031:祓魔師は今を生きる(side:ランベルト→ヤン)
授業が全て終了し。
夕焼け空の下で、部活を終えた生徒たちが帰っていく。
「先生、さようならぁ」
《はい、さようなら》
すれ違う生徒が律儀に俺に挨拶をしてくる。
それに適当に返しながら、俺は自販機の場所を目指す。
掃除を終えて、ようやく日常が戻って来た。
“俺”は上手くやれていたようであり、誰にも怪しまれる事は無かった。
それは別にいいのだが……はぁぁ。
鬼畜眼鏡が俺にかなり電話をしてきていたようで。
その話の内容は大体が今何処で何をしているかだった。
アイツの事だから、ファウストの大虐殺に俺が関わっていると睨んだんだろう。
だが、如何に天才的な頭脳を持つ奴であろうとも“アレ”を見破る事は絶対に出来ない。
一度でも見ていたのなら話は別だが。
俺がアレをした姿を見た奴はほとんどがこの世からいなくなっている……まぁ生きている奴もいるがな。
そんなこんなで、奴からの鬼電を躱し。
ニュースもチェックしていたが。
適当に集めておいたファウストが関わった事件の資料や協力者の名簿。
後はあのクズのスマホなどを鬼畜眼鏡のポストのねじ込んでやったら。
奴はそれを有効的に使って、対魔局にこびりついていた汚れと一緒に全てを綺麗にしてくれた。
司法の方もてんやわんやで。
当時のずさんな調査や取り調べが明らかになり。
警察のお偉いさんやらから亡くなったアーサーの遺族への謝罪もされて、世間はけっこうな大騒ぎだった。
それだけは感謝であり……まぁ貸しにしてやるよ。
そういえば、今朝もルインに通知があったが……クルトがどうとか言ってたなぁ?
何の事かはさっぱりだ。
今朝はばたばたしていて見ている余裕は無かったからな。
まぁ帰ってからチェックしてやろうと考えて……げぇ。
「……!」
「……」
自販機の近くのベンチに座る男。
短く切り揃えた赤髪に、普段であれば生意気な表情はなりをひそめて。
今はまるで、雨に濡れた子犬のような同情を誘う顔をしていた。
俺はそんな奴からのうざったい視線を無視して、自販機に金を入れる。
選択するのは眠気が吹き飛ぶほどに苦い“ハイパードエスプレッソォ”だ。
ガラガラと音を立てて、下に落ちたそれを回収する。
キンキンに冷えており、俺はプルタブを開けてそれを飲む……あぁ、クソ苦げぇなぁ。
満足して俺はさっさと帰っていく。
「おい、待てよ」
《……何ですか?》
呼び止められたので、あからさまに嫌そうな顔をして奴を見る。
すると、奴は少し調子を取り戻して舌を鳴らす。
無言で座っている位置をずらして……はぁ、たくよぉ。
俺はイラつきながらも奴の隣に腰かける。
すると、用があって呼び止めた筈の奴は何も喋らない。
俺はムカムカとしながら、じれったいので奴が聞きたい事を当ててやる事にした。
《母親の事が気がかりですか?》
「……! 何でそれを」
《見たら分かりますよ。ママのおっぱいが恋しいという顔をしていますから》
「ばっ!? ちちちちげぇよ!! こぉ、殺すぞォ!!」
奴は顔を真っ赤にして怒る。
俺は小さくため息を零しながらコーヒーを飲む。
《何が貴方の足を止めているのですか? 会いたいのなら、今すぐに会いに行けばいいでしょう? それとも、彼女は居場所すら貴方に教えなかったのですか?》
「……ちげぇよ。場所は、知ってる……でも、俺は……まだ、アイツの事を……なぁ、信じていいのか? 本当にアイツは、俺の事を……」
奴は不安そうな目で俺を見つめて来る。
甘ったれたクソガキの目であり、求めれば何でも答えが返ってくると思っていやがる。
俺は舌を鳴らしながら、ただ一言知らないとだけ答えてやった。
《貴方たちの事なんてどうでもいいです。興味も無ければ、何かしてやりたいとも思っていませんから》
俺は冷たく言い放ってやった。
すると、奴は拳を握りしめて震えていた。
「……だったら、何で……何で、お前は母さんを助けたんだよ」
《はい? 私は何もしていませんよ。勝手に貴方の母親が帰って来ただけでしょう?》
「嘘だ……俺は全部聞いたんだ……母さんが言っていた。お前が母さんを縛っていた呪縛を解いて、お前がアイツらを……なぁ、そうなんだろ?」
