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055:祓魔師になる前に夢を見たい(side:ボブ→レン)

 ――今日は、良い月だ。


 木の上に立ちながら、空の上で輝く月を眺める。

 下の方ではガキどもが小声で喚いていた。

 俺は静かに息を吐き――ゆらりと落ちていく。


「「……!?」」


 下へと落下していけば、がさがさと葉っぱや枝に当たる。

 それらをバキバキとへし折りながら、地面に激突する直前で姿勢を変える。

 ゆっくりと音も無く地面に着地し、ゴキゴキと首を鳴らす。


「な、何してんすか……で、どうでした?」

「そ、その……い、いけそうっすか?」


 ガキどもは不安げな視線を俺に向ける。

 俺はにへらと笑いながら、問題ねぇと言ってやる。


「罠は仕掛けてあるな。それもかなりやばそうなのが……まぁ俺には関係ねぇ……と、言いたいところだが。それはテメェらでどうにかしろ」

「え、そ、そんなぁ。金払ったんですから、そこはもっと」

「うるせぇな。何もしないなんて言ってねぇだろう? 俺は俺でお前たちにとっての最大の障害を相手にしてやるんだからな?」


 気配を殺している状態とはいえ。

 もう少しでも温泉地に近づこうものなら、確実にクルトちゃんに発見される。

 彼女の索敵に掛かれば、俺であろうとも見つからずに進む事は困難だ。

 何よりも、まだまだ半人前のガキ二人であれば隠れる事なんて不可能だろうよ。

 となれば、俺が障害となりえる二人を相手取るしかねぇ……はぁ、だりぃな。


 金を貰って引き受けた手前、此処で断る事は出来ない。

 金だけふんだくる事も出来るが、それはそれで面倒だ。

 何よりも、俺はこいつらの熱意に感銘を受けた。

 知られればその後の学生生活はほぼ終わりであり。

 たった一回の覗きの為だけに全てを懸けるというチェレンジ精神……似ているな。


 俺とそっくりであり、そういう奴らは放っておけない。

 人生は博打であり、リスク無くして成功はあり得ない。

 俺はポケットからあるものを取り出す。

 それは俺が調合して作った丸薬だ。

 一人に三つずつ渡せば、ガキ共は目を丸くしていた。


「危ない時、どうしても無理ゲーって時に噛み砕いて飲み込め……奇跡が起きるぜ」

「ほ、本当ですか? でも、危ないんじゃ」

「あぁそうだな。奇跡は起きるが、その後は地獄だ。全身筋肉痛で真面に動けねぇだろうさ。ま、パイセンなら治してくれるだろうよ」

「「……っ」」


 二人はごくりと喉を鳴らす。

 これ以上聞いても、時間がもったいないと思ったんだろう。

 二人は丸薬をポケットにねじ込んでから、静かに頷いた。


「うし、温泉までの場所は分かるな? パイセンがご丁寧に看板まで埋めてるんだ。早々、迷う事はねぇ……ま、逆にいえばその他の道が使えねぇって分かってるから罠はてんこもりだけどな」

