028:祓魔師は大掃除をする
黒いスーツを着て、黒いマスクをつけてサングラスを掛ける。
頭には黒い中折れ帽を被り、手には黒いレザーの手袋を嵌めていた。
今持っているのは銀色の“特殊な”アタッシュケースだ。
街から離れた場所にぽつんと存在する大きな食肉加工場。
俺はそこを目指して一定のスピードで歩いていた。
すると、持っていた“サブ端末”が震える。
俺はそれをポケットから出し、通話ボタンを押した。
《……あぁ、んん! ……初めまして。そして、ごきげんよう。突然のお電話で気分を害されていると思いますが、私はファウストで頭目をしているヴィンセントという者です。此方の電話はラン……んん! フーゴ・ベッカー様のお電話で間違いないでしょうか?》
「……」
《……合っているという前提でお話をさせて頂きますね……私の息子が貴方様に対して、大変無礼な事をしたと聞きました。父として、今回の事はあまりにも大きな過ちであると認識しています。息子にもきつく言い聞かせて、本人も深く反省しております。誠に申し訳ありませんでした……そこで、我々として誠意をもって償いをさせて頂きたいのです。貴方様の家の修繕と貴方様が失ったもの全ての補償を、此方に全てお任せして頂ければすぐにでも動きますので……ベッカー様。どうでしょうか?》
「……」
《は、ははは……そうですよね。それだけでは足りませんよね……でしたら、ベッカー様が受けた精神的外傷についての慰謝料として通常の二倍。いえ、五倍の金額を……いや、二十倍の金額を払わせていただきたく……あ、ワインがお好きなんですよね!? でしたら、私が世界中から最上級の品をお取り寄せ》
俺は通話を切る。
そうして、目の前に転がした端末を足で踏み砕く。
もう用は済んだので、これは俺には必要ない。
くだらない戯言を聞いて歩いていれば、食肉加工場に辿り着いた。
俺はゲートに近づいて中に入ろうとする。
すると、煙草を吸っている屈強なガードマンたちが俺を止める。
奴らはにやにやと笑いながら俺の周りを取り囲む。
腰には拳銃を仕込んでおり、腕にはガードマンらしくないタトゥーが彫られていた。
「兄ちゃん、そんな成りで何しに来た? 今すぐ回れ右して帰るなら何もしねぇ。だが、もしも俺の忠告を――あ?」
俺は上に向かってアタッシュケースを飛ばした。
そうして、奴らが間抜けな面で視線を動かした瞬間――奴らの首の骨を折った。
一気に四人のガードマンが首を百八十度回転させる。
奴らはよろよろと足を動かし――崩れ落ちるように倒れる。
俺はそのまま落下してきたケースをキャッチし。
何食わぬ顔でゲートを通過していった。
食肉加工場の入口にはそぐわない厳重なセキュリティ。
拳銃とはいえ武装したガードマンが四人だ。
敷地内に無数の監視カメラもあれば、入り口には高度な電子ロックも掛かっている。
監視カメラは魔術によって認識阻害を施していれば、俺の姿は煙のようにしか見えない。
電子ロックも、単純な力でどうとでもなるが……そうだな。
俺はそのまま入口の前に立つ。
そうして、静かにチャイムを鳴らした。
暫く待ち――扉越しに無数の銃弾が撃ち込まれた。
俺は体中に穴を開けながら、そのまま後方へと吹き飛ぶ。
そうして、全身から血を流しなが大の字に倒れた。
銃声が鳴りやみ、扉のロックが解除される。
中からライフルを装備した男たちが出て来た。
「……おい。お前、確認しろ」
「お、俺がぁ……へ、へい」
奴らは俺に銃口を向けながら、下っ端らしき男に命じて死んだかどうかの確認をさせようとした。
下っ端の男は怯えながらも、俺に近づいて脈を計ろうとして――首を手刀で突きさす。
「「「――ッ!?」」」
驚き固まるアホ共。
