038:祓魔師は殺さない
「……」
ベッドに横になり、真っ暗な中で目を閉じる。
既に消灯時間を迎えて、俺は決行時刻を待つ。
暗闇の中で停電が発生した何てどうやって分かるのかと思うが……簡単だ。
見回りに来る刑務官たちが使っている特殊なコンタクトレンズ。
もしくはサングラスのようにした小型ディスプレイ。
アレは刑務所内で活動する全ての刑務官が装備しており。
それらは暗闇の中であろうとも囚人たちの様子などが鮮明に分かるようになっている。
俺たちが戦闘時に使うものと似ているが、此処は戦闘というよりも監視目的で使っているんだろう。
それらは秘匿された場所にてオペレーターたちが情報を整理ししているのがざらだ。
奴らも随時、上からの指示を受けて動いている……つまりだ。
無数のデバイスを管理するメインサーバーは、大量の電力を必要とするからこそ必然的に刑務所内の電力を使う事になる。
停電が発生すればディスプレイの機能はシャットダウンされて。
徘徊している刑務官たちも慌てふためくだろう。
俺は目を閉じたまま、耳に意識を集中させるだけでいい。
足音に呼吸音。
服の擦れる音だけでもいい。
たったそれだけの情報で、奴らの感情の色は見えて来る。
俺は待つ。
ただその時をジッと待ち――始まった。
微かに、近くを歩く刑務官の足音が乱れる。
そうして、何処かへと無線を繋ごうとしていた。
俺はそれを瞬間的に察知し、自らの腕輪を掴み――破壊する。
警報は鳴らない――計画通りだ。
飛び散る残骸を瞬時に回収。
魔術によって異空間へと収納し。
そのまま寝ぼけ眼で目を擦る馬鹿共を無視して俺は鉄の牢に触れる。
本来であれば強引に破壊すれば簡単だが……こいつらが出れば一大事だ。
俺は体の関節を外す。
肉体が液体のように柔らかくなり。
そうして、そのまま隙間を通って外へと出る。
目を閉じ切っていたお陰で暗闇で目はなれている。
通路の向こう側にいる刑務官が俺の方を向こうとした。
が、俺はそれに反応するように飛び上がり。
そのまま刑務官の首に触れて――気絶させる。
軽い電気ショックであり、すぐに目覚めるだろう。
俺はすぐに刑務官の服を脱がせる。
そうして、囚人服を脱いでそれに着替える……よし。
脱出に必要なIDカードも手に入れた。
後はこの男の顔に自らの顔を近づけるだけだ。
暗闇の中で男の顔を観察し、魔術によって己の顔を変形させていく。
そうして、一瞬にして男の血のつながった兄弟かのような顔になる。
「……」
念には念を入れておこうか……俺は刑務所全体に魔力による探知を行う。
その結果、全ての囚人や刑務官の居場所が掴めてきた。
クルトでは無いからこそ精確な情報までは分からないが。
一際大きな魔力反応はあの女どものものであり……問題ないようだな。
奴らも枷を外し。
出口を目指して走っている。
男女で収監されている棟は別ではあるが。
目指すべき場所は同じだ。
俺は立ち上がる。
そうして、そのまま出口を目指して走っていった。
走って、走って、走って――立ち止まる。
アレからどれほど経ったのかは分からない。
が、既に三分以上は経過している筈だった。
それなのに、脱出はおろか――“警報すらも鳴る事は無い”。
おかしい。明らかに異常事態だ。
何が起きているのかと考えて――廊下の壁に触れる。
《……異界化されていますね》
全く気付かなかった。
それほどまでに精巧な結界だった。
これほどのものを作られる悪魔はそうはいない。
いや、俺の記憶する限り、ここまでのものを形成した奴は――瞬間、空間が一気に押し広げられた。
妖しい真っ赤な光を放つ空間。
無数の目が出現し、ぎょろぎょろと動いたかと思えば――此方を捉える。
「ははははは、やっと気づいたんだねぇ。遅い遅い、のろのろだよぉ?」
「――ッ!」
