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【完結】祓魔師《エクソシスト》は休みたい  作者: うどん


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027:祓魔師を怒らせてはいけない(side:ファウスト・ボス)

 全面が特殊強化ガラスが張られた高層ビルの最上階。

 私の趣味であるバーカウンタと日之国の職人にオーダーメイドで作らせたデスクとチェアー。

 座り心地の良い椅子に座りながら、私は自らの部下と電話をしていた。

 部下の話す内容に笑みを浮かべながら、私は相槌を打っていく。

 

「あぁ……あぁ、そうか……分かった……ご苦労だった。休暇を楽しめ……あぁ、ではな……ふぅ」


 受話器を置いてから、静かに息を吐く。

 今しがた受けた連絡によって、ようやく肩の力が抜けた。

 

 椅子に腰かけながら、くるりとそれを回転させて外の景色を眺める。

 高層ビルの一つを所有し、その最上階を私の専用のオフィスとした。

 ライツの至る所にファウストの手が伸びている。

 カジノも地下闘技場も我々の支配活域であり、あと少しで我々がライツで最も恐れられる組織となる。

 水面下で準備を着々と進めており、計画は今のところは順調と言える。

 

「……美しい」

 

 此処から眺める街の景色は最高だ。

 以前の悪魔災害によって襲撃を受けたのがこの街で無くて本当に良かった。


 悪魔との取引で、私は莫大な富を築いた。

 その対価として、私は彼らの欲するものを提供している。

 

 健康な人間。女や子供に、それなりの血筋の者。

 若い男を注文される事もあり、中には子供を身ごもった女を所望する悪魔もいる。

 それ以外にも、変わった品や単純に金を求められる事もあるが……まぁいい。


 渡すものより、我々が受けるもの方が何倍も価値がある。

 価値無きゴミ共の命が、我らの財を成す為の金に変わるのだ。

 有効的な利用方法であり、かつてこの国を牛耳っていた“三氏会”と同じ道を辿っている。


 ……まぁ我々は奴らのような愚かな真似はしない。


 あの男、人類にとって希望の象徴とも呼べる存在。

 血濡れの天使――ランベルト・ヘルダーさえ警戒していればいい。


 三氏会は絶頂を感じていた。

 だからこそ、怒らせてはいけない存在を怒らせた。

 その結果、奴らの力の源だった悪魔たちは皆殺しにされ。

 奴らも契約に則り、その命を潰されてしまった。

 ヘルダーは何もしていない。

 ただ力のある悪魔を殺しただけであり、たった一度のミスで――奴らの組織は潰された。

 

 他の有象無象なら対処の仕様はある。

 が、奴だけは例外だ。

 全くと言っていいほど常識が通用せず。

 既存の兵器であろうとも、奴を滅ぼす事は出来ない。

 核をも恐れる勇猛さと、神に並ぶといわれるほどの力……かつて裏社会を統べていた三氏会も奴によって滅ぼされた。


 金では奴は操れない。

 どんなに高価な貢物をしても、奴は靡かない。

 奴は強靭な精神で、淡々と悪魔たちを殺す。

 そして、この世界で害となる存在たちを――抹消していくのだ。

 

 奴だけは怒らせてはいけない。

 奴だけは絶対に敵に回してはならない。

 先代から続く戒めであり、鉄の掟といってもいい。

 それだけ我々や他の組織の人間たちも奴を恐れ最大級の警戒をしていた……だが、もう安心だ。


 私の部下の情報屋が。

 ようやくヘルダーの現在の居場所を突き止めた。

 奴はどういう訳かライツの対魔修道院にて教鞭を振るっているらしい。

 ニュースにもなっていた慈愛の教師とやらが正にそれのようだった。

 奴に関する情報は対魔局でもトップクラスの極秘情報で。

 奴が何処で何をしているのかを突き止めるだけでも、莫大な金を用意しなければならない。

 奴は神出鬼没であり、気が付けば世界の裏側にいる事もざらだ。

 

