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【完結】祓魔師《エクソシスト》は休みたい  作者: うどん


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021:祓魔師は救われる

「……」

 

 画面が割れたスマホを見つめる。

 ルインには大量の連絡が来ており、校長やアデリナたちから心配された。

 鬼畜眼鏡からやクルトからも連絡が来ていたが、俺はどれにも返事を返さなかった。

 修道院は臨時休校となり、俺は休みとなったが……何方にせよ、こんな状態で仕事なんて出来やしねぇよ。


 体に傷は無い。全て再生している。

 が、心の傷はかなり深い。

 今まで負ったどんなダメージよりも深刻だ。


 プラチナム・シビレマメが食べられなくなった。

 そして、そのチャンスも正規の手段であればもう二度と巡っては来ないだろう。

 五十年もの時間を掛けても、失うのは一瞬で……笑う事すら出来ねぇよ。

 

 視線をゆっくりとキッチンに向ける。

 そこにはピンクのエプロンを纏った――サイコ女が立っていた。

 

「……♪」

「……」


 俺は椅子に座りながら、何かを用意するサイコ女の背中を見つめていた。

 包丁を巧みに操りながら鼻歌を歌っていやがる。

 家へと帰り何をするのかと思えば。

 奴は何処かから持ってきた見た事も無い食材を使って料理を始めた。

 魚のようでありながら枝のような手足の生えた何かであったり、肉のようで色が毒々しいものや。

 何かの植物だが恐怖に染まった人間の表情のような模様が浮かんでいる不思議な根のようなもの……アレがプレゼントだと?


 何処までもイカれていやがる。

 あんなのを俺が食べるとでも思っているのか。

 本気でそう思っているのなら傑作だが。

 今の俺には笑いという感情は一切出てこない。

 あるとすれば怒りだけだが、それすらも燃えカスのようなものだ。

 普段の俺であれば、怒りのままに奴の頭をぶち抜くところだが……もう、どうでもいい。

 

 怒る気力も残っていない。

 俺は大好きな煙草を吸う事もせず。

 ただ黙って、女の背中を見つめていた。


 サイコ女は手際だけは良い。

 切った食材の肉を湯で軽くゆでたり。

 別の食材はミキサーに掛けたり。

 それらを一緒に合わせて鍋で煮込んだり……何を作る気だよ。


 手から無数の道具を生成し。

 それで焼いたり砕いたり凍りつけたり、バーナーで焼いたり……意味わかんねぇよ。

 

「……よし」

「……」

 

 暫く、奴の調理風景を眺めていた。

 すると、調理が終わったようで奴が大皿を持ってやって来る。


「さぁ、出来たよ」

「……?」


 皿に載っているものを見つめる。

 ほのかに白い湯気が立ち昇る“それら”。

 それらは肉や魚で作ったものにしては……えらく小粒だった。


 見かけは黄金色のマメのようで。

 それが皿の上に盛られていた。

 プレゼントにしては色味くらいしか派手さは無い。

 何時ものこいつであれば、婚姻届けであったりラッピングした自分自身だったりだが。

 今日はそれらとはまるで違う質素さで……。

 

 何故、俺へのプレゼントが……いや、違う……これは、この懐かしさを感じる、匂いは……っ!


 俺は震える手でゆっくりとマメを掴む。

 指で摘まんだそれはとても温かい。

 が、火傷をするほどの熱さでは無かった。

 ほどよい温もりであり、指で摘まむだけで何故か落ち着く。

 硬さはそれなりであり、弾力は無い。

 感触を確認し、ゆっくりと口へと運び――!!


 口に入れた瞬間。

 まるで、口一杯に――“海が広がっていく”ように感じた。

 

 単純な塩味。だが、普通の塩ではない。

 とても深く、とても豊かで。

 それが俺の頭に海をイメージさせた。

 今まで食べていたシビレマメも美味しかったが。

 これは次元が違うと思えるほどの創造性に富んでいる。

 雑味もえぐみもなく、自然と口内が唾液で満ちていく。

 が、全くと言っていいほどしつこくも辛過ぎる事も無い……“とても、優しい”。


 

 ゆっくりとマメを噛めば――カリッと気持ちの良い音が鳴る。


 瞬間――頭に“稲妻が走る”。



「――っ!!」

 

 

 体全体に強い電流が走るような感覚だ。

 痛くは無い。寧ろ、心地よい感覚だ。

 それを感じたと思えば、全身の感覚が鮮明になったように感じる。

 目に映る色褪せた景色が鮮やかな色味を蘇らせて。

 ノイズのように感じていた音たちが、まるで一流の演奏家の音色に聞こえる。

 肌を通して感じる風の冷たさや、鼻から吸い込む空気の匂い……あぁ、これだ。


 

 生きると言う事……何時だって、飯を食べる時だけは、俺は普通でいられた。


 