「……どんな罠かは分かんないんすよね」

「あぁそこまでは分からねぇ。地雷か、ターレットか……ま、頑張れや」


 二人は俺の話を聞いて顔面蒼白になる。

 脅しでも何でもなく事実であり。

 アイツらの事だから殺す気で罠を配置した筈だ。

 まぁガキどもはパイセンの教え子だから、ある程度は手加減をするだろうけどよ……さて。


 俺は話は終わりだと立ち上がる。

 時間はあまり無いからこそ、俺はそろそろ行く事を伝えた。

 二人も立ち上がり、無言で俺に頭を下げる。

 俺はひらひらと手を振りながら歩いていった。


「良い夜を……愛すべき馬鹿野郎ども」


 俺はそう呟き――駆ける。


 木々を縫うように移動する。

 魔力を隠すようにすれば、嫌でも敵はサーチを掛けて来る。

 俺もサーチを掛ければ――来てるな。


 完全に気づかれた様であり。

 二人の気配を感じた。

 殺気だっており、マジで俺を殺しに来てやがる。

 俺はガキどもが動きやすいように、少し遠回りのルートを進む。

 すると、奴らは俺の進路方向へと進み――止まる。


 少し開けた場所に出た。

 月明かりが差す場所であり、俺の目の前に――鬼が降り立つ。


 片方は聖刃の鎖を伸ばしており、もう片方は腕を銃器に変えていた。

 何方も真顔ではあるが、溢れんばかりの殺気を放っている。

 俺は口笛を吹き、可愛い顔が台無しだと言ってやる。

 すると、間髪入れずにクラーラが銃弾を放ってきた。

 俺はアーミーナイフを取り出し、魔力を纏わせて弾丸を全て弾く。

 クラーラは汚物でも見るように視線を俺に向ける。


「……何しに来たの?」

「何って決まってんじゃないっすか――覗きだよ」

「「――死ね」」


 二人がドスの効いた声で言う。

 瞬間、奴らは動き始めた。

 俺も地面を蹴って移動しながら――ストックを使う。


「ま、二倍ってとこか!」

「――馬鹿じゃないの。こんなくだらない事にストックを使うなんて」

「はは! 馬鹿に決まってんじゃないっすか! これが俺なんすからねぇ!!」


 銃弾を放つ“夢幻躯動”。

 それらを避けながら、俺も木を蹴り飛ばして接近する。

 ナイフで頭を刺そうとし――防御をする。


 横から迫った鎖。

 それが俺の腕を強く打つ。

 魔力で強化しており、もしも此方も魔力を纏わせていなかったら貫通していた。

 それほどまでにマジであり、俺はたらりと汗を流す。


 そのまま木を足場にし、更に森の奥へと進む。

 出来る限り遠くへ行きながら、化け物どもを引き連れていく。

 遠くへ、遠くへ――爆発音が微かに聞こえた。


 すると、化け物どもが足を止める。

 俺はすかさず、一番厄介なサーチ役のクルトちゃんに攻撃を仕掛けた。


「――っ!」

「油断大敵!」


 俺はナイフをくるりと回し。

 そのまま柄の部分で首を――が、当たらない。

 

