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002:祓魔師は空気を殺す

「……」


 支援部隊の隊長から一方的に話しかけられた。

 とても緊張した様子で、明らかに俺と目を合わせられていなかった。

 怖いのか。それとも、俺の漆黒の中二ファッションが痛いと思っていたのか……鬱だ。

 

 俺は適当に頷いておいて、さっさとアントホルン支部へと帰還した。

 距離にすれば、百キロくらいは離れていたが。

 長距離での移動は慣れたものであり、一時間くらいで“走って”到着した。


 途中で夜に飲む為の酒を買おうかとも思ったが。

 職場に酒なんて持っていったら色々と面倒そうだったのやめた。

 俺はそのまま“対魔局アントホルン支部”へと帰還した。


 見た目はとても大きな聖堂だ。

 そんな大きな建造物が都市や街の中にあれば、流石の悪魔もおいそれと近づく事は出来ない。

 過去に悪魔が支部に対して攻撃を行った記録はあるにはあるが。

 退魔局が建造する建物や教育施設には対悪魔の結界や最新の防衛装置が組み込まれている。

 だからこそ、攻撃されたとしても簡単に壊されたりする事は無い……まぁ最上級だったり異名付きがいれば別だけどな。

 

 外観は汚れ一つなく綺麗だ。目がちかちかすると言ってもいい。

 白を基調とし、悪魔が嫌う聖銀を使った装飾を散りばめていた。

 建物内に入る為の通路には巨大な門があり、その両隣には石像の騎士が立っていた。


「……」


 俺が門の前で立てば、石像の騎士が俺を認識し。

 手に持っていた槍を上げて床に当てれば門が独りでに開き始める。

 俺は完全に開く前に中へと入り、そのまま通路を歩いていった。

 

「……」


 建物の扉の前に立つ。

 夜は夜であるが。

 恐らく、この時間であれば他の祓魔師たちが戻ってきているだろう。

 この施設は居住スペースも勿論ある。

 此処で住み込みで働いている祓魔師が大勢いて。

 そんな奴らは仕事を終えて、飯を食ったり談笑したりしてくつろいでいる。


 ……でも、俺が入った瞬間に空気が……死ぬんだよなぁ。


 俺は小さく息を吐く。

 そうして、観念して扉を開けた。


「ははは、それでさ。アイツ……っ!」

「え、何だよ急に黙って……っ!?」

「「「……!」」」

「……」

 

 扉を開けて中へと入れば、既に任務から帰還した祓魔師が大勢いた。

 大時計の前で話し込んでいた様子だったが。

 俺が入ってきた瞬間に表情を凍り付かせて、一瞬で対魔局式の敬礼をしていた。

 

 全員が全員、帰って来た俺を見て敬礼をしたまま頭を上げようとしない。

 先ほどまで楽し気な話し声が聞こえていたと言うのに、俺が帰って来た瞬間にこれだ……泣くぞ?


「……っ」

 

 俺は心が傷つきながらも、何事も無かったように歩いていく。

 彼らの前を通り過ぎ、上階に繋がる階段を上がっていった。

 そうして、俺の姿が見え無くなれば彼らは小声でひそひそと話し始める……鬱だ。

 

 俺はそのまま腫れ物のような目で見つめられる事に耐え切れず。

 真顔のまま支部内にある書庫へと向かう。

 途中で支援部隊の隊員や休憩中のオペレーターたちともすれ違ったが。

 彼らも同じように敬礼したまま震えていた。

 俺は今にも泣きそうになるのを必死に耐えた。


 書庫へとたどり着きそのまま中へと入る。

 中では夢中で分厚い本を読む瓶底メガネの黒髪おさげの司書ちゃんがいたが。

 俺は彼女の邪魔をしないように、軽く手を上げてから勝手に本を棚から漁り始めた。

 地獄について書かれた書物は、別に頑張って探さなくてもかなりの量がある。

 その中でも、難しそうな本を手に持ち机にどさりと置いた。

 

「……」

 

 適当に本を掴んで読む。

 パラパラと捲っていき、流し読みで内容を読み取っていった。


 読んで、読んで、読んで、読んで…………なるほどなぁ。

 

 集中して本を読む事、体感で二時間ほど。

 取り敢えずは全部の本に目を通して見たが……さっぱり分かんねぇな!


 地獄に関する事が書かれているが。

 専門用語がこれでもかと並べ立てられていた。

 そして、肝心の地獄へと行く方法についてだが。

 これは魔術であったり科学であったりのアプローチの結果などが書かれていた。

 その内容は複雑すぎて俺には理解できなかったが。

 偉い学者や術者が無い知恵を絞って頑張った事だけは何となく分かったよ。

 

 まぁ簡単に説明すれば、いろんな方法を使って地獄という世界を観測しようとしたが。

 全くと言っていいほど成果は得られない事が無駄に長く書かれている……だよな?


