047:悪魔の欲望と祓魔師が見る夢(side:???→ランベルト)
呪われた島――“ゼノグラバ島”。
昼夜問わずに瘴気が立ち込める場所であり。
此処には人はおろか、動植物すらも存在しない。
全ての草花は枯れ果て、元々住んでいた人間たちも灰となって土に還った。
命あるもの……いや、正確には“力なき者”は例外なく死ぬだろうね。
現世の命が住む事が許されない島。
過去に存在した悪魔の力によってこの島そのものが“呪い”で満ちていた。
激しい戦いであり、当時のケーニヒ三人を巻き込んでの自爆技だ。
足を踏み入れれば最期であり、急速に体は衰えて寿命を使いきり枯れ木のようにやせ細り朽ち果てる。
解呪は不能であり、悪魔が自らの存在そのものを贄に捧げる事によってこの島の呪いは完成された。
その結果、現世においては悪魔たちが活動する為の拠点となっているけど。
それを人類の奴らは知らない……僕たちはそこで帰りを待っていた。
倒壊した建物の一つ。
天井が崩落し、壁も一部が崩れている教会。
神を崇め奉っていたんだろうが、今はその神秘性すらも感じられない。
御神体らしきものもあるにはあるが、悪魔たちに穢されて元の清廉さは見る影も無かった。
灰が積もり、何も無い場所で僕たちは待つ。
故郷へ帰るまでの待ち時間であり。
僕はニンドゥで調達した“おやつ”を食べていた。
ポリポリとおやつとして持ってきた“人間の指”を齧る……まずい。
若い男女を選んだけど、今回は外れだ。
あのニンドゥの人間たちはどうも質が悪い。
ライツやアメリアの人間は味が濃くて美味しいけど。
僕の好みで言えば、やはり日之国だろうかなぁ……はぁ、まずいまずい。
最後の一本を口に放り込む。
そうして、ばりばりと咀嚼して飲み込んだ。
僕は異空間からとても筋肉質だった若い男の足を出す。
少しだけ火で焙ったお陰で中々に香ばしい香りがする。
それに歯を立てて一気に肉を噛みちぎれば……まぁまぁかなぁ?
祓魔師だったような気もするけど。
一瞬で殺してしまったからよく覚えていない。
近くには若い女たちもいたけど。
そいつらは魔物たちの餌として食わせてやった。
女を好んで食べる奴もいるけど、僕としては歯ごたえのある若い男がいいなぁ。
そんな事を考えながら、一気に噛みつく。
そうして、バリバリと骨ごとを噛み砕いて飲み込む。
僕は持っていた人間の血が入った筒を開けてぐびぐびと飲む……うぅん、これは良いね!
無垢な赤子の中でも、清らから心の男女を親に持つ存在を選別し。
痛みを感じる間もなく殺してから丁寧に処理をしたが。
その苦労に見合うだけの上等な味わいになっていた。
僕はするすると喉を通っていく血の味に喜びながら……チラリとジュダスを見る。
ジュダスも同じように現地で調達した人間を食べていた。
こいつは馬鹿であり、ほとんど美味いと言って食っているが。
それはそうであり、ジュダスは戦える人間以外は口に入れようとしない。
少しでも骨のある奴を選んでは勝負を挑み、満足すれば食材として取っておく。
大抵が生で食べているけど、時にはカリカリになるまで火を通して食べている時もある。
今も、祓魔師であった男の頭を丸かじりにしている。
何処かで見た事がある顔だと思って……あぁ、そうだ。僕の“影が演じた男”だ。
名前も知らないし、調べもしていなかったからねぇ。
結局、適当にKなんて言って呼ばせていたけど……アイツ、勘付いていたよねぇ?
絶対に怪しんでいた気がする。
そもそも、僕を心から信用している顔じゃなかった。
それでも、僕を案内人として同行させたのは。
十中八九が修道院に残して、アイツの可愛い生徒を襲わせない為だろう……まぁ暇だったら“二,三人は攫ってた”かもねぇ。
計画が終わったからこそ、Kとしての役目は終えた。
元々の存在は、そもそもがジュダスが殺していたので正体がバレる恐れは無かったけど。
やっぱり、アイツの周りにいるのだけは心が落ち着かないよ……いや、本当に。
僕は小さくため息を吐く。
まぁ無事に終わったからそれでいい。
あのままアイツと合流する必要だって無かったからね。
監視と誘導としての役割は果たせたし……。
「……取り敢えずは、仕事は完遂できたけど……魔王様はこれをどうするつもりなんだろうねぇ?」
「あぁ? んなの知らねぇよ……ま、アイツが関わっているのは確かだろうがな。くくく」
壁に背を預ける男――ジュダスは笑う。
僕は異空間から今回手に入れたものを取り出す。
厳重な封印を施された箱を掌の上で転がした。
見かけは古いだけの木箱であり、今にも崩れ落ちそうなほどに汚れている。
が、触れているだけで分かるが。
こいつの封印はかなり強力なものだ。
箱自体も木である筈なのに、まるで現世でいう核シェルターとでも言わんばかりの頑丈さだ……一体、この封印の為にどれだけの魂が使われたのかなぁ?
