039:祓魔師は妖刀を掴む(side:ゾーヤ)
「……ダメ」
「そんなの見れば分かるけど?」
異界化された刑務所内。
装備を回収し、速やかに脱出する計画だったが。
悪魔の妨害にあい、現在――“未確認の魔物”と戦闘を行っていた。
「――」
魔物の事を一言で表すのなら――“幽鬼”だ。
ボロボロの黒衣の外套を身に纏い。
フードの奥からは青い光が二つ揺らめいていた。
武器となるものは携帯しておらず。
宙に浮かびながら、魔力を使った攻撃や。
直接、体に触れての魔力を奪ってくるような攻撃をしてくる。
何度か、奴の体に取り込まれそうになったが。
此処には私とクラーラがいるので、そういった拘束にあっても脱出は出来る。
が、短時間であっても奴の体に触れるのは危険だ。
もう既に魔力もかなり奪われていた。
まだまだ戦闘は可能だが……厄介なのはそこではない。
私はクラーラが生成した刀を振るう。
飛ぶ斬撃によって宙を浮かぶ奴を攻撃すれば奴の体は両断されて――すぐに再生した。
いや、厳密には違う。
ダメージを負って傷を癒したのではない。
元々、私の攻撃が奴には当たっていないだけだ。
煙を払うようなものであり、それがまた同じ場所に戻るだけで。
クラーラの攻撃も、私の攻撃も奴に有効的なダメージを与えられていない。
クラーラは腕をマシンガンに変えて攻撃を行う。
が、奴は体を煙のようにさせて全ての攻撃をすり抜けさせた。
煙のように散っていった奴の体がゆっくりと元に戻っていく。
私の専用聖刃である“沈黙”があれば、こいつに対しても有効的な攻撃が与えられただろう。
だが、異界化された空間内で自らの装備を探す事はほぼ不可能に近い。
そもそも、敵が私たちに戦いやすいような状況に運ばせること自体があり得ない。
恐らくは、装備そのものも此処から大きく遠ざけているだろう。
「このままではジリ貧。今の私たちでは、こいつを殺せない」
「……じゃどうするって? 逃げても意味ないよ。この結界は相当に手が込んでるもん。出口を見つける前に、魔力切れで死ぬだけだよ? 私は問題ないけど、お前は終わりじゃん」
話をしている間にも敵の攻撃が飛ぶ。
宙に無数の魔力の玉が出現し。
それが勢いよく放たれて私たちを襲う。
クラーラと私は左右に飛び、ホーミングする魔力弾を避けていく。
避けられないものは自らの得物で相殺し――背後に敵の気配を感じた。
私は一瞬にして空気を蹴りつける。
そうして、私を羽交い絞めにしようとした奴から逃れた。
攻撃を行おうとしたが、魔力の無駄であると中断する。
私はそのまま床に足をつけて――勢いよく駆ける。
クラーラはそんな私の動きを見て慌てて追い掛けて来た。
横に並び立ち、何処に行くのかと聞いて来る。
私はその言葉には答えず、ただ指を上に向けてやった。
「は? 上って……何?」
「――私の勘が上に行けと言っている。恐らく、そこに……“あの男”がいる」
「――っ! 分かった! なら行こう!!」
クラーラは笑みを浮かべて頷く。
そうして、後方から猛烈な勢いで追い掛けて来る魔物に対して。
体の一部を使って生成した手榴弾を投げた。
それが奴の前で勢いよく爆ぜる。
異界化された天井が崩落し――奴は関係ないと突っ込んできた。
が、奴の体は完全に戻っていない。
故に、そのスピードも極端に落ちていた。
距離を一気に離し、時間稼ぎは出来ただろう。
が、クラーラは納得してない様子だった。
彼女は私の耳に聞こえるほどの音量で舌を鳴らす。
すると、異界化された空間がもぞもぞと動き出す――来る。
壁や天井が動き出し。
その姿を歪なものに変えていった。
蛇のように揺れ動き、真っすぐに続いていたそれが無数に分岐する。
左右や上下であり、私は迷う事無く上を目指す。
クラーラと共に空気を蹴りつけて昇っていく。
すると、通路の奥から無数の手が伸びて来た。
私は刀に魔力を流し、クラーラも腕のマシンガンを前方に向けて――放つ。
互いの同時攻撃が飛翔し、目の前の無数の手を蹴散らしていった。
煙が発生し、私たちはその中に突入する。
煙の中でも、異界化された空間にて生成された手が壁から突き出し我々を襲う。
私は刀を振るい、それらの攻撃を全て断ち切っていった。
クラーラも刃を生成したようで、斬撃の音が響いていた。
スピードを緩める事無く突き進み――煙の中を突破する。
開けた空間に出た。
そこでは、刑務所内にあったものが宙に浮かんでいた。
檻も浮かんでいて、その中には受刑者たちが入れられている。
奴らは必死に助けを求めて喚いていたが。
私もクラーラもそれを無視して、残骸の上から別の残骸へと飛び移っていく。
「……奴は?」
「さぁ? 諦めたんじゃ――な訳なかったみたい」
視線を入って来た場所に向ける。
奴の気配はまだ感じられない。
