ》


 奴の事は今でも覚えている。

 瞼を閉じれば、奴は酒を片手に俺に話しかけて来る。

 今日はどうだったか、明日はどんな日になるか。

 映画を見て、漫画を読んで、魚を釣って……奴はありふれた日常しか語らない。


 俺がどれだけの悪魔を殺して賞賛されても。

 俺が遅れた事で、多くの人間に罵倒されても。

 奴だけは何時も、ありふれた日常の話をしていた。

 祓魔師として最上位のモナートであり、誰しもが恐れる存在である筈の俺を……アイツは正しく一人の人間として見てくれた。


 

『なんだぁ? そんな難しい顔なんかするなよ。酒を飲んで、嫌な事は忘れちまえ! 明日はきっと――良い事があるさ!』

「……」

 

 

 がさつで無神経で、これっぽっちも心配何てしてこない。

 世界一の能天気であり、世界で一番の……“幸せ者”だ。


 死ぬ時も多くの者に看取られて。

 多くの者が笑いながら涙を流した。

 悲しさなんて微塵も感じさせず、最期の一瞬でさえもアイツは馬鹿みたいな事しか言わなかった。

 きっとあの世でも浴びるほどに酒を飲み。

 同僚たちと俺の姿を見て、下品な野次でも飛ばしているんだろうさ……たく。

 

 そんな馬鹿の顔を思い浮かべれば、笑っていた記憶しかない。

 奴が笑うからこそ、自然と俺も笑みが出て来る……そうだ。


 悩み何て無いんだ。

 ガキどもの選択肢で俺がやる事を変える必要なんかねぇ。

 俺は教師であり、俺は奴らの担任だ。

 だったら、ガキ共がなりたい理想に――俺は近づけさせてやるだけだ。


 超人だろうとも、最強だろうとも、大英雄だろうとも――させてやるよ。


 例え、祓魔師になりたくないと思っても関係ねぇ。

 最初から決めていた事だ。俺は修道院に入った奴らに祓魔師として必要な事を奴らに叩きこむ。

 学業は点でダメでも、生きる為に必要な事だけは教えてやれる。

 パン屋だろうと、サラリーマンであろうともなりたきゃなればいいさ。

 夢を否定はしない。本気でなりたいならなれるだろうさ。

 

 

 俺が奴らに教えてやる事はそんな未来が待っていようとも――“無駄なんて一つもねぇからよ”。


 

 俺はくつくつと笑う。

 そうして、残りのパンにかじりつく。

 噛んで、噛んで……飲み込んだ。

 

《私は教師です。甘さは不要、ぬるい考えもいらない……死ぬ気で全てを叩きこみ、死んでも道の先へと連れて行ってやる。それが私です……どうやら、少しセンチになり過ぎていたようで大切な事を忘れていたようでした……気づかせてくれた事、ありがとうございます。サム》

「ん? 私は特に何もしていませんが……まぁ、先生がそうおっしゃるのであれば……どういたしまして」


 俺は笑う。サムもくすりと笑った。

 そうして、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲む……美味い。

 

 少し強めの苦み。

 これが甘い考えを持ちそうになった俺の思考を引き締めてくれる。

 もう迷いはない。俺がこれから行う事に恐れも無い。

 奴らを導くのは俺で、奴らには死ぬ気でついてきてもらう――それだけだ。


「……さて、先生の心も晴れたところで……これを」

《……これは?》


 サムが懐から一枚の写真を渡してきた。

 そこにはピントがずれてよく分からないが……人が映っている。


 少年のようであるが……あぁそうか。


 写真ではあるが、何となく理解した。

 こいつは――悪魔だ。


《……これが何か》

「……ニンドゥでの一件。実は我々も依頼を受けて調査をしていたのですが……どうやら、大臣の件はこの悪魔の仕業のようでしてね。これは偶然にも監視カメラに残っていた映像の切り取りです……ムサイが調べた結果、この悪魔は高度な変身能力を有しているようで、その精度はDNAまで完全に再現されていると」

《……ムサイが調べたのなら……正しいでしょうね》


 ムサイという男は、調査に特化した魔術刻印を持っている。

 現場に残った魔力は勿論の事、写真からでもある程度の敵の情報を入手する事が出来る希少な刻印に適合していた。

 ターゲットに関するものが多く残されていれば、それだけ情報の精度も跳ね上がる。

 恐らくは、ニンドゥで残っていたカメラなど全て調べてこいつに至ったのだろう。

 後は残されたものをかき集めて……かなりの執念であり、俺ですらも脱帽するほどだ。


《……他に分かった事は?》

「……基本の能力に関しては精確な事は言えませんが……恐らくは、ネームドよりも遥か上……“堕天使”か。それ以上か」

《……個人的な考えから言えば……あのジュダスと同等の位でしょうね》

「……! ほぉ、例の“破壊者”ですか……それはかなりまずいですな……あのレベルが二匹もニンドゥにいたという事は……先生はどう思いますか?」


 サムは俺の意見を聞きたいようだった。

 俺はコーヒーを飲んでから、ゆっくりと自分の考えを伝えた。


《アレの封印を解くことが目的だった……と言う割には、奴らはあっさりと帰っていきましたからね。恐らくは、封印は目的を成す為に必要な手段の一つと考えた方が良いでしょう。きち……バルテン支部長も、同じ考えのようです》