僕やジュダスであろうとも、この封印を解く事は容易くは無い。
が、これを所望したのは他でもない魔王様だ。
これが何かは分からないけど、“死王の影”を解き放つ事によってこれを手に入れる事が出来るとだけ聞いていた。
本来の計画は二つあり、ランベルト・ヘルダーを使って死王の封印を解くか。
あのニンドゥにいる餌たちを使って封印を解くかだった。
僕としてはランベルト・ヘルダーが来てくれた助かったと思う。
どんなにまずい餌だとしても、無いよりはマシだからだ。
悪魔たちだって飯を食わなければ力は弱くなっていく。
だからこそ、まずい餌でも下等な悪魔たちにとっては立派な食事さ。
アイツらもいれば面倒な雑務などを任せる事が出来るし。
力のある者として奴らを養ってやらないといけないのだ。
まぁ、僕たちは味にうるさいから、ニンドゥなんてどうでもいいけどねぇ。
そんな事を考えながら、最後の一欠片も残す事無く平らげる。
指を舐めとってから、小さく息を吐く……はぁ、お腹減ったなぁ。
ランベルト・ヘルダーに策略を仕掛けるのは中々に骨が折れるよ。
アイツはあぁ見えて中々に勘が鋭い。
僕たちの事もよく熟知しているからこそ、アイツが途中で行動を変えないかと内心でひやひやしていた。
ジュダスは戦闘向きであっても、僕はそこまで戦闘においては自信は無い。
ケーニヒ程度であれば問題は無いけど、アイツだけは絶対に相手をしたくない。
他の奴らは……あぁ、アイツはちょっと違うな。
唯一、あのランベルト・ヘルダーを“喰った事のある悪魔”。
それによって、元々は上級程度の力しか無かった雑魚なのに。
一気に力を強めて、強力な刻印まで手に入れていた。
実力はまるで伴っておらず、能力頼りの戦闘であり。
僕もジュダスも奴の事は特に苦手だった……アイツ、うざいんだよねぇ。
口を開けば、ランベルトの味について語って来る。
お前たちは知らないだろうとか抜かしてだ。
ジュダスも奴と会う時は無言であり。
何時、ジュダスがアイツを殺さないかとひやひやしている。
まぁ魔王様の手前、同じ十手同士で殺し合いをする事は無いと思うけど……いつか、下剋上されて欲しいなぁ。
あの目障りな新入りを消してくれる存在が現れる事を願う。
そんな事を考えていれば、ゲートが開く音がした。
帰りの準備が整ったようであり、紫と黒が混ざったようなゲートを見つめる。
僕は椅子にしていた台から飛びのく。
そうして、尻の埃を払ってから伸びをした。
「うーん……さて、じゃ帰ろっか! 此処、埃っぽくて嫌いなんだよねぇ」
「そうだな。用は済んだしな……あぁ楽しみだなぁ。次こそ、心躍る殺し合いが……くくく」
「はぁ、そればっかり……そんなに言うんだったら、あの時やっておけば良かったのにさぁ」
「あぁ? テメェは風情ってもんがねぇな……良いか? 戦いってのはな――」
ジュダスは聞いてもいないのに僕に説教をしてくる。
僕は嫌な顔をしながら耳を指でほじる。
そうして、魔王様への貢物を異空間へと収納し。
両手で耳を叩いて意味も無い言葉を吐く。
奴を無視しながら僕はゲートに飛び込んだ。
すると、一瞬の体の浮遊を感じて――地面に足がつく。
視線を前に向ければ――“愛しの故郷”が広がっていた。
高い丘の上に立つ。
そこから見える懐かしい景色に頬を緩めた。
血のように赤い空。
怪鳥が飛んでおり、そこかしこで黒い炎が噴き上がる。
戦闘音も聞こえていて、悪魔たちが好きなように暴れていた。
不気味で不自然な揺れ方をする木は白であったり赤であったりだ。
骨のように白い木は冷気を帯びて、血のように赤い木は熱を発している。
耳障りな音に、下品な悪魔たちの笑い声、血の臭いが風に混じっていて……あぁ、落ち着くなぁ。