 不滅の存在になってから、飯だけはなるべく欠かさず食べていた。

 自分が化け物であったとして、人としての行いを忘れない為に。

 毎日毎日、何かしらは食っていたんだ。


 飯を食うという行為は本来……こんなにも温かくて、こんなにも優しい事だったんだ。


 俺はマメを口へと放り込んでいく。

 何度も何度も噛んで飲み込んで。

 何度も何度も味わって、幸せで心を満たしていく。

 そんな俺を見つめるサイコ女……“クラーラ”は微笑んでいた。


 俺は刻印を起動する。

 そうして、普段なら面倒だと切り捨ててしない行為をする。

 ゆっくりと口を動かして、喉を強制的に震わせた。


「な、んで……おま、えが……これ、を?」


 魔術によって生み出した仮初の声。

 ノイズのようで人の声とは思えないものだが。

 最低限の意思表示だけは出来る。

 普段から使うようなものでは無いが、今はとにかくこいつに聞くべきことがあった。

 それを使って質問すれば、奴は少しだけ申し訳なさそうな顔をした。


「……ごめんね。ダーリンが、これを食べたいって知ってたから……レシピは見つけられなかったけど。これのオリジナルを作った時に出たカスを採取してね……作ってみたの」


 奴はあっさりと白状する。

 俺はそんな奴を嘲るように笑う。


「そんな、こと……できる、の、なら……さいしょ、から」


 

 嘘だ……そんな事は露ほども思っていない。


 

 だが、こいつの行為を素直に認める事が出来ない自分がいる。

 このままこいつのこれを素直に受け取れない。

 だからこそ、自分でも望んでいない最低のクズのような事を言ってしまう。

 俺は少しだけ胸をチクリと刺せながら奴を見て――微笑んでいやがった。

 


 

「――ダーリンは、そんな事……“望んでいない”でしょ?」

「……っ!」



 

 奴は俺の目を真っすぐ見ながら笑う。

 俺は初めて、クラーラの言葉でどきりとさせられた。

 奴はそんな俺の反応が面白かったのかとくすりと笑う。


「……私は知ってるよ。ダーリンが何時も、頑張ってお豆さんを食べて。シールが出てきたら、子供みたいに笑って……ダーリンが一声掛ければ、これのオリジナルだってすぐに食べられた筈なのにさ……ダーリンは、自分で努力して手に入れるものにこそ、価値があるって思ってるんでしょ?」

「……っ。 しった、ような……ことを……っ」

「ふふ、知ってるよ。何時も、見ていたから……ダーリンが頑張っているのに、私が水を差したらさ……ダーリンの努力が無駄になっちゃうもん。私は、ダーリンが頑張っている事を否定したくないから」


 奴は微笑む。

 その目は愛情に満ちていた。

 何時もの一方的で狂気的なものではない。

 何処までも目の前の人間を見つめる人の目の輝きだった。


 俺は顔を伏せる。

 強く歯を食いしばりながら……両目から“涙を零す”。


「……っ……っ…………っ!」


 ボロボロとガキみたいに涙が流れていった。

 鼻からも鼻水が出てきて、すすっても垂れてきやがる。

 クソほど格好が悪く、死ぬほど今の自分を恥ずかしいと思った事は無い。

 腕で乱暴に拭っても、止まってはくれやしねぇ……あぁ、クソが。


 

 悔しい、悔しいさ……こんな奴に、俺は……あぁ、ちくしょう。

 

 前が、見えねぇよ……口に涙が入って、しょっぺぇな……クソ、クソ……何だよ、それ……ずりぃんだよ……っ。


 

 俺はマメを乱暴に掴む。

 そうして、口一杯に頬張る。

 味わうも糞も無い上に、頬はリス見てぇに膨らんでいるだろう。

 クラーラはそんな俺に微笑みかけながら慌てて食べないでいいと言うが無視する……あぁ、うめぇなぁ。


「……うめぇ……うめぇ、よ……こんなに、うまい、もん……はじ、めてだ……」

「……奥さんが作った料理だからだよ。ふふ」

「うる、せぇ………………あり、がとう」

「どういたしまして!」


 俺は涙を流し、鼻水を垂らしながら。

 奴に対して感謝の言葉を送る。

 奴は今の俺の姿を見ても一切表情を変えなかった。

 

 もう、先ほどまでの絶望は無い。

 世界が偽物に感じる事も無かった。

 何処までも清らかで、何処までも体が軽かった。


 喜びに満ちていて、幸せを感じている。

 目の前の女がくれたプレゼントは、今まで貰った中でも……いや、いい。


 

 

 クラーラは笑う。

 笑って、笑って……その瞳に“妖しい光”が灯っていた。


 

 

