042:祓魔師は死の気配を感じる
ニンドゥの対魔修道院の一室。
普段は生徒たちが使う教室ではあるが。
作戦会議と評して使わせてもらう事になった。
生徒たちは神妙な顔で座っており、ジッと俺を見ていた……先ずは、だな。
《質問をします。正直に答えてください……彼らの取り調べで何を聞かれましたか?》
「……えっと、何の目的で来たのかとか。ベッカー先生は何処に行ったのかとか……それだけです」
「俺たちもだ……まぁ持ってたパスポートとかも勝手に見られたけどな。コソコソと話もして、気味が悪かったぜ?」
《そうですか……分かりました》
エゴンとヤンは正直に答えた……なるほどな。
どうやら、奴らはケーニヒについては聞かなかったらしい。
ゾーヤのコードネームを知っていたから、ケーニヒを知らないという線は無い。
そもそも、リストを閲覧しているのであれば。
少なくとも、警察や軍部の人間は知っているだろう。
……まぁ、王の判断に救われたってところだな。
クルトから話を聞いて大体は把握した。
王は祓魔師たちによる調査結果を聞いて。
俺たちに対して警戒心を持つと共に疑いの目を向けてはいるが。
まだ俺たちに関する情報は一般人には公表していないらしい。
当然だ。俺は世界中の人間に知られていても、ケーニヒやダーメの情報だけはおいそれと公開する訳には行かない。
もしも、彼らの情報が書かれたリストを一般人が閲覧できるようにしてしまえば。
最悪の場合、一般人に紛れた悪意ある存在たちから彼らが襲撃に合う恐れがある。
故に、作戦行動を取る時もケーニヒやダーメは基本的には担当のオペレーターとはコードネームでやり取りを行う。
見習いとはいえ、祓魔師の端くれだ。
馬鹿な奴らが関係者ならばとほいほいと名前を出していないかと焦ったが……問題いはねぇようだ。
現時点で、ケーニヒが誰かを知っているのはアデリナだけだ。
俺の口から聞かせたからそれは確かだ。
校長も知ってはいるが、この二人が誰かに話すとは思っていない。
話してもこいつらには得はない上に、話したとしても信じる奴は少ないだろう。
一般人が想像するケーニヒは聖人のような存在だからで……まぁ本部の奴らの賜物だな。
俺は煙草を吸う。
そうして、煙を吐いてから静かに説明を始めた。
《我々は現在――極秘の作戦に加わっています》
「「「……っ!?」」」
生徒たちは驚く。
まぁ無理もない事だ。
俺自身も作戦とは言ったが、上からは命令は受けていない。
指示も無ければ、達成目標も設定されていないんだ。
が、十中八九がこれは任務であり――仕事だ。
《作戦内容は不明。達成目標も設定はされていません。が、王の身の安全と件の事件を引き起こした悪魔の無力化。又は、抹殺ですね》
「そ、それって……なんで、アンタが……先生の階級はロイファーなんだろ? 何でそんな奴が」
「……そもそも、おかしいとは思ってたんだ。動画とかで祓魔師の戦いとか見た事あるけどよ……先生みてぇに強くはねぇと思ったから……なぁ、何か隠してんじゃねぇのか?」
「……やめろよ。そんな事は今はどうでもいいだろ?」
「――どうでもよくねぇだろ!? 無茶苦茶な事ばっかやって、今回だって旅行って言った癖に……正直、ついていけねぇよ」
「「「……っ」」」
生徒たちはいがみ合う。
そうして、気まずい空気が流れて全員が黙り込んだ。
チラリとクルトたちを見れば、何も言わず黙っていた……任せるってか……はぁ。
《信用できないでしょう。当たり前です。私は――“秘密を抱えています”から》
「……やっぱりかよ……何で、言わねぇんだよ。言ったらまずい事なのかよ。えぇ?」
《えぇまずいですね。ハッキリ言って――“貴方たちは殺されますよ”》
「「「……っ!!」」」
嘘ではない。
俺の正体を知れば、それだけで命のリスクが発生する。
ケーニヒたちとは訳が違い、俺の情報はほとんどが広まっている。
顔も、身長も、足のサイズだって知っている奴は知っているだろうさ。
ランベルト・ヘルダーには敵が多い。
それは悪魔だけでなく、一般人の中にもいる。
象徴として君臨するという事は、そういった全てを俺が受け入れる事に等しい。
羨望も、期待も、悪意も、憎悪も――全てが俺に集まる。
もしも、力の無いこいつらが俺の正体を知り。
それを誤って誰かに言えばどうなるか。
確実に誘拐されて人質にされるだろう。
いや、それだけならいい。
下手をすれば全ての情報を吐き出されて、ぼろ雑巾のように扱われて殺される。
魔術というのは便利なものだ。
中には人間の思考を読む事が出来るものもある。
そんなものを悪魔か、刻印を持った人間が使えば。
嘘をつく暇も無いだろう。
無知は罪ではあるが……時には知るべきでない事もある。
知らなければ、見逃される。
捕まったとしても、危険な役回りにつかされる事は無い。
俺の正体を知りたいのだろうが……百年早いだろうよ。
《貴方たちは弱い。ハッキリ言って雑魚です。そんな貴方たちが知るには荷が重い事なんですよ》
「……そんなの……そんなのって……くそッ!」
「……でも、そうだろうよ……俺たちは弱い……悪魔と戦った事もねぇんだ」
ヤンの取り巻き共はそれぞれの想いを吐き出す。
俺はそれを静かに見つめてから、ぼそりと言葉を吐く。
《時が来れば話しますよ。少なくとも、今の貴方たちには話す価値が無い》
「……それでいいぜ。まだ俺たちには覚悟がねぇ……そうだよな?」
「……うん。私もエルナも、まだまだ先生の役には立てないから……でも、絶対に成長するんだから!」
「一杯食べて、一杯修行する。そして、先生を超える」
《大きく出ましたね……まぁ期待せずに待っていますよ》
俺はくすりと笑う。
そうして、煙草を片手で握り潰し――エゴンを見る。
奴は俺の視線に気が付いてさっと視線を逸らす。
アイツの目には俺が映っているが……やっぱりか?
