026:祓魔師は修羅と化す
製鉄所を離れて、道を歩いていく。
ずるずるとヤンを引きずりながら歩いていけば、嫌でも通行人たちは視線を向けて来る。
が、そんな視線は全て無視して騒ぐガキを宥める事も無く引きずっていく。
……追っては来てねぇな。
視線は感じない。
奴はヤンを連れ去る気だったのかは分からないが。
俺を殺してでも連れていなかったのならば、それをする必要は無かったんだろう。
恐らくだが、母親の行動を不審に思って調べた結果。
ヤンに接触を図ったことを悟られて、ヤンに警告の意味を込めて呼び出したのか。
まだ、ヤンに掛かった呪いが解かれていることは気づいていないだろう。
だからこそ、ヤンを殺すよりも生かしてデボラの枷として機能させた方が奴らにとっては都合がいい。
二度と会う事は無いっと言ったのなら。
信用は全く出来ないが、奴らは目的を達したと考えられる。
いつでも、ヤンを殺すように命じられるとデボラの体に教え込んだのが目的だろうな……胸糞悪ぃなぁ、クソが。
まぁ、或いはヤンを連れ去ろうとしていたが。
俺が現れた事によってそれを断念した可能性もある。
馬鹿に見えて相手の力量が分かる人間だったのか……そうは見えなかったけどな。
ヤンは暴れながら、必死に俺に対してクソを吐いてきた。
別にどうって事は無いが、いい加減鬱陶しい。
折角、俺自らが助けに来てやったってのに……世話の掛かるガキだ。
「放せ!! 放せよ!! クソ!! クソ、クソ、クソォ!!」
《煩いですよ……まぁもういいでしょう》
俺は此処まで来れば大丈夫だとヤンを放す。
ヤンはわなわなと震えながら拳を握り――俺に殴り掛かって来た。
そんなヤンの攻撃を半身をずらして躱し、そのまま足を掛けて転がす。
ヤンは地面に転がり、それでも奴は俺の攻撃を繰り出して来る。
俺はそれら全ての攻撃を紙一重で躱す。
ひゅんひゅんと効果音がつくようなパンチで……まるで蚊トンボだ。
俺はため息を零し、奴の額に向かって力を抑えた頭突きを見舞ってやる。
奴はくぐもった声を上げて、よろよろと後退する。
そうして、そのまま尻もちをついた。
ヤンは拳を硬く握り、地面に叩きつけながら悔しさを滲ませていた……はぁ。
「クソォ……俺が、俺が! もっと、強かったら……ッ!」
《そうですね。貴方が弱いからいけないんですよ。強ければ、誰も貴方から奪いはしない》
「……ッ! 偉そうな事――言ってんじゃねぇ!!」
ヤンは立ち上がり、また俺に殴り掛かって来た。
今度は避ける事もせずにヤンのパンチを片手で受け止めた。
そうして、力を込めてヤンの拳を潰す勢いで握る。
「ぐ、あぁぁ!?」
《だから――奪われるんですよ》
ヤンは痛みによって表情を曇らせる。
そのまま下へと力を加えれば、ヤンはゆっくりとその場に膝をつく。
《弱い事は紛れもない事実です。そして、貴方に私を殴る資格も当然ありません。そもそも、此処で私を殴っても問題の解決にはなりませんよ?》
「わか、ってんだよ……そんな事は、俺だって……でも、どうしろって言うんだよッ!!」
ヤンは涙を浮かべながら俺を睨む。
殺気も怒りでも無く、ただただ悲しみ無力感を抱いている弱者の目だった。
気に入らない目であり、俺が嫌悪する目だった。
俺はそんな奴を冷めた目で見ながら、拳を払う。
ヤンは拳を摩りながらすすり泣く。
俺はそんな負け犬を見下ろしながら、冷たく言葉を発する。
《それで? 貴方はどうしたいんですか。私は知りませんし、興味もありません。が、せめて教師として貴方のしたい事は……聞くだけなら聞いてあげましょう》
ヤンは呼吸を荒くする。
怒りで心が定まっていない。
奴はそれでも、自分の心臓の部分を抑えながら――顔を上げる。
「俺は……俺は、母さんを……助けたい……母さんが本当に俺を守ってくれたのなら――今度は俺がッ!!」
「……」
俺はヤンを見つめる。
その覚悟は本物のようで、放っておいてもこの馬鹿はまたアイツらの元に行くだろう。
覚悟だけの自殺志願者であり、こういう目をした奴は何人も見て来た。
その全てが碌な死に方はしなかった。
助けてやる事は出来る。
あんなクズ共、俺にとっては羽虫のようなものだ。
力任せに腕を振るうだけで、容易く殺せてしまうだろう。
だが、俺も一端の祓魔師であり、組織に属している。
