051:祓魔師は林間学校を実施する
燦燦と輝く太陽。
掌で鬱陶しいほどの光を遮りながら、俺は眼鏡越しに空を眺める……完璧だ。
天候は晴れであり、気温も寒くも暑くも無く丁度いい。
風量もそれなりであり、絶好の日であると認識する。
現在の時刻は朝の六時であり、チラリと生徒たちを見れば眠そうにする奴らもちらほらいた。
たるんでいる、普段であればそう思うだろう。
が、今日だけは特に指摘はしない。
何せ、今日は防犯教室前の大事なイベントであり。
こいつらにとって輝かしい三日間となるのだからな。
眠そうにする奴もいれば、少し楽しみにしている奴らもいる。
ヤンに至ってはまたしても大きな荷物を持って来ていて。
今もバスにそれを必死こいてボブが詰め込んでいた。
「……」
奴らの装いは修道院指定のジャージであり、俺の言いつけ通りに正しい服装で生徒たちが集まっていた。
修道院の敷地内には俺が手配しておいたバスが停まっている。
運転手はクルトであり、添乗員はつけていない筈なのにクラーラが勝手にその衣装を身に纏っていた。
俺は荷物をさっさと積み込むように、臨時で雇ったボブに命令する……いや、何でこいつは暇だったんだ?
クラーラはまだ分かるが。
こいつがフリーである理由は不明だった。
しかし、クルトにそれとなく聞けば、ニンドゥでの一件以来。
悪魔による事件も更に減っていると言っていた。
鬼畜眼鏡は俺にそんな事は言ってなかったが……また何か隠してそうだなぁ。
俺はそんな事を思いつつ。
時計をもう一度確認してから、生徒たちを見た。
《皆さん、おはようございます。これより、我々は三日間の――“林間学校”に向かいます》
「……あのぉ、先生……僕たち以外の人たちは……?」
《彼らはすでに出発しました。我々もすぐに向かいます……まぁ場所は違いますが》
「「「……え?」」」
奴らは何かを感じ取って顔色を悪くしていた。
他の生徒が先に行っていて、合流するかと思えば特別な場所に向かう。
警戒しない方がおかしいとは思うが、まぁこれも運命というやつだ。
俺の生徒になったのが運の尽きで……さて。
「……」
視線をカブラギに向ける。
アイツは俺が言った通りに修道院に来ていた。
ちゃんと連絡を聞いていたようであり、服装はジャージで。
その上にフード付きのパーカを羽織っていた。
動きやすそうな服ではある。
俺はこれでクラス全員が揃ったと確認し。
さっさとバスに乗り込むように全員に指示した。
「だ、大丈夫……かな?」
「だ、大丈夫でしょう! せ、先生だったら……だったら……だ、ダメだ。全然フォロー出来ない!」
「予測不能。カレーなのか、ハヤシライスなのか。それとも鍋なのか」
「……た、食べ物、のこと……そ、そこ? ふひ」
「菓子持って来ていいって言ってたからなぁ……とりま、ルーレットやるぜぇ!」
「お! それってアレだろ? 菓子の中に外れが混じってるってやつだろ! どんな外れかはランダムらしいけど」
アデリナやエルナ、コルネリアにヤン達。
他のクラスメイトも俺のしごきに慣れており。
ある程度は楽しむ余裕もありそうだった。
チラリとエゴンとカブラギに視線を向ける。
すると、エゴンはちらちらとカブラギを見て……カブラギは先にバスに乗り込みに行った。
それを見たヤン達は舌を鳴らす……はぁ、不器用な奴だなぁ。
俺は頭を掻いてから、手を叩いてさっさと乗るように指示する。
生徒たちは返事をしてバスに乗り込んでいった。
◇
可愛らしい悲鳴が響き。
次の瞬間には口から火を吹く一人の生徒。
パーカーの下で必死に口を動かしていて。
チラリと見えた目からは涙が流れていた。
口を両手で抑えながら、陸に打ち上げられた魚のように激しく動き――笑い声が聞こえた。
「――――ッ!!!?」
「「「ぷ、あはははは!!!!」」」
バスの中は笑いに包まれていた。
レンの持ってきたロシアンクッキー。
全部で百個も入っている大人数用であり。
それを順番に生徒たちが食べていき、記念すべき四十三個目で――大当たりだ。
それを食べた奴は口を抑えながら悶えている。
そうして、アデリナから渡された水をがぶ飲みしていた。
それを見ていたヤン達も、噴き出して笑っている。
笑いを生み出してくれた存在は――カブラギだ。
《ははは、カブラギ君は運がいいですねぇ》
「……ッ! お前が、危ないって……うぅ!!」
「「「はははは!!!!」」」
……んー? 俺は何もしていねぇよぉ?