 やはり、どうやっても地獄へと行く方法は無いのか。

 いや、俺の考えではあるにはある。

 それは適当に悪魔を捕まえて、そいつを脅して連れて行ってもらう方法だ。

 やった事は何度かあったが、アイツらはどんなに拷問をしたとしても絶対に俺を地獄へと導かなかった。

 それどころか自ら命を絶つ始末であり、脅しとかではどうにもならないという事だけ分かった。

 人間を捕まえたとしても、奴らは絶対に地獄へは持って行かない。

 そういう掟でもあるのかもしれないが、真相は闇の中だ。


 他に方法があるとすれば……逆召喚くらいか?


 悪魔が現世にやって来る方法は幾つかある。

 一つは自分と波長の合う人間に憑りつく事だ。

 死体でも構わないし、何なら動物に憑りつく奴もいたにはいた。

 が、結局は人間に憑りついている悪魔の方が力は強い。

 ある程度の知能があり、悪魔としての能力を申し分なく使うのなら人間が最適なのだろう。

 まぁそもそも、一定のレベルに達した悪魔は自らの魔力で肉体を形成できるがな。


 そして、他の方法で代表的なのは――召喚だ。


 人間の中には、好んで悪魔を召喚する馬鹿もいる。

 叶えたい願いであったり野望であったり。

 もしくは単純に悪魔を崇拝しているような奴なんかが悪魔を召喚したりする。


 基本的に召喚された悪魔は人間に契約を持ち掛けて来る。

 大抵は願いを叶える代わりに魂を求めたりするが。

 中にはその人間そのものを欲する悪魔もいる。

 そういう奴は決まって現世で暴れまわるようなイカれた悪魔だ。

 そういう危険な悪魔は最優先討伐対象となり。

 祓魔師の中でも上位の存在が派遣される事が多い……俺とか、俺とかな! ははは……殺す。


 イカれた悪魔への殺意を抑えながら。

 俺は逆召喚というものも可能である事は可能だと思っていた。

 何せ、人間が悪魔を呼び出せるのであれば悪魔が人間を呼び出す事も出来る筈だからだ。

 もしも逆召喚が出来るのであれば、俺は意図も容易く地獄へと侵入する事が出来るのだ……まぁあくまで理論上はだけどな。


「……」


 俺はぱたりと本を閉じる。

 そうして、静かに息を吐く……する訳ねぇじゃん。


 相手は悪魔で俺は祓魔師だ。

 誰が好き好んで悪魔殺しのプロを地獄に招き入れるんだ。

 招いた瞬間に呼んだ悪魔は殺されると思うのが普通だ。いや普通に殺すけどね?


 明らかに敵意と殺意しか無い人間を家に招く馬鹿は世界広しといえどいないだろう。

 だからこそ、理論上は可能である筈の逆召喚も全くもってあり得ない話という事になってしまう。

 

 ……でも、そうなったら本格的に地獄へ乗り込むなんて……はぁぁぁ。


 敵は絶対に地獄で引きこもっている筈だ。

 だからこそ、乗り込めさえすれば皆殺しにしてやるというのに……もどかしいねぇ。


 すぐ目の前で極上の餌を垂らされた獣の気持ちだ。

 食いたくて食いたくて仕様がなく。

 涎を垂らしながら震えているようなものだ。

 全くもって歯痒く…………ん?


 書庫で本を読んでいて無視していたが。

 入室してからずっと視線を感じていた。

 その視線の主からは途轍もなくぬめっとした何かを感じる。

 まるで、俺の全身を嘗め回すような視線で……あぁ、アイツか。


 俺は視線の主が誰であるか理解した。

 だからこそ、徐に片手を横に広げて――指の隙間に煙草が入れられた。


「マスター、どうぞ」

「……」


 俺の横で跪く男。

 そいつは黄金のライターを持っていた。

 かちゃりと火をつけていたので、俺は指の間で挟んでいたそれに火をつける。

 そうして、火のついた煙草を口で加えて至福の風を肺に送り込む……あぁぁ。


 ふぅっと息を吐く。

 すると、跪いていた男は目に留まらぬ速さで灰皿を出す。

 俺はそこに煙草を押し付けて火を消す。


「……」

「……」


 男は灰皿を両手で持ったまま微動だにしない。

 まるで、自らの意志など無いと言わんばかりに置物のように徹していた。


 こいつの名前はクルト・バーデン。

 祓魔師の中では“トゥルム”の階級につくそれなりに強い男だ。

 トゥルムは上から三番目であり、複数の上級悪魔ともやり合えるだけの実力者たちだ。

 その中でもクルトは折り紙付きの実力者であり、異名付きを狩ればすぐにでも“ダーメ”に上がれるだろう。


 肩口で切り揃えられた金髪に、切れ長の青い瞳。

 すらっとしていて身長は百七十ほどはあるだろう。

 恐ろしく整った顔は、一見すれば女にも見える……いや、声も妙に高い気がするけどね?

