043:祓魔師はクズを見つける
夜が明け、日が昇り。
時が流れて、日は沈み――動き出す。
学生たちは修行と共に、襲撃者の警戒を行う。
祓魔師の指示に従い行動する事が重要で。
決して独断での行動は控えるように言いつけた。
クルトとデボラはそんな奴らの司令塔であり、二人の判断に限り別の行動も許すと伝えた。
俺とクラーラとゾーヤは作戦通りに遺跡の発掘現場へと向かった。
案内人としてKが同行すると言ってきて。
俺は少し悩んだものの了承した。
途中までは車で向かい。
降りてからは認識阻害の魔術を使って隠密行動を取った。
遺跡の発掘現場の途中には森があり。
そこには想定していた通りに魔物たちが放し飼いにされていた。
それだけではなく、上級悪魔をリーダーとした部隊も展開されていた。
一つや二つでは無く、サーチしただけでも軽く三十は超えていた。
気配を断ち、魔力を極限まで抑えて。
闇夜に紛れて先行する。
進んで、進んで、進んで――遺跡の発掘現場へと辿りつく。
無数のライトによって昼間のような明るさで。
山と一体化したような場所であり、広さは下手をすれば修道院の敷地ほどあるかもしれない。
周辺には壁が築かれて、要塞のようになっていた。
機銃のようなものも置かれているが、真に警戒すべきは周囲に展開された“結界”だろう。
外と中を遮るものではない。
アレは外と中を行き来する人間を感知するものだ。
触れる事無く、目に映る情報だけで分析し……いけるな。
感知に特化はしているが。
あの規模であれば、その効果は制限されている。
精確な情報までは分からず。
同時に何名もが入れば、精確にカウントする事は難しいだろう。
俺はそれを三人に伝えて、順番に入るように指示する。
視線を入り口に向ければ、悪魔たちの検閲を受けて人間たちが入って行っている。
狭い入り口であり、アレで入って来る人間を制限しているようだ。
近くのプレハブから続々と出てきており。
恐らくは、あそこが作業員たちが寝泊りしているところで問題ないだろう。
《行きますよ。離れないように》
「は、はい」
俺はKを抱える。
そうして、認識阻害の魔術を解く。
茂みの中から様子を伺い――飛び出す。
ゲートが開き、人間が入って行く。
それと合わせるように俺たちも飛び込む。
するりと俺の体を煙にでもしたように動き、Kの体を一瞬で回し――通過した。
中へと入れば、瞬時に認識阻害を掛ける。
遺跡の影に隠れてから様子を伺って……問題ないな。
悪魔にも気づかれないほどの速さで駆けた。
認識阻害を解くのはリスクではあったが。
魔術を使ったままでは、結界に探知されるリスクが高かった。
だからこそ、認識阻害を解いて侵入したが……勘付かれてはいないようだ。
クラーラとゾーヤも同じように侵入した。
そうして、俺たちは遺跡の一部の影から様子を伺う……まるで、“死人”だな。
髪も碌に洗っておらず。
髭も伸び放題で、目は据わっている。
作業服と道具を持って、歩いてはいるが意識はほとんど無いように見えた。
口の端から唾を垂らしており。
俺はそいつらを魔術によって此方に引き寄せた。
入って来る作業員たちを捕まえていく。
そうして、合計で四名の作業員を捕まえた。
奴らは暴れる事も無く、俺たちを見ても叫びはしない。
焦点の合わない目で頭上を見上げていて、俺は念の為に気絶させた。
「……っ……」
「……」
電気ショックで軽く気絶させてやった。
俺はすぅすぅと寝る男たちに頬に振れて……やっぱりだな。
《どうやら、何かの薬を飲まされていたようですね……認知機能の低下に、肉体への痛みを狂わせて……傀儡として働かせていたのでしょう》
「……そこまで分かるんですか?」
《えぇ、まぁ……さぁ着替えましょう》
俺はそう言ってクラーラにトレースをするように指示する。
こいつらはすぐに復活し作業に戻っていくだろう。
怪しまれる事は無く、俺たちは作業服を奪う事もせずに済む。
クラーラは無言で作業員たちの服をトレースし俺たちにそれらを渡してきた。
ゾーヤは無言で服を脱ぎ捨てて着替えていった。
俺も同じようにトレースした服に着替えて……あ?