それらを視界に入れながら、俺は回転しながら一気に立ち上がりケースのボタンを押す。
そうして、ケースが開閉されて現れたのは銃口で――俺は躊躇う事無くそれを乱射した。
連続するマズルフラッシュ。
手には強烈なリコイルが発生する。
激しい閃光と共に放たれた弾丸が敵の体をぶちぬいていく。
そのまま奴らは情けない悲鳴をあげながら血をぶちまける。
そうして、十五人ほどの武装した男たちの死体が折り重なった。
「……」
俺のスーツはボロボロだ。
しかし、傷は一瞬で再生した。
本来であれば銃弾程度で俺の肉体は傷つかないが。
奴らを油断させる為に敢えて強度を下げた。
俺は死体を踏み越えて開いた扉から中へと入る。
外に大きく展開していた結界を縮小させる。
そうして、建物から外に出られないようにした。
長く狭い通路だ。
ほのかに肉の臭いが漂ってくる。
通路を進んでいけば、ライフルで武装した敵の反応を感じた。
俺はケースの別のボタンを二回押し、銃口を扉に向けて――放つ。
単発で放った銃弾が扉を意図も容易く貫通。
そのまま置かれていた物に隠れようとした間抜け二名の頭を精確に撃ち抜いた。
扉を押して通路の先に進めば、ぴくぴくと痙攣する死体が転がっていた。
俺はそれを見る事も無く、奥へと足を進めていった。
進んで、進んで――解体部屋に入る。
広々とした部屋の中には無数の大型の機械がある。
そうして、天井から肉が吊るされて一定のペースで運ばれて行く。
がしゃがしゃと機械の音で騒がしく。
肉の臭いが濃厚で、マスクが無ければ吐き気を覚えるほどだ。
――が、それらの肉の形は豚や牛ではない。
明らかに“人の形”をしていた。
此処はファウストの所有する悪魔御用達の食肉加工場だ。
俺たちが抜き打ちで検査を行う時だけは家畜のものとすり替えて。
一切の証拠を見せなかったクズ共も、俺の襲来によって隠す暇も無かった。
俺はこの現場を見た事で、心置きなく奴らを皆殺しに出来ると感じた。
そうして、そのまま部屋を歩いていき――ケースを動かす。
激しくケースを動かしながら、俺はトリガーを引く。
マズルフラッシュと共に放たれた弾丸たち。
それが隠れているつもりのクズ共の頭や心臓を精確に撃ち抜いていく。
俺はまるで、踊りでも踊るように動きながらケースを回して銃弾を放ち続けた。
撃って、撃って、撃って撃って撃って撃って撃って――静かになる。
「……」
足を止めた。
そうして、ゆっくりと周りを見た。
クズ共の死体が無数に転がっている。
ある者は上に設置されたエキスパンドの上で倒れ。
ある者はそのままミンチを作る機械に吸い込まれて。
ある者は吊り具に引っかかってそのまま運ばれていた。
血をだらだらと流して、完全に動かなくなっていた。
死体だけであり、“敵意を持った存在たち”は消えた。
伏兵は無しであり、これでざっと……まぁ八十ほどか。
「――ひぃ」
「……」
伏兵はいない……が、まだ人はいる。
それぞれが異なる人種であり。
老人もいれば、若い女もいる。
血だらけの作業服を着ている事から此処で働いている奴らだと分かる。
顔の一部はマスクで隠れているが……問題ねぇな。
皆が皆、怯えた目をして震えている。
俺はそれらに銃口を向けて……見当違いの方向に一発だけ放つ。
《行きなさい》
「「「……っ!?」」」
結界に条件を加える。
そうする事によってこいつらだけは生きて此処を離れられる。
奴らは走って逃げていき、俺はそのまま奥を目指して歩いていった。
解体場を抜ければ長い通路で――警報が鳴る。
瞬間、後ろと前に強固なシャッターが出現した。
そうして、天井から無数の噴射口が現れて――炎が噴き出す。
俺は一瞬で自らの体を魔力で覆う。
炎は俺の服すらも燃やす事が出来ない。
本来であれば同時に酸素も奪われて苦しくなるところだが――俺には関係ない。
