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【完結】祓魔師《エクソシスト》は休みたい  作者: うどん


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024:祓魔師は正体を見破る

「……」


 土曜日の休日――深夜のさびれたバー。


 俺以外に客はおらず。

 八十年代に流行ったジャズを静かに聴いていた。

 

 カウンターに座りながら、ウィスキーをロックで飲む。 

 とくとくと喉を鳴らして冷えたそれを飲めば、心から体が温まっていくようだった。

 不思議なもんだ。氷で冷やしているのに、飲めば温まるんだからよぉ……これだから、酒は止められねぇな。

 

 休みの日に飲む酒は格別であり、疲れも吹き飛ぶというものだ。

 マスターのよぼよぼの爺さんは黙々とグラスを磨いている……愛想がねぇ奴だよ、たく。


 ちびちびと酒を飲んでいれば。

 カラカラとベルの音がして新たに客が入って来た。

 そいつは迷う事無く俺の横に座る。


「マスター……あぁ、俺もこいつと同じで」

「……畏まりました」


 奴はへらへらと笑いながら、俺を軽く小突く。

 俺は舌を鳴らしながら、五分遅刻であると伝えた。


「かてぇこと言うなよ……で、景気はどうだ?」

《別に……まぁ前よりから遥かに良い暮らしを送っていますよ》

「おぉ、そうかいそうかい……まぁ俺が“過去の”アンタの立場なら、迷うことなく首吊ってるがね。アンタはよくやっている方だよ」

《下手な世辞はいりません……“タカハシ”、情報は手に入れたんですか?》

 

 ボロボロの灰色のコートにくたびれた紺色のスーツ。

 ネクタイは上手く巻けておらず、おまけに顔も良くは無い。

 無精ひげに、軽薄そうな見た目をした日之国生まれの自称プレイボーイだ。

 

 何処からどう見てもうだつの上がらないサラーリンマン風の男であるが。

 こいつは裏ではそこそこ名の知れた情報屋で――“タカハシ”の名で通っていた。


 奴は俺の言葉に当然だという。

 そうして、持って来ていた鞄からファイルを取り出した。

 俺はそれを受取ろうとして――奴がひょいっと躱す。


「その前に……な?」

「……」


 奴はくいくいっと指を動かす。

 昔からそういうところだけはきちっとしている。

 

 俺はコートの内側から封筒を出す。

 そうして、奴の前に置いてやった。

 奴はそれを嬉しそうに見てからファイルを俺に渡す。

 封筒の中身を取り出して丁寧に数えている奴をしり目に。

 俺は手に入れた情報について確認していった……ほぉ。


「……にしても、アンタが急に俺に連絡してくるもんだからさぁ。てっきり、相当にやばい案件かと肝を冷やしたが……ま、それでもかなりの大物で間違いはねぇけどな」

《……“デボラ・バール”のこの情報は全て正しいと?》

「あぁ? 俺を疑うのかよ……正真正銘、奴さんの真実さ……もしも、疑うっていうのなら奴さんのケツ穴の皺の数だろうと確かめてやるぜ? えぇ?」


 タカハシは俺を揶揄う様に言う。

 この男は言う事が一々下品ではあるが……まぁ腕は確かだ。

 

 対魔局を経由して情報を得ようとすれば。

 嫌でも情報を管理している部署に見られてしまう。

 市民個人のIDを調べるだけでも、それなりに手順を踏まなければいけない。

 あの鬼畜眼鏡であれば、こういう調べ物もお手のものだろうが。

 奴に一々借りを作るのは心の底から嫌だった。

 クルトであれば、頼む事も出来るが……この件は俺が個人的に調べた方が良いと思った。


 あの日の三者面談から、母親の行動が結構しつこくなってきたからな。

 ヤンに内緒で勝手に校長と会っていたり。

 俺が行く場所に先回りしては、頭を下げて説得するように言ってくる。

 果てには、上の人間にも掛け合っているようで、俺や校長にも連絡が来ていた。

 

