004:祓魔師は面倒な奴らに絡まれる
ピカピカの黒スーツを着こなし。
髭も適当に揃えて……はいないけど。髪も美容院で切って……もいないけど。
変装用に貰った瓶底メガネを掛けて。
髪の色も近所のチンピラのように汚ねぇ金色に変えて来た。
魔力に関しても極限まで抑えた上に、上級以下の魔物から俺という存在を誤認させる指輪も貰った……いや、それはもっと前に寄越せよ!?
見かけはどう見ても冴えないちょっと小汚いおっさんだろう。
何処からどう見ても、普段の中二ファッション全開の俺ではない。
修道院で開かれる入学式のような催しの際にも俺は全く存在を認識されていなかった。
寧ろ、機械音声による新任教師の挨拶によって少しだけ憐れむような目を向けられた……鬱だ。
そんなこんなで事前に軽く説明をされて。
何故か、新任である俺如きが一つのクラスを請け負う事になった……イカれてやがるぜ。
まぁ俺が教える事は戦闘についてなのは変わらない。
他の座学であったりは別の教師が教える事で。
俺はただホームルームであったりを適当にすればいいだけなんだ。
それでも、こんな得体の知れない奴にクラスを預けるのはやばいだろうとは思う。
俺は修道院のデブ校長のイカれ具合に戦々恐々としながら。
早速、俺が受け持つクラスへと向かった。
……それにしても、昔とあんまり変わってねぇな。
赤煉瓦で作られたライツ国にある対魔修道院。
保有する敷地面積は凡そ200ヘクタールほどであり、広さだけで言えば修道院の中でもトップだと聞いたことがある。
俺が在籍していた時にはざっと数えて……まぁ一年だけでも千人ほどの生徒がいたなぁ。
かなり賑やかだった記憶がある。
それも、人気であった戦闘科では馬鹿笑いが絶えなかった。
俺は喋れないからそういう輪には入れなかったが。
それでも眺めているだけでも退屈はしなかった。
懐かしい記憶だ……まぁ今は少し違うようだけどな。
あの鬼畜眼鏡から聞いたが。
年々、祓魔師を志望する若者は減っているらしい。
それもその筈だが、幾ら給料が良いからと言っても。
祓魔師の死亡率はどんな仕事よりも遥かに高い。
特に、新人の奴なんかは一年も生き残っていれば大したものであり。
大抵が一年も経たずに殉職するか、怪我などの理由でリタイアしてしまう。
俺は全くと言っていいほど関係は無いが……まぁ普通の奴らは絶対になりたいなんて思わねぇだろうなぁ。
昔はもっと正義感のある奴らが多かったが。
今では祓魔師になる奴らは単純に金が欲しいとかちやほやされたいとか考えている奴らばかりだ。
偶ににやにやしながら俺に近づいて来る奴もいたにはいたが。
そういう奴は気づいたらいなくなっていた……ま、その程度だったってだけだな。
俺が受け持つ事になる戦闘科Eクラスの人間は入学式の時に見ていたが……ありゃ、ダメだな。
ガム食いながらだらけきっていたり。
ゲームをピコピコとして遊んでいたり。
説明中だと言うのにずっとメイクをしている馬鹿もいやがった。
真面そうなのはいたが、緊張のし過ぎで顔が青くなっていたが。
今からあんなのではどうせ卒業できても生き残れない。
相当に質が落ちてしまっているようだ。
碌な選考をしていないのは明らかであり。
あんなのを見たらそりゃ上層部も質が落ちていると思うだろう。
だからこそ、態々、俺なんかを派遣する事にしたのか……まぁ人選ミスだけどな!
本当であれば、教師として俺はそんな奴らも見捨てずに指導をしなければならない。
熱血漢よろしく、汗と涙と友情によって夕日に向かって走るんだろう――冗談じゃねぇ。
ガムを食う? ゲームする? メイクしたいだぁ?
