059:祓魔師は子供たちに任せる
真夜中の時間。
月の浮かぶ夜空には、雲がちらほらと漂っている。
虫の鳴き声に、警備係の足音。
タイヤが転がる音に、ライトに群がる虫が焼かれる音。
それらを聞きながら、俺はフェンスに背を預けてボケっと空を眺めていた。
「……」
林間学校二日目が終わり、皆は既に寝床についた……問題なし、か。
魔物の肉を食べて経過を観察していたが。
誰も体調不良を訴えてこない。
我慢をしている可能性もあったが。
それならそれで、翌日の顔色で大体は分かる。
……俺が思っていた以上に、奴らの体は……“成長している”のか。
想定以上のものになっているのなら嬉しい事ではある。
精神力も磨かれており、それに伴うように肉体の成長も著しい。
これならば、一年の間に、祓魔師として必要な要素はあらかたクリアできそうだ。
後は、経験などを満たせれば満足だが……どうすべきか。
森から離れて、監視台があるゲート付近に立つ。
ちょくちょく通りかかる警備係たちは俺をちらちらと見て来るが。
不用意に接触してこないので助かる。
……奴らに悪魔との戦闘はさせるつもりはあるが……もう少しだな。
此方でも準備が必要な上に、場所だってセッティングする必要がある。
悪魔の生け捕り自体は何度もしているが。
それは悪魔から刻印を摘出するのが目的であり。
新人たちに経験を積ませる為の練習台ではない。
練習台として活用できるのならいいが。
悪魔は仮にも人間の言葉を理解し話せる。
奴らは人を騙す事に長けており、新人にとっては悪影響でしかない。
もしも、悪魔に絆されて“奴らの権利を守る団体”に所属しようものなら目も当てられない。
いつの時代も、力をもった敵より。
無能な味方の方が恐ろしいものだ……いや、そんな奴らは味方とも言えないがな。
「……」
理解できないのは分かる。
奴らは悪魔に襲われた経験が無いからだ。
見た事が無いからこそ、奴らは悪魔共にも生きる権利があるなどと抜かす。
が、もしも、一度でも悪魔によって大切な存在を傷つけられたのならそんな事は言えないだろう。
悪魔たちの事を受け入れることは出来ない。
悪魔たちをこの世界で生かす事など許されない。
何故ならば、奴らは人を喰らうからだ。
自分たちを餌として認識している存在と、どうして手と手を取り合って生きられると思える。
理解できない事であり、理解しようとも思わない……そうだな。
『共に悪魔を討とう! 人々が安心して暮らせる世界の為に!』
「……」
かつて、共に戦った戦友――ケーニヒ、“白光のアルメリア”を思い出す。
長く美しい金髪に、意志の強い青い瞳をしていた。
女性からも好かれるほどに整った顔立ちながらも、その心は男よりも勇気に満ちていた。
破綻者の多いケーニヒの中では、誰よりも真っすぐな心を持っていた。
弱きを救い、強き者としての使命を持ち。
何時の日か、悪魔たちをこの世界から全て根絶やしにすると皆に言い聞かせていた。
彼女の事は、俺自身も高く評価していた。
その剣技も、ゾーヤが頭角を現すまでは文句なしに最上のものだった。
まるで、白き光が輝くように彼女の剣の軌跡は輝くのだ。
俺の使う特殊な魔術のように、彼女の剣も悪魔を祓う事に特化していた……だからこそ、惜しい。
彼女はある日、その消息を絶った。
とある任務を受けて、彼女はライツを発ち。
現地にて複数の悪魔と交戦したらしい。
激しい戦いだったのか、調査をした人間たちは彼女の痕跡も悪魔の行方も分からなかったらしい。
結局、調査の結果――“悪魔は排除されて、アルメリアは戦死”となった。
……本来であれば、行方不明と思う事はしたくないが……心の何処かで認めたくない自分がいるんだろう。
彼女ほどの腕の持ち主が。
如何に力のある悪魔と戦かったとして。
此方に何の情報も伝える事無くくたばるとは思えない。
決死の覚悟で、自爆のようなことをした可能性もあるが。
それならば、何故、現地にて彼女の“魔力の残滓”が漂っていなかったのか。
まるで、意図的に痕跡を消したようで。
悪魔のものすらも無いのだから不審に思う。
……まぁそんな事を思っても……今更の話ではあるがな。
本腰を入れて、俺が捜索をしたとしても。
彼女を見つけ出す事は不可能に近い。
悪魔が彼女を攫ったとすれば、その目的は喰らう事以外にない。
力のあるケーニヒほどの存在であれば、喰らう事が出来れば悪魔も更なる力をつけられるだろう。
傀儡として使う可能性もあるが。
そんな事を出来るような存在はそう多くは無い。
いたとしても、魂そのものを残している状態であればケーニヒは抵抗する。
死者の体だけであれば、元々の肉体以上の力を発揮する事は出来ないだろう。
以前に、街を襲った悪魔の中にはケーニヒなどの死体を操っていた奴がいたとクラーラは言っていたが。
その体の一部を回収し時間を掛けて詳しく調べた結果、それは単なる“コピー”であると判明していた。
つまり、肉体はそれに似せて改造されたもので。
魂の情報の一部を写した事で、その死体をケーニヒのものであると思い込ませた。
結果、ケーニヒのような力を発揮できたものの。
その力を発揮できたのは短時間の間だけで。
クラーラも全力を出した状態であればさほど苦労はしなかったと言っていた。
……傀儡としてそれを使うよりも、喰らった方が悪魔にとってはメリットがある。
俺はそんな事を考えながら、腕時計を確認する。
そろそろであり、真っすぐに続く道の先を見つめて……アレだな。
光が見えた――ジープが二台、走って来る。
