030:祓魔師は火を灯す(side:アーロン→ランベルト)
カチカチかとボタンを押す音が響く。
それと連動するように画面の向こうの兵士がライフルの弾を放つ。
襲い掛かって来るゾンビ共は銃弾を浴びて体を吹き飛ばして倒れていく。
が、どんどん弾が減っていき――ゼロになる。
その隙に画面には無数のゾンビが現れて。
あっという間に俺が操作する兵士は食い殺された……あぁ、クソッ!!
「……クソ、クソ、クソッ! あぁぁ!! つまんねぇなァ!!」
俺は苛立ちを抑えきれずにゲームのコントローラーを投げた。
それはテレビに当たり、画面に罅が入った。
扉の近くにいる図体だけがデカい能無しは小さくため息を零す。
俺はそいつを睨みながら命令し、すぐに新しいものを持って来るように言う。
この何もねぇ島に来て……一週間か?
毎日毎日、ゲームなんかしてたら嫌でも苛立ちが積もる。
こんな所、親父の命令でも無ければとっとと出て行ってるのによぉ……クソがッ!
「ですが坊ちゃん。もうこれで三台目に」
「うるせぇぞ!! いいから持ってこい!! 親父に殺されてもいいのか! あぁ!?」
「……はぁ、分かりましたよ」
無能な部下はため息を吐きながら部屋を出て行く。
俺は舌を鳴らしてから、ソファーの上で寝ころんだ。
ゲームはもう飽きた。漫画も見飽きた。
せめて、此処に女がいれば退屈も解消できたのによぉ……はぁ。
外の状況は分からない。
親父の言いつけで、俺は暫くの間此処から出る事が出来なくなっていた。
テレビはあっても此処まではテレビ局の電波は届かない。
ラジオも同じであり、ネットも当然繋がらねぇ。
絶海の孤島で。だからこそ、隠れるのにはうってつけと言えるがな。
それもこれも、あのフーゴ・ベッカーを名乗っていたカスのせいだ。
アイツがもしも、あのランベルト・ヘルダーと知っていれば俺もあんな真似はしなかった。
そうさ、全てはアイツが正体を隠していたのが悪い。
「俺は悪くねぇ。全部あのクズのせいだ……きっと、親父が何とかしてくれるさ」
あの血濡れの天使と言えども、親父が金や女を差し出せば。
きっと頭を下げて帰っていく筈だ。
それでダメでも、俺たちは天下のファウストだぞ。
たった一人の男なんて怖くもなんともねぇさ。
親父はアイツの事を高く買っていたようだが、どうせ他の人間と変わりはしねぇよ。
今まで会った奴らは全員、俺の言いなりだった。
小学校も中学校も高校も、生徒も教師も全員が俺の奴隷だった。
警官も祓魔師の奴らであっても俺には逆らえない。
何もかもが上手く行っていて…………あぁ、違うな。
たった一人だけ、“最期まで”俺に反抗していたクズがいた。
正義感で動くドがつくほどの馬鹿で。
誰であれ困っていれば手を差し伸べるような反吐が出るほどの偽善者だ。
何故か、俺よりも奴の周りの方に人が多く集まっていた。
金も無ければ、高い能力もねぇカスなのにな。ムカつく野郎だったぜ。
アイツは俺が金をちらつかせても顔色一つ変えなかった……まぁ結局はアイツは“死んだがな”。
『――ッ!! ――ッ!!!』
最期に見た奴の顔は今でも覚えている。
目に涙を浮かべながら震えていて。
必死に家族の安全を叫びながら――アイツは崖から飛び降りた。
真冬の海に真っ逆さまであり。
俺たちは腹を抱えて笑っていた……ま、どうでもいいがな。
あんなカスが死んでも俺の心は痛まねぇ。
きっと此処が雪が降り積もるほどに寒い場所だから、あんな奴の事を思い出したんだろう。
俺はまた舌を鳴らしてから、外にいるだろう部下を呼ぶ……あぁ?