 寸でのところで鎖でガードされた。

 ぎゃりぎゃりと音を立てて、衝撃を殺し切れずに奴は弾き飛ばされた。

 バキバキと枝を折っていき、そのまま木の幹に背中を強く打ち付ける。

 奴は地面に着地し、そのまま気配を殺して移動していった。


「行かせねぇよ!!」


 俺は木を蹴りつけて――加速。


 クルトちゃんはそんな俺目掛けて鎖で攻撃を仕掛けて来た。

 長い鎖がじゃらじゃらと音を発し、蛇のように動いて迫る。

 俺はそれを見ながら、一瞬で眼球をぎょろぎょろと動かし――見えた。


 俺は足に力を込める。

 そうして、そのまま――空を蹴る。


「――ッ!?」


 鎖の攻撃を躱し。

 そのまま木に足をつけて、加速した。

 何度も木に当たり、軌道を変えながら――クルトちゃんの背後に立つ。


 そのまま音も無く、奴に足蹴りを見舞う。

 攻撃に鎖を使った事で、防御には回せなくなっていた。

 その隙を使って攻撃し、奴の腕を通して脇腹に衝撃が伝わり――“飛ぶ”。


 横へと飛んでいき、ごろごろと地面を転がった……浅いな。


 俺は蹴りの姿勢から体勢を戻す。

 そうして、口笛を吹きながら息の荒い奴に賞賛を送った。


「へぇ、やるじゃん。さっきのは勘か?」

「……さぁ、どうでしょうか」


 奴はくすりと笑う。

 トゥルムとはいえ、実力で言えばダーメにも匹敵するだろう。

 それほどの才能を感じるが……が、まだ俺たちの領域には至っていない。


 俺はゆっくりと視線の上に向ける。

 そうして、さっきからジッと見ているだけで何もしない夢幻躯動に声を掛けた。


「あのぉ、さっきから何で見ているだけなんすかぁ? アンタら、一応今は味方じゃないんすかぁ?」

「……? 違うよ。そいつは味方じゃない――敵だよ」

「……クラーラ様、そういう状況では」

「――黙れよ。お前は敵で、そいつも敵だ。一番の敵が二番の敵と戦っているんだったら。潰し合いをさせた方が効率がいい」

「……っ。この……っ」


 二人はにらみ合う。

 見えない火花が見えるようで。

 同じ人間を好きになったらこうなるのかと思った。

 自分の事じゃないからこそ、対岸の火として見ていられる。

 それにだ、この状況は好都合であり……後は、アイツら次第だな。


「んじゃ、俺はクルトちゃんの相手に専念しますかぁ……逃げんなよ?」

「……? 逃げないよ。そもそも、あんな子供に、私の罠は突破できないから」

「へぇそうっすか……ま、そう思ってればいいいですよ」


 俺はにたりと笑う……俺は信じている。


 ギャンブラーとしての勘が叫んでいる。

 アイツらもギャンブラーであり、土壇場で奴らの眠れる才能が――“開花”すると。


 いや、正確には“一人”だけだがな……くくく。


 俺はナイフを構える。

 クルトちゃんも鎖を操作していた。

 周りに鎖を浮かせながら、俺を睨む。

 俺はガキどもの青春の成功を祈りながら――駆けた。


 〇


「ショォォォォン――ッ!!」


 埋まっていた地雷に吹き飛ばされたショーン。

 宙を舞ってからどすりと地面に落ちた。

 俺はそんなショーンに駆け寄る。

 すると、着ていたジャージはボロボロで頭はちりちりのアフロになっていた。


 ショーンは黒焦げであり、がふりとせき込む。

 そうして、細めた目で俺を見つめる。


「あぁ、レン……俺はぁ、失敗、しちまったらしいな」

「ショーン! 何も言うな! あぁクソ、俺たちの桃源郷はこの先だってのに!」


 ショーンと俺は幼稚園の時からの仲だ。

 こいつとは何時も一緒であり、互いにでっかい夢を持っていた。

 日之国の桜が植えられた公園の中で、俺たちはジュースを片手に誓い合った。


 

『俺はパツ金のナイスバディと結婚する!』

『俺は黒髪清楚な大和撫子と!』

『『互いに夢は違えど、想いは一つだ!!』』



 ショーンとの夢は果たされていない。

 いや、それどころか俺たちは女子と真面に手を繋いだことも無い。


 俺たちに出会いは無い。

 あったとしても、男女の仲に進展する機会は訪れないだろう。

 だからこそ、せめて、せめて……一度でいいから、夢を見させて欲しい。


 永遠に童貞でもいい、この先で何の幸せが無くともいい。

 ただ、俺たちは夢が見たかった。

 空想のものではなく、確かに存在する幸せな夢をこの目で……なのに、なのに!


 ヤンも誘った。

 が、奴はやんわりと断って来た。

 アイツはいいさ、美人の母親がいて俺たちの中では一番美形だろうさ。

 が、俺たちは三枚目であり、希望も何もねぇんだ。

 持たざるものが、夢を求めて何が悪い。


 俺は必死にショーンに声を掛ける。

 お前はまだいけると、あと少しだと。

 ショーンはゆっくりと自らのボロボロのズボンのポケットからカメラを出す。


「あい、ぼう……頼む、俺の夢……俺の、願いを……かな、えて、く…………」


 ショーンからカメラを受け取る。

 奴はたらりと涙を流し――力尽きた。


 俺は大きく目を見開く。

 そうして、志半ばで逝ってしまった親友を抱く。


「ショォォォォォン――て、うぉぉ!!?」


 見れば、ドローンが数体飛んでくる。

 思わずショーンを投げ捨てて離れる。

 警戒しながら距離を取っていれば、ドローンはショーンをアームで掴み何処かに運んでいってしまう。

 恐らくは、先生たちの生徒に対する安全策で……相棒、お前の意志は受け取ったぜ。


 俺はカメラを握りしめて走った。

 走って、走って、走って――無数の機械音を感じた。


「――ッ!?」

 

 反射的に体を動かす。

 乾いた銃声が鳴り、地面に穴が開く。

 銃弾であり、俺は激しく体を動かす。

 すると、銃弾が至るところから放たれてきた。


 俺はそれらを避けていくが――無理だ!!


 何発かが体を掠めていく。

 ゴム弾ではあるが、掠めただけでもイテェ!


 「お、ごぉ!」


 ボスボスと何発かが俺の腹に当たり、俺の体がよろける。

 俺はそのまま地面に――ッ!


