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003:祓魔師は転職(仮)する

 カチカチという時計の音だけが聞こえる空間。

 白い花瓶に入れられたこれまた白い薔薇は一体誰から貰ったものなのか。

 本棚には難しそうな分厚い本が綺麗に入れられていた。

 客と話す為の机とふかふかの椅子が四つ。


 何故か菓子が置かれた大皿があるが。

 俺と話をした後に誰か来るのか。

 俺には今まで茶の一つも出さない癖に、だ……妬ましい。


 綺麗に整頓された支部長室で、諸悪の根源は大きな木のデスクの前で座っていた。

 白を基調とした隊服ではあるが。

 支部長としての格を表すように銀で彫られた局の紋章が刻まれた肩掛けのマントを着用している。

 お気に入りの黒縁の眼鏡をくいっと上げて、奴はにこりと微笑む……憎い。

 

「やぁ、元気そうだね……眠くはないかい?」

「……」


 俺は奴をジト目で見つめる。

 アントホルン支部長アーベルト・バルテン。現在二十三歳のイケメンだ。

 綺麗に切り揃えられたプラチナブロンドの髪に、柔和な笑みが特徴的な男。

 澄んだ綺麗な青い瞳をしており、ついたあだ名が“微笑みの知将”だ……ぐぬぅ。

 

 バリバリのキャリア組であり、十歳という若さで対魔修道院の“戦術科”に入った。

 ライツの修道院では初めての戦闘科以外での首席での卒業を果たし。

 次期局長候補として上層部でも注目されていたと聞く。

 

 祓魔師として戦闘技量は高くは無い筈だが。

 悪魔についての知識や魔術などの知識は豊富であり、十代の頃には過酷な現場で陣頭指揮を執っていた事も数多くある。

 輝かしい経歴であり、こいつが二十歳という若さで支部長になったのも当然と言える。

 俺たちが“悪魔を殺す技術”を磨いたのであれば、こいつは“悪魔を効率よく殺す方法”を考えているんだ。

 体で働くか、頭を動かして働くかの違いだが、俺はこいつのように頭は良くないので同じことは絶対に出来ない。


 別に、こいつがイケメンであってもいいさ。

 輝かしい経歴で、何故か、俺よりも高給取りであっても許す。

 だが、こいつはことあるごとに俺から自由を奪う。

 そこらへんの祓魔師でも問題なく片付けられる悪魔を態々、俺に相手をさせられたり。

 遥か遠方の地まで行かされて悪魔をぶっ殺して終わりと思いきや。

 今度はそこから反対の地まで向かってまた悪魔を殺す事になった。


 ……まだあるぞ?

 

 こいつは呪いを解く為の情報があるなんて俺に言ってその気にさせて。

 いざ情報を知る人物の所に行けば、俺を殺す為に待ち構えていた悪魔たちと交戦になったり。

 それどころか、情報を持っていた人間自体が“数日前”に寿命や病気でぽっくりと死んでいたのだ。

 

 世界中で活躍している対魔局だぞ?

 情報を手に入れて来る調査隊はエリート中のエリートだ。

 そんな奴らが何故か、俺が求める情報に関してはざるもいいところなのだ。


 調べろよ! 念入りに調べて俺に知らせろ!

 何が悲しくて、もう既に死んでいる人間の元に態々行かなくてはならないのか。

 飛行機に乗れば、確実に悪魔が奇襲を仕掛けて来るし。

 船で行ったとしても、奴らは怪物を差し向けてきて船事沈めようとしてくる。


 戦って戦って戦って……鬱だ。


 何が楽しくて、こんな過酷な労働を熟さなけばらないのか。

 俺だって呪いが無かったら、ごく普通の一般人としての生を全うしたかったさ。

 美味い飯を食って酒を飲み、映画を見たり女の子とデートしてさ。

 結婚して子供を作って、しわしわの老人になっても家族を愛し、そして家族に見守られながら安らかな眠りにつく。


 夢にまで見た人生だ。

 しかし、あの日、呪いを掛けられた事で俺の人生は一変した。

 悪魔から常に狙われて、命を懸けた戦いはしょっちゅうだ。

 隠れたりしても、奴らは時間を掛けて俺を見つけ出す。

 俺が不老不死であるように、悪魔という生き物も不滅に近い存在なのだ。

 普通の武器では傷すらつけられず。

 “聖刃”であったり“特殊な呪法”を使う事で奴らを殺す事が出来て……まぁ俺はそれ以外でも殺せるけど?