「……となると、例の存在を封印から解く事で回収できる何か。もしくは、封印されていたものに関する何かでしょうか……例えば、悪魔が好む“魂”といえばいいでしょうか」

《あぁそれはあり得ません。封印されていたアレは――“影”でしたから》

「……アレで影ですか……ならば、本体は相当な……はてさて、アレはどのような存在だったのか」

《少なくとも、人類にとっては良いものではないでしょう。でなければ、封印などされませんからね……まぁ封印したのが人間と決まった訳ではありませんがね》


 アレは死を振りまく存在の影だ。

 名前も、どんな存在かも知らん。

 が、確実に人類にとっては災厄を齎す存在だっただろう。

 だからこそ、封印されたと考えるべきだが……それならば、何故、影だったのか。


 本体も封印されていたが、既に死に絶えていたのか。

 いや、アレほどの力を持つ影であれば、何千何万年掛けようとも勝手に朽ち果てる事は無い。

 それならば、何故、アレは影だけが封印されていたのか……いや、そもそも前提が違うのか?


 

 

 アレは封印されていたのではなく――“仕込まれていた”のか?


 


 一種の防衛装置。

 もしも、封印を解く者が現れた場合のシステムの一つで。

 アレを仕込んだ誰かは、人類も悪魔も関係なく……いや、それなら何故、アレは悪魔や魔物を出していた?


「……」

「……? 先生?」


 俺は顎に指を添えて考える……そもそも、妙だ。


 最初俺は、悪魔や魔物を出して来る事から、アレを人類にとっての災厄だと考えたが。

 そうであるのなら、何故に、世界そのものをアレは滅ぼそうとしたのか。

 悪魔の仲間か、それの類するのであれば、奴にとっての餌も人間だと思える。

 が、奴は動物も人間も……下手をすれば悪魔たちですら関係なしに攻撃を行っていた節がある。


 恐らくは、俺が結界を展開しなければ、全ての命ある存在を滅ぼしていただろう。

 まさに、封印が解かれた瞬間に発動する――“自爆装置”のようなものだ。


 そう考えるのであれば、やはりアレは防衛システムとして組み込まれたものに思える……そうか、それなら……。


 アレが防衛装置で、何故に、悪魔や魔物を解き放っていたのか。

 そもそも、解き放たれた悪魔たちを見て――妙だと思った。

 

 生きている筈なのに、どいつもこいつも不快な声を出すだけで言葉とよべるものを発しない。

 意志というものを感じられなかったのだ。

 それどころか、塊となって俺に向かって攻撃を仕掛けてくるだけだ。

 如何に下級の悪魔だとしても、俺を見て無策で突っ込んでくる馬鹿はそうはいない。

 形跡が不利だと判断すれば、即座に逃げ出す奴だっている。

 が、奴らは俺の力を目の当たりにしても俺に執拗に向かってきて……つまり、アレらは本来の悪魔ではない。


 抜け殻。もしくは、それに模した何か。

 だからこそ、悪魔とも魔物とも言えない何かもいたんだ。


 ……アレは人類の敵と呼べるものではない。少なくとも悪魔の味方でないのなら……誰があれを?


 あの遺跡自体は、悪魔を遠ざけるような仕組みになっていた。

 そして、その封印にも奪われた場合の保険も掛かっていた。

 それ自体は自爆に近いもので……つまりだ。アレを仕込んだ誰かは、それを奪われれば取り返しがつかないと思っていた事になるな。


「……」

「……ふむ」


 防衛システムを組み込んでいるのであれば、中に閉じ込めている何かも封印が施されている可能性が高い。

 セカンドプランであり、それがあるのであれば……いや、ダメだな。


 奪われた何かの正体は不明だ。

 それがもしも、本当に人類にとって取り返しのつかない何かであれば。

 恐らく、俺たちが挽回できるチャンスは無いように思える。


 ……が、楽観的に考えるのであれば、その取り返しのつかない事には……まだ、なっていないんだろう。


 もしも、既に詰んでいるのであれば。

 この世界に少なからず影響はある筈だ。

 大規模な認識の改変により、人類が全て悪魔の支配下に置かれるのか。

 それとも、奴らのパワーアップを促すような何かで。

 一気に悪魔たちが押し寄せてきて、真っ先に俺を殺しに来るか。


 少なくとも、俺が今も生きていて。

 のんびりとモーニングを食べれているのであれば……まだ心配はない。


 悪魔にとって最も目障りな存在は俺だ。

 その俺が死んでいないのであれば、まだ世界に何らかの影響は出ていない……まぁ、希望的観測に近いがな。


 俺はコーヒーを飲む。

 そうして、静かに息を吐いてサムを見つめる。


《……恐らく、ニンドゥで解かれた封印。それは何かを守る為のものです……最初は違和感がありましたが、私を始末させるための策だと納得はしていましたが……考えてみれば、奴らの判断が些か早すぎますからね……恐らく、封印を解かれて顕現したアレは、世界を滅ぼしてでもその何かを奪われないようにする為の防衛装置です……仮定ですがね》