ただ、次は当たりが出るだろうなぁって言っただけだ。
トレーが回ってきた時に、ちょちょいっと順番を弄ったがなぁ。
そうしたら、カブラギは一個を避けてその次のトレーに入ったクッキーを食べて……俺は悪くねぇよ。
クッキーを食べるまでは、少し空気が悪くなりかけてはいたが。
何時もは澄ましていたカブラギが悲鳴を上げてひぃひぃ言っている。
それを見ていたヤン達は思わず吹き出してしまっていた。
もう険悪な雰囲気は無く、これで少しはマシになっただろう。
俺はすかさずゲーム内で聞いた良い情報をヤン達に教えてやった。
《ヤン君、カブラギ君は日之国の出身らしいですよ。君、日之国の文化に興味がありませんでしたか?》
「――え!? まさかとは思ったけど、お前……マジかよ!?」
「……そうだよ。悪いか?」
「いやいや、悪くねぇよ……な、なぁ? あそこの人って悪い事をしたら……腹を切るのか?」
「…………は? 切る訳ないじゃん。ドラマの見すぎだろ……アレは昔の話で、今は……いや、家系的にはするやつもいるって聞いたことは……あるな」
「「「……マジ?」」」
ヤン達不良組は目を丸くする。
カブラギがくすりと笑って冗談だと言っていた。
すると、三人はほっと胸を撫でおろす。
そうして、他のクラスメイト達もカブラギに質問をする。
男か女か――女だった。
家は何をしているのか――研究をしていると言った。
日之国の料理は美味しいのか――ものによるらしい。
「じゃあさ!」
「それとさ!」
「えっと、それなら!」
「――ちょ、ちょっと待てよ! そんなにいっぺんに聞くな!? 僕は太子じゃないんだぞ!?」
「「「……太子?」」」
「え、いや、その……あぁもう! 何とかしろ!」
カブラギは身を乗り出して前に座る俺に救いを求めて来た。
俺は指で耳をほじって、ふぅっと息を吐く。
《んー? 私は質問されていませんからねぇ。答える必要は無いでしょう?》
にやにやと笑いながら言えば、カブラギは悔しそうに歯ぎしりをしていた。
そんな時に、アデリナも身を乗り出して手を上げて来た。
「はいはーい! それじゃ先生にも質問でーす! あ、あの……す、好きな女性のタイプって……きゃー!」
意図せぬタイミングでアデリナが勝手に質問してきた。
無視する事も出来たが、何故か視線を感じた。
すると、目をガン開きにしたクラーラが俺を見ている。
何故か、クルトもバックミラー越しに俺を見ている。
《ははは、そんなの誰も興味は無いですよ。若者ならまだしも、私はもう良い年したおっさんですからねぇ》
「……いや、あるよ……お前ほどの男の好みってものにな……“人生経験豊富”で、“何でも答える”んじゃないのか、おっさん?」
「……」
カブラギはにやりと笑う……ガキがぁ。
奴は俺の言った事を覚えた上で、ここぞとばかりに俺を攻める。
俺は盛大に舌を鳴らしてから、適当に尽くしてくれる心の清らかな人だと伝えた。
すると、クラーラがにこりと笑って静かに頷いていた……てめぇじゃねぇよ。
「そ、そっかぁ……よし、よし!」
「……?」
アデリナが何か喜んでいやがった。
俺の情報を誰かに売りつけるつもりなのか。
そんな情報を買いたがるのは、狂信的な自称ファンくらいだが……。
「……鈍い奴だな……たく」
「……」
カブラギがぼそりと呟く。
俺は真顔のまま、今の言葉は無視しておいてやった。
俺は小さく欠伸を掻きながら、窓から見える景色を楽しむ。
生徒たちは再びカブラギに質問を始めて。
アイツは鬱陶しそうにはしているものの、満更ではなさそうだった……“もうちょい”だな。