少年のような笑い声が響き渡る。
瞬間、頭上から何かが降って来た。
俺は後方へと飛び、敵の攻撃を回避した。
床に激突した何かが煙を発生させていた。
俺は目を細めながら、悪魔の姿を拝もうとして……へぇ。
目の前にいるのは悪魔ではない――“魔物”だ。
それも、三つの頭を持つ黒毛の犬だ。
普通の犬とはまるで違い、その体長は十メートルはあった。
むき出しの牙は金属のような光沢を放ち。
殺気に満ちた目は血のように赤く染まっている。
涎をだらだらと垂らしながら、魔物は唸り声を上げている。
「悪いけどぉ。君に此処から出て行かれたらすごぉぉく困るんだよねぇぇ。だから――死んでくれない?」
「――ッ!!!!!」
三つ頭の犬が空間を震わすほどに叫ぶ。
そうして、一瞬にして俺の前に立ち。
そのまま俺を噛み殺そうとして――“押しつぶす”。
魔術によって発生させた強大な重力。
それにより、躾のなっていない駄犬は一瞬にして潰された。
真っ赤な血だまりが出来ていて、俺は顔に掛かった血を指で拭う。
《で? 何と言いまし――は?》
俺は奴を煽ってやろうとした。
が、それよりも早く血だまりから犬が再生する。
それも一匹の状態ではなく――二匹に増えた状態でだ。
犬たちは連続攻撃を放ってきた。
その強靭な前足を振り下ろし、俺はそれを腕で防御する。
二匹目はそんな俺を吠える事で発生させた衝撃波で吹き飛ばす。
俺は異界化された壁に体を強く打ち付けた。
瓦礫と共に床に落ちて、降り注いだ瓦礫を弾きと飛ばしながら敵を見つめた。
「あれれ? おかしいなぁぁ。あの血濡れの天使が――焦ってないかなぁぁ? あぁぁれぇぇぇ?」
「……」
犬どもは飼い主の煽りに反応し笑う。
そうして、遠吠えをしたかと思えばその姿を霞のように消す。
気配を探り――前に飛ぶ。
暗闇から顔だけを出した犬ども。
俺がさっきまでいた場所で噛みつきを行っていた。
視線を向けて指先を向ける。
そうして、敵を狙って魔力弾を放ち――犬の頭が吹き飛ぶ。
悲鳴のようなものを上げて犬の頭の残骸が散らばる。
俺は敵を警戒しながら散らばった残骸に注視し――やっぱりだ。
数秒も掛ける事無く完全に蘇生し。
その体を分裂させている。
力のある悪魔であろうとも、こんな芸当は出来やしない。
再生なら出来るだろう。
が、それを行うスピードが桁違いだ。
その上に、力を半減させる事無く分裂していた。
魔術による改造か。はたまた、そういった特異能力持ちの個体が飼い主であるのか……まさか!
俺は分裂した犬どもの攻撃を回避する。
連続しての噛みつきであり、執拗に俺を食おうと狙っている。
それらを丁寧に避けながら、俺は異界化された刑務所全体に再度“魔力探知”を行う……あぁ、そうだよな。
数が――“減っている”。
刑務官なのか受刑者なのかは分からない。
が、確実に数名の反応が消えていた。
こいつの蘇生と関係があるとは断言できないが。
確実に何かしらの影響を与えているのは確かだ。
考えられるのは、自らの死を他者へと流す術だ。
痛みなどの感覚を他人に譲渡する悪魔は知っている。
が、死そのものを他者に肩代わりさせる奴はそうはいない……いや、いるにはいたな。
以前相対した異名もちの悪魔。
奴は似たような事をして、俺に死を与えやがった。
アレと似ているといえば似ているだろう……強ち、不可能ではないか。
四方八方から犬どもが口を開けて襲い掛かる。
そんな奴らに視線を向ける事無く――凍らせる。
一瞬にして氷像と化した魔物ども。
そんな奴らから距離を取り、俺は走っていった。
分が悪い。
奴らの肩代わりとなる存在全て消えるまで殺せばいいだけだが……それはしたくはない。
どうしようもないクズで、救いようの無いカスであろうとも。
奴らは最低限のルールを守り裁きを受けた。
