056:祓魔師は何も言えない
生徒たちが眠りにつき。
獣たちも活動を終えた真夜中の時間。
俺は任務を終えて帰還し、目の前で逆さになりながらパンパンの顔で笑うクズを見つめていた。
「……」
「へ、へへ……さぁせん」
俺の目の前で簀巻きにされているクズ。
顔面をパンパンにしており、それをやったのはクラーラだと言う。
罠を突破された事に気づき、こいつは俺に叱られると焦って本気でボブをボコボコにした。
ショーンの方は俺のドローンによって回収されていて、すぐに治療はしてやった。
が、レンだけが帰ってきていない……はぁぁぁぁぁ!!!
俺は盛大にため息を吐く。
すると、クラーラが人差し指同士を突きながら申し訳なさそうな顔をしていた。
本来であれば罰を与えるところだが、今回は全面的にこのカスが悪い。
故に、俺は繋いでいたロープをナイフで切る。
すると、奴の体は一気に下に落ちていく。
バシャリと樽の中のキンキンに冷えた水に浸かり。
奴はガタガタと暴れていた。
ちょっとやそっとではほどけないほどに強固なロープであり。
ストックを使わない限りは生きては出られないだろう。
俺はクルトにこいつを見張っているように言いつける。
そうして、すぐにレンを連れ戻しに向かおうとした。
――が、黙って聞いていたガキ共の声で止められる。
「先生! 待ってくれ!」
「お、俺たちも、連れて行ってくれ!」
《……貴方たちは寝ていなさい。レンは私に任せればいい》
見守っていたショーンとヤンが声をあげる。
ショーンは事情を知っていて、ヤンも心配して起きていた。
その結果、二人に話を聞かせざるを得なかった。
二人は一緒にレンを探しに行くと言うが……場所は分かっているんだよなぁ。
ダミーとして用意した温泉という訳じゃない。
最初からある温泉であり、アレはこの場所で働く“祓魔師たち”に提供されたものだ。
いい加減なボブや俺以外に興味関心の無いクラーラは知らなかっただろう。
クルトはクルトで、まさかそっちの方に行くとは考えていなかったらしい。
当然だ。自分が知っている情報を、自分よりも位だけ高いカスが知らないなんて思う筈が無い。
そこがクルトにとっての誤算だが……今更責めても仕方がない。
まぁアレを祓魔師として分類していいかは甚だ疑問だが。
きちんとした食料を与える事で言う事を聞いてくれる上に、従えている存在だけは俺たちの言葉も分かっている。
だからこそ、暫定的にこの場所の管理を任せるという意味で祓魔師としている。
恐らくは、レンはそいつらが保護しているのだろうが……少し胸騒ぎがする。
アイツらは全員メスであり、オスの個体は存在しない。
だからこそ、そういう事に飢えている奴が多いと聞く。
鬱憤を戦闘で晴らしてくれるお陰で、魔物たちも不用意に此方側に来る事も無い。
敢えて雄を与えない事で、奴らの戦闘能力を向上させている節もある。
……まぁ数の調整の名目で、極偶に雄のゴリラを送ってはいるらしいがな。
普通のゴリラでは一月も持つ事は無く、“カラカラになった状態”で発見される。
今回の事故でも場合によっては……まぁ無事ではあるだろうよ。
二人は自分たちも連れて行けとうるさく言う。
俺はどう説明したものかと思っていた。
すると、俺が迷っていると思ったのか二人は土下座をしてきた。
「頼む。俺たちを連れて行ってくれ……アイツは、大切なダチなんだ」
「俺からも頼む。今回の事は俺にも責任がある。罰なら後でいくらでも受けるから。この通りだ」
「……」
二人の覚悟は相当なものだ。
俺の想像通りの事が起きているならば。
あまりレンの姿を見せたくはない。
本人もそれを望まない可能性が高いと思うしな。
……でも、ここまでするのなら止めても絶対に追って来る。
二次被害なんて面倒であり。
俺は舌を鳴らして踵を返す。
そうして、背中にガキどもの視線を受けながら静かに伝える。
《来たければ来なさい……ただし、どんな事があっても彼との関係を壊さないと誓いなさい》
「……っ。分かった、誓うよ」
「俺も誓う……そもそも、どんな事があったって俺たちの絆はそう簡単には断ち切れねぇよ」
奴らは笑う。
それはレンがどんな目に遭っているのか想像できないからだ。
人にとって最も苦しい事は死ではない。