反応が無い。
無視をしていると思った。
だからこそ、俺は強く部下の名を叫んだ――また、無言だ。
俺はソファーから立ち上がる。
そうして、頭を掻きながら扉まで歩いていく。
ノブを握りしめて、俺は部屋の外にいる無能を――――
《やぁ》
「――――ぁ、ぁぁ」
俺の前には――“フーゴ・ベッカーが立っていた”。
黒いスーツに灰色のロングコートを羽織り。
黒い革手袋に、マフィアのような帽子を被っている。
姿は最初に見た冴えない装いでは無い。
あのダサい眼鏡も外していて、その下にあった恐ろしく鋭い目が――俺を捉えていた。
俺はよろよろと後ろに下がる。
そうして、すぐに逃げようとして――乾いた音が響いた。
一気に足から力が抜ける。
俺は何が起きたのかと足を見て――足に空いた穴から血が噴き出していた。
「――ああああぁぁぁぁ!!? いでぇぇぇああぁぁぁ!!!」
俺は傷口を必死に手で押さえる。
が、血は全く止まってはくれない。
奴は俺を無言で見つめながら、手にした銃をそっと下に下ろす。
《探しましたよ。まさか、国外に……それもこんな絶海の孤島に隠れているなんてねぇ。貴方のお父さんはよほど息子が大切だったようですね》
「あ、あぁ、お、おや、親父……ど、どうして……おや、親父が、お、おまえ、を」
俺は震えながら疑問を口にする。
今頃は親父が組織を動かして問題の解決の為に動いている筈だった。
目の前のカスを金などで抑え込むか。
組織の力そのものを使ってこいつを封じ込めるか。
その筈なのに、何故、こいつは――
《――死にましたよ》
「は、ぇ?」
《だから、死んだんですよ――“貴方のお父さんも、組織の幹部たちも、全員”》
奴は当然だと言わんばかりに言葉を発する。
俺は大きく目を見開きながら震えて――怒りを爆発させる。
「ふざけんじゃねぇぇぇ!!! お前が、お前如きが、あの人を殺して良い筈が――あああぁぁぁ!!!!」
《うるさいですよ。誰が発言を許可しましたか?》
奴はまたしても発砲した。
今度は反対の足を撃ち抜いてきた。
血が勢いよく噴き出し、俺は想像を絶する痛みでもだえ苦しむ。
「ハァハァハァハァハァハァハァハァハァ――ッ!!」
俺の心臓は恐ろしいほどに鼓動していた。
呼吸は大きく乱れていて、今にも心臓を吐き出しそうだった。
視界が歪んで見えている。そして、鼓動は強くとも血の気が失せたかのように体が寒い。
寒い、寒い寒い――が、傷口は燃えるように熱い。
奴はゆっくりとしゃがむ。
そうして、微笑みながら言葉を発してきた。
《一つ聞いてもいいですか。もしも、正直に話してくれるのなら……貴方の事は見逃します。勿論、傷も綺麗に治しましょう》
「……っ! は、話す! 話します!! 何でも、何なりと!!」
《そうですか。では……貴方の中学の時の同級生。名前はアーサー・マクレイだったか……私はそいつに強い恨みがあるんです。よろしければ彼の事について教えてくれませんか?》
「え、アーサーに、あ、アンタが――あ、いや! 知ってる!! 知ってるよ!! 何せアイツは――俺が指示して殺したんだからな!!」
《ほぉ! そうですか、それはいいですねぇ。で、どうやって殺したんですか? 内容によっては……ね?》
奴は優しい笑みを浮かべる。
アーサーがこいつと何の関係があるのかは分からない。
が、こいつにアーサーにした事を話せば、こいつは機嫌を良くすると分かった。
俺は希望の光を見つけた。
だからこそ、奴が喜ぶ事を俺は話す。
奴が俺に突っかかって来たから、仲間に指示をして奴をいじめてやった。
殴る蹴るは当たり前で、金だって奪い取った。
奴を慕っていた奴らも使って徹底的に奴の心を壊し続けた。