いいじゃねぇか。好きなだけすればいい。
寧ろもっともっとやっていて欲しい。
そうすれば、隙だらけの奴らの前で俺自身もだらけ切る事が出来る。
そうして、定期的に自習時間を設けてやれば、アホな奴らは泣いて喜ぶだろう。
俺はそのまま何処かの空き教室にこもり、ポテチや缶ビールを飲みながら……ぐふふ。
俺は待ち望んだぐーたら生活を手に出来る事にほくそ笑む。
気が付けば、俺が受け持つクラスの前に立っていた。
俺は笑みを浮かべたまま、扉に手を掛けてガラガラと開けて――頭に何かが落ちて来た。
「……?」
「……ぷ、くふふ……だせぇ」
ぽとりと床に転がったのは黒板消しだった。
笑い声を聞いて視線を向ければ、ガムを噛んでいた男が視線を逸らす……あぁ、なるほど。
ガムを噛んでいた赤髪の男が発案者だ。
そして、その近くに座る頭の悪そうな二人組はその取り巻きだろう。
さっと視線を逸らしたところを見るにグルだ。
本来であれば、今後の事を考えて俺から直々に制裁を加えるところだ。
しかし、これくらいの事で怒るのは面倒だ。
どうせ頭の悪い奴らなんだ。
すぐに飽きて適当に授業をボイコットするだろう。
俺はそう考えて落ちた黒板消しを拾い、そのまま黒板に戻しておいた。
教卓の前に立ち、出席簿を置きながら彼らに視線を向ける。
《皆さん、今日からよろしくお願いします。担任のフーゴ・ベッカーです》
俺はぺこりと頭を下げた。
そうして、さっさと出席を取ろうとした。
すると、赤髪のクズが手を上げる……あぁ?
《何ですか?》
「何ですかって……質問はぁ? こういうのって質問募集するんじゃねぇんですかぁ?」
《……じゃ、どうぞ》
思わず舌を鳴らしそうになったが我慢する。
そうして、質問が何かと聞いてやる。
すると、奴はにやりと笑ってデカい声で質問してきた。
「先生って……童貞ですかぁ?」
「「「……ぷっ」」」
奴の質問に何名か噴き出す。
予想通りのアホ丸出しの質問だった。
俺は適当にそうですと答えてそのまま出席に移る事にした。
すると、それが勘にでも触ったのか。
ヤンキー君は舌を鳴らして、どかりと机に足を置く。
俺はそれを無視をして出席を取り始めた。
《はい。では、ホームルームを終わります。明日から頑張りましょう。さようなら》
「……も、もう終わり?」
出席を取り終えた。
初日は授業は無いと聞いていた。
だからこそ、解散と言ってやったがド緊張おかっぱ頭君は不安げな声を出す……チッ。
《皆さん、自由に修道院内を散策したり他の生徒と交流を深めてください》
俺はそれだけ言ってさっさと帰る。
後ろの方でヤンキーたちが歓声を上げていた。
そうして、馬鹿共は飯なりカラオケに行こうなどと盛り上がっていた。
教室の扉を閉める。
そうして、俺はにやつきながら歩いていく……ちょ、ちょれぇぇ!
ちょっと自己紹介して、ちょっと出席を取っただけで業務が終わった。
本来であれば書類作業もあるんだろうが。
俺は教師の資格を持っていないからこそ、そういう業務はさせないと鬼畜眼鏡は言っていた。
故に、俺はさっきのように適当にくっちゃべればいいだけなのだ……はぁ、最高かよ!
◇
――そう思っていた時代も、俺にはありました。
「先生! 本日はよろしくお願いしますね!」
《はい》
教員室に帰るなり、満面の笑みを浮かべるデブがいた。
奴に指示を受けた体育会系のごりまっちょ角刈りに連行されて。
俺は戦闘科の奴らが頻繁に使っている運動場へとやって来た。
とても広い運動所。
整えられた人工芝が敷き詰められている。
普通の学校のようなものは無いが。
戦闘を学ぶ為の器具であったりなどが設置されていた。
そこでは三年の奴らが整列して待っていて。
動きやすいように青を基調とした専用の運動着を着用している。
三年である証として、その腕には赤い腕章がつけられていた。
「よぉし、お前たち! 今日は現役の祓魔師として前線で戦っていたベッカー先生がいらっしゃってくれた! 気合を入れて戦うんだぞ!」
「「「はい!」」」
ゴリラが発破をかけて生徒たちは気持ちの良い返事をする。
そうして、各々の武器を持ちながら。
三人一組になり、審判役と対戦者になって模擬戦を始めた。
ゴリラは俺に話しかけながらも生徒たちの戦いをチェックしている。
危険が無いかどうかであったり、後は単純に動きに無駄が無いとかだろう……まぁ荒いとは思うけどな。
まだ実戦を経験していない奴らだ。
動きは一般人とは遥かに違うが。
現役の奴らと比べれば月とスッポンだ。