世の中には死以上に恐ろしい事も山ほどある。
図らずも、俺がする事の前に、レンは死よりも恐ろしい経験をしたのだろう……“男としてのな”。
可哀そうだと思う俺と、自業自得だと思う俺がいる。
奴の姿を見て、何方の気持ちに傾くかは分からない。
が、今こうしている間にもレンは……俺は無言で歩き出す。
後ろからガキどもがついてくる。
俺は前を見つめながら、口を堅く結んでいた――
《此処です》
「此処って……洞窟か?」
「何か……聞こえねぇか?」
中から微かに声が聞こえる。
人間の声ではない――“獣たちの鳴き声だ”。
《待ちなさい。すぐに来ますよ》
「「……?」」
俺は近くにあったベルをからからと鳴らす。
暫く待てば、洞窟の奥から明かりが見えて来た。
薄暗い洞窟の中からゆっくりと何かが近づいて来る。
それは片手に松明を持っていて、完璧な二足歩行だった。
目の前に立てば、その大きさと形は完全にゴリラで。
個性を主張するように赤い色のリボンを頭につけている。
ガキどもは目を大きく開いて恐怖のあまり固まっている。
俺はゴリラのリーダーを見つめながら、ゆっくりと説明を始めた。
《貴方方の入浴中。少年が一人来ませんでしたか? 彼らと同じ歳で、ジャージを着ていたと思います》
「うほ? うほうほうほ! うっほ!」
メスゴリラは大きく頷く。
そうして、踵を返して洞窟へと戻っていく。
途中で足を止めてから、ちょいちょいっと手招きしてくる……やっぱりかぁ。
「な、何て言ったんだ?」
《知りません。大方、保護しているからついてこいという意味でしょう》
「ま、マジか……ゴリラに保護されるってどうなのよ?」
ヤンは汗を垂らしながら驚き、ショーンは笑みを浮かべていた。
俺は待っているゴリラへと歩み寄っていく。
そうして、二人にもついてくるように伝えれば。
二人はハッとして慌てて追い掛けて来た。
奥へ奥へと進んでいく。
二人はどんどん獣たちの声がハッキリと聞こえてきてびくびくとしている。
俺は怖がる必要は無いと伝える。
《彼らは人間に対して“悪意や敵意”は見せません。あくまで互いに協力関係ですから》
「きょ、協力って……ゴリラが人間にか?」
「し、知らなかった……ゴリラって賢いんだな」
《まぁ此処のゴリラたちは特別ですよ。とある研究過程で生まれた特別な個体の繁殖体ですからね。知能もあれば、魔力も有しています。まぁどちらかといえば魔物に近いでしょうね》
「うほ!! うほほほ!!!」
《……すみません。言葉が過ぎました》
前を歩いていたゴリラが振り返る。
そうして、ぷんぷんと怒るようなジェスチャーをしていた。
俺はすぐに自らの失言を謝罪する。
二人をちらりと見れば、信じられないと言った様子で口を大きく開けていた……何だよ。
「マジで意思疎通が出来てる……か、科学の力ってすげぇ」
「これがサイエンスフィクション……やべぇ」
《言葉の意味知ってます?》
俺はため息を零す。
すると、大きな広場のような場所に出る。
そこでは多くのゴリラたちが各々の仕事をしていた。
料理を作ったり、子供の世話をしたり。
武器の手入れをしている個体もいる。
そんなゴリラたちに二人はまたまた驚いていて……ゴリラのリーダーがちょいちょいっと肩を叩く。
「うほ!」
《……その奥ですか》
扉のようなもので仕切られた部屋が幾つもある中で。
ゴリラのリーダーは真っすぐに一つの部屋に繋がる扉を指し示す。
何故か、そこから獣の声がずっと聞こえている。
心なしか揺れのようなものまで感じる。
俺はたらりと汗を流しながら、扉の前に立つ。
軽くノックをする。
が、扉を開けてくれる気配はしない。
俺はノブを握り、ゆっくりと開けていく。
すると、ぶわりと凄まじい獣臭が漂ってくる。
「「うぉ!?」」
「……」
俺たちが中に入れば、一匹のゴリラが此方を睨む。
怒りの形相であり、行為を邪魔されて怒っていた。
俺はすぐに異空間から、特大のバナナを取り出す。
すると、怒りの形相だったゴリラは目にハートを作ったかのように喜びを表す。
俺はふりふりとバナナを振って――部屋の外に投げる。
「うほぉぉぉ!!!」
二人を俺は突き飛ばす。
ガキどもは驚きながらしりもちをついた。
すると、弾丸のようなスピードでゴリラが部屋から飛び出していった。