が、奴はそれでも反抗精神を衰えさせなかった。
その瞳には確かな光があって、何があっても耐えるという堅い意志を感じた。
ムカついた。腹が立った。
だからこそ、俺はある計画を立てた。
どんなに暴力を振るっても、奴は俺に立ち向かってくるんさ。
どんなに金をちらつかせても、奴は俺の手下にならないんだ。
だからこそ、俺はアイツが最も愛する妹を――誘拐した。
「あ、アイツはさぁ。と、友達に、妹の話ばっかりしてさぁ。気持ちが悪かったんだよななぁ! だ、だから、アイツの妹を誘拐してやれば、あ、アイツ。今までの反抗が嘘みたいに無くなってよぉ、が、崖から飛び降りれば、妹は、か、解放してやるって言ってやったんだ。そ、そしたら、あの馬鹿。は、はは……マジで飛び込みやがったんだ! それも全裸で、真冬の海にだぜ! ははは、わ、笑えるだろう! ど、動画もあるぜ! お、俺のスマホだ! ほら!」
《はははは、そうですかそうですか。へぇ、妹を人質に彼に自殺を……本当に映ってますねぇ。あぁすごい形相だ……流石ですねぇ。やっぱり貴方は本物だ》
奴は動画を見て納得した様に頷く。
そうして、俺のスマホを一瞬で消した。
スマホはどうでもいい。これで俺は救われる。
俺は笑みを浮かべながら、目の前の男に尋ねた。
「だ、だろぉ? な、なぁこれでいいだろう。だから、早く――――ぁ?」
何かが腹に当たる。
体が僅かに揺れて、俺は視線を下に向けて――“果物ナイフが刺さっていた"。
「ああああぁぁぁぁ!!! ごはぁ!! う、ぅぅ、ぁあ」
俺は腹を抑える。
血が口から出てきて、俺は震えを増した。
ナイフを抜こうとして、咄嗟に止めた。
奴は体を横たわせる俺を――凍るような冷たい目で見ていた。
《まさか、こうもあっさりと話してくれるとは……最初に見た時は何とも思いませんでしたが。後で、貴方が関わっていたであろう事件を思い出しましてね。当時、中学生だったアーサー君の自殺教唆で捕まったクズがいたんですが、そのクズは何故か刑務所をすぐに出てその後に貴方の父親から莫大な金を受け取ったらしいんですよ……貴方が誘拐させたアーサー君の妹さんを“凌辱し殺害したクズ”も同じようにね……何かあったかは知りませんが、そのクズ共はドラッグによって廃人になり、三年ほど前に亡くなっていましたが……あぁこれでようやくスッキリできました。これで心置きなく――“お前を殺せる”》
「あ、あぁ、そ、んな……さ、さっき、話せば……見逃すって」
俺は嘘をついたのかと問う。
奴は首を傾げながら、ハッキリと言った。
《――“父親を殺した男の言葉を、貴方は信じたんですか”?》
「あ、ああ、ぁぁ――いぎぃ!! い、いや、は、放せぇぇぇ!!」
奴は俺の髪を乱暴に掴む。
そうして、物でも引きずるように部屋から出させた。
階段を転がり落ち、そのまま外へと出されて。
雪の上をずるずると滑りながら、奴は何処かを目指して歩いていく。
何処に、何処に、何処に何処に何処に何処に何処に――――“そこは、崖だった”。
《アーサー君が殺された日も……雪が降っていた日でしたね》
「あ、あぁ、な、にを――うぎぃ!!」
奴は手を動かす。
そうして、俺の髪を片手で掴みながら崖の上で宙づりにする。
痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――奴は無表情だった。
《貴方の父親はどうしようもないクズでしたが、自らの死を確かに認識していました。貴方も自らの死を――受け入れなさい》
「あ、ああぁぁ、ああああぁぁあああ、や、やめぇ、でぇ――ッ!!!!」
ぶちぶちと髪が抜ける音がした。
途轍もない激痛を感じながら、俺は必死に手を動かそうとした。