 

 怖気が走る。

 

 この地面に触れてはいけないと本能が叫んでいた。

 

 回避不能、手をつく事もダメだ。

 

 何も出来ない、どうする事も――丸薬を取り出す。


 

 俺は咄嗟に、丸薬を口に入れた。

 そうして、思い切り噛み砕き飲み込む。

 が、体に変化は無く、地面に体が触れて――閃光。


「――」


 白い光が視界を埋め尽くし。

 次の瞬間には、俺は夜空を舞っていた。

 ぐわんぐわんと視界が揺れていて、耳元ではキーンと音が響いていた。

 体から焼け焦げた臭いがし、意識が遠のていくように感じた。

 ゲームオーバーであり、これで俺たちの夢は終わりで――あ、れ?



 

 何でだろう――すげぇ痛てぇのに――すげぇ“気持ちがいい”――


 意識が飛びそうで――今にも眠っちまいそうなのに――


 夢が遠くて――届きそうにないと思ったのに――“いけるんじゃねぇかと思えた”。



 

「――!」 

 


 

 ドクリと心臓が跳ね上がる。

 そうして、激しく血が流れていくように体が熱くなる。

 薄れていく意識が急速に戻っていき、視界が鮮明になっていった。


 

 ドク、ドク、ドク――ドクドクドクと血が流れていくのが分かる。

 

 

 俺はそのまま地面に落下していく。

 頭から衝突は免れないそう思って――くるりと身をよじり着地する。


 地面に足をついた瞬間、無数の銃口が俺に向けられる。

 赤外線であり、真っすぐに俺を狙っていた。

 乾いた銃声が鳴り、ゴム弾が飛んできているのを感じる。

 俺はゆっくりと顔を上げて――大地を蹴る。


 ボスボスと俺がさきほどまで立っていた場所にゴム弾が殺到する。

 無人で動く銃器が即座に動き俺を狙うが、そのまま駆けていく。

 弾が放たれる音が耳に聞こえるが、体を掠める事は無い。

 全て俺が通った後に撃ち込まれて行っている。

 

 速い。今までとは比べ物にならないほどに――“体が軽い”。


 羽のように軽い体を動かして弾丸を躱していく。

 すると、足に違和感を抱き――飛ぶ。

 

 遅れて地雷が起動し、爆ぜていたが。

 俺は気にも留める事無く駆けていく。


 全身の血が沸騰し、アドレナリンが駆け巡っていく。

 何も聞こえなかった筈の俺の耳には、まだ見ぬ美女や美少女の声が聞こえていた……呼んでいる。


『レン』

『レンさん!』

『れぇん?』

『レンレン!』


 

 聞こえる……あぁ聞こえるよ。

 

 

 存在しない妹の声、存在しない姉の声、性格のきつい美人教師。

 巫女さんに、婦警さんに、美人スパイに――“あぁ、感じる”。


 エロが、俺の本能を呼び覚ます。

 熱い情熱が、俺に今まで見えなかったものを見させてくれる。

 理解した。これが俺に隠されていた――“エロスなのだと”。

 

 

「あぁ、聞こえるよ――俺を呼ぶ天使たちの声が」

 

 

 俺は笑みを深めながら、目の前に転がる石を――蹴る。


 

 弾丸のように放たれた石が、俺を狙うターレットに当たる。

 そうして、爆発を起こしていた――あぁ、良い。


 

 これが、これこそが――“本当の俺”ッ!!


 躍る。心が、欲望が――踊り狂うッ!!



 滾って滾って仕方がない、筋肉が膨張し最愛の息子が硬さを増す。

 目はギンギンであり、俺の溢れんばかりの欲望が俺に力を与えてくれる。


 見える、見えるぞ――俺を邪魔する存在の動きがッ!!


 銃口から放たれるゴム弾の軌跡。

 隠れ潜むターレットの位置、地雷が埋まっている場所。

 全て、全て――“感じる”。

 

 俺とショーンの夢が俺に力を与えてくれる。

 クラスメイトの女たちの裸体が、俺の情熱に火をつける。

 飽くなき欲望、無限のエロス、リスクから生じる高揚感――あぁ、そうだ。

 

 人生を懸けたくだらない大博打が、俺の意識を限界まで高めてくれていた。


 

 たかが女湯、たかが覗き――否、これは“男のロマン”だ。


 