 そんな存在をようやく発見することが出来た。

 すぐ近くというほどではないが、奴ならばこの距離も一瞬で縮める事が出来る。

 高層ビルの最上階など奴にとっては絶好の狙撃ポイントであり。

 もしも、奴を敵に回していれば私はこの瞬間に頭を遠距離から撃ち抜かれていただろう。


 情報屋が齎した情報は、すぐに部下たちにも伝える。

 絶対にライツの修道院には近寄らず。

 間違ってもその生徒たちにだけは手を出してはいけないと。

 これさえ守っていれば、如何に人類の味方であるあの男も手出しはしないだろう。

 祓魔師であるのなら、その最たる仕事は悪魔を殺す事で。

 我々が悪魔と手を結んでいるという証拠さえ見つからなければ問題ない……ん?

 

 扉がノックされた。

 そいつは私の言葉も待たずに中に入って来る。

 私は入室してきた無礼者の顔を見て、呆れたようにため息を零しながらも。

 愛する息子であったからこそ歓迎するように椅子から立ち上がった。


「アーロン、随分と遅かったでは無いか……まさか、またもめ事か?」

「はは、違うよ父さん。ただちょっと、“飼い犬の躾”と“野犬の去勢”をね?」

「……っ」


 息子はそう言いながら傍に控える女の肩に腕を回す。

 女は顔を俯かせながら、口をきつく結んでいた。

 私はそんな息子に笑みを浮かべながら、ほどほどにするように忠告する。


「お前は何れファウストを導いていくのだ。そこいらの雑種とばかり遊んでも益は無い……そうだな。そろそろ、お前も社交界で重鎮たちとコネクションを結んでおくべきか。次の機会には私と共に来なさい」

「本当か!? そうか、いよいよも俺も……あぁワクワクするなぁ」


 息子は嬉しそうに笑っていた。

 そんな息子に微笑みかけながら、私はバーカウンタに近づきボトルに指を向ける。

 そこから上等なスコッチをだして、グラスに氷を入れてから中身を注ぐ。

 息子の分を置き、自分も分も置いた。

 グラスを手に取れば、息子も私の意図を察してグラスを取る。


「……良き未来に」

「良き未来に!」


 互いに幸福な未来が待っている。

 その願いを込めてスコッチを呷る。

 喉を流れる冷えたスコッチが心をほのかのに温めていく。

 それを感じながら静かに息を吐いた……そういえば。


「そこの女……“マルコシアス”の息子がどうとか言っていたな……その件はどうなった?」

「あぁ、それなら問題は無いよ。俺が動いて、釘を刺しておいた……こいつも、ようやく自分の立場が理解できたみたいでな。なぁ?」

「……はい」


 ……それなら良い。やはり息子に任せて正解だったようだ。

 

 浮かない顔で顔を伏せる女。

 マルコシアスのコードネームを与えた我らの専属殺し屋。

 幼少の頃より、特殊な教育を施してきた結果。

 どんなに堅牢な砦に身を潜める用人であろうとも。

 気づかれる事無く暗殺するまでの技術を習得しているのがこの女だ。

 一度は我らを欺き逃れようとしたが。

 我らの協力者の悪魔の力によって、女は二度と我々から逃げる事の出来ない契約を結んだ。

 そして、保険としてこの女の息子にも呪いを掛けたが……まぁいい。


 反抗の芽はこれで潰せた。

 女の目にも危険な光はもうない。

 これにより、我々はこの先でも益々の繁栄を遂げていくだろう。

 今はまだ、この業界では国で二番手であるものの。

 何れはトップに躍り出る。

 そうして、この国の影の支配者となり、行く行くは全世界で……くくく。


 息子はスコッチを呷りながら、何かを思い出して笑っていた。

 

「あぁ、それにしても本当に馬鹿な男だった。まさか、態々俺の前に現れてあのガキを助けるなんてな。本当なら、ちょっと痛い目に遭わせるだけで済ませるつもりだったのに……アイツ、今頃は家を燃やされて放心している頃だろうさ。ははは!」