 

 対魔局の隊服である白を基調とした服を自分流にアレンジして完璧に着こなしていた。

 容姿端麗文武両道、対魔修道院にいた時代でもその成績はトップであった聞いたことがある。

 身長も百七十はあり、細く引き締まった肉体美も相まってヴィーナスの生まれ変わり何て言われている……憎い。


 完璧エリートイケメンなクルト君。

 そんな彼は普段は口数は少なく。

 言い寄る女性も冷たくあしらい、彼に嫉妬し命を狙う男たちも華麗に退けていた。


 ……まぁ何故か、俺に対する態度は完全に忠犬みたいだけどな。


 何時だったか。

 彼から勝負を挑まれて、面倒だと思いながらも仕方なく受けた。

 そうして、二度と戦いを挑むような気持ちにさせない為に俺は彼を徹底的に痛めつけた。

 その結果、彼は病院送りになったものの。

 数か月後に復帰したかと思えば、俺に付きまとう様になり。

 こうして、片手を上げて煙草が吸いてぇなぁと考えれば何処からともなく現れて煙草を吸わせてくれるのだ。


 いや、別に良いよ?

 ただで美味い煙草が吸えるのだ。

 後始末だってしてくれるし、何なら肩とかも揉んでくれる時がある。

 氷のような王子様は、何故か俺に対しては激甘なのだ。

 もしも、彼が女性であったのなら最高だったが……まぁあまり多くは望んじゃいけない。


「……!」


 俺はゆっくりと手を伸ばす。

 そうして、優しく彼の頭を撫でてあげた。

 忠犬よろしく尽くしてくれるから、何故か終わった後は頭を撫でてしまう。

 嫌だったら止めるつもりだったけど、彼は抵抗する事も無く。

 寧ろ、目を細めて嬉しそうに笑っているのだ。


 何度目かになるかは分からないが。

 俺と彼はこういう関係に収まってしまった。

 別に、また喧嘩を吹っ掛けて来ないのであれば俺は文句は無い。

 彼も彼でしたいようにすればいいんだ。

 俺はそんな事を考えながら撫でるのを辞めて椅子から立ち上がる。

 彼は残念そうな顔をしながらも、俺が広げていた本をさっと持ち片付けにいった……優しいぃ。


「……」


 彼の優しさに感謝しながら。

 俺は今日ももう帰って寝る事にする。

 死なないとはいえ、流石に三徹は集中力が続かない。

 うっかり悪魔に殺されでもしたら溜まったものでは無いからな。

 そんな事を考えて、俺は書庫から出る為に扉に手を掛ける。

 すると、扉が勝手に開き始めて――


「……ランベルト・ヘルダー様。支部長がお呼びです。至急、支部長室へお越し下さい」

「……っ」


 扉の先に立っていたスキンヘッドのいかつい顔の男。

 名は確か……あぁそうだ。アヒムだ。

 

 あの憎き鬼畜眼鏡の補佐役であり、俺を奴の元へと誘う導き手だ。

 何故か、こいつは俺が何処にいるのかを把握している節がある。

 トイレにいる時に扉越しに声を掛けてきたり、近くの店で変装して茶を飲んでいた時もバレた。

 こいつは恐らく、俺の体の何処かに発信機をつけているのだろう……まぁ見つからなかったけど。

 

 闇よりも暗い瞳をしたハゲ。

 浅黒い肌にがっしりとした体格で。

 威圧感だけならば、間違いなくダーメの位にいそうなほどだ……それもかなり上澄みのな。

 

 本当はバリバリ戦えるんじゃないかと思ってはいるが。

 俺は声が出せないから聞くならば筆談と言う手段しかない。

 態々、紙に書いて戦えるかどうか聞くなんて普通に無礼な気がするから聞かないが……おっかねぇ面だよなぁ。


「……? どうかされましたか」

「……」


 俺は静かに首を左右に振る。

 すると、俺の背後にクルト君が立っていた。

 彼は俺からの命令を待っていた。


 正直、一服出来たらもう彼は用済みなのだが……何かしないと帰ってくれないよな。


「……」

「……!」


 俺は彼をジッと見つめる。

 すると、彼は無表情でありながらも少し頬を赤らめていた……風邪?


 俺は気になったので、彼の額に手を当てた。

 すると、彼はびくりと反応し呼吸を乱していた……うーん、熱い気がするな。


 俺はアヒムに視線を向ける。

 そうして、指でクルト君を医務室に連れて行くように指示する。

 伝わったのかどうか怪しかったが。

 彼は俺が額に手を当てていたのを見て「医務室ですね。分かりました」と頷いてくれた。

 やはり、あの鬼畜眼鏡の補佐役とだけあって気配りだけは達者だ。

 そんな事を思いつつ、俺はクルト君を任せて一人で重い脚を動かして奴の待つ支部長室を目指す。

 何故か、後ろの方でクルト君が喘ぐような声が聞こえたが。

 俺は聞かなかった事にしてさっさと歩いていった……まさか、四徹しろって言うのか?

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