クラーラは適当な事を言おうとして――私を蹴りつける。
瞬間、私とクラーラがいた場所を極太の魔力弾が飛んでいった。
まるで、レーザーのようであり。
それに触れた残骸や牢は一瞬にして蒸発し消えた。
視線を上に向ければ、あの魔物がいて――“五体に増えていた”。
いや、違うな……背後からも迫ってきている。
「何で増えてるの?」
「知らない。それと、此処では厄介」
周囲に目を向ける。
すると、アレほど泣き叫んでいた囚人たちが沈黙していた。
見れば奴らの穴という穴から魔力が噴き出していた。
敵の魔物の体へとそれらの魔力が吸い込まれて行っている。
奴はこの領域内にいる全ての魔力を吸うようであり。
我々が魔力を抑えていなければ、全て吸収されていた事だろう。
とても厄介だ。
面倒極まりない相手であり、まるで――“我々の為に用意したもの”だと言わんばかりだ。
背後から迫っていた敵も遅れて現れる。
前と後ろを固められた。
退路は無く、強引に突破しようにも上へと繋がる道は奴らが防いでいる。
二人共にあそこを目指して動けば、目の前の奴らに拘束されて終わりだ。
バラバラに動いて目指しても、時間を掛ければ掛けるほどに此方は不利になる――仕方がない、か。
「クラーラ、魔力はまだ残っている?」
「……あるに決まってんじゃん。何?」
互いに残骸の上で敵を見据える。
私はクラーラに言葉を送る事はしない。
ただ切っ先を敵へと向けるだけだった。
クラーラは嫌そうな顔をしたものの……ため息と共に私の意図に気づいたようだった。
「お前なんかどうでもいいけど――ダーリンに会う為だから」
「知ってる。任せた」
私はそれだけ言って勢いよく残骸を蹴りつける。
そうして、敵へと突っ込んでいき――刀を全力で振るう。
その場で激しく回転するように振るう。
刀に注がれた魔力が刃を形成し。
奴らはそんな私の元へと殺到した。
私の攻撃は奴らの体に触れるが――ダメージは無い。
そのまま、煙のように散ったかと思えば。
次の瞬間には私を体の中に取り込んでいた。
背後からも敵がクラーラを追い抜き、私の体に纏わりつく――そうして、魔力が勢いよく吸われて行った。
「……っ」
「「「――」」」
亡者のような声を聞きながら、私は少し意識を混濁させて――何かが私の体を押した。
勢いよく、それが私を魔物たちの拘束から解き放つ。
そうして、ピンが外れる音と共にそれが無数の爆弾を土産として置いていった。
私は体をくの字にしながら、私を乱暴に抱える――クラーラに礼を言った。
「ありがとう」
「はいはい」
奴はけだるげに返す。
そうして、視線を後方へと向ければ奴らが此方を見て来た。
が、閃光が迸り――瞬間、大爆発が起こった。
「「「――――!!」」」
魔物たちの体が一気にバラバラになる。
黒煙と共に周囲に飛び散っていった。
それを見て、私は狙い通りだと感じた。
私の魔力による攻撃。
それによって奴らを一点に集中させた。
その結果、奴らは私の魔力を吸う為にその場に留まった。
そこを狙う様に、クラーラが体の一部をロケットにし通過。
爆弾と派手な噴射によって、敵の体が一気に散りばめられた。
今までの戦闘で、奴らがバラバラになった状態から復活するにはそれなりの時間が必要だと分かった。
爆弾一つでスピードを落としたのであれば、これならかなりの時間が稼げただろう。
そう考えながら、我々は更に上を目指して通路を突っ切っていった。
上へ、上へ――もう少しだ。
入り組んだ道を突き進んでいく。
クラーラの表情を見れば変化は無いが……僅かに汗が伝っている。
互いにかなりの魔力を消費した。
回復用のポーションがあれば問題は無かったが。
それすらも収監時に奪われてしまっていた。
回復する手立ては無く、やはり上へと行く他ない。
奴の魔力を精確に探知する事は私もクラーラにも不可能だ。
私は自らの勘に従って動いているだけで。
クラーラもそれを信じて進んでいるだけだ――が、問題はない。
真っ赤な光を放つ異界化された空間。
長く続く通路の先から光が見える。
我々はその光を目指し突き進み――到達する。
建物の外、そんな感じの風景だ。
が、此処は精確には建物の外ではない。
異界化された空間の中であり、此処が何処であるのかは私たちには分からない。
上を目指していても、下であったかもしれない。
左を目指していても、右であったかもしれない。
そんな中で、私はただ上を目指して進み――ようやく至った。
クラーラは私を投げ捨てる。
私は地面に足をつけて滑るように止まる。
クラーラもロケットの形状から足へと戻し。
私の隣に降り立ち、入って来た通路を見る……やはり、か。
気配を感じる。
それも一つや二つではない――“無数に存在する”。
満天の星が輝く夜空。
それらが一気に姿を変えて、空は赤く染まり無数の口が出現した。