Kが両手で目を覆っている。
何をしているのかと聞けば、女性がいると言い出した……はぁ、たく。
《そういうのは良いです。さっさと着替えてください》
「え、で、でもぉ」
「私は気にしない。早くして」
「え、え、あ、はい……っ」
そうこうしている内にゾーヤは着替え終わり。
慌ててKも着替えていった。
遺跡の物陰から顔を出して警戒し……来ているな。
俺は手で合図を送る。
すると、ゾーヤは頷き近寄って来た。
俺はゾーヤの顔に触れて魔術で顔の形を変えた。
ぐにゃぐにゃと動いて、次の瞬間には別人の顔になる。
クラーラは既に別の顔になっていて、俺も自らの顔を変える。
Kの方に視線を向ければ歯をガチガチと鳴らして顔面蒼白で……こいつはいいか。
ダーメ以上でも無いのなら、相手からマークされている可能性は低い。
俺はすぐにそう判断し、各々動くように指で指示を送る。
Kはハッとして慌てて着替えを終える。
それを確認し、俺たちはクラーラがトレースしたピッケルを持って歩き出す。
一定のテンポで歩いていく。
そうして、前から来た“人間に擬態した悪魔”の横を通って――呼び止められた。
「待て……お前ら……何処の作業員だ?」
「「「……」」」
俺たちは黙る。
答えられないという事もあるが。
黙っているのには理由がある。
悪魔はいらいらとした様子で俺の前に立ち――舌を鳴らす。
「チッ、薬が効きすぎてやがる……もういい、さっさと作業に戻れ!」
「「「……」」」
俺たちは返事もせずに歩いていく。
魔力を極限まで抑えているから、早々バレる事は無いが……肝が冷えるな。
ゆっくりと慌てる事無く遺跡内を進んでいく。
中はかなりの広さであり、周辺が全て地中に隠された遺跡らしい。
現在は多くの人の手を使って慎重に掘り進めているようであり。
俺たちのようにふらふらと歩いている作業員が多くいた。
それらの人間に指示を送っている奴らは全て――“悪魔”だ。
擬態を解いていないのはまだ祓魔師を警戒しているからだろう。
入口や周辺にも上級悪魔の部隊を配置し警戒していたからな。
少なくとも、最上級以上の悪魔が此処には多数配置されている。
その規模は明らかに異常であり、スタンピードほどではないが……やはり、何かがあるな。
これほどの悪魔が存在し。
一心不乱に遺跡での発掘作業をさせている。
人間を食べるのではなく、労働力として使っているのはハッキリ言って異常だろう。
奴らにとって俺たちは餌であり、そんな餌に作業を任せるなんて……奇妙だな。
自分たちで作業を行わないのは何故か。
そんな事を考えながら進んで――悲鳴が聞こえた。
歩きながら、悲鳴が上がった方向に視線だけを向ける。
すると、悪魔が片手を抑えながら叫んでいた。
悲鳴を上げたのは人間であり、悪魔は殺気を放っていた。
「クソがァ!! 破片を飛ばすなと言っただろうがァァ!! この下等種族がァァ!!」
「ひぃ」
ミスをした人間を悪魔が持っていた棍棒で殺す。
何度も何度も棍棒を振り下ろせば肉を叩く音が響いて。
血が飛び散り、くぐもった声も段々と小さくなっていった。
Kは短い悲鳴を上げて怯えている……なるほどな。
理解できたかもしれない。
悪魔たちが人間たちに態々、作業をさせているのは――“自分たちでは出来ない”からだ。
精確に言うのであれば、リスクがあると言った方が良い。
本来、悪魔は聖刃などでも無ければ傷すらもつけられないだろう。