俺にとっては価値が無くとも、国が奴らを生かすと決めたんだ。
《言わなければ良かったですね……本当に》
俺はため息を零す。
言ってしまったのなら、取り消す事なんて死んでも嫌だ。
“勝手に死ぬ事が許されない”のだから――守るしかねぇだろう。
「どこ行くんだよぉぉ!! 逃げたって意味ないって分かるでしょぉぉ?」
《意味がないかどうかは私が決める事ですよ》
「ははは! だったら――すぐに決めさせてあげるよ!!」
犬どもは俺を追って来る。
そうして、異界化された空間がぐにゃりと歪む。
まるで螺旋階段のようになる廊下。
俺はそれを駆けあがりながら、魔力探知を続けた。
螺旋階段が途中で崩れていく。
駆け上がる為に必要なものが無くなって――俺は飛ぶ。
足で空気を蹴りつけて飛んでいく。
目の前では壁から無数のトゲが出現し。
俺の行く手を阻むが関係ない。
異空間から愛銃を取り出し、発砲する。
俺の行く手を阻む障害物を破壊し、その中を通っていった。
背後から迫る犬どもが吠えた。
その衝撃波が俺を襲い――更に加速する。
「――へぇ!!」
衝撃波を受ける瞬間、背中に結界を張る。
それも三重に展開した結界だ。
一層目で敵の衝撃波を受けて魔力のみを弾き、二層目でそれを内部に浸透させて方向を一点に収束させる。
三層目で衝撃を背中全体に広げて自らの加速に利用した。
そのまま宙を舞い、すぐに横へと飛ぶ。
ダクトの蓋らしきものを銃弾で破壊。
そのまま滑るように通過し、出口から出て狭い通路を蹴りつけて奥へと進む。
奇妙なオブジェクトを躱し、邪魔な障害物は銃弾で破壊。
そのまま勢いを衰えさせる事無く突き進む。
その間にも、背後から迫る犬どもは何かを狙う様に魔力を高めていた。
俺はそれに気づきながらも、敢えて無視をして異界化された空間を突き進む。
進んで、進んで、進んで――進むのみだ。
止まる事は許されない。
相手に構っている暇はない。
この手の相手は俺では務まらない。
最適な人間がいて、そいつも恐らくは俺を求めている。
互いに必要な存在で、互いに求めあっている。
あのサイコ女が聞けば狂喜乱舞するだろうが。
今はそんな事はどうでもいい。
「――!」
目の前の空間が歪む。
そうして、進路を塞ぐように犬っころが口を開けていた。
俺は舌を鳴らしながら、奴の斜め前の空間に銃弾をしこたま撃ち込んだ。
壁の一部が砕け散り、俺は空気を蹴りつけて加速し――隙間を潜り抜ける。
「……っ!」
が、敵の攻撃を完全に避けられなかった。
服が破れで、奴の魔力に触れた皮膚が裂けていた。
血が滲んでおり、俺は即時回復させる。
そうして、更に奥へと視線を向けた。
「ほらほらほらぁ!! まだまだこれからだよぉぉ!! 人類最強ぉぉ!!」
《本当に鬱陶しいですね。すぐに殺してやりたい》
俺は舌を鳴らしながら視線を動かし続ける。
敵の高度な異界化により、空間は完全に掌握されている。
障害物を作る事も、敵を動かす事も造作もない。
そんな中で、俺はただただ攻撃をする事も出来ないのだ。
割り切れたらどれほど楽だったか。
捨てる事が出来ればどれほど身軽だったか。
『……思った事も無かったな……俺も、良い事してた事があったのか』
『……何か、今日の飯は……何時もよりも、うめぇ気がするな』
『……食った分だけ働けって事だな……なら、食うしかねぇな』
最悪だ。本当にクソのようだ。
あんなクズ共でも――俺は守るしかねぇんだ。
厄日であり、本当についていない。
クズであることを自覚しているこの俺がだぞ?
――笑えねぇな。
俺は盛大に舌を鳴らす。
すると、姿の見えぬ悪魔はけらけらと笑う……笑えばいいさ。
今は心置きなく笑っていろ。
だが、すぐにその笑みは消えるだろうさ。
俺はただ逃げるだけの能無しじゃねぇって事を――分からせてやるよ。