 最初は放置でも良いと思ったが……ここまでされれば捨て置く事は出来ない。


 裁判でも起こされようものなら、正に俺の夢がぶち壊される。

 経歴は傷だらけであっても、一度のミスで俺の首は簡単に飛ぶ。

 ならば、俺個人も動いて得体の知れない母親について知る必要があった。

 

 その為に利用したのがこいつであり。

 祓魔師として働いていた時も、表では言えないような事をする時は重宝していた。

 こいつが俺の行いを他の奴にリークする危険もあったが。

 こいつは俺を裏切る事が出来ないのだ。

 何せ、こいつの親父が現役の情報屋の時から親子揃って世話してやっているからな。

 何度、こいつがムショに放り込まれるところを救ってやった事か。


 タカハシは俺に対して恩義がある。

 そして、こいつの秘密を俺は知っている。

 だからこそ、こいつが裏切らないと俺は分かっていた。


 俺はファイルの中身を戻す。

 そうして、刻印を起動しそれを一気に燃やした。

 すると、タカハシは驚き狼狽えていた……はぁ。


《何を取り乱しているんですか……もう何度もした事でしょう?》

「え、あぁ、まぁそうだけどよ……何度やっても慣れねぇよ。こっちが必死こいて集めたもんを目の前で燃やされるってのはさぁ……アンタ、本当に今の一瞬で全部頭に入ったのか?」

《当然です……なら、試しに質問してください》

「あぁ、それじゃ……身長は?」

《身長170㎝。体重は60㎏で、右の横腹と左肩に傷跡が有り。幼少期から殺し屋としての教育を施されて、十歳にして名を遺すほどの殺し屋となる。十五歳の時に、行きつけのパン屋で出会った青年と恋に落ち。隠れて逢引きを重ねる内に、16歳の若さで子供を妊娠。任務中に自らの死を偽装し、組織から抜け、翌年に子供を出産。アパートの一室を借りて平和に暮らそうとしていた時に、父親が“不慮の事故”により他界。その後、組織の追手に居場所が特定されて。子供を生かしておく条件と引き換えに、組織への絶対服従を約束する。以降は組織に歯向かう存在の抹消任務を遂行し、自らの所属する組織“ファウスト”の地位を陰ながら向上させていった。組織は現在、ライツではナンバー2ともいえるほどの規模であり。殺し、密売、臓器売買、人身売買、ドラッグ。あらゆる犯罪行為を行う危険組織としてライツから“要注意組織”に指定されている。が、決定的な証拠はなく。検挙できた人間たちはほとんどが下の人間であり、服役中に何らかの理由で死亡する者が多かった。組織の――》

「わ、分かった分かった! ……はぁ、すげぇ記憶力だなぁ。それなのに、何で毎度毎度、俺が遅れて来る事を注意するかねぇ?」

《余計な情報は入れません。リソースの無駄ですから》


 俺はそんな事を言いながら酒を飲む。

 タカハシもいつの間にか置かれていたグラスを手に取って酒を飲んでいた。


「はぁぁ……生き返るぅ」

《……随分と疲れていますね》

「あぁ? まぁそりゃそうだろう……ごく普通の女を調べるのかと思えば、まさかの殺し屋様だからなぁ。俺は戦闘スキルなんてねぇからよ、見つかれば一発であの世行き! そう思ったら、嫌でも肩に力が入っちまう……ようやく仕事が終わって、息つけるって訳よぉ……かあぁぁうめぇぇ! お代わり!」