そのままゆっくりと歩いていく。
そうして、前のシャッターに触れて――腕を貫通させた。
バリバリと煎餅でも砕くようにシャッターを千切る。
そうして、出来た穴を潜って奥へと進む。
進んで進んで……また扉があった。
それを押して開ければ――また銃弾が向かってきた。
それらを魔力の膜で弾いていけば。
目の前でバチバチと火花が散っていた。
視線を奥に向ければ、軍用のミニガンを斉射するクズがいた。
他にもバリケードの内側からマシンガンを放つクズが二人いて――指を動かす。
瞬間、目の前のクズ共の体は一気に上に持ち上がり――天井のシミになる。
ぼたぼたと真っ赤な体液が滴り落ちていた。
俺はその中を通って、最後の電子ロックの重厚な扉の前に立った。
俺は人差し指を立てる。
そうして、分厚い鋼の扉を突き――ぶち抜く。
そのまま片手で扉を変形させていく。
甲高い音を鳴らしながら、鋼の扉に大穴を開けて……いたな。
気配を感じる。
部屋の中には悪趣味なオブジェであったり、鎖に繋がれた女たちなどがいる。
女たちの体は傷だらけで、中には手足を欠損している奴もいた。
俺は視線をそちらに向けて、魔術で鎖を破壊する。
そうして、顎を動かしてさっさと出て行くように指示する。
女たちは涙を浮かべながら、互いの体を支え合って出て行った……さて。
大きな金属製のデスク。
その下でガタガタと震えている小太りの男。
俺はデスクを軽く拳で叩いてから――叩き壊す。
「ぎゃわあああぁ!!!?」
「……」
防弾だっただろうデスクは綿菓子のように千切れた。
そうして、そのままクズの頭を掴み持ち上げる。
奴はガタガタと歯を鳴らしながら、目に涙を浮かべて俺を見ていた。
俺はそんな奴をデスクに座らせる。
「あ、あぁ、ぅぁ……い、命、だけは……金なら、幾らでも……お、女も!」
「……」
俺はサングラス越しに奴を見つめる。
俺が何も喋らないでいると、奴は頭がおかしくなったのか急にキレ始めた。
「こ、こんな事をしてただで済むと思うなよッ!! 善良な市民を襲うなんて、今に騒ぎを聞きつけた警官たちが」
《人を解体し、その肉を悪魔に捧げる人間が善良ですか……呆れますね》
「な、何を!?」
《市民ID、KPLー888763。本名、サミュエル・ゴード。犯罪歴四件、11歳の時に強盗致傷罪で逮捕。未成年であった事から、少年院での一年の教育課程を修了した後釈放。17歳の時に恋人を殺害し再逮捕。莫大な保釈金を払った事で三年足らずで釈放。23歳の時に複数の未成年に売春をさせた容疑で逮捕。が、裁判の結果本人たちが進んで行ったという証言により一年三か月で釈放。38歳の時に若い夫婦を殺害、夫は惨殺され、妻は辱められ、幼い赤ちゃんは近くの川にて水死体で発見。が、証拠不十分により不起訴……貴方ですよね。何処が善良なんですか?》
「ななな、何故、俺の事を……き、貴様はぁ?」
勿論――“知っているさ”。
俺たちは祓魔師だ。
悪魔と日常的に殺し合いをしている。
が、敵は別に悪魔だけではない。
人間の中には悪魔に味方をする人間もいる。
現場で震えている市民を保護しようとして殺された奴だって多い――だから、“知っているんだよ”。
俺たちにミスは許されない。
罪の無い市民を殺害する事は許されない。
故に、最低でも犯罪歴のある人間の顔と名前。
あらゆる情報を頭に叩き込んでいる。
俺に至っては全ての犯罪者の名前と情報を記憶していると言ってもいい……まぁ逮捕歴が無い奴は知らんがな。
今まで殺した奴らも、一瞬で殺してもいいクズであると認識していた。
何度も逮捕されて、異様な早さでムショを出た奴らだ。
社会復帰なんて可能性はゼロであり、生きていても何の利益も生まない。