ちゃんとした証拠も無い奴らを殺すのはデメリットがある上に。
俺自身も仕事でもない事を率先しようとは思わない。
俺は我が儘であり、自分勝手な男だ。
自らに利がある事しかしたくはない。
逆に言えば、デメリットがあるような事ならば。
仕事でもないのならしたくはない。
例え、ここで俺が何もしなくて。
ヤンの母親が死ぬ事になっても――俺は関係ない。
「……」
……が、俺も一応は人間だ……何もしなかった事でこいつの母親を死なせたと考えれば食う飯がまずくなる。
俺が動けば大事になってしまう。
俺自身も加減を知らないからな。
警察の知り合いを頼るか。
クルトなどにこの件を任せるべきか……悩みどころだなぁ。
俺が動いてもいいが、一応は教師としての仕事もある。
これ以上、校長に無理をいう訳には行かない。
まぁ仕事を休む事無く動く方法もあるにはあるが……正直、面倒だしなぁ。
“アレ”は少し体に負担が掛かるから。
追い詰められていたり、頗る面倒な相手以外には使わない。
それか、使う必要があると判断した時だけだ。
取り敢えず、ヤンの身に受けていた呪いは解いた。
だからこそ、こいつが不意に死ぬ心配はなくなっている。
あの母親は、ファウストの中でも重宝されているんだろう。
その為、すぐに処分されるような心配も無い。
此処は慎重に時間を掛けて……それがいいな。
俺はそう判断し、静かに息を吐く。
そうして、ヤンの頭に手を置いた。
《なら、後は大人に任せなさい……まぁ何とかなるでしょう》
「何とかなるって……ん? アレは?」
「……?」
ヤンは不服そうな顔をしていたが。
何かを見つけて怪訝な顔をしていた。
俺はそれが何かを確かめる為に視線を向ける……“煙”か?
もくもくと上がっている煙が見える。
黒煙であり、それもかなりの量だった。
結構大きそうであり、遠くで消防車のサイレンの音も聞こえる気がした。
何かを燃やしているというよりは、火事のような気がする。
朝っぱらから物騒だと思って……“何かが引っかかった”。
煙が上がっている方向は――“俺の家の方角だ”。
煙の大きさから考えて――“建物は全焼している”だろう。
先ほどの男の会話を思い出し――――
『“あぁそっちにはいないだろう”……あぁそうか。何かあったか? ……あぁ“そんなもの”が! まぁいい、それも“ついでにやっておけ”……あぁ良いねぇ。それでいこうか……あぁ、あぁ。それじゃあな――』
点と点が繋がっていく。
それによって俺の心臓は鼓動を早めていった。
呼吸が荒くなっていき、俺は体を震わせた。
そうして、俺は大きく目を見開き――駆けだした。
ヤンが叫んでいたが無視。
俺は心臓の鼓動を激しく鼓動させながら走る。
走って走って走って走って――大勢の野次馬がいた。
「ねぇ大丈夫なの?」
「すげぇ燃えてるなぁ。中の人は避難したのか?」
「……!」
俺は野次馬を押しのける。
そうして、煙の発生源へと迫り……足を止めた。
「下がってください!! 此処は危険です!! はやく――ッ!?」
「……!」
消火活動を行っている男が俺を見つけて注意する。
俺をのけようとして体に触れたが、俺を動かす事は出来ない。
化け物でも見るような目を向ける男だが、そんなのは意識していない。
俺はただ茫然と見つめていた。
目の前で紅蓮の炎が燃え盛っていた。
まるで、竜のように炎がうねりを帯びていた。
天まで届くほどの黒煙が、炎の勢いを物語っている。
慣れ親しんだ我が家は――“炎に飲み込まれていた”。
思い出はそこまでなかったが。
それでも、俺の城であった。
中には少ないながらも俺のコレクションがあり――魔術で火を消す。
「もっと水量を――え?」
「あ、え、ひ、火が……え?」
「何が……?」
消火活動を行っていた奴らが目を点にする。
俺はそのまま奴らの持っていたホースを魔術で奪う。
強制的に放水を止めてから、俺は視線を家に定めていた。
一瞬にして、炎が鎮火された。
俺は足を進めて、家の中に入ろうとした。
放心状態の消防団員たちが俺に視線を向けて来るが無視する。
大丈夫、大丈夫だ……アレは、下に保管してある……見つかる訳がねぇ。
俺は扉に手を掛ける。
そうして、ノブを回して扉を開けようとした。
が、途中で留め具が外れてしまう。
俺はノブを握りながら、扉を投げ捨てた。
「……」
ひどい状況だ。