転がったバナナに飛びつき食べようとするが。
他の個体たちも俺がバナナを出した瞬間に気づいていて。
誰もが仕事の手を止めてバナナに群がっていく。
ゴリラ同士の大喧嘩が勃発し、俺はそれを一瞥してから部屋の中に入って行く。
歩いて、歩いて、歩いて…………いたな。
「……レ、ン?」
「……嘘、だろ?」
部屋の中心にはベッドのようなものがある。
キングサイズであり、その中心には裸で転がる――レンがいた。
普通であれば友達を見つけて喜ぶところだが、その姿を見て二人は顔を真っ青にしていた。
レンの体はカラカラになっていた。
まるで、全身の水分を吸い取られた様で。
やつれにやつれて、骨と皮のようになっている。
辛うじて息はあるものの、目には光はなくジッと天井を見つめている。
ぼそぼそと壊れた蓄音機のように呟いている。
唯一元気なのは、天に向かってそりたつ彼の“ムスコ”だけだ。
全身が汗と何かの体液でべどべとで。
レンの顔からは獣の唾液の臭いがする。
くせぇし汚いが、こんな状況では流石の俺も悪態をつけない。
二人は放心状態であり、理解が追いついていない様子だった。
強い獣臭と混じるように“イカの臭い”もしていて……何も言えねぇよ。
「……」
天を仰ぎ見て両手で顔を覆う。
考えて、考えて――よし。
気持ちを切り替える。
目の前の現実を受け止めながら、俺は一歩前に進んだ。
一歩ずつ足を進めて、ゆっくりとレンの傍に立つ。
すると、レンはようやく俺たちの存在に気づいて視線を向けて来た。
目には全く光は無く、生気は限りなく気迫で。
まるで、地獄を見て来たかのように惨い顔をしていた。
ぷるぷると唇を震わせながらレンは言葉を発する。
「よぉ…………遅かった、じゃ、ねぇか…………待ち、くたびれて…………眠っち、まい、そうだった、ぜ…………」
レンは薄く笑う。
俺はどういう言葉を掛けるべきかを悩む。
すると、ヤン達はようやく現実を受け止めれた様で。
俺を押しのけてレンの傍に立つ。
「レン! お前、どうして……何があったんだ!?」
《おいおいおい》
それを聞くかとヤンを見つめる。
すると、レンは静かに微笑み目から一滴の涙を流す。
「なに、って…………ナニ、しか、ねぇだろ…………は、はは…………」
「は!? 何って何だよ!! どういう事だ」
「ヤン! やめろ、やめるんだ……幾らお前がピュアでも、それを言わせるのは残酷過ぎるだろぉ!」
「え!? どういう事だよ! 先生!」
《私に振らないでくれません?》
ヤンは理解できていなかった。
レンは微笑みながら、聞いてもいない事を話しだす……やべ。
「は、はは…………知らなかったぜ、ゴリラってさ…………すげぇ、うめぇんだぜ…………まるで、乳を搾るようにさぁ…………自分の意志じゃ、ねぇのにさ…………ハンドルが、ぶっ壊れた、蛇口、みてぇにさぁ……へ、へへへ」
「レン! もういい!! もういいんだ……う、うぁぁ。こんなの、ひど過ぎる。何で、レンが……もう、これ以上は、耐えられねぇよぉ!!」
「先生!! レンはどうしちまったんだ!! 何をされたんだ!?」
《いい加減殴りますよ?》
ショーンはレンの言葉に涙を流す。
そうして、不良の癖にそういった知識が無いヤンは俺に質問してくる。
すげぇ嫌な空間であり、俺はレンの顔に手を置く。
「うがぁ!!?」
「「レン!?」」
《……軽い電気ショックですよ》
レンは気絶した。
静かになった彼をすげぇ嫌だったか担ぐ……めっちゃべとべとするじゃんよぉ。
《……行きますよ》
「「……っ」」
取り敢えず此処から出る事を提案した。
二人は頷いてから、俺に従って部屋から出て行く。
すると、まだバナナの取り合いが続いていた。
好都合だと気づかれない内に洞窟から出て行く。
歩いて、歩いて、歩いて……外に出る。
《もう大丈夫でしょう》
「……先生、ヤンは大丈夫なのか? よく分からねぇけど……深刻なんじゃねぇか?」
「……そりゃ、そうだろうよ……俺だったら自殺してるレベルだ」
「……そんなになのか……先生、何とか、何とかならねぇか?」
二人はどうにかしろと言ってくる……“まぁ方法はあるにはある”。
《一番いい方法は、この記憶を消す事です……が、流石に私でもピンポイントで記憶を消した事は一度もありません》