中にはそれなりに見込みがある奴らもいるが。
今の実力では下級ですらも殺せないと思う……三年でこれかぁ。
五年しか学ぶ時間が無いのにさ。
こんな調子で仕上がるのかと思ってしまう。
ぼけぇっと眺めている間にも、修正すべき癖や動きは自然と見えて来る。
それなのに、このゴリラは何も言う事はしない。
時折、意味不明な感情論を吐くだけだった……使えねぇな。
こんなのを俺に見せて何のつもりかと思ったが。
ゴリラ曰く、俺の話は既に聞かされているようで。
実戦経験豊富なナイスガイだからこそ、生徒たちの戦う姿を見て色々とご教授願いたかったと……照れるなぁ。
このゴリラは俺の経験を是非、生徒たちの指導に役立てて欲しいと考えていて。
あのデブに提案し、承諾が得られたので俺を此処に連れてきたようだった。
別に大した指導は出来ないと言ったものの。
生徒たちはきらきらとした目で俺を見ていた。
《それ、やめた方がいいですよ》
「……え?」
俺は立ちあがる。
そうして、戦っている最中の女子生徒に声を掛けた。
対戦者の男も戦うのを中断し俺を見て来る。
俺は二人に近づいて、女子生徒が戦う時に足で地面の感触を確かめる癖をやめるように言う。
《その行動は無駄です。如何にも神経質で、足元が弱点であると教えているようなものです》
「そ、そうなんですか……えっと、どうすれば?」
《そうですね……先ずは、足腰を重点的に鍛えましょう。足元を頻繁に確認するのは体幹などが不安定である可能性があります。貴方も、剣技に関しては及第点ですが、少々基礎的なものが足りていません。特に剣を握っている姿が見ていてハラハラしました。先ずは握力などを鍛えなさい》
「は、はい! ありがとうございます!」
俺は適当に思った事を言ってやる。
すると、何故か生徒二人は嬉しそうな顔で礼を言ってきた……マゾなのか?
そんな俺たちの様子を見ていた別の生徒たちも。
何故か、やる気を上げて模擬戦を再開する。
そんな様子に少しだけ戸惑いながらも、俺はやることはやったと適当な所に座り込む。
口を挟むことなく、俺はゴリラたちのやり取りをぼけぇっと眺めていた。
すると、今しがた戦闘を終えた爽やかイケメンな面をした金髪の男が近寄って来る。
「ベッカー先生! よろしければ……僕と手合わせ、していただけませんか?」
《……はい》
明らかに生徒の中で強そうな若造が俺と手合わせがしたいと申し出て来た。
獲物は双剣のようであり、眺めていて分かったがスピードと手数の多さがウリのようだ。
好青年のような顔つきをしているが、俺には何となく分かる。
俺という存在が強そうに見えず、ただボケっと眺めているだけだから。
ちょっと物は試しにと戦いを挑んだんだろう……愚か者め。
俺は断るのも面倒だから了承する。
そうして、尻を払いながら立ち上がり。
審判である生徒の近くに立って、互いに向き合う形になった。
似非好青年君は爽やかな笑みを浮かべながら構えを取る。
対して俺は何も武器を持たずに立っていた。
生徒はそんな俺にムッとした顔をする……何だよ。
「……先生は、素手でよろしいんですか?」
《……じゃ、これでいいです》
素手が嫌なのかと思って、適当に持っていたペンを取り出す。
すると、奴は怒りと殺気を滲ませていた。
面倒くせぇ野郎だと思いつつ、合図役の生徒は手を上げて――振り下ろす。
奴は地を蹴った。
その姿が一瞬で消える。
俺はそんな奴の姿を追う事無くペンを持った右手を斜め上にあげる。
「――っ!」
甲高い音が鳴り響く。
瞬間、俺のペンによって奴の攻撃が弾かれたのだと周りの生徒が遅れて気づいた。
好青年君はそのまま俺の周りを駆けまわる。
芝生が舞い、土がめくれて砂埃が舞う……けむてぇなぁ。
奴は双剣を振って連続した攻撃を放ってくる。
対して俺は一歩も動くことなく、片手の百円ペンで奴の攻撃を全て弾いていった。
右左上下、切り上げに回転斬り。
フェイントを織り交ぜての連続刺突――バレバレだぁ。
スピードはそれなりにあるだろうさ。
それなりに鍛えているような気はする。
が、動きが基本に忠実過ぎて考える必要も無いほどに単調だ。
最初はそういう風を装って、意表をついて来るのかと思ったが。
どう見ても真剣そのものであり、一向に仕掛けて来る様子は無い。
いや、仕掛けているのかもしれない。
が、ほぼ脳死状態で捌けるのなら意味は無いだろうよ。
俺は最小限の動きで片手を動かす。
そうして、ペンだけで相手の攻撃を全て弾く。
例えるのであれば、綿菓子を作るような感じだ……え?