 全ての童貞の夢、全ての持たざる者たちの願い。

 俺は今、この瞬間にそれら全てを背負っている。

 謂わば、希望の象徴であり――止まる訳には行かない。


 俺は駆ける。

 無数の銃弾を躱し、地面を蹴りつけて飛び。

 空中で体をねじって、舞う様に攻撃を回避。

 そのまま、地面に埋まる地雷が起動する前に疾走していった。

 後ろで無数の閃光が起こり、地面が軽く揺れていた――関係ねぇよ。


「俺は、俺たちは――止まらねぇッ!!!」


 俺は駆けた。

 そうして、地面の石を蹴りつけて邪魔をする全てを破壊する。

 この俺の勇士を世のリア充共が見ていればこう言うだろう――“あぁ馬鹿だ”ってな。


 それでいい、それで結構だ。

 理解しなくていい、憐れんでもいい。

 俺は童貞で、お前たちはヤリチンだ。

 互いに相容れない存在で、価値観そのもが違う。

 何時でも見られるお前らと、願っても見る事の出来ない俺たち

 百戦錬磨の奴らはそれでいい。

 だからこそ、戦う事の無かった俺たちが見せる一度きりの合戦を――眺めていればいい。

 

 

 この時、この瞬間だけは俺も一人の雄だッ!!


 例え非難されようとも、誰も認めずともいい――これが俺、レン・ラッハーの姿だッ!!

 

 


「――見さらせぇッ!! 俺の生き様をッ!!!」


 

 

 走る、走る、走る。

 弾を避け、地雷を超え。

 体に傷を作りながらも、足を前へと動かし続ける。

 ほのかに香る硫黄の匂いに、湿り気を帯びたなまるぬい風。

 それを肌で感じながら、桃源郷の気配を感じる。

 

 

 風となり大地を駆けて――見えたッ!!!


 

 温泉の湯気であり、薄っすらと影が見える。

 わいわいと話しているようであり。

 俺は笑みを深める。そうして、隠密も何もかもを忘れて――空を飛ぶ。


 スローモーションに感じる中で。

 俺は湯気の先で俺を見つめる女生徒たちの視線を感じながら。

 連続してシャッターを切り、そのまま茂みの中に飛び込む。


 呼吸が荒い、奇跡が起きようとも体力の消耗だけは押さえられなかった。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……やった。やったぞ……俺は遂に……ぅ!」


 

 ゆらりと体が揺れる。

 ボブさんの言った奇跡は起こった――が、魔法は切れた。


 全身が鉛のように重くなる。

 体が動きづらくなっていた。

 女子たちが騒いで音が微かに聞こえており、すぐに此方に来るだろう。

 逃げなければいけない。が、逃げられない。


 俺は全てを悟り、せめてもと茂みの中にカメラを隠す……これでいい。


 俺たちは夢を掴んだ。

 肉眼では見れずとも、夢はこの中にある。

 ショーンには悪いが――俺は無事に帰れそうにない。


 袋叩きか、磔の刑か……あぁ好きにしろ。


 何の対価も無く、何の犠牲も無く夢は掴めやしない。

 全てを出して、ベストを尽くした。

 それならば、この後に起こる惨劇も甘んじて受け入れよう。

 

 ゆっくりと木に背中を預ける。

 そうして、茂みを掻き分ける存在に目を向けながら俺は笑った。


「わりぃ、ショーン。俺も、これまで…………へ?」


 視線の先に映ったもの。

 それは人の形をしているが、人ではない。

 全身が黒い毛で覆われており、筋骨隆々で。

 頭には何故かリボンをつけて女性のような面影を感じるが――ゴリラだ。


「うほ?」

「あ、あぁ、そ、そんな……馬鹿、な……まさか、先生は……っ!」


 ゴリラがどんどん集まって来る。

 俺はゴリラに囲まれて、ゆっくりと抱き上げられる。

 そうして、何故か一匹のゴリラに熱い視線を向けられていた。


「うほうほうほ!!」

「あ、あぁ、嵌められ、たのか? 先生、せん、せい……先生! せんせぇぇ!!」


 天を仰ぎ見て叫ぶ。

 何故か空の上でほくそ笑んでいる先生の顔を幻視した。

 

 俺はゴリラに連れされられる。

 誰も俺を助けてくれる人はおらず。

 ただただ空しい叫びが森の中に響き渡るだけだった。

 

 俺は激しく後悔した。

 あの先生の忠告を守らなかった事を。

 そして、あのアフロを信じた事を――心の底から後悔した。

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