「アーロン、去勢と言ったが……ふふ、家を燃やしたのか? お前という奴は……それで、その男とは何だ? その小僧の友人か?」

「いやいや、違うよ。アイツはただの――教師だ」

「…………ん?」


 私は酒を飲む手を止める……教師か……ふむ。


 まぁ、あり得なくはない。

 この女の息子は確か、歳の頃でいえば十五がそこいらだろう。

 学生であるのは何ら不思議ではない……が、何故だろうか……手が少し震える。


「……因みにだが……その教師は……いや、その小僧はどこの生徒なんだ」

「ん? 何でそんなこと父さんが気にするんだ? そいつは――“対魔修道院”の所属だ。“ライツ”のな」

「…………………………ほぉ」


 私の手の震えが更に増す。

 グラスを持つ手が震えており、氷が飛び出し中身が飛び散る。

 息子は私の手の震えを指摘するがそんな事は今はどうでもいい。

 私は至極冷静に、そう落ち着きを保ちながら……重要な質問をする。


「その、教師の名は?」


 息子は怪訝な顔をする。

 そうして、顎に指を添えて考えて――“死を告げる”。

 


 

「あぁ? 本当に何だって言うんだ。えっと、確かぁ……あぁフーゴ。“フーゴ・ベッカー”だ!」

「――――」



 

 私は息を飲む。そうして、手からグラスが滑り落ちた。

 バキリとグラスが砕けて、破片が飛び散る。

 息子は驚きながら、床と私を交互に見ていた。

 

 フーゴ・ベッカーの名はさきほど確かに聞いた。

 間違う筈も無く、奴の偽名の名だった。

 目の前の愛する息子は、偽名を名乗っている存在の正体を知らない。

 今この場で知っているのは私だけだ。


 息子は悪くない。

 その行いは我々の業界では日常だ。

 だが、今回の事だけは許せる行為とは――“到底呼べない”。

 