「――くっ!?」
「……?」
何度も何度も金属同士を打ち付けたような音が響く。
周りの生徒たちは戦うのをやめて俺たちに魅入っていた。
奴は風のようになったつもりで俺を翻弄しようと動く。
他の生徒にとっては風だろうが、俺にとっては老人が乗るカートくらいの速さに感じる。
教科書通りの動きだ。
どんなに死角をついて攻撃しようとも。
その動きは分かりやすすぎて予測は容易い。
だからこそ、俺は碌に敵の動きを見なくても、何処に攻撃が来るのか見えていた。
「……っ!?」
「……」
何度も何度も何度も――攻撃を弾く。
奴は俺の側面に姿を晒し。
そのまま勢いよく俺の足を蹴りつけて来た。
足払いをして体勢を崩すつもりだったのだろう。
が、俺は微動だにしなかった。
「……つぅ!」
痛がるような声を奴があげる。
そうして、俺がチラリと見れば体をびくりとさせて一気に後退する。
奴の呼吸が僅かに乱れているのが分かる。
たらりと汗を流しながら、俺を化け物のように見ていた。
動きが激しすぎるのと自らの攻撃がまるで通じていない事への焦り……青いねぇ。
「……」
「――ッ!」
俺は奴の方に体を向けて軽く欠伸をする。
すると、奴がキレたのか突進してきた。
正面からのスピード頼りの刺突――ではない。
奴は俺の目の前で勢いよく回転する。
そうして、そのまま一瞬で背後を取り。
大振りの攻撃を仕掛けて来た。
背後から俺の背中を貫く攻撃で――俺は初めて戦闘中に足を動かす。
軸足を基点に回転し。
そのまま奴の軸足を払う。
それだけで奴の攻撃モーションは乱れる。
背中を狙った攻撃は空を切り、隙だらけの体を俺に晒す。
俺はそのまま奴の刃を滑るように回避。
そうして、遅れて気づき始めている奴の首にペンを……あ、ダメだな。
このままペンで刺せば殺してしまう。
これはただの模擬戦であり、誰にも本気で相手しろなんて言われていない。
だからこそ、殺してしまえばあのゴリラに文句を言われかねない。
俺は一秒にも満たない思考で考えを纏める。
そうして、一瞬でペンを引っ込めてからそのまま拳で――殴る。
「――ぶぁ!!?」
「……」
べきべきと言う音が聞こえて肉を打ち付ける感触が拳からした。
奴の整った顔は大きく歪んでいき、鼻から血を噴射しながら吹き飛んでいく……あれ?
頬を軽く殴ったつもりだった。
力の一パーセントも使ってはいない。
激甘なフェザータッチのような当て方をしたつもりだったが。
奴はそのまま空中で激しく回転し。
ごろごろと地面を滑りっていき……ゆっくりと止まる。
ばたりと下半身が地面につき、ぴくぴくと痙攣している。
ハッとした顔で遅れてゴリラが駆け寄る。
そうして、脈などを計ってから奴の体を軽く揺すって声を掛けていた。
「大丈夫か! おい! おい……お前たち! 今日は中止だ! 教室に戻って待機!」
「「「は、はい」」」
「……?」
俺は首を傾げる……え、もう終わりなのか?
思ったよりも早く授業が終わった。
生徒たちは最初のキラキラした目から恐怖に染まった目で俺を見ていた。
俺は訳が分からないと思いながら、気絶した生徒を担いで去っていくゴリラの背中を見送った……帰るか。
これで本当に俺の業務が終了したのかは分からないが。
まぁ言われた通りに教える事は教えた。
改善するかどうかは生徒次第であり、別にしなくても俺には関係ねぇ。
「あ、あの! 先生!」
「……?」
声を掛けられたので視線を向ける。
すると、最初に俺が軽くアドバイスをした女子生徒と男子生徒が立っていた。
彼女たちも例に漏れず恐怖を感じたような目をしているが……。
「私、今日教えて頂いた事……頑張って直すので……ま、また、見てくれないでしょうか?」
「お、俺も……その……お願いします!」
二人は勢いよく頭を下げる……えぇぇ。
授業で教えるのなら、面倒には思うがまぁ許す。
しかし、俺のプライベートな時間を削ってまで指導なんかしたくない。
何故に、給料が発生しない時間にボランティアなんぞをしなきゃならんのだ。
得にもならないことは絶対しない主義であり――
《授業の時であれば……まぁ、はい》
「「……! ありがとうございます!」」
ガキどもはぱぁっと笑みを浮かべてお礼を言う。
そうして、足早に去って行ってしまった……若いねぇ。
あぁいうのを青春とでもいうのか。
俺は絶対に経験のない事で。
若者たちのキラキラ具合に吐き気を催しそうだった……鬱だ。
俺は小さくため息を吐く。
そうして、今度こそ職員室に戻ろうと……ん?
