046:祓魔師は人間じゃない
「…………」
「……死んでいる?」
「生きてるよぉ……ダーリン、大丈夫?」
「あああぁぁぁぁぁ……やべ、もう無いじゃん。ぱいせぇぇん、新しいの下さいよぉ」
「「「……」」」
民衆にもみくちゃにされる事暫く。
気づけば連休の終わりが見えていた。
折角、遠路はるばるやって来たのに仕事で。
奴らの計画を“表面上”は阻止できたのに、終われば今度は祭りを開催しやがった。
俺は隙を見て“切り札”を使ってあの場から逃げて来た。
現在も、“俺”は民衆にもみくちゃにされているだろうが……許せよ。
現在、フーゴ・ベッカーとしての装いでニンドゥの料理屋に入っていた。
客は祭りのせいで誰もおらず。
店主の男は閉めようとしていたが、客が来てくれて助かったと言っていた。
何故か、俺の奢りだと勝手にボブのクソが言った事で。
生徒たちをも巻き込んでの反省会が開かれてしまう……何でだよ。
俺は盛大にため息を吐く。
そうして、煙草を出して火をつけて吸う。
ボブの野郎がアレを寄越せと喚いており。
俺はイライラしながら、奴を黙らせる為にアレを出して投げ渡してやった。
奴はそれに頬ずりしてから早速吸い始めて……念の為、ガスは俺が異空間に流しておこう。
俺と奴のガスを異空間へと流しながら。
目の前に並んだご馳走を掻きこむガキどもを見つめる……よく食うな、おい。
エルナの奴は飯を食いながら次の飯を食う事を考えた顔をしていた。
エゴンの奴はボロボロであり、相当、腹が減っていたのか飯を大量に食っている。
他の奴らもボロボロではあるがエゴンよりはマシで……相当な修練を積んだみてぇだな。
短い期間であっても、こいつらの変化は何となく分かる。
対魔式身体操術は一朝一夕で身につくものではないが。
こいつらは才能があり、きっかけさえあればするすると覚える事が出来るだろう。
俺の課したメニューも文句も言いながらもやっているのがその証拠で……ま、絶対には言ってやらねぇけどな。
俺はくすりと笑う。
そうして、唯一あまり飯を食ってないアデリナに声を掛けた。
《どうしましたか? 食欲が無いのですか?》
「……ううん、違うよ……ただ、本当にこれで終わったのかなって思って」
「「「……」」」
全員がアデリナの声に手をぴたりと止めた。
あぁ知らない奴らからすればそう思うのも当然だろう。
俺は煙草を吹かせながら、その心配は無いとだけ伝えた。
すると、アデリナは何故、そう思えるのかと聞いて来る……“認識の違い”ってやつだな。
《質問します……悪魔は何故、人間を襲うと思いますか?》
「え、それは……人間が敵だからでしょ? 目障りに思っているからで」
《それは違います。奴らは我々を敵と認識していません――何処まで行っても“餌”ですからね》
奴らにとっての人間は家畜だ。
美味しい肉を提供してくれる動物で。
偶に爪を立てる事はあっても取るに足らない存在だ。
祓魔師であろうとも、奴らの認識はそうは変わりない。
下級の存在であれば、敵として認識しているだろうが。
上位の存在になればなるほど、奴らは俺たちがどうとかは考えていない。
《悪魔が人間を襲うのは“狩り”だからです。もっと言えば“食事”でしょうか……多少力があろうとも、基本的なスペックでは悪魔の方が上です。知能があり言葉が喋れたとしても、奴らは我々を敵としては見ない。精々が、ダーメ以上くらいでしょうね……ま、上澄みの中でも更に上澄みの存在たちはケーニヒですらも餌として見ていますがね。ははは》
「……何で、笑えるの? 先生は、怖くないの?」
アデリナは不安な顔で俺を見る。
俺はその言葉にハッキリと言ってやる。
《怖くはありません。恐怖を感じている“余裕”はありませんからね》
「……で、でも、食事っていうのなら……何で、悪魔たちはニンドゥで……」
エゴンは疑問を投げかけて来た。
奴の言いたい事は分かる。
ケーニヒですらも餌として見ている奴らがいるというのに。
何故、態々、ニンドゥで王を惑わすような真似をしたのかと。
実際に、例の大臣は行方をくらませて、王を調べれば薬物反応が出ていた。
心をかき乱されながらも、俺たちの情報を公開しなかったのはそれだけの精神力があったからだと思える……まぁそれはいい。
エゴンは、家畜である俺たちの王を惑わす事は矛盾であると言いたいんだろう。
悪魔が俺たちを餌だと見ているのなら、家畜の王をかどわかす労力は狩りでも食事でも無いからな。