 兎に角、もうこれ以上の労働は嫌なのだ。

 せめて、せめてだよ?

 一月……いや、一週間で良いから休みが欲しい!


 一週間もあれば、積んでいるゲームを遊びつくし。

 見たくても時間が無くて見られなかった映画を見れるんだ。

 ロックのウィスキーを片手にポップコーンを頬張りながらさぁ……最高だね。


 幸せな夢を思い描いていれば、アーベルトがくすりと笑う。


「……君は何時も、そうやって何かを考えて笑う時がある……きっと、悪魔を滅する事で救われた魂の安来を思っているんだね……やっぱり、君は誰よりも英雄(ヒーロー)だ」

「……?」


 え、こいつ何言ってんの……?


 俺は一週間という休みを貰えた自分を想像して笑っていただけだ。

 それなのに、何故かこいつは殺された人々の魂の安らぎを願う聖人のように俺を見ていた。


 やっぱり、こいつは見る目が無い。

 俺というものを全く理解していなかった。

 まだ、カーラの方が俺の事をよく理解している。


 ……まぁ今更、俺という人間がどんな奴かを語る事はしない……どうせ、また斜め上の解釈をするだろうからな。


 俺は悟り切った目で奴を見つめる。

 さっさと用件を話してくれと思っていれば、奴はデスクの上で手を組む。

 そうして、心底嬉しそうに笑っていた……すげぇ嫌な予感がする。


「先ず初めに……今まで本当にありがとう。君の働きのお陰で、我々の目的の一つが達成された」

「……?」


 目的が達成されたって……え、聞いてない。


 何を言いだすのかと思えば俺が聞かされていない目標についてだった。

 説明している事を聞きながら、己の中で分かりやすく噛み砕いていく。


 対魔局は悪魔を殺す存在の育成を行っていたが。

 近年では祓魔師を目指す人間はかなり減っていたらしい。

 そして、指導を行う人間たちも練度不足によりあまり良い教育を施せていないと上層部は認識していた。

 悪魔の数は減る事無く、育った筈の新人たちは一年も経たずに殉職してしまう。

 そんな現状で、上層部の奴らは率先して悪魔殺しに行く俺に一株の希望を見出した。


 今まで仕事の量が明らかに尋常ではないと思っていたが。

 それはこの鬼畜眼鏡が勘違いして俺を働かせていただけでなく。

 上層部からの指示もあって優先的に仕事を俺に回していたようだった……殺すぞ?


 それも、多くの悪魔たちが根を張っている場所に俺を突撃させては。

 そこにいた悪魔を皆殺しにさせて奴らに向けて警告を送っていたようだった。

 俺という超絶エリート祓魔師が人間社会で根を張るのなら容赦なく殺しに行きますよ、という感じだ。


 ……確かに、今思えば行く先々で妙に悪魔の数が多いように感じていた。


 百は確実にいたんだよなぁ。

 ひどい時は千を超える悪魔がいた。

 それも上級ばかりがいた時もあった気がする。

 そんな所へ何をトチ狂ったのか俺を向かわせて、暴力装置の如く有効活用していたと……よし、殺そう!


 ふつふつと怒りと殺意を漲らせていれば、奴は頭を下げる。


「本当にすまなかった……君が望んでいたとはいえ、あの仕事量は異常だと分かっていた。それでも、悪魔の脅威を減らせるのならばと思ってしまった……殴られても文句は言わないよ。君が望むのであれば、好きなようにしてくれて構わない」

「……」


 俺は目を細めて奴を見る……ほぉ、そうかそうかぁ。


 俺は考える。

 言質は取れたのだ。

 だからこそ、どう料理したとしても俺の責任が問われる事は無い。


 サンドバックにするのもありだが。

 此処は確実に奴にとって屈辱ある社会的な死を与えた方が良いだろう。

 散々人をこき使い、剰え偽情報で俺を世界中に送ったクソ野郎なのだ。

 裸にして市中引き回しの刑にしても生ぬるい。


 俺は考える。

 考えて、考えて、考えて…………奴が笑う。


「……君は優しいな。こんな僕を許してくれるなんて……やっぱり敵わないな」

「……?」


 え、何言ってんの……あれ、もしかして見ているだけだったから許したと思ったのか?


 もう完全に何もされないと思っている。

 安心したような顔で笑っていて、俺は内心で大いに焦っていた。

 個人的には全く許していないし、どういう調理をしようかと考え中だったのだ。

 しかし、もうこいつは俺が何もしないのだと勝手に解釈してしまって……あぁくそ!