殺しても俺の心は痛まず、奴らが死んで悲しむ奴も存在しないだろう。
奴は俺が無言で見つめる事に恐怖を感じたのか。
隙をついて逃げ出そうとした。
俺はそんな奴に視線を向ける事無く、ケースをくるりと回し銃口を奴に向けて銃弾を放つ。
「ぎやぁ!!? あ、足がァァ!!?」
足を精確に撃ち抜けば、奴は足を抑えてその場に蹲った。
俺はそんなクズに歩み寄り、顔を思い切り蹴飛ばした。
すると、奴の口から血と共に白い歯が何本か飛び出した。
奴はだらだらと口と鼻から血を出していて……ゆっくりとしゃがむ。
《ファウストの資金、その保管場所。そして、幹部たちの居場所を話しなさい》
「な、そ、そんな、こと――ふぎゃあああぁぁ!!!?」
俺は指を奴の傷口に突っ込む。
ぐじゅぐじゅと肉をかき混ぜるように動かせば。
男は泣き叫びながら、何度も話すと言った。
奴は狂ったように、資金の保管場所と幹部たちの居場所を吐く。
俺は真偽はともかく、知りたい事を聞けたので――魔術で男の手足の腱を切断した。
「ああああぁぁぁ!!!!? いぎぃぃぃ!!!」
「……」
男は想像を絶する痛みに悶絶していた。
そうして、耐え切れずにその場で小便をまき散らしていた。
俺はすぐに立ち上がり、異空間から――“ダイナマイト”と“ガソリンが入ったタンク”を出す。
ダイナマイトは部屋中にぼとりと落ちる。
そうして、ガソリンがたんまりと入ったそれの栓を魔術で抜き。
中身を男にどばどばと掛けていった。
男は悲鳴を上げながら、必死に命乞いをする。
俺はそれを無視して、部屋から出て行こうとした。
「ま、待ってくれ!! 話した!! 話したじゃないか!!?」
《――だから? 最初から殺す気で来たんですよ。何を言ってるんですか?》
「あ、ああぁ、あああぁ……い、嫌だぁ。お、俺は、こんなところでぇ。誰か、誰かぁぁ!! た、助けてくれぇぇぇ!!」
奴は必死に逃げようとしていた。
が、手足の腱を切っているので思う様に動く事は出来ない。
俺はそんな哀れなカスを一瞥し、そのままタンクからガソリンをまきながら出て行く。
通って来た道を戻っていく。
ガソリンによる線が出来ていき、その上にダイナマイトを置いていく。
脇などにも惜しむ事もなくダイナマイトを置いていった。
結界の範囲を広げて……これくらいだなぁ。
俺の目には薄っすらと結界が見えていた。
街から離れているとはいえ、今からする事を思えばすぐに解除などは出来ない。
俺は建物の外まで出てきて空になったタンクを投げ捨てる。
「……」
中には奴以外の反応は無い。
既に避難すべき奴らは避難していた。
それを確認してから、ゆっくりと煙草を出して口に咥える。
ジッポーライターを取り出してから、火をつけて煙を吸う……はぁ。
至福の一吸いだ。
それを存分に堪能し、俺は結界の外へと向かう。
そうして、建物を見る事無くライターを投げ捨てればガソリンに引火し。
そのまま猛烈な勢いで建物中へと炎は進み――激しい閃光が起きる。
耳が破壊されるほどの大爆発。
凄まじい爆風が背後で巻き起こっているが。
俺は微動だにせずに悠然と歩いていく。
バラバラと建物の残骸が宙を舞い、屋根の一部が近くの地面に突き刺さる。
俺はそれを見る事無く、結界を解除した。
「……」
煙草を摘まんで、煙を吐く。
ゴミを掃除した後の味は……格別だな。
サイレンの音はまだ聞こえない。
いや、聞こえたとしても焦る事は一切ない。
俺は指を鳴らして、今身に着けているもの全てを一瞬で変えた。
ボロボロのスーツ姿は綺麗になり。
返り血で染まっていた体全体も清潔そのものだ。
長い茶色のコートに灰色のスーツ。
帽子は茶色のソフト帽になっていた。
俺は堂々と道を歩いていきながら――次のゴミ掃除へと向かった。