「……瘴気に覆われた防衛装置ですか……奇妙には思いますが。確かにその可能性はあるでしょうな……我々は今後も、対魔局からの要請で、ジュダスとこの得体の知れない悪魔に関して調査を行います……もし、先生も何か気づいた事があれば私の方に掛けてください」

《……気をつけろ、というのは貴方方に失礼でしょうが……引き際だけは見誤らないように》

「えぇ、承知していますよ……おっと、失礼。約束があるので、私はこれで」


 サムは腕時計を確認し立ち上がる。

 会計を済ませようとした奴の心を読み。

 俺は既に、会計は済ませてある事を伝えた。

 すると、サムは少し驚きながら「何時?」と聞いて来る……ふふ、あめぇんだよ。


《レインによろしくと伝えてください》

「……え、エスパーですか?」

《えぇ私は心が読めるんですよ…………冗談です。早く行きなさい。また、尻を蹴られますよ?》

「はは、そうですね……コーヒー、美味しかったです。また良かったら、何処かでお茶でも……それでは、ごきげんよう。先生」

「……」


 彼は帽子を軽くあげる。

 俺も片手を上げておいた。

 そうして、足早に彼は去っていく……ふぅ。


 カラカラと喫茶店のベルが鳴る。

 彼の気配が遠ざかっていくのを感じながら。

 俺はふと外に目をやる……あぁ、晴れたな。


 雨はやんでいた。

 そうして、雲の切れ間から陽の光が差していた。

 雨でひどい光景であったが、雨上がりの景色は……悪くない。


 俺は口角を僅かに上げる。

 そうして、コーヒーを飲もうとして……はぁ。


 いつの間にか全部飲んでいたようだった。

 名残惜しそうに見ていれば、誰かの気配を感じる。

 視線を横に向ければ、ガタイの良い立派な髭のマスターが立っていた。

 彼は無言で俺を見つめていて、その手にはコーヒーが入ったポッドがあり……俺はスッとカップを向ける。


「……1ユーロ、50セント」

《……払いますよ》


 ぼそっと呟く店主……一瞬、サービスかと思ったじゃねぇか。


 俺は財布を取り出し、硬貨を置く。

 店主はそれを回収しポケットに仕舞う。

 そうして、無言でカップにコーヒーを注いでから帰って言った……不愛想な奴め。


 娘さんはあんなにも礼儀正しいのに。

 奴は何時まで経っても、不愛想なままだ。

 小さい頃から何を考えているのかよく分からない奴だった。

 石が好きで、得体の知れない図鑑を何時も眺めていて。

 俺が気まぐれで持って帰って来た石を渡してやれば、おずおずと受け取っていたな。

 人前では笑わないが、俺から貰った石を今でも店に飾っていやがる……恥ずかしいったらありゃしねぇよ。


「……」


 素直なのか、そうじゃないのか……よく分からん奴だよ、全く。


 俺はそんな事を考えながら、ブラックのままコーヒーを飲む。

 苦みが濃厚であり、やはりこういう時はこれくらいが丁度いい。

 そんな事を考えながらカウンターの方に視線を向ければ。

 マスターの奴が目を細めて俺を見ていた……ふっ。


 アイツなりに気遣ってくれているんだろう。

 そんな事を思いながら、俺はコーヒーを一気に飲み干す……さて。


 俺は席から立ち上がる。

 そうして、用は済んだからと帰る事にした。

 すると、パタパタと娘さんが走って来た。


「ありがとうございます! また、来てくださいね!」

《……これ、マスターに渡してください。拾い物ですから、不要なら捨ててください。じゃ》

「え、あ、はい! ……え、これ……“宝石”?」


 ニンドゥで偶々、ポケットに入っていたものだ。

 俺は石には興味が無いので奴にくれてやる。

 キラキラと輝いており、宝石とは思うが……興味はねぇ。

 

 娘さんは天井の光でキラキラと光るそれを嬉しそうに眺めていた……親子だな。

 

 俺は邪魔をしないようにそのまま店から去る。

 そうして、雨上がりの空を眺めながら。

 今日も今日とて、“仕事をする”為に活動を再開した。

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