そんな奴らが遺跡の破片が当たっただけで痛みを訴えていた。
それはつまり、此処の遺跡そのものに悪魔を滅するだけの力があると言う事だ。
故に、悪魔たちは自ら此処を掘り起こすリスクを避けて。
態々、人間を使って此処を掘り起こさせているのだろう。
……いや、それ以上の可能性もある……悪魔の気配。もしくは力そのものでも何かの仕掛けが……。
人間に擬態し、力を抑えているのもそれが理由か。
悪魔を寄せ付けない仕掛けがあるのであれば。
悪魔には触れて欲しくないものが此処に隠されていると見ていいだろう。
作業に向かう人間たちの列に紛れる。
すると、それぞれの人間が分散していっていた。
俺は無言で視線を三人に送る。
それぞれがばらけて行動する。
そうして、速やかに情報を集めて合流する。
クラーラは右へ行き、ゾーヤは左に向かう。
Kと俺は真っすぐに進んでいった。
◇
「おらっ!! とっとと動け!! お前たちは此処だ!!」
「「……」」
悪魔に指示をされて、俺たちはその場で作業を始める。
ピッケルを振り、邪魔な岩などを叩き壊す。
悪魔たちは絶対に遺跡に傷をつけるなとだけ命令し。
そのまま何処かへ歩き去っていった……よし。
俺はKに暫く此処にいるように指示する。
Kは小声で了承し、俺は持ち場を離れて移動を開始した。
元々は白かったであろう建造物。
土に塗れて汚れて、煤のようなものまでついていた。
此処が何処なのかは分からないが、山となった場所に丸々埋まっていたようで。
どんどんと掘り起こして進んでいっても、まだ終わりは見えていないようだった。
長い通路のようになったそこを通り抜けて、そのまま別の穴に入って奥へと進む。
作業員が無数にいて、彼らは無言で道具を使って岩を叩き壊し、石や土などを外へ運んでいた。
「――!!!」
「……?」
声が聞こえた。
元気な声であり、俺はその方へと足を進める。
進んで、進んで、洞窟の外からの光が漏れ出してきて――俺は小さく口を開けた。
月明かりの下。
ドーム状になった建築物には穴が開いていた。
天井そのものが崩落したのだろう。
天にはもくもくと煙があがっている。
そんな中で、禿げた頭にだるだるの頬をした小太りの男が――舞っていた。
「ほい!! ほい!! ほほいのほい!!」
「ぎゃはははは!! 何だぁその馬鹿みてぇな踊りはぁぁ!!?」
「はははは!! いいぞいいぞぉ!! もっと火力をあげろぉ!!」
「……」
悪魔たちがそこには集まっていた。
手を叩きながら、目の前で芸をする男を盛り立てている。
男は傘を回してやかんを転がし、細い綱の上で片足を上げている。
ぴょんぴょんと飛んでおり、その下では炎が燃え盛っている。
悪魔たちはその炎へとガソリンを注ぎ、更に炎の火力を高めていた。
男はそれでも涼し気な表情で芸を続けていた…………“いたな”。
俺は小さくため息を零す。
そうして、姿を隠す事無く悪魔たちの元へと近寄った。
悪魔たちは足音に気づいて振り返る。
「おい、てめぇ何してる?」
「お前の親分は何処だ? さっさと持ち場に」
《――黙れ》
俺は魔術を発動し――悪魔共を潰す。
べしゃりと音が響き。
悪魔共の血が広がる。
それが炎を消して、俺はそのまま血だまりを踏んで男の前に立つ。
男は異変に気が付いて、芸を止めて降りて来た。
そいつはへらへらと俺を見ながら笑っている。
「へ、へへ、あ、あっしに何か……か、金を貰えるんでしたら、何でも」
《――何時まで変装しているつもりですか? 殺しますよ?》