花畑のようだった中は……戦場跡地のようだった。
中へと足を踏み入れる。
中は外以上にひどい状況で。
花瓶に入れていた花々は燃やし尽くされている。
手紙を入れている箱も手紙諸共灰と化していた。
テレビも、ベッドも、家具も、電話も、冷蔵庫も。
全部全部、何もかもが破壊されていて……俺は大きく目を見開く。
一歩、一歩足を進める。
燃えた床板が軋み、靴に触れた“破片”がぱきりと割れる。
床には“色のついた液体”が広がっていた。
それらは熱によって一部が蒸発し、一部が床にこびりついていた。
心臓の鼓動が早くなる。
呼吸がどんどん荒くなっていった。
ゆっくり、ゆっくりと足を進める。
そうして、床に散らばる――“瓶の残骸”を見つめた。
「――」
心臓が一気に――凍り付く。
渦を巻くように存在した感情が――ゼロになった。
何も感じない。
何も分からない。
ただただ茫然と、それらを見つめていた。
時だけが過ぎていき、野次馬の声と燃えた木の音だけが聞こえていた。
静かに、微動だにせずに……ゆっくりと視線を動かす。
床板は剥がされていた。
棚は露出させられている。
そうして、ショーケースはバラバラに砕かれて。
中に入れれていた瓶たちは……床に散らばっていた。
「――――」
破壊された瓶たち。
それらが元々つけていたラベルが見えていた。
消火剤が撒かれなかったのは、敵がそれらを先に潰したから。
瓶の残骸が残るようにしているのは、奴らが俺の心に絶望を植え付ける為だ。
俺は光の無い目で、静かにラベルたちを見る。
その名前を噛み砕くように頭の中で唱えれば。
自然とこれらを手に入れる前の経緯が脳裏を過っていった。
ある時は大金を叩いてオークションで競り落とし。
ある時は情報屋を使ってそれを持っている商人とコンタクトを取り直接交渉し。
ある時は、ある時は、ある時は――現実に戻される。
イーグル……マルゴー……ロマネコンティ……あぁ、あぁああ、ああああぁぁ!!
全部、全部、全部全部全部全部全部全部――燃やされた。
記念すべき日に飲むはずだった全てが――無に帰した。
何故、どうして、何で何で何で何で何で何で何で――どうしてだよォォォォォ!!!
俺が何をした!!
俺が一体、どんな悪行をしたというんだ!!
俺は何もしてない!! 俺は何もしてはいないんだ!!
それなのに、それなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのに――ふざけるなァァァ!!!!!
怒りで自らの魔力を抑えきれない。
シビレマメ以上の怒りで心がマグマのように煮えたぎる。
殺気が溢れ出し、周りが激しく振動していた。
怒りの感情とは裏腹に、目からは止めどなく涙が流れていった。
拳を硬く握れば、血が噴き出してぼとぼとと垂れていく。
誰が、こんな事をした。
誰が、こんな非道な行いを出来というんだ。
誰が、誰が、誰が誰が誰だ誰が誰が誰誰誰誰誰誰誰誰誰――――“オマエタチカ”。
ワインの近くに置かれているものに視線が行く。
自分たちがやったという証拠のように、怪しげな刻印が刻まれたカードが落ちている。
その刻印は知っている。ファウストの連中が敵対者への見せしめの後に残すものだ。
ゆっくりと床に膝をついてそのカードを手に取る。
裏面を見れば、こう書かれていた。
《――刃向かう者には死を》
「……」
分かる、分かるさ。
このカードを態々、置いていったんだ。
それでも、自分たちが捕まらないという確証があるんだろう。
腕利きの弁護士団を囲い。
政治家にも顔がきいて、誰も自分たちに手出しは出来ないと考えていやがる。
まるで、自分たちがこの国の王であるというほどの自信で――虫唾が走る。
この件は時間を掛けて解決する――違う。“時間なんて掛けない”。
大人たちに任せればいい――違う。俺直々に、“奴らを潰す”。
何とかなる――違う。奴らの死は“確定事項”だ。
俺はカードを燃やす。
そうして、ゆっくりと立ち上がった。
俺の感情を読み取って声を発する機械は壊れたように耳障りなノイズを発していた。
俺は態々、刻印を起動し自らのどす黒い感情を声として吐き出した。
「――ぶっ殺す」
俺は家を出る。
野次馬たちを俺の殺気で気絶していた。
それらを踏み越えて、俺は諸悪の根源を――“皆殺しに向かった”。