それは当然であり、俺だって分かっている……が、“例外は存在する”んだよ。
自分自身でこんな事を言うのは嫌だが。
事実である事に変わりない。
だからこそ、俺は少しだけ言葉を溜めて吐き出すように言う。
《ランベルト・ヘルダー……奴だけはどんな悪魔であろうとも餌としては認識しない。敵であり、最大の障害であり、奴らにとっての天敵であるからです》
「……つまり、今回も……あの方が、関わっていたから……?」
《えぇ、そうでしょうね。態々、悪魔が家畜を使って人心を狂わせて。あたかも対立関係を生み出し、対魔局とニンドゥの両方に亀裂を生み出す事が目的のように“偽装”し、ヘルダーに疑いを持たせないように舞台を整えて……それだけの事をするほどの存在が奴なのです……今回は奴を主軸にした大規模な計画で、空に現れたアレを顕現させる事が……“一応は”奴らの目的だった。つまり、それが完了した今は、もうニンドゥに留まる理由はないのです……本当にどうしようもなく、奴は救いようの無い……“愚か者”ですよ》
俺は毒を吐き出す。
それを聞いていたクラーラたちは何も言わない。
事情を知っているであろうヤンの母親のデボラは悲しそうな顔をしていた。
すると、事情を知らない不良共は俺にとって“ありがたい言葉”を言ってくれた。
「……てことはさ……結局は悪魔たちが事件を起こすのって……“ヘルダー様がいるからなのか”?」
「……確かに、ヘルダー様が奴らにとっての敵ででっかい事をしでかすってことは……“ヘルダー様だからって事だよな”?」
「ちょ、ちょっと! それは、言っちゃ」
「だって、そうだろ? ヘルダー様が何もしなかったら――ッ!!」
不良共の言葉を聞いていれば言葉が止まる。
視線を向ければ、クラーラが槍を生成し不良の首元に向けていた。
殺気を放っており、それを受ける不良共が顔面蒼白で体を震わせる。
《やめなさい。彼らは事実を言っただけです》
「……事実じゃない……少なくとも、“あの方が生きる事”が……罪だと私は思いたくない」
「……同感。奴を狙うのは事実でも、いなければもっと惨たらしい世界になっていただけだった」
「……あぁ、俺は別に何とも……まぁ、あの人がいたら仕事は案外、楽だけどなぁ、ははは!」
ケーニヒ共は好き勝手に言う。
俺は舌を鳴らしてから、席から立ち上がる。
財布から札束を出してから、それを机に置いてやる……これで、足りるだろう。
《兎に角、奴らは“仕事を終えた”……“真の目的”は分かりませんが。また此処に来ることは……今は無いでしょう》
俺はそれだけ言って歩いていく。
生徒たちは深刻そうな顔をしていたが無視する。
今の俺はフリーであり、教師でも何でもない。
そこまで気に掛けてやれるほどの器量のある男ではないんでな。
ガラガラと扉を開けて外に出た。
すると、後ろからボブのアホがついてくる。
「へへ、流石にまずいでしょう……“これは、ガキ共には刺激が強い”っすからね」
《……子供に配慮するだけの心は残っていたんですね》
「いやぁぁそんなに褒めても何も出ないっすよぉぉ……て、無視しないでくださいよぉぉ!」
奴は俺の隣に立ち、腕を突いて来る。
俺はそれを無視して、煙草の吸殻を飛ばして魔術で燃やす。
奴もすかさず自分のものを投げ飛ばし、俺は燃やしてやった。
奴はにやにやと笑いながら、片手を回すように動かす。
その動き何処へ連れて行こうとしているのかはすぐに分かった。
俺は深くため息を吐きながら、根っこはまるで変っていないと呆れる。
「パイセン、此処で会ったのも何かの縁ですし……これ、行きましょうよ!」
《……やりたいだけでしょう? 第一、金はあるんですか?》
「モチ――先輩の奢りで!!」
奴は清々しいほどの笑みを浮かべて親指を立てる。
俺はクズは何処に行ってもクズだと認識する。
そうして、何度目かになる舌打ちをしながらも。
こいつはこいつで役に立ったからと何も言わずに顎で案内するように指示した。
奴はガッツポーズをしながら走り出す。
「ぱいせぇぇん!! 早く早くぅぅぅ!!! ツキが逃げちまいますよぉぉ!!」
《……元々、貴方にツキは無いと思いますが……まぁどうでもいいですね》
何が楽しいのかは分からない。
勝てるのであれば楽しくも思えるだろうが。
こいつにとってのあれらは負けに行く事でしかない。
勝つ事はほとんどゼロであり、奴は大金をどぶに捨てているようなものだ。
負けて、負けて、負けて……本当に楽しいのかぁ?