それらがけたけたと笑えば、空間には次々とあの未確認の魔物が姿を現す。
五体、十体、三十、五十――数え切れないほどに。
突如、少年のような声が響き渡った。
「さぁ此処が終点! お前たちの死に場所さ! 頑張って抗っていたようだけど……残念でしたぁ! 出口何て何処にも無いんだよぉ! ははは!」
「……こいつが、元凶……うざい」
「同意……でも、相手が“馬鹿で助かった”」
「……あぁ? お前、何言ってんの?」
馬鹿の悪魔は笑い声を止める。
私は刀を鞘に戻し、そのまま居合の姿勢を作る。
静かに魔力を練り上げて、刀へと注いでいく……“一刀”だな。
悪魔は何をしているのかと聞く。
が、私はそれを無視して意識を集中させる。
全ての音が聞こえなくなり、魔物の気配も遠ざかっていく。
完全なる無へと近づきながら、私はそこに存在する筈の無い――境界を認識した。
本来であれば、出来る筈もない。
互いに呼吸を合わせて、互いにコンマ一秒もずれもなく同時に攻撃を行う。
それも、一部のズレも無く、精確な場所に対してだ。
不可能、あり得ない、無理難題――が、“あの男”は出来る。
不可能を可能にし、ゼロを百へと変え。
絶望を希望に変えて来た男であれば――成す事が出来る。
私は信じている。
クラーラもそうだ。
あの男の心であったりではない。
私は単純なあの男の力と技量を――“信じ切っている”。
故に、迷いは無く――――ただ、“斬るのみ”だ。
「――――ッ!!!」
一気に目を見開く。
そうして、刀を鞘から解放し。
そのままの勢いで、私は刀を振るった。
全力であり、一部の狂いも無く境界に触れ――空間に裂け目が出現した。
魔物たちが動き出す。
四方八方から魔力の光が発せられて殺到し――全てが凍り付く。
周囲一帯を覆うほどの氷であり。
全ての魔物の動きが静止していた
パキ、パキ、パキと床に広がった氷を踏み砕き――奴が姿を現す。
裂け目から出て来た何か。
それが薄い笑みを浮かべて、私の肩を叩き――
《貴方にしては――上出来だ》
「此処、任せた。そっちは――“任された”」
空間の裂け目の奥。
犬のような姿をした魔物が唸り声をあげている。
刀の刀身がさらさらと砂のように消えていく。
そうして、柄すらも砕け散った。
私とクラーラは男と入れ違いで向こう側へと行く。
《これを》
「助かる」
「――ダーリン、ありがとう!」
すれ違いざまに、ヘルダーは私たちに小瓶を投げ渡してきた。
それを受け取り、栓を片手で抜きすぐに飲む。
瞬間、失っていた魔力が一気に回復した。
クラーラは笑みを浮かべながら、ヘルダーを鼓舞する。
奴は誰に言っているのかと笑っていて――振り返る事無く言葉を送る。
《クラーラ、貴方の力を――“ゾーヤに与えなさい”》
「――っ!! うん!! 分かった!!」
《ゾーヤ――“全力で、殺してやりなさい”》
「……分かった」
裂け目は一瞬だった。
すぐにそれが閉じられて、私たちは敵の攻撃をバックステップで回避する。
「「「「「ガアアアァァ――ッ!!!」」」」」
合計で――“五体の魔物”たち。
不思議な力を感じる。
恐らく、これはヘルダーの為に用意された魔物だ。
彼が不利だと判断したのならば……そういう事だろう。
傷らしきものが無いという事は再生もち。
それもかなりのスピードでの回復能力がある。
単純な再生スピード如きで、あの男が後れを取る事は無い。
ならば、驚異的な再生スピードの秘密として考えられるのは――“何かしらの代償を払っての治癒能力か”。
不利となる代償ではない。
悪魔が不利な代償を支払う事はない。
おおよそが人の魂であり、用意されているのはこの刑務所内の存在たちだ。
つまり、この刑務所内に存在する命あるものを代償にし。
即時回復効果を持っている可能性がある。
あの男にとって苦手となる相手だろう。
殺しても殺しても復活する相手だ。
再生能力を止めるだけではなく。
その代償を支払う仕組みそのもが障害となっている――が、私には関係ない。
「クラーラ――よろしく」
「……はぁ。ダーリンの為、ダーリンの為、ダーリンの為――」
奴はぶつぶつと何かを言いながら――体を変形させる。
螺旋を描くように回転し、そのまま形が細くなっていく。
そうして、クラーラが変化したそれを私は握る。
血のように赤い刀身であり、その気配は妖刀に近い。
心臓の鼓動音が掌を通して感じる。
「――妖刀クラーラと名付ける」
「やめて……本当にやめて?」
これほどのものであれば――“発動できる”。
刻印を起動し、私は刀身を指で撫でる。
クラーラが笑っているが無視。
私は静かに刀を下に構えながら、呼吸を整える。
命を糧とした再生能力。
それが齎す死からの疑似的な乖離。
見えぬ結び、悪魔の垂らす糸も、全て等しく――“私が、断ち切ろう”。