仲良くなるだけで終わりじゃない。
よりクラスの結束力を高める。
防犯教室の前哨戦であり、此処で奴らを祓魔師として最も大事な志を芽生えさせる。
ニンドゥではたった八人であり、結束力もクソも無かったが。
これから行く先では少なくとも、俺たちの邪魔をする存在は現れないだろう。
志の内容は、ハッキリと言えばどんなもんでもいい。
仲間を守るでも、家族を守るでも。
兎にも角にも、足を進める為の原動力が大事だ。
車を動かすのにガソリンが必要なように。
悪魔と戦うにも、何かしらのものは必要だろう。
今はまだ学生であり、ふわっとしたものしか無いだろうが。
この林間学校と防犯教室によって、奴らの中に明確な志を生み出したい。
俺はそう思いながら、ちらりとボブを見つめる。
「がぁ、がぁ、がぁ……ふがぁ!」
「……」
……寝ている。
それもがぁがぁといびきを掻いてやがる。
何処で何をしていたのかは分からないが。
俺の下に来た奴は金が欲しいと抜かしやがった。
風呂にも碌に入っておらず、とても臭うので近くの銭湯で奴を洗浄し。
服も全部クリーニングで洗ってやった上に、サンダルを買ってくれとねだって来たので。
アイツをぶん殴ってから、安くて丈夫なサンダルを履かせてやった。
食べるものにも困っており、行きつけの駄菓子屋に行く金も無かったそうだ。
奴は大抵、飯に困れば空を飛ぶ野鳥を撃ち落として食ったりしている。
野生児の生活であり、今回の林間学校でも適正は高いように思える。
サンダルを買ってやったのも、銭湯に連れて行ってもらったのも。
全てはこれから嫌というほど働かせる為だ。
そうでもなければ、俺が赤の他人に恵んでやる事などしない。
適当にバイトだと言って奴隷のように働かせる事にした……くくく。
奴は寝ている。
今は存分に寝るといいさ……そう、この三日間の分を此処でなぁ。
俺は邪悪な笑みを浮かべながらくつくつ笑っておいた。
それにしてもだ……この何処にでもあるバスの中に人類にとっての大きな戦力であるケーニヒが二人もいる。
もしも、近くを通る車に乗っている人間たちが気づけばどうなるか。
俺はやれやれと首を振りため息を吐く……まぁいい。
この二泊三日の林間学校で俺の計画を更に進める。
卒業するまでに、最低でもトゥルムほどの力を身に着けさせる。
それが出来なければ、こいつらが激しい悪魔との戦いで生き残る事は難しい。
力さえあれば、そう易々とは死なない。
別に卒業後にこいつらが何処でどんな末路を辿ろうとも俺は関係ない。
自分のミスで死ぬのなら、俺には責任は無いからな。
そもそも、祓魔師になると自分で決めたのなら誰しも覚悟はしている。
だが、もしもだ。
こいつらの訃報を聞かされ続けるのは……すげぇムカつく。
死ぬのであれば、病気か老衰で良い。
悪魔に俺が育てた奴が殺されるのは我慢ならねぇ。
まるで、俺が能無しだと言われているようじゃねぇか……だから、鍛える。
絶対に死なせねぇし、絶対に殺させねぇ。
死ぬ気で生きる術を叩きこんでやる。
例え恨まれようともだ……くくく、楽しみだぜぇ。
これから始まる俺の新たなしごき。
奴らはどんな声で鳴いてくれるのか。
俺を楽しませて、俺好みの祓魔師にしてやるからなぁ――覚悟しやがれ。
「……」
取り敢えず、鍵を握るのは――“カブラギ”だ。
アイツを起点とし、クラスの結束力を高める。
アイツが抜ければこの計画は水の泡だ。
俺たちの努力も無駄になっちまうだろう。
失敗は許されず、ボブにもクラーラにも協力してもらう。
勿論、クルトもそうで……くくく、絶対に成功させてやるぜぇ。