奴の考えは俺には到底理解できない。
奴が何を思って高級カジノなどに通い詰めているのかも意味不明だ。
好きな女がいる訳でも無く、やらなければならない使命も無く……まぁ、全く関係ない訳でも無いがな。
奴に移植された刻印。
アレが奴の趣味と関わっているのではないかと俺たちは思っている。
が、断言はできない上に、本人ですらもよく知らないというのだ。
調べようにも、刻印の術式の解析なんてのはほとんどがブラックボックスのようなものだ。
誰でも使えるものであれば、複製も出来るほどだが。
強力な悪魔が持っていたようなものになれば、実際にその悪魔の能力を見る事でしか術式を理解することは出来ない。
まぁ移植されれば自然とどんなものかは分かるものだが……本当に不思議だ。
刻印の中でも特別な刻印――“特異刻印”。
こいつはその一つを移植されていて。
その特異刻印の能力は分かっていたが。
実際には変異したようであり、その能力も分からなくなった。
発動の仕方は分かるらしいが、奴によれば“ストック”のようなものになっているという。
ストックの消費量によって、こいつの力は強化される。
シンプルな能力ではあるが、それ故に隙が無い。
もしも、一度に全てのストックを使ったとすれば……“俺も危ういかもしれない”。
こいつの本気はまだ見れていない。
ストックがどれだけあり、一度に全てを使えばどうなるか。
気にはなるし、試してみたいという欲求もあるにはあるが……まぁ今は良い。
こいつが敵になれば、戦う事になるが。
こいつはクズであっても、裏切る心配はそれほど無いだろう。
結局はこいつも同じ人間で、金遣いは荒く借金王であっても逃げる事はしない。
……最低限、仕事をしているのなら……それで十分だ。
ケーニヒの奴らはどいつもこいつも碌な奴らでは無いが。
能力は高く、悪魔からも一目置かれている。
俺一人では限界があり、奴らであればそれほど心配もしない。
絶対に奴らには言わないが……頼りにはしているさ。
ボブの背中を見つめながら俺はくすりと笑う。
『――!』
「……」
一瞬。ほんの一瞬……また、昔を思い出した。
学生の時の記憶で。
おっさんの姿の俺と、ガキの姿のアイツ。
アンバランスな二人だと同級の奴らには笑われて。
凸凹コンビ何てちゃかされて、アイツはケラケラと笑いながら前を歩いていた。
時が経ち、奴と俺の背丈は同じになり。
奴は馬鹿みたいに笑いながら悪魔と戦っていた。
ふざけた奴だが、誰よりも正義感の強い奴で。
更に年月が経ち、奴の顔には皺が出てきて。
笑えば皺が浮かぶと言いながらも、酒を浴びるほど飲んで笑って……あぁ、そうだな。
誰だって歳は取る。
老いれば、全盛期のようには動けないだろう。
人の一生は短く、儚く美しいものだ……“俺だけが違う”。
俺の時間に終わりはない。
俺に死が降りかかろうとも、それは終わりではない。
永遠と道が続いていて、仲間たちが死んでいく様を見届けて。
無数の屍を超えて、俺はそれでも止まることが出来ない。
人類の希望、悪魔の天敵……ものはいいようだ。
人の姿をしようとも、人の言葉を話そうとも。
人を救う行動を取ろうとも、感情を動かしてとしても――“俺は人間とは呼べない”。
悪魔でも、人間でもない――――俺はただの“出来損ない”だ。