始めて会った時から違和感があった。
フーゴ・ベッカーとしての俺との初の会話から考えておかしい。
こいつは冴えない俺に対して弟子入りを懇願した。
如何に、あの時に上級生を軽くあしらたったとはいえだ。
良く知りもしない奴に対して弟子入りを申し出る事なんてありえない。
……こいつとは一度、話し合っておく必要があるな。
俺はそう考えてから、クルトを呼ぶ。
そうして、改めて彼からの詳細な情報を聞きつつ。
気絶から復帰したKにも頼んで、今後の動きについての話し合いを始めた――
――話し合いは終わった。
Kが齎した情報。
そして、クルトが独自に調べた情報。
それらを照らし合わせた結果。
リスクはあるものの、俺たちは遺跡の発掘現場へと乗り込む決断をした。
王の身の安全は確保しなければならないが。
戦力を分散させるのは得策ではない。
それは何も、俺一人ではどうにもならないという事ではない。
他の奴らに別行動をさせるのが――“危険に感じた”からだ。
……俺自身も何故、そんな考えに至ったかは分からねぇが……胸騒ぎがする。
悪魔の妨害と、ニンドゥでの動き。
それらが何故か、俺にとっては違和感のように思えてならない。
そして、“もう一つの違和感”は…………いや、いい。
もう一つは、クルトであろうとも明かす事は出来ない。
ケーニヒたちへもそうであり、俺だけが思っているだけで十分だ。
分散させないのも、それを危惧しているからだ。
クルトは戦力の分散を提案していた。
ゾーヤもそれが良いと言っていたが。
クラーラは俺の判断に従うと言い、Kも俺の判断を信じると言っていた。
普通であれば、クルトたちの提案を飲むものだ。
明らかにそちらが合理的であり……念は入れておいた方が良い。
少なくとも、能力的に強力な悪魔が存在している。
一匹では無く複数の可能性が高いが。
警戒すべきは姿を変えて、詳細な情報までコピーが出来る奴だ。
ゾーヤやクラーラたちは理解しているようであり。
クルト自身も、“その可能性”を考えている節はあった。
……それが“奴”である可能性は限りなく低いが……裏がある。
国の支配でも、対立関係を生む事でもない。
俺たちを遠ざけるような動きをしているが……はぁ。
足音が聞こえた。
思考を中断し、振り返る。
すると、そこにはジャージを着こんだ――エゴンが立っていた。
「……」
《来ると思っていましたよ……聞きたい事があるんでしょう?》
俺は奴に尋ねる。
すると、奴は何かを言おうとした。
が、中途半端に口を開けて固まる。
言葉が出ない様子であり、先ほどの忠告がよほど効いたように思える。
俺は何も言わない。
ただジッと奴を見ていた。
待って、待って、待って、待って……奴は顔を伏せる。
俺は奴の答えを見届けた。
そうして、それならば話す事は無いとその場から去る。
エゴンの横を通り過ぎようとして……止まる。
ゆっくりと肩に手を置く。
すると、エゴンはびくりと肩を揺らした。
《言わなかったのは賢明ですね……が、貴方は確信している。それはつまり……逃げる事が許されないという意味です》
「……っ!」
《私から貴方に言う事はただ一つ――強くなりなさい。誰よりも、ケーニヒよりも……場合によっては私よりも》
「そ、それは……先生、僕は!」
俺は歩き出す。
今は俺が奴にしてやれる事は無い。
此処には最適な師がいるからだ。
エゴンの前から立ち去り、建物の中に戻る。
すると、気配を完全に殺してベンチに座るラフールがいた。
俺は奴の前で止まる。
そうして、視線を向ける事無く頼みごとをした。
《ライツへと帰還するまでに、“対魔式身体操術”を彼らに……最低でもその糸口を掴ませてあげてください》
「……仰せのままに、“先生”」
《……頼みます》
俺はそれだけ伝えて去っていく。
胸騒ぎの原因は一つだけではない。
嫌な気配を感じていて、普段は感じない死を――“常に感じる”。
得体の知れない何か……いや、知っている存在かもしれない。
長い年月の中で戦ったであろう何者か。
俺の記憶に深く残る敵であるのなら……厄介極まりないな。
そいつらの一匹でもいれば、此処は間違いなく地獄と化すだろう。
守りながらの戦いを強いられれば、全力を出す他ない。
頼みの綱はクラーラやゾーヤ……そして、あのクズくらいだ。
「……」
俺は足を止める。
そして、鬼畜眼鏡の考えが……少し分かった気がした。
俺とクラーラ。
そして、途中でゾーヤと合流し。
此処にはあのクズもいる筈だ。
まるで、謀ったかのような人の動きで……そういう事か?
今までの比では無い危険度。
故に、最高戦力を終結させた。
そう考えるのが普通で……クソ。
俺は深くため息を吐く。
そうして、頭痛のようなものを覚えた。
嫌な感覚の連続に加えて、鬼畜眼鏡の掌で転がされているようで……最悪だ。
何が待っているのかは分からない。
が、あの眼鏡は確実に何かを知っている。
いや、独自の調査でたどり着いたと言ってもいい。
アイツはそういう男であり……帰ったら絶対にぶん殴ってやる。
俺は拳を固める。
そうして、ふつふつと怒りの炎を燃え滾らせた。