 俺はぴたりと手を止める。

 そうして、ゆっくりと顔を上げてクラーラを見つめる。

 クラーラは表情を戻して首を傾げていた。


「……“びやく”……いれた、だろ」

「……違うよ――“愛情”、だよ?」

「……………………今回は、許す」

「……! それって! あぁぁ! ダーリン!!」


 俺は皿を手に持ってそっぽを向く。

 奴に見られないように顔を背けた。

 背後で奴が体をくねらせながら意味不明な事を言っているが無視……くそ。


 顔が熱い。

 雨に打たれて風邪でも引いたのか。

 幸せな一日だってのに……まぁいいさ。


「……これ、もっと、作れるか?」

「うん、うん! ダーリンの為なら、幾らでも作るよ!」

「……子供に、食べさせる、から……それには、薬を、入れるな……くだ、さい」

「……ふふ、はぁい」


 奴はまた温かい視線を送って来る。

 俺は背を向けてマメをがつがつと食う……ちくしょう。


 恥ずかしい。

 死ぬほどに顔が熱い。

 俺が誰かを気にかけて、誰かに礼を言うなんて……でも、借りは借りだ。


 一度受けた恩は必ず返す。

 クラーラの事も、少しであるのなら……認めてやる。


 不必要に殺すのはやめてやる。

 俺の後をつけてくるのも放置してやる。

 俺の私物を持ち帰るのも……まぁ、見逃してやる……それくらいは、許してやるよ。


「……♪」

「……ふふ」


 俺はマメを食べる。

 食べて、食べて…………次だな。


 目的の一つは……これで達成にする。


 次に俺が何をするかは……まだ決められない。


 でも、五十年の時を掛けて掴んだ幸せはこれっぽっちも小さくは無い。

 このマメは俺の夢であり、希望だったから。

 それが今の俺に、また明日を生きる力をくれた。

 だからこそ、明日からも俺は生きて仕事をする。


 それでまた、なんて事は無い目標を作って……きっと出来るさ。


 悪魔になんかに邪魔はさせない。

 俺は俺であり、変わらずにいてやるよ。

 悪魔にとっての絶望で、人類としての希望として……自分で思っててこっぱずかしいぜ、クソ。


「……!」


 俺は乱暴に頭を掻く。

 兎に角、やりたい事を全力でやる――それだけだ!


 誰にも文句は言わせない。

 誰にも奪わせはしない。

 次こそは完璧に、己の力だけで――幸せになってやる!


 俺は笑う。

 決意を新たにしながら、俺は明日からの計画を練っていく。

 取り敢えずは、ガキ共への授業を練らなければならない。

 アイツらはまた文句を言うだろうが、そんな事はどうでもいい。


 兎に角、体を鍛えまくって戦闘スキルを磨き上げる。

 悪魔との戦闘経験も積ませたい。

 そうして、卒業するまでには、少なくともトゥルムほどの力はつけさせたい。

 そこまでの力があれば、そう簡単にはくたばる事も無い筈だ。


 俺は楽しみに思う。

 マメを食っただけで、授業の事を考えらるほどまで気を持ち直すなんて……俺も単純な奴だよ、全く。


 そんな時に、インターホンが鳴る。

 俺は扉の方に視線を向けた。

 クラーラは未だに自分の世界であり。

 俺はこんな時に誰かと思いながら扉まで近寄ってロックを解除し……!


「先生! 大丈夫!? 怪我はない!?」

「せせせせせ先生!! かなりの接戦だと聞きましたが! ここここれ栄養ドリンクです!」

「先生。お菓子の詰め合わせ買って来た……途中で少し食べちゃった。ごめん」

「フーゴ先生! お体は!? お家は大丈夫ですか!? 何か壊れたかと思って色々と用意してきましたよ!」

「……」


 扉を開ければ、アデリナを筆頭に生徒たちが立っていた。

 そして、その後ろから作業服の校長までいやがる……はぁ、たく。


 どいつもこいつも全く……呆れるくらいの“気持ちの良いい馬鹿”ばっかりだ。


「……あれ? 先生、もしかして泣いてたの?」

「え!? せせせせ先生ほどのお方が涙を!?」

「ほんとだ。泣いた跡がある」

「……お辛かったでしょうね。私の胸であれば、お貸ししますから。さぁ!」

「……ッ!」


 俺は怒りのままに扉を閉めようとする。

 すると、奴らは強引に扉に挟まって止める……あぁくそ!!


 俺は魔術で声を作りさっさと帰るように言う。

 ガキ共はそんな俺の言葉を無視して、手土産を渡そうとしてきやがる。

 クラーラに手伝う様に言えば、奴は微笑むだけで何もしない……あぁもぉぉぉ!!


 騒がしい。騒がしすぎるほどだが……今日は良い。


 楽しいから、幸せだから。

 今日くらいは許してやる。

 俺は内心でそんな事を思いながら――“小さく笑った”。

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