 私はゆっくり眉間の皺を揉む。

 どっしりと体が鉛のように重くなる。

 まるで、四十度の高熱の上に頭痛と吐き気に全身に痛みが走ったかのような不調を感じる。

 もしも、私が一人であればきっと奇声を発しながら頭の毛を引きちぎっていただろう。

 深く深く……私はため息を吐き出した。


 ゆっくりと顔を上げて息子を見る。

 息子はへらへらと笑いながら酒を飲んでいる。

 私はそんな息子に笑みを向けて――全力で息子の頬を思い切り平手で叩く。


 乾いた音が鳴り、息子はよろよろと後退しその場にしりもちをつく。

 顔を此方に向ければ、血がつぅっと垂れていた。

 そうして、ゆっくりと赤く腫れる頬を奴は摩って間抜けな声を出していた。


「と、父さん……何、するんだよ。は、はは……い、いてぇよ」

「……それはこっちのセリフだ……お前はその教師に、何をした。正直に、全て話せ。今、すぐにだ」


 私は怒気と殺気を全身から放ちながら息子に命令する。

 すると、息子は私に怯えながらも全てを包み隠さず話した。


 彼を挑発し、剰え彼の家に火をつけて。

 部屋の中にあるもの全てを叩き壊した。

 その上に、彼が大切にしていただろう酒のコレクションを全て床にぶちまけた、と。

 私はそれを聞いて強い吐き気と眩暈を覚えた。

 視界がぐにゃりと歪んでいるようで、私は頭を抱えた。


 ダメだ……もう、手の施しようがない。


 私は震える手でボトルを掴み。

 中のスコッチを一気に呷った。

 飲まずにはいられない。飲んでいなければ平静を保てない。

 私の態度が急変した事に息子は怯えながら質問する。


 どうしたのか、何がいけないのかと……違う。違うんだ、息子よ。


「……お前のした事を、咎めるつもりはない。私がお前なら、同じことをしていただろう……だが、お前は決定的な過ちを犯した……それが、あの男だ」

「あの男って……アイツが何なんだよ。アレはただ世間でちやほやされているだけの冴えない教師だろう? もしも、たてつこうたって、幾らでも黙らせる方法は」

「――その冴えない教師というのが。我々の常識が全く通用しない化け物なんだよ」

「…………は、はぁ?」


 息子は意味不明だと言わんばかりの顔をする。

 無理もない事であり、私は残された時間で息子に説明してやる事にした。


「フーゴ・ベッカーというのは奴の仮初の名だ……奴の本当の名は、ランベルト・ヘルダー。血濡れの天使と言われる、生態系の頂点に君臨する存在だ」

「ランベルト・ヘルダーって……あの伝説の悪魔殺しか!?」

「そうだ……奴の伝説の中には尾ひれがついて誇張されたものも多い。実際はそうではなく、もっと単純な話だったりする――と、何もしらない人間は考えてしまう……が、私の父は奴の伝説を生きて見た事があった」

「そ、それって……な、何だよ?」


 息子はヘルダーに既に恐れを抱いていた。

 私は奴の伝説を息子に聞かせてやる。


「ある時、世界でも恐れられていた悪魔たちがいた。“四つ首”と恐れられた四体の悪魔たちだ……祓魔師の中でも最高位のケーニヒでさえも、奴らを殺す事は出来なかった。それだけの戦闘力と生存力がある奴らで、多くの人間が奴らに喰われて、街一つが血で染まった事もあった……そんな悪魔たちが、ある時、偶々極上の餌を見つけた。その男は疲れている様子で、バーで浴びるほどに酒を飲んでいた。目は据わっていて、手は震えていて……その男は悪魔たちに襲われたんだ。その結果、どうなったと思う?」

「……バーが破壊されて、その男も……まさか」


 私は酒を呷る。

 そうして、瓶をそっと置いてから絞りだすように言う。


「一瞬だ。瞬きの合間に――悪魔たちは殺された」

「……っ!」

「それも奴は武器を持っていなかった。唯一持っていたものはたった一本の……“マドラー”だった」

「……ま、マドラーって、は、はは……冗談、だろ?」

「あぁ私も聞いた当時は笑ったさ。が、話をした当人の顔は至って真剣そのものだった。父は当時はまだまだ末端の人間だったが、バーで悪魔たちを自分が殺したといった事で、組織で地位を確立させた。そうして、瞬く間に父は組織のトップになった……父は死の間際で、その秘密を私にだけ打ち明けた……今にして思えば、それは真実であったと思う」


 奴はたった一本のマドラーで世界で恐れられた悪魔四体を瞬殺した。

 それも酔いつぶれた状態で、息をするようにだ……狂っている。


 その戦闘能力は桁違いだ。

 悪魔でも祓魔師でもない我々など。

 綿を息で吹き飛ばすように殺されるだろう。

 それを理解しているからこそ、私の手は震えているのだ。


 息子もようや自分のしでかした過ちに気づいたようだった。

 呼吸を大きく乱しながら、目線を忙しなく泳がせている。


「お、俺…俺は、俺、は……っ」

「息子よ……お前は今すぐに、国外へ逃げるんだ。チケットは私が手配しておく」

「は、はぁ? な、何言ってんだよ。俺は、別に……っ!」


 私は息子を強く抱きしめる。

 頭を撫でながら、耳元で優しく囁く。

 お前に出来る事は何一つ無い、と。


「……行け。出来る限り、遠くへだ……無事を祈っている」

「あ、あぁ……とう、さん」


 私は指を鳴らす。

 すると、外で待機していた私の部下たちが入って来た。

 奴らは息子を連れて行く。

 そんな息子について行こうとしたマルコシアスを私は止める。

 

「……お前には仕事をしてもらうぞ……先ずは、望みは薄いが交渉からだがな」

「……っ。はい」

 

 マルコシアスは不服そうな顔をする。

 が、今はそれを咎めている暇はない。

 私はさきほどの情報屋に連絡を繋ぐ。

 先ずは、奴の連絡先を取得する事からで――

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