「「そ、そんなぁ!」」
《慌てないでください。やった事がないだけで――不可能ではありませんよ?》
俺は手をゴキゴキと鳴らす。
二人はごくりと喉を鳴らして俺の言葉を理解していた。
俺は刻印を幾つか起動し、それらを混じあわせた。
調整が死ぬほど難しい。
一歩待ち生えれば植物人間コースだろうよ。
指先に魔力を集中させて、細心の注意を払い、指先をレンの額に――――
◇
林間学校二日目――生徒たちが集まっていた。
「いやぁぁぁ良い天気だなぁ! まさか、起きたらもう林間学校の場所についてるなんてなぁ! ははは、それにしてもすげぇな此処!」
「……は? レン、アンタ何言ってんの? 起きたらって私たちは」
「そうだなぁぁぁ!!! いやぁ最高の一日になりそうだなぁレン!!!! ははははは!!!!」
「おぅ! 林間学校といやぁカレーに肝試し……く、くふふふ! 先生の事だから温泉とかもありそうだよなぁ! ぐふ、ぐふふ!」
「……? お前、何言ってんだ? 温泉は昨日」
「だよなぁぁぁぁ!!!? 温泉入りてぇなぁ!!!! 最高の思い出になるよなぁぁぁぁ!!!!? なぁぁぁぁ!!!! ああぁぁぁぁん!!!?」
「「「……?」」」
レンに対する記憶処理は……取り敢えずは、“成功した”。
が、削除をした事によって一日分の記憶は飛んでしまった。
その為、レンの中ではバスで寝ていたらあっという間に林間学校の場所に着いた事になっていた。
事情を知らない奴らはレンの誤った情報を訂正させようとするが。
鬼の形相のヤンとショーンがそれを阻止していた。
レンはまたしてもよからぬ事を考えている顔をしていて。
ショーンとヤンは必死の形相で何もするなと言い聞かせていた……さて。
《……で? これを渡したんですか?》
「へ、へへ……さぁせん」
水責めから解放されてへらへらと笑うボブ。
本来であれば魔物の餌にしているところだが。
給料を払っている以上、こいつに拷問だけして働かせないのは癪に障る。
故に、一時的に解放してこいつがガキどもに渡したという丸薬を奪ってやった。
「……それによってクラーラ様の罠を突破したと……一時的に能力を向上させるとなると、かなり危険なものでは――!?」
クルトが考察している横で、丸薬を口に入れる。
彼は驚き目を丸くしていたが……なるほど。
《これは薬は薬でも“戦闘に関する能力”を向上させるものではありません》
「……では、どんな」
《――バイアグラです》
「……っ!!」
クルトは顔を真っ赤にする。
遠くで作業をしていたクラーラはぐりんと首を回してこっちを見て来た……こえぇよ。
俺はクルトは何が引っかかったのかと思いつつ、この薬について説明した。
《服用者の性的欲求を向上させ、一時的に意識を高めるものでしょう。大方、レンとショーンの顔を見てこれが合うと考えたんでしょうが……まぁある意味で、これがあったから死なずに済みましたがね》
バイアグラの効果で干からびるほど絞られても生きていた。
もしも、これが無ければ早々に死んでいただろう。
奴はそれを聞いてすぐに自分のお陰だと言わんばかりのむかつく顔をした。
だからこそ、俺は奴の頬を思い切り殴りつける。
「へぶぅぅ!!?」
《調子に乗らないでください。もとはと言えば、貴方が協力したせいです。林間学校が終われば覚悟してくださいよ?》
「へ、へへへ……さ、さぁ、せん……ぅ」
鼻血を出しながら笑ったかと思えば。
がくりと倒れるクズ。
俺は舌を鳴らしてからガキどもを見た……心配だなぁ、おい。
初日から記憶処理だ。
こんな事では、アイツが言ったように“心が死にかねない”。
中止する事も出来るが、頼んだ手前それは出来ない……仕方ねぇ。
俺はため息を零し。
クルトに言伝を頼む。
《クズが起きたら“食料の調達”をしてくるように伝えてください》
「……マスターが行かれるのですか?」
《えぇまぁ……少々プランを変更します。クラーラにもドローンの数を更に増やすように伝えてください。頼みましたよ》
クルトは了承する。
俺はわいわいとはしゃぐガキどもを見つめる。
彼らが来る前に、ある程度の下地を作っておかなければならない。
必要とあれば、レンが受けた苦しみ以上のものを――“与えなければならないだろう”。