素晴らしきかな故郷は。
そんな事を思っていれば、ゲートを通ってジュダスも戻る。
彼はまだ説教を続けていて、僕の肩を掴み聞いているのかと聞いて来る。
「あぁもう、うるさいなぁ……いいから、早く報告に行くよ! 遅れたら、他の奴らに小言言われちゃうよ?」
「あぁ? そんなもんどうでも」
「――あの“妖怪ランベルト語り”に言われてもいいの?」
「…………行くぞ」
ジュダスはしゅんと表情を無くす。
そうして、先ほどの熱も失せたように無言で歩いていく。
僕はそんな奴の反応を面白く思いながら、偶にはあの新入りも良い事をするものだと思ってやった――
〇
陽が沈んでいき、空が茜色になる頃。
疎らな人通りの道を男二人で歩いていく。
ニンドゥのパチ屋で盛大に遊んでやった。
ボブは案の定、全ての金をすられていた……俺の金だけどな。
憂さ晴らしには丁度良かった。
悪魔たちは去り、“不審な点があったK”も下手な真似はせずに去っていった。
もしも、俺たちの前に姿を晒していたのなら。
確認がてらに頭を吹き飛ばしていたところだが……運の良い奴だ。
奴自身は俺たちの誘導と監視が目的だっただろうが。
下手に奴を殺していれば、奴らも強引な手を打って来ていただろう。
お互いに探り探りであり、最低限の警戒心を持っていた。
結果、Kと名乗った男はあの戦いを最後に行方をくらました。
念の為に、ニンドゥの祓魔師に話は聞いてみたが。
同じ顔をした祓魔師はいた事は確認がとれている。
つまり、元々の祓魔師を殺して成り代わっていた。
大臣もそうであり、そいつは少なくとも複数体の分体を作り出せる上に。
高度な変装の能力も有している事になる。
分体自体は珍しくは無いが、その変身能力はかなり厄介だ。
一応は、戦闘時に奴の魔力などは分析してある。
それを本部に伝えてから解析をしたとしても、奴の変身能力を完全に見破る事が出来るかは分からないが。
まぁ無いよりはマシで……はぁぁぁぁ面倒くせぇぇな。
俺は盛大にため息を吐く。
すると、ボブはため息ばかりついてると運気が逃げると言ってきた……殺すぞ。
「ま! 今日はしゃあねぇっすよ! 次こそは、俺も勝ってやりますよ!」
《……期待はしていませんからね》
奴はケラケラと笑いながら今日はツキが無かったという。
何時もの事だと思いながらも、俺は景品の袋を抱えて修道院まで戻って来た。
生徒たちはどうしているのかと見に行って……思わず、感嘆の息が漏れた。
アデリナたちが行っている修練。
それは対魔式身体操術を習得する上で基本中の基本――“動力解放”だった。
通常の動力解放は、頭にものを乗せたり両手でバケツを持つようなものだが。
アデリナたちがやっているのはそれよりも過酷なもので。
特殊なベルトだらけのスーツを着ているが、アレは己の意志に反して力を使わせるものだ。
両手には卵を持っており、手足には重りのようなものをつけている。
全身から蒸気が出ており、奴らの目は完全に据わっている。
指導者であるラフールが号令を掛ければ、生徒たちは体を瞬時に動かす。
ニンドゥ式の体の動かし方であり、繊細な動きをしながら己の体を完全にコントロールする訓練を行う。
恐らく、飯を食い終えてからすぐに戻って修行を再開したんだろうが……くく。
流石だ。流石に……“ついてこられた”だけの事はある。
短い間であろうとも、生徒たちの動きで大体は分かる。
寝る間も惜しんで訓練を行ったのだろう。
そうでも無ければ短期間の内に、あそこまで体を動かす事は出来ない。
よく目を凝らして見れば、体内から魔力を放出している……ラフールめ、魔力の“全力解放”の仕方も教えたな?