 好機を失った。

 俺はやり場のない怒りを抱える事になった。

 もういいさ、どうでもいい……帰るか。


 恐らく、それだけ言いたかったんだろう。

 騙すような事をしていたから後ろめたかったのだ。

 勝手に謝罪し、勝手に許されたと思って満足しただろう。はい、お疲れぇ。


 俺は踵を返して去ろうとする。

 すると、奴は俺を呼び止めた……何だよ。


「……兎に角、目的は達せられて、今まで確認されていた悪魔による被害件数も大きく減った。恐らくは、悪魔側で君という存在が想像以上の脅威であると認識を改めて、一時的に地獄へと戻ったんだろう。対策を練ったら再び現世に戻ってくるだろうけど……暫くの間は、此方も準備の為に色々とを行動を起こせるよ」

「……」

「分かっているさ。君は祓魔師で、悪魔を殺すのが仕事だ……でも、今残っている悪魔たちの相手は育成もかねて他の祓魔師に任せて欲しい」

「……!」


 アーベルトは笑う。

 奴が言った言葉を考えて、すぐに俺に何をさせたいのかを理解した。


 

 悪魔殺しは他の祓魔師に任せて……つまり、頑張った俺に休みを与えると!? そういう事だな!!


 

 俺は大きく目を見開く。

 そうして、鼻息が荒くなりそうになりながら奴を見つめる。

 すると、奴はため息を吐いて首を左右に振る。


「そんな顔をしてもダメだよ。流石に、君は働き過ぎだ。幾ら、我々にとっての最高戦力であったとしても、君にだって休息は必要だ……まぁ、君も何もせずに過ごす事は苦痛だよね」


 ――ちげぇよ、ハゲ。


 こいつの目は節穴だ。

 何もせずに過ごすのは大好きだ。

 何故ならば、俺には腐るほどに時間があるからだ。

 ごろごろ最高であり、ごろごろこそが至高だ。

 退屈であればゲームもするし、映画だって見る。

 故に、さっさと休みを寄越せと奴を睨む。


「……そこでだ。君には休息の代わりに……修道院で教鞭を振るってもらいたい」

「…………?」


 は? 修道院で教鞭を振るう……え、マジで言ってんのか?


 俺は教師としての資格は持っていない。

 それどころか、誰かを弟子にした事だって無い。

 ずっとソロであり、ずっと悪魔を殺していたんだぞ。

 そんな奴が見習いたちに何を教えると言うんだ。


 そもそも、俺は声が出せないのだ。

 教鞭を振るうって言うのに、どうやって奴らに知識を教えろって言うんだ?

 まさか手話で教えろと? もしくはずっと紙とペンでか? ふざけんじゃねぇよ。

 明らかに矛盾している上に、俺だけは絶対に適任と思えない。


 俺は目の前の支部長の頭を心配する。

 恐らく、俺と同じくらいに事務作業をして頭のネジが飛んだんだろう。

 先ほどはどうやって報復しようかなんて考えていたが。

 流石に可哀そうに思えてきてしまった。

 だからこそ、俺は眉を顰めながら可哀そうなものを見る目で奴を見つめた。


「……分かっているよ。君にとって、彼らを教える事は……辛い事だよね」

「……?」

「百五十年だ。そんな長い時を老いる事も無く過ごして、修道院で育った仲間たちは旅立ち……君は恐れているんだろう? 君が育てた生徒たちが、君を置いて死ぬ姿を見る事しか出来ない事を」


 ……何言ってんですかぁ?


 こいつ、どんだけ俺が愛に溢れた完璧超人だと思ってんだよ。

 そんな事は欠片ほども思っていない。

 確かに、同じ修道院で学んだ仲間たちの事は残念に思っているよ?

 でも、そんなに引きずるまで思っている訳じゃねぇからな。


 死んだかぁ、寂しいなぁ……このくらいだぞ?


 何をどう解釈すれば、俺が別れをトラウマのように思っていると考えられるのか。

 もしかして、周りに人が寄ってこないのも気を遣われているからなのか?