《――全然違いますよ? 私は何もしていません。大体、そんな事をしても私には何のメリットもありませんから。ははは》
俺は奴を茶化すように話す。
奴にとっては重要な事なんだろうが。
俺にとってはこの話はどうという事も無い。
俺はただムカついたから奴らを殺しただけだ。
こいつの為でも無ければ、母親の為でもない。
そんな事でこいつらに恩義を感じられたくはなかった。
奴は俺を睨む。
が、俺がそれ以上何も言わなければ奴はまた地面を見て浮かない顔をしていた……はぁ、めんどくせぇなぁ。
《貴方は母親に会いたくない訳ではない。貴方は母親に会う事で――“自分が傷つくことを恐れている”のでしょう》
「……っ! 俺は、そんな事……っ」
《嘘ですね。一度は自分を捨てて、会う事もしなかった存在。そんな存在の真意を知って、もう一度やり直す事が出来る。それなのに、貴方は見えない可能性に不安を抱いている。もしも、また裏切られて捨てられれば……本当にくだらないですね》
「何だと……くだらないって、お前に何が……」
お前の不安を取り除いてやる方法なんて俺は知らない。
お前が親から捨てられて、どれだけ悲しんだかも理解してやれない。
だけど、“一つだけ確かな事”はある。
《人間というのは儚い生き物です。生まれ、成長し、老いて死んでいく……裏切られるのは当たり前です。痛みを感じない人間なんていませんよ。人は誰しも、失敗し、傷つき、挫折する。この世で傷を負う事が無かった人間なんてただの一人もいません……私は貴方の背中を押してやる事は絶対にしませんが。それでもこれだけは言ってあげましょう……未知を恐れるな。傷ついたっていいんです。その先に少しでも希望があると思うのなら、迷う必要なんてありません》
「……先生……俺は……」
奴は何かを考えている。
俺は空になった缶を手で転がしながら、独り言を零す。
《……うざったくて、べらべらと一人で話して。興味もない話題ばかり振って来て、その癖、女の事でいちいち相談に来る腐れ縁の馬鹿がいましたが……あんな奴でも、いなくなれば静かすぎると思う事が偶にあります……時間は限られています。今でなくてもいいなんて言葉は、後で後悔する人間の決まり文句です》
「……っ! 先生、アンタ……いや、そうだ。そうだよな……ッ!」
奴は何度も頷き拳を握る。
そうして、自らの両頬を思い切り叩いた。
その目にはもう迷いはない。
甘ったれたガキから、少しは成長できたようだった。
俺は小さく笑ってから、空になった缶をゴミ箱に投げ入れる。
そうして、用は済んだからとその場から去っていった。
「ベッカー……先生! 俺、俺は――っ!」
俺は何も言わない。
その代わり、手をひらひらと振ってやる事だけはしてやった。
奴が頭を下げているのが分かるが。
それを見る事無く歩いていく。
そんな俺の横をアイツは走り去っていく。
「……」
これが青春ってやつなのか……はぁ目がいてぇな。
眩しくて眩しくて、目が乾いちまいそうだ。
このまま家に帰って、酒を飲むつもりだったが……そうだな。
この目の不調を治す為に少し“”散歩”でもするか。
見慣れた街の景色でも見ていれば、目も元通りだろう。
俺はそんな事を考えながら、小さく笑った。
〇
「……っ」
誰もいない公園。
母さんにメッセージを送った。
此処で待ち合わせであり……来た!
母さんが公園の入り口から入って来る。
最初に会った時のような落ち着いた服装で。
母さんは俺を見つけて小さく手を振っていた。
俺は恥ずかしくなって視線を逸らす。
すると、母さんは俺の前に立った。
「「……」」
互いに無言だった……当然だ。
お互いに会って真面に話すのは久しぶりだ。
先生の家で会った時は事情を知らなかったから、話すような空気でも無かった。
――けど、今は違う。
母さんの事情を知る事が出来た。
母さんの本当の気持ちに気づいた。
だからこそ、俺は、俺は…………ダメだ。
いざ、話をしようとすれば口が思う様に動かない。
母さんを前にすると嬉しさよりも不安を感じる。
母さんは俺を見てくれている。それなのに、また裏切られると思って俺は――っ!?