「……はぁ」


 まるで、居酒屋のような注文だ。

 マスターは呆れて首を左右に振りながら、とぼとぼと酒をグラスに注いでいた。


 ……取り敢えずは、あの母親は完全に“クロ”だ。


 裏社会の人間であり、殺しの英才教育を受けていた。

 最初に会った時に感じた違和感の正体はこれだ。

 きつい香水の香りも、血の臭いを悟らせない為だった。

 それが分かっただけでも上等であり……さて、どうすべきか。


 ファウストの話は聞いている。

 祓魔師の管轄ではないように思えるが。

 奴らのバックには悪魔がついているという噂もあった。

 調べようにも、優秀な調査隊であっても尻尾を掴めていない。

 下手に突けば何が出るかも分からないのだ。

 おまけに、悪魔以外にも奴らの事を支援している大物たちもいやがる。


 政治家や軍部の高官。

 考えたくは無いが、対魔局の一部の人間も関わっているかもしれねぇ。

 仲間の中にどうしようもねぇクズがいるとは思いたくは無いが。

 実際に関わっているからこそ、調査隊の動きにいち早く反応できるように思えた節がある。

 だからこそ、可能性としてはかなり高いだろうが……はぁ。


 またしても、俺の元に厄介事が巡ってきやがった。

 生徒ではないものの、その親である。

 上の人間にまで話を持ち掛けているのであれば、時間を掛ければ掛けるほどにややこしくなっていくかもしれねぇ。


《……結局、あの女は、何が目的なんですか?》

「……あぁ、それは流石に……ただ、アンタなら何となく分かるんじゃねぇか? ほら、前に言ってただろう。普通の人間よりも、適性のある人間の方が狙われやすいってさ。単純に、自分の命可愛さに息子を差し出す気なんじゃねぇの?」

《……それならそれでやり易いですが……恐らく、そんな単純なものではないでしょう》


 あの資料に書かれている事が事実であれば。

 一度は我が子の命を守る行動を取っている。

 そんな母親が、今度は自分の命惜しさに息子を差し出すのは……どうも腑に落ちない。


 修道院にいれば、最低でも在学中は狙われる危険は少ないだろう。

 悪魔であろうとも、修道院の門をくぐる事はそう容易くは無い。

 俺はグラスを揺らしながら考えて……横でタカハシが何かを思い出したように声を出す。


「そういえばさ。思い出したけどよ……これって、何か関係ある?」


 タカハシは自らのスマホを操作する。

 そうして、何かの画像を見せてきて……!


 そこにはデボラが映っている。

 風が吹いたのか、長いスカートが捲れそうになっていた。

 こいつの事だから、記念と思って撮っただけだろうが。

 そこには俺にとって重要なものが映っていた。

 

 

 右足の付け根に近い部分。

 悪魔との契約時につけられる事が多い――“呪印”だ。


 

 呪印をつけられた者は、悪魔との契約を破る事が出来なくなる。

 例え、体が拒絶しようとも強制的に対象を縛るものだ。

 強力であればあるほどにその強制力は相当なもので……まぁ問題はねぇな。


 俺の考えが正しければ、この女が結ばされた契約は一つだろう……つまり、だ。


 俺は椅子から立ち上がる。

 そうして、カウンターに少し多い金を置く。

 コートのポケットに手を突っ込みながら俺は帰っていく。

 すると、後ろでタカハシがもう行くのかと言ってくる。


「せめて、今回くらい奢ってくれぇよぉ。最近は寂しいんだぜぇ、俺?」

《寝言は寝てから言ってください。もっと有用な情報を集められたのなら、ボトルごと差し上げますよ》

「え、マジか! よぉし! じゃ、次も絶対に頼むぜぇ! 待ってるよぉウゥゥンマ!!」

 

 俺に投げキッスをしてくる変態。

 手をふりふりと降ってから俺は店の外に出る。

 取り敢えず、こんな時間であればやる事も出来ない。

 また明日になれば、すぐに――“ヤン”に連絡をしよう。


 放っておけば、取り返しのつかない事になるからなぁ……はぁぁ、面倒くせぇなぁ。


 俺はため息を零す。

 そうして、ぽりぽりと頭を掻いてから歩いていった。


 酔っぱらいがビルに小便を掛けていて。

 だらしのない格好の姉ちゃんが道の端で寝ている。

 指を動かして、近くに落ちていた段ボールをあばずれに掛けてやる。

 すると、路地裏からガラの悪そうな奴らが出てきて下品な話をしていた。

 そいつらは姉ちゃんに気づく事もなく去っていった。


 華やかな表とは違う。

 裏は裏で、汚く欲望に満ちてやがる。

 救いようのねぇクズに、ろくでなしのカスも多い。

 ひょっとすれば人間の方がよっぽど悪魔かもしれねぇ。

 どうしようもねぇ爛れた世界ではあるが……“一応”、俺の仕事はこの世界を“守る事”なんだよなぁ。

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