 うさぎさんよろしく、寂しすぎると死んでしまうと思われているのか……鬱だ。


「……勿論、君の意見は尊重する。どうしても行きたくないのであれば……君の望み通り、これからも君に悪魔退治の仕事を」

「――!」


 俺は秒で片手を上げて親指を立てる。

 考える隙は絶対に与えない。

 今の流れで俺が答えを渋れば、絶対にこいつは俺にまた尋常じゃない量の仕事を押し付けて来る筈だ。

 だからこそ、ガキの御守りは嫌であったが引き受けた。


 なぁに、考えようによってはアレだろ? 適当に良い感じの技を仕込んで、適当に見てやってればいいだけだ。


 悪魔をぶっ殺しに行かされるよりは遥かにイージーだ。

 免許もいらないのであれば、俺は適当にゲームをしながら教えるつもりだ。

 そう考えれば、教師というのも案外楽ではないかと思えて来た……ぐふふ。


 俺は笑う。

 仕事ではあるものの、実質休みのような仕事にほくそ笑む。

 すると、奴は温かな目で俺を見つめてきて「本当に、君は」と呟く。


「……手続きに関しては此方でしておくよ。君は新任の教師で書類上は“ロイファー”になってもらうからね……それと、教師として彼らに勉強を教える時は常にこのチョーカーをつけておいてくれ」


 奴はデスクの引き出しを開けて黒いチョーカーを出した。

 また俺に中二的ファッションを強要するのかと恐れをはらんだ目を奴に向ける。

 すると、奴は俺の視線には気づくことなく、それが装着者が発する信号を読み取って声を出す機械であると説明する。

 それもご丁寧に話したい事だけを自動音声で話すだけのようで。

 個人的な恨みつらみであったり、下ネタのような事も漏れる事は無いようだっだ。

 俺は驚いたように目を見開き、物は試しだとそれを装着して見た……どれどれ。


《こんばんは》

「はは、こんばんは……凄いだろ? 僕が作ったんだよ、それ」


 奴は得意げに笑う。

 俺はにやりと笑い、遂に逆襲の時が来たと考えた。

 そうして、心の中でこれでもかと奴に対する怒りを孕んだ罵倒を考えた。

 

 届け、届け、届け――ッ!!

 

《いい(加減にしろこのハゲェ!!)もの(のようにこき使いやがってよぉ!! お前はクソ)だ》


 …………はぁ、使えねぇなぁ!


 奴は俺がこの道具を褒めたと思って笑みを浮かべる。

 俺は悟りを開いた目で、そっとチョーカーを外す。

 ポケットにねじ込んでから、俺は真顔で突っ立っていた。

 最早、機械ですらも俺の意志を無視するようだった……まさか、これも呪い?


「……っ」 

「あぁ不満だよね? でも、こればっかりはどうしようも無いんだ……ただでさえ君は祓魔師にとっては伝説の存在だ。そんな存在が教鞭を振るうともなれば、最悪、学校で大混乱が起こるだろう……だからこそ、君が教師となる間だけは、ロイファーの祓魔師である“フーゴ・ベッカー”として演じてもらうよ」

「……」


 奴の説明を聞いて頷く。

 まぁそうなるだろうとは思っていた。

 既に俺の事は一般人でさえも知っているほどだ。

 見習いであろうとも、知っている奴は知っているだろう。

 だからこそ、身分や名前を偽って変装までしなければいけないというのも理解できる。


「……まぁ初めての事だからね。色々と分からない事もあるだろうさ。その時は遠慮せずに僕に電話してくれよ」


 ――いや、絶対にしねぇな。


「時々、君が鈍らない程度には仕事を持ってくるよ……それで、いいかな?」


 俺は考える。

 が、此処で渋っても仕方ないと考えて小さく頷いた。

 奴はほっとしたように胸を撫でおろす。


「必要なものは此方で揃えておいたから。帰る時に、“装備管理部”の方に出向いてくれ……それじゃ、君の幸せを、心から願っているよ」

「……」


 俺は頷く。

 そうして、今度こそ踵を返して部屋から出る。

 扉を閉めてから、俺は総務部の方に向けて歩き出し――スキップをする。


「……♪」


 歌でも歌いたい気分だ。

 休日では無いものの、ちょろい仕事を任された。

 あの口ぶりからして暫くの間は俺は教師として若手の育成を任せられるんだろう。

 何年くらいになるかは分からないが。

 その間だけは、俺は世界中を掛けずり回ることをせずに済む。


 最高だぁ……幸せだぁ。


 俺はスキップをする。

 時折、足の裏同士で合わせて叩く。

 こんな俺を見たら、周りが何か思うかもしれないが。

 今はただ与えられた仕事(やすみ)に――心からの感謝を! うひょー!!

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