「へ? 変装って……一体何の事でしょうか? あっしにはさっぱりでぇ」
奴は首を傾げる。
俺はそんな奴を冷めた目で見る。
そうして、無言で異空間から――煙草のような箱を出す。
瞬間、奴は凄まじい勢いで俺からそれを奪おうとする。
俺は魔術によって奴の体を地面に押し付けた。
奴はそれでも強引に立ち上がり、俺に縋りついて来る。
「く、くれぇぇぇ……そいつを、俺にぃぃぃぃ!」
《ん? 人違い何でしょう? これは仲間にあげるものですよ? 貴方は》
「――はい、はいはいはぁぁいい!! 俺です!! 俺俺ぇぇ!! ボブでぇぇす!!」
奴は顔と服を掴む。
そうして、べりべりと剥がして現れたのは――“ボブ・アーモンド”だった。
ちりちりの黒いアフロヘアーに、中途半端に剃ったじょりじょりの髭面。
狐のように細い黒目で、角ばった顔をしていた。
穴だらけのジーンズに、日之国の文字が刻まれたダサいTシャツ。
間違いなく、俺が良く知るクズであり、奴は涎を垂らしながら欲望に塗れた視線を俺に向ける。
俺はそんなクズに声を掛ける事無く。
無言で持っていたものを投げる。
すると、奴は犬のように飛び上がりそれを口でキャッチした。
「はぁはぁはぁはぁ!! これこれぇぇこれがねぇとやってらんねぇぇよぉぉ……あ、パイセン。火、ください!」
《黙れ。今の状況を理解しなさい》
「えぇえぇぇ!!? くれたんなら火だってサービスしてくださいよぉぉ!! ねぇねぇねぇ!!」
奴は必死にアピールをしてくる。
俺は盛大に舌を鳴らしてから、今まで何をしていたのかと聞く。
すると、奴は呆けた面のまま働いていたと抜かした。
「金ねぇですし、働かなきゃなって思ってぇぇそしたら此処でデカい仕事があるって言うじゃないですか! だから、ぱぱっと来てちゃちゃっと稼いでやろうって思ったんですよぉ!」
《貴方の仕事は悪魔を殺す事でしょう?》
「えぇぇだって最近は雑魚ばっかでぇ。弱い奴だったら稼ぎになりませんし……でも、まさか此処にも悪魔がいるなんて思いませんでしたよぉ! 咄嗟に機転を利かせて変装してやりましたが大正解! アイツらあぁ見えて結構馬鹿でねぇ、ちょくちょく盗んでも気づいてませんでしたよぉ。さっきみてぇに楽しませてやりゃ、自由もありますし……ま、悪くなかったっすよ!」
《そうですか。それは良かったです――死ね》
「うぉぉぉ!!?」
俺は奴を潰してやろうとした。
が、奴は驚異的な反応速度で俺の攻撃を避けた。
地面にはクレーターだけが出来上がり……チッ。
殺し損ねた事を悔しく思う。
ボブは照れるなと言うが、俺は全く照れてはいない。
「ま、パイセンが此処にいるって事は……仕事っすよねぇ?」
《……えぇ残念ながら……貴方にも参加してもらいますよ。拒否権はありませんから》
「あぁはいはい。分かってますよぉ……そ・の・ま・え・にぃ……火、ください!」
奴は俺の近くによりウィンクをしてくる。
吐き気を込みあがらせながら、俺は指先に火を作る。
奴は叫ぶのを我慢して、箱の中から一本出して火をつける。
そうして、それを咥えて一杯吸い込み――吐き出す。
「ああぁぁぁぁたまんねぇぇぇぇ……もう一本」
《――死んでください》
「えぇぇぇぇ……ま、いっか! お楽しみは後って事でぇ……じゃ行きますかぁ」
奴はぐきぐきと肩を鳴らす。
俺はそんな馬鹿に呆れた目を向けながら。
これで重要な戦力を確保できたと“安堵した”。