が、俺の手は全く動かなかった。
まるで、目に見えない手で押さえつけられているようで――ぁ。
髪がぶちぶちと千切れた。
そうして、俺はそのまま下へと落ちていき――体を強く海に打ち付けた。
「――!!!?」
全身を強く打ち付けた。
内臓がぐちゃぐちゃになったようだ。
強い痛み。それよりも、海の冷たさが急速に痛みを消していく。
痛みだけじゃない、全身の感覚が一気に死んでいく。
ようやく手が動くようになったのに気づき、必死に手を動かす。
が、急激に体全体が鈍くなっていく。
手足が冷えて動きがゆっくりになっていった。
俺の体は上へと上がれずにどんどん沈んでいった。
口からは空気が一気に噴き出し、鼻と口から海水が入って来た。
――過去の記憶が走馬灯として流れていく。
――小さい頃から今までの記憶で。
――俺の目に映る全ての人間が汚れ切った気持ちの悪い笑みを浮かべていた……見るな。
そんな目で俺を見るな。
そんな顔で俺を笑うな。
やめろ、やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろやめろ――あぁ。
視界が暗くなっていく。
光が消えて行っていた。
俺は手を上に伸ばしながら――寒い――寒い――痛い――痛い――寒い痛い痛い寒い寒い寒い寒い寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒寒――――…………
〇
「……」
崖のへりに腰を下ろす。
雪が潰れて尻が冷たいが、どうでもいい。
下を見れば、血が広がりぶくぶくと泡が出ていたが……もう、消えていた。
波が全てを消し。
クズの穢れた血も清めてくれた。
これで終わりであり、これで俺のすべき事はもう何も無い。
俺はゆっくりと空を見上げる。
どんよりとした曇り空だ。
しんしんと雪が降っており、ひどく体が冷たさを感じる。
俺はゆっくりと胸ポケットから煙草を出す。
そうして、一本出して口に咥えた。
ジッポーライターで火を灯す。
そうして、味わう様にゆっくりと煙を吸う。
煙草を指で挟み、口から放して静かに煙を出していった。
「……」
これで何が変わる訳でもない。
クズの集まりが一つ消えただけだ。
それで世界が平和になるのなら、どれだけこの世界は生き易かったか。
結局、俺がした事も自己満足でしかない。
元は俺の恨みを晴らす為だけで、偶々、相手が救えないほどのカスだっただけだ。
殺されたガキも彼の妹も生きて帰って来る事は無い。
そもそも、俺は彼らに会った事も無ければ話した事も無い。
これで彼らが満足するのかも俺には分からなかった……でも、別にいい。
誰かの為じゃない。
俺は俺自身の心に従って行動しただけだ。
彼ら二人の為なんて理由はいらない。
それで十分であり、これで良かったと心から思う。
俺は少し吸っただけの煙草を静かに雪の上に立てた。
そうして、心の中でアーサーと妹の事を考えた……“来世でも家族になれることを”
「……」
ゆっくりと立ち上がる。
そうして、コートに手を突っ込んだ。
背を向けて歩いていき――“頬を撫でる、優しい風が吹いた”。
ゆっくりと振り返れば、俺の目には“何かが見えていた”。
光を発しているような二つの人型はまるで頭を下げたように見えた。
瞬きをすれば、そこには何も無かったようで……そうか。
俺は小さく笑う。
今見たものは俺が見たかった“幻”かもしれねぇが――それでも、別にいい。
「……」
今度こそ此処を去る為に歩いていく。
もう二度と振り返る事はしない。
掃除は終わった。
報酬も無ければ宝が戻って来る事も無いが、俺は満足したよ。
また明日からは――“ただの教師だ”。