俺はそれに視線を向ける。
車はゆっくりと走行し、俺の近くで停車した。
扉が開けられて、中から男たちが出て来た。
しわくちゃな顔であるが、その肉体は鍛え上げられている。
迷彩服を身に纏い、使い込まれたブーツは静かに地面を踏みしめる。
どいつもこいつも、顔は勿論、体も傷だらけで。
義手をしていたり、義足をつけている奴もいる。
が、俺はその姿を笑う事も、それを弱さとも思わない。
彼らを代表して、俺の目の前に百七十センチほどの男が立つ。
彼は帽子を取り、慣れた手つきで敬礼をしてきた。
俺は片手を上げて、それは不要だと伝える。
すると、男――サムはくしゃりと笑う。
「……お久しぶりですね。先生」
《……また随分と、“勲章”が増えましたね。サム》
サム・ホーキンス……今年で七十六でしたかねぇ。
顔の傷も増えており、それを褒めれば彼は嬉しそうにはにかむ。
昔は軍に所属していたが、現在は除隊し傭兵として活動している。
全員が戦場を経験しており、祓魔師としての仕事も知っている。
彼らはある意味で、我々よりも戦いを熟知している。
プロであり、恐怖というものも心得ている。
……それにしても、“ついこの間”まで鼻たれの小僧共が……随分と立派になったものだ。
鼻たれの頃は誰に対しても噛みつき。
悪魔と世界を憎み、誰に対しても暴言を吐くようなクソガキだった。
俺が助けてやっても感謝の一つも言わず。
孤児院でも問題行動ばかり起こして追い出されそうになっていたな。
ふと思い出した昔の事を聞かせてやれば、全員がくすくすと笑う。
「……お恥ずかしい話ですね……ですが、先生だけはそんな我々を見捨てなかった。周りに馴染めない我々に“家を与え”、孤独だった我々を“家族”にし、生きる為の術を教え、世界を恨む我々に戦う意味を与えてくれた……今でも、我々は感謝しています」
奴らは帽子を取り、静かに頭を下げる。
どいつもこいつも生涯の恩人を見るような目で……俺は“勘違いを正してやろう”とした。
《……ん? 何か勘違いしているようですが。私は何もしていませんよ。ただ、貴方方がムカつくから、痛めつけてやっただけです。家だって、助けてやった私に孤児院からクレームが来るからこそ、仕方なく与えてやっただけですよ。それと、生活費など諸々は貴方方が大人になれば請求する予定でしたからね。えぇ、今でもそれだけは覚えていますよ。故に、私に対して感謝する事など一切不要です》
俺はにやりと笑って言ってやる。
誰もただでクソを垂れ流すだけの存在を養う訳が無い。
住まいを与えたのも、最低限の教育をしてやったのも。
全ては後でその分をきっちりと請求する為だ。
こいつらは俺を聖人か何かと勘違いしているようだが――
「おや? そうでしたか……それでは、すぐにでも返さなければいけませんね」
サムは笑う……こいつ。
俺は笑うのを止めて舌を鳴らす。
《私は言った筈ですよ。貴方方が――“大人になったら請求”すると》
「……ふふ、そうですか……因みに、先生にとって大人とは?」
《……百歳まで生きなさい。そうしたら、大人として認めてあげますよ……それまでは精々、長生きしなさい》
俺は言ってやる。
この俺がざっと数えて150年以上も生きているんだ……呪いを受ける前も含めれば175年ほどか。
百年も生きていないのなら、まだまだガキのようなものだ。
それまでは請求はしてやらない。
生きて、生きて……“酒の一杯”でも奢らせてやるよ。
奴らは堪えきれなくなり噴き出していた。
真夜中の時間に、野郎たちの笑い声が響く……クソがぁ。
俺は心底嫌そうな顔をしてやる。
奴らはそんな俺の顔を見てもっとデカい声で笑いだす。
本気でぶっ殺してやろうかと思っていれば、サムは涙を拭いながら静かに頷く。
「……はは、変わりませんなぁ。先生は……さて、戯れは此処までにして……“仕事に掛かりましょうか”」
《……そうしてくれると助かります……プランはお任せします。改めて聞きますが、私がする事はありますか?》
「いえ、大丈夫です……レイン。すぐに取り掛かってくれ」
「……ふう……分かったよ」
煙草をくわえて火をつける白髪をオールバックにした女性。
優雅に煙を吐く姿は様になっていた。
レイン・アンドレスはサングラスをくいっと上げて笑う。
プロの傭兵たちは車から必要なものを取り出す。
それを手に持ち、抱えて森の中に入って行く。
どうやら、“この森の進み方”も事前に調べているようだった。
森の中に進む彼らを見ていれば、すっと何かを渡される。
見れば、昔よく吸っていた煙草の箱をサムが持っている……ふっ。
俺は口で一本咥える。
すると、サムは一瞬でライターに持ち替えて火をつけてきた。
そのライターは煤塗れでとても汚れていて、表面には落書きの跡がある……全く。
《……相変わらず。私には似ていませんね》
「……ふふ」
昔、俺が使っていたジッポーライター。
軍への入隊を記念して何か寄越せと言ってきたガキ共。
俺の私物を奪い取っていく中で、サムは何故か俺のライターを欲しがった。
何処にでもあるものを欲しがるなんて変わっていると思いつつ。
それを渡してやれば、こいつはそれをまだ使っているらしい。
それも、こいつがガキの頃にいたずらで書いた俺の似顔絵も残っていて……ふっ。
煙草を吹かせる。
そうして、一吸いで満足したからと指で弾いて魔力の火で消す。
俺たちは無言で森を目指して歩いていった。
“仮初の林間学校”は明日で終わりであるが――“今宵からが、本番だ”。