突然、背中を誰かに押されたように感じた。
視線を後ろに向ければ誰もいない。
俺はそのままよろよろと足を動かして――柔らかい感触を感じた。
「――ぁ」
気づけば、母さんの胸の中にいた。
俺は顔に熱を感じながら離れようとして――母さんが俺の頭を撫でてくれた。
「……大きくなったね、ヤン……貴方が生まれたばかりの時は、もっともっと小さかったのに」
「……当たり前、だろ……俺はもう十五なんだぞ」
「ふふ、そうね……ヤン、ごめんなさい。私は貴方の前からいなくなったけど、貴方の事はお父さんから聞いていたわ……お父さんは私の代わりに、貴方の事をこんなに立派になるまで育ててくれた。本当は私が貴方を守らなきゃいけなかったのに」
「…………知ってたよ。爺ちゃんが隠れて誰かと電話をしていた事は……母さんは、ずっと俺の事を思ってくれてたんだろう」
俺は何もしない。
ただ成すがままに撫でられてやった。
すると、頬に冷たい何かが当たる。
顔を上げれば、母さんの目から涙が零れていた。
「……ずっと、こうしたかった。貴方に会いたくて、貴方を抱きしめたくて……でも、それは許されなかった。もしも、私が組織を裏切れば、今度こそお父さんも貴方も殺されてしまう。貴方の呪いを解きたくて、貴方を此処よりもずっと遠くへ逃がせば呪いが勝手に消えると思った……でも、そんな事をする必要は無かった。あの人が、私も貴方も――救ってくれたから」
「……アイツは、絶対に認めないけどな……俺も、母さんに……会いたかった。恨んでたし、すげぇ悲しかったけど……でも、心の何処かで信じてたから」
俺はゆっくりと手を動かす。
そうして、慣れない手つきで母さんの背中を摩る。
母さんはぼろぼろと泣いていて、俺も何故か目から涙が流れていった。
こんなところ誰かに見られたら。
そう思ったけど、何故か、公園には誰も来ない。
それどころか道を通っている人間もいない。
まるで、俺と母さんだけであり……やっぱりだ。
ムカつく奴だ。
鬼のように厳しくて、口だってクソほどに悪い。
生徒である俺に対しては甘い言葉を吐かない癖に……本当に、ムカつく奴だ。
俺は笑う。
涙を流しながらも、こんな事を隠れてしている奴の事を考えて笑った。
あんな奴、好きになれないと思っていたけど。
アイツはアイツなりに俺たちの事を思ってくれていたんだ。
正論ばっかりで、親しみ何て感じさせない。
自分の手柄と言えばいいのに、それすらもどうでもいいと思っていやがる。
本当にムカつく奴で――感謝してもしきれない。
ゆっくりと母さんから離れる。
そして、涙を拭ってから頭を下げた。
「母さん、また、家族になろう……今度こそ、ぜってぇに逃がさねぇからな!」
「ヤン……うん、うん! 貴方は私の息子だから。今度こそ絶対に貴方を一人にはしないから!」
母さんも涙を拭って笑う。
俺たちは互いに笑みを浮かべた。
これで、俺たちにあった誤解は解けた。
これでようやく本当の家族で――
「ヤン……1つ、聞いていい?」
「ん? 何だよ。今聞くことなんかあるのか?」
「うん、とっても大事な事なの……お父さん……必要?」
母さんが質問した内容に少し驚く。
母さんは頬を赤らめて手をみじもじさせながら、薄い笑みを浮かべている。
「え、父親? いや、別に……いや、そんなの俺に聞くなよ! 母さんが必要なら探せばいいだろ!?」
「そ、そうよね……因みにだけど、ちょっと……“すごく年上”でも……“煙草を吸う人”でも……いい?」
「はぁ? 何でそんな細かい事聞くんだよ……いや、別に何でもいいよ。母さんが好きになったのならそれで……あ、でもクズはやめてくれよ。暴力を振るったり金を巻き上げたり」
「――そんな事はしないわ!!」
「おぁ!? な、何だよ……はぁ、何だってんだぁ?」
「……っ。と、兎に角ね。私も頑張るから……応援、してね?」
母さんは微笑む。
が、何故かその笑みは今まで見たどの表情よりも恐ろしく感じた。
目のハイライトが消えているようで……な、何だか寒気が。
俺は体を抱えて震える。
先ほどの質問への答えを俺は誤ったような気がするが。
母さんはそんな俺には気づかずにくつくつと笑っていた。