魔力の全力解放を中途半端な状態で行えば命の危険がある。
制御が出来ずに全ての魔力を失えば、おのずと生命の危険に繋がるからな。
それでも、生徒たちに魔力の全力解放をさせたのは。
それをしなければ極短期間の内に、身体操術の糸口を掴む事は出来ないと判断したからだろう。
俺は流石にニンドゥの修道院を任せられるだけの事はあると思った。
「……ぐぅ!!」
アデリナの集中が乱れる。
瞬間、体が一気に丸まり地面に転がる。
奴の持っていた卵は砕けて、それが奴の顔を汚す。
ラフールはゆっくりとアデリナに近づいて、訓練を止めようとした。
が、アデリナは震える手で地面をつき――立ち上がる。
「もう一度――お願いします!」
「……よろしい」
ラフールは傍においてあった。
卵を掴み、それをアデリナに持たせた。
彼女はまた生徒たちの訓練の輪に戻る。
顔には卵がついているというのに、あのアデリナがそれを拭く事もしない……はは。
すげぇ、すげぇよ……お前たちは最高だ。
俺は持っていた紙袋をボブに渡す。
ボブは戸惑いながら、どうするのかと言ったが無視。
そのままラフールを追い越して、俺はアデリナたちに近寄り――術を起動する。
「「「……っ!!」」」
《さぁ疲れも痛みもこれで消えました――まだまだ、こんなものではないでしょう?》
「「「はいッ!!!」」」
治癒の魔術によって体力を一気に回復させた。
生徒たちは気持ちの良い返事をする。
そうして、ラフールは号令を早めた。
俺も生徒たちの輪に加わり、同じような動きをする。
《アデリナさん腕の角度がズレています。右手を上方に十度、修正しなさい》
「は、はい!」
《エルナさん、魔力が乱れていますよ。全力といっても闇雲に発すればいいものではありません。的を絞るように、クリームを絞るように必要な場所に魔力を集中させなさい》
「――! 了解!」
《エゴン君、体に力が入り過ぎていますよ。もっと自然に、意識をせずとも貴方なら十分です》
「は、はい!!」
俺は生徒たちと共に修練をする。
そうして、見える範囲で指導を行う。
もっとだ、もっともっと――こいつらは強くなる。
今はまだ、下級の悪魔にも手こずるかもしれないが。
何れは上級も最上級も殺せるほどになる。
俺が育てるんだ。それくらいはなって当然だ――お前たちなら、もっと上まで目指せる。
悪魔を殺す術を身に着ける。
そして、己を鍛えて強くする。
絶対に死なねぇように、絶対にこいつらが後悔しないように。
教えてやるよ。お前たちが本気でなりたいって言うんだったら、俺が全てを叩きこんでやる。
ラフールのような指導者も紹介し、あらゆる伝手をつかって俺が鍛えてやる。
そこいらの悪魔に殺されるような半端物にはしてやらねぇ。
すぐに死んじまうような奴にだけはなってほしくない。
どうせ指導をするのであれば、目指すべきものは――“最強”だ。
《強くなりなさい、誰よりも、どんな存在よりも……理不尽ですらも跳ね除けて、己が王者として振舞えるように……私の許可なく死ぬことは許しません。私の許可なく無謀な真似をする事も許しません――至りなさい、最強に》
「「「――はい!!!」」」
生徒たちの魔力が増大する。
己が意識に呼応し、奴らの体が変化を生じさせた。
微々たるものであり、戦闘においてはさほど影響はない――が、十分だ。
強くなりたい、何かを成し遂げたい。
その気持ちがあるのであれば――“絶対にしてやるよ”。
俺はテメェらの担任だ。
俺もこの職を失いたくはねぇ。
故に、お前たちがなりたいものに俺はしてやる。
全力で、手を抜いたりなんかはしねぇ。
最後の最後まで、嫌だと言おうとも――見捨てはしねぇからよ。
強くなろうぜぇガキ共。
ぞれぞれの目標を成し遂げて、想いを馳せる存在になりやがれ。
そんな未来があるってんなら、俺もちっとは張り合いがある。
素晴らしいとか崇高とかはどうでもいい。
お前らがなりたい未来が、今の俺にとっての――“小さな希望”だ。
……くく、あぁ楽しみだぜ……雑魚でどうしようもねぇろくでなしだったお前らの未来が……俺は早く見てみてぇんだよ。
化粧好きのマセガキに、大食漢の小娘。
反抗期の不良共に、熱血かもしれねぇオタク野郎。
遠巻きで眺めているだけではあるフード野郎もそうさ。
それに、不純な気持ちはありそうだが、ゲロ吐き女も必死こいていやがる。
「ひぃ、ひぃ、ひぃ……わ、私の……モテモテ、は……こ、ここ、から……うぷ!」
《吐かないでください。吐いたらそれを貴方の胃に戻しますよ?》
「ひぃぃぃ!!」
俺はにやりと笑う。
コルネリアは悲鳴を上げながらもせっせと手を動かしていた。
期待なんてするもんじゃなぇが……今なら、少しはしてもいいかもな。
俺は汗を流す生徒たちを横目に見る。
どいつもこいつも良い目をしていて――俺の“ちっぽけな迷い”も晴れていった。