「……ひぃ!」
「……」
視線を学舎のある方向に向ける。
すると、木の陰にさっと何かが隠れた。
小僧であり、今までの一部始終を見ていたようで……誰だっけ?
おかっぱ頭のいかにもひ弱そうな……あぁEクラスのエゴン・アルホフだ。
身長はざっと百六十あるかないか。
如何にもなもやしボディであり、真面目ではありそうだから修道院の制服となる青を基調とした学生服を正しく着ていた。
が、制服はあまり似合っておらず、それに着られているように感じる。
奴も例にもれず、俺の事を頼りが無いというような視線で見ていた気がするが。
今の奴の視線からは何か熱いものを感じる……俺にそっちの気はない。
奴の完全にスルーする。
うざったい視線の正体何てどうでもいいのだ。
今はたださっさと教員時間を終わらせて、家でキンキンに冷えたビールを飲みたい。
奴はそんな俺にずっと視線を送って来て、俺はそんな奴の横を通っていく。
そうして、そのまま職員室に戻ろうとした。
すると、何かに俺の服を掴まれる……あぁ?
見れば、あのもやし君が俺を止めていた。
何の権限があって俺の自由を奪うのか。
今此処で半殺しにしてやろうかと考えて――
「お、お願いします。ぼ、僕を――強くしてください!!」
「……?」
今、こいつは何と言った……強くしてくれだと? 誰が? 俺が?
俺は頭の上に疑問符を浮かべる。
そもそも、こいつは祓魔師になる為にこの修道院に入ったのだ。
だったら、強くなる為と言っても嘘ではない。
それならそれで、ちゃんと教師から教えを請えばいい。
何故に、態々俺にそんな頼みごとをするのか……あ、俺も一応教師か。
……まぁそれなら別に変では無いが……いや、それでも俺じゃねぇだろ?
今さっきの光景を見ていた筈だ。
自分よりも遥かに強かったであろう似非好青年君を俺が半殺しにした光景を。
確かに強さはあるとは分かっただろうが、明らかに頼む相手を間違えている。
せめて、せめてだよ? あのゴリラの方が幾分か手心は加えてくれる筈だ。
……それとも、こいつはスパルタの方が燃える性質なのか……えぇぇ。
意外にまだまだ熱血な奴が多いのかと怯えていれば。
目の前のもやしボーイは涙目でぷるぷると震えていた……はぁ。
此処で断るのは簡単だ。
しかし、後で泣きべそ掻いて親に報告でもしようものなら。
確実に修道院にクレームが入り、俺に対しても指導が入るかもしれない。
そうなれば俺は態々親の元に行って半殺しにし二度と舐めた事が言えないようにしに行かなければならなくなる。
そんな事は面倒なので出来たらしたくなし。
こいつだって心にトラウマを抱えて一生をニート生活で終えたくはないだろう。
互いに損はしたくないからこそ、俺が此処で取るべき手段は一つ……すっと指を指す。
《なら、アレを“素手”で破壊できるくらいになりなさい》
「……え?」
俺が指を指した方向にあったもの。
それは何の為に置いてあるのかも分からない。
とても大きな岩だった。
いや、オブジェとして置いているのは分かる。
とてもピカピカであり、丸い球体状になっているからな。
その下には名前が書かれていて……生徒のものっぽいな。
俺が考えた妙案。
それはこいつが絶対に達成できない難題を与える事だ。
体つきからして明らかに筋力Eのもやしだ。
そんな奴が素手であの大岩を砕ける筈が無い。
俺なら綿あめを千切るようなものでも、こいつにとっては、その、大岩を……兎に角、難しい!
真顔のまま俺は奴を見つめる。
無理だろぉ断るんだろぉ?
分かっているさぁ今の若造にそれだけの気概何てない事はぁ。
大人しく家に帰ってモ〇ハンでもしていろぉ。
そして、二度と俺に厄介な「分かりました」……ふぇ?
「……必ず、達成して見せます……だから、その時は僕を……先生の弟子にしてくださいッ!」
《あ、はい》
やべ、思わず了承しちまった。
こいつは途轍もない変人だ。
得体の知れない教師に教えを乞うどころか。
剰え、その弟子になりたいというなんてなぁ……やっぱりそっちの気があるのか?
こいつは鼻息を荒くして熱の籠った眼差しを俺に向ける。
俺は久方ぶりに感じる悪寒に震える。
そうして、話は済んだと無言でそのまま足早に去っていく……アイツは危険だな。
俺は頭の中で、もやし君……エゴン・アルホフへの警戒